第13話 墓穴掘ったな!

文字数 2,711文字

 チャンスは次の日にやって来た。

「今日の理科は実験室に集合だって」

 中園先生が朝の会で知らせてくれた。

「でも具体的な作戦は、まだ決まってないでしょう?」

 鈴茄が言う。確かにそうだ。僕は頷いた。でもこれは嘘だ。どこにスパイがいるかわからない現状。情報漏えいは少しでも防ぎたい。

「今日は、出たとこ勝負で行く!」
「マジかよ? 危険すぎる」

 氷威が止めようとする。当たり前だ。出たとこ勝負なんて、無意味な特攻に等しい。
 でも僕は止まらない。いや、止まれない。先生がどんな戦術を展開しようが、僕の作戦で必ず勝つ!

 僕は織姫の方を見た。周りの仲間はみんな、織姫に近づこうともしない。織姫はそれを悲しく感じ取る。泣きそうな顔をした。僕はすかさず、

「泣かないで。大丈夫。今日絶対に先生の鼻を折ってやるから!」


 そして決戦の時は来た。みんな理科室に移動する。
 実のところ、僕はいつ実験が来てもいいように、教科書を読み込んでおいてある。どの実験が来ても、カバーできる。

 理科室のドアを開けて中に入る。そしてみんな驚いた。
 見たこともない実験装置。こんなの、中学生の理科の教科書には書いてなかったぞ?
 先生はプリントを配った。でも、白紙。何にも書かれてない。一体どういうことなんだ?

「みなさん? 今日行うのは透析とコロイドの実験です。教科書には書かれてませんし? 原理の説明も中学生レベルではないのですが、みなさんはエスカレーター式に付属高校に上がるので、まあ大した問題ではないでしょう。みなさんなら成功するでしょう。課題プリントには実験失敗は認めません。さあ、始めますよ」

 なるほど、そう言うことか。先生はこの実験で、先生の絶対性を取り戻そうとしているんだ。あえて予習が効かない実験を行うことで、先生なしでは実験にならないよう仕組んだのだ。つまり僕たちは、この四十五分、先生に従わなくてはならない…。先生の絶対性を保ちつつ、生徒に完璧性を要求している…!

 これは手ごわくなりそうだ。


「さあ始めましょうか? まずは…」

 実験は淡々と進んでいく。理科室なのに誰も喋らない。被弾したくないからっていうのもあるけれど、先生の言葉を一言でも聞き逃すと実験失敗。敗北だ。

「…以上です。さあみなさん? やってみましょうか?」

 セロハンチューブに溶液を入れる。その前にまず、チューブを縛る。どうすれば上手く縛れるのだろうか。溶液は漏れてはいけないらしいけど、程度がわからない。質問はできない。だって先生の話を遮ったらまず被弾。そして失敗の負のコンボ。

 僕は織姫と同じ班だった。
 僕の作戦は、戦争は既に始まっている。
 そして僕の予想が正しければ、戦友たちがそろそろ…。

 BTB溶液を加える時間になった。

「ああー! 緑色になったぞ?」

 氷威だ。氷威の班が実験に失敗したのだ。緑色になったと言うことは、先生の話によれば、中途半端にイオンが残ってしまったらしい。

「あれ、青い?」

 今度は祈裡の班だ。青は完全に透析失敗。
 理科室中でみんなが声を上げる。どうやら一番マシなのは氷威の班で、他の班は失敗の青色だ。

「全くみなさん? 化学を舐めてるんですかねえ? どうやったらそんなに失敗するのか、専門機関に調査を依頼したいレベルですよ?」

 僕の班に先生がやって来た。実は、僕たちの班も溶液が青くなってしまった。このままでは負けてしまう。

 でも…。実験には失敗しても先生には負けない!

「結果はどうですか、織姫さん?」
「見ての、通りです…」

 青色になった溶液を見せた。すると、

「恥じることはありませんよ? 誰だって失敗するものなんですから」
「先生は失敗しても許してくれますか?」

 悲しい顔で織姫が言った。

「もちろんですとも。俺も、高校生の行う実験を中学生にできるとは、絶対に思っていませんよ? 今回の実験の失敗なんて確実なんですよ、いくらでも許してあげましょう!」

 そこに僕は首を突っ込んだ。

「本当ですか! 良かった、今回は減点なしですね?」
「君が喜んでどうするんです? 俺が許してあげようって言っているのは、実験をした織姫さんなんですよ? 君は全然ゆるさ…」
「織姫は実験器具に触ってないんですよ?」
「えぇ?」

 先生は驚いた。その時点で、もうお終いだ!

「アレ? おかしくないですか先生? どうして実験器具に一切触っていない織姫が、実験に失敗できるんです? それに僕たちには絶対にできない実験をどうしてやらせるんです? 実験の失敗は、いくらでも許してくれるんじゃないんですか? 直前の台詞と随分違いますよ?」

 みんなの視線が僕と先生に集まる。

「り、劉葉君? 何なまいきなこと言ってるんですか? そ、そんなに君たちは偉いんですか?」

 先生は焦り出した。完全にしまったって顔をしている。

「先生? 何で慌ててるんですか? そうですね僕は、矛盾だらけの先生よりは正直ですし、その点は偉いとは思いますよ、人として!」

 みんなが先生に近づいた。最近の織姫贔屓で不満が貯まっている。

「先生! 俺の班の方が織姫の班の結果よりもマシなのに、俺たち減点なんですか?」
「先生? どうして結果が織姫と同じなのに、私たちだけ減点なんですか?」
「先生、納得のいくこと、言ってくださいよ? 失敗確実なのに実験だなんて時間の無駄だと思うんですが!」

 もう我慢の限界なのか、

「うるさいですよ! 黙りなさい!」

 先生は叫んだ。
 織姫が先生の肩を叩いた。

「え?」
「先生。矛盾ばかりでかっこ悪いですよ? 今の先生は全然偉そうに見えません。それと、みんなを許してくれるんですよね? だって先生が絶対に失敗するように計画したんですから!」

 これにとどめを刺された。

「み、み、みんな…。後片付けを、お、お、お願いしますぅ…あああああ!」

 そう叫んで先生は理科室から飛び出した。先生の絶対性と生徒の完璧性、その両方を崩してやった!
 理科室のみんなが歓声を上げる!

「やった! 見たか、あの依怙贔屓(えこひいき)野郎! 顔真っ赤で、汗だらだら!」
「何か、スッキリしたって感じよ!」

 所々でハイタッチやガッツポーズをしている。僕は一度、みんなを呼び止めた。

「みんな! これで織姫が売国奴…つまりスパイなんかじゃないってわかったよね?」

 みんなの返事は全く同じだった。

「もちろん!」
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