不穏の中で

文字数 2,924文字

武瑠の父はすっと目を細める。あれだけの情報でそういった質問が幽子から出るとは考慮の外だったのだ。

「というと?」

「先程母が、出雲国造に連なる家に封印と申してました。出雲国造と言えば大国主命を代々丁重に祀る古い家です。しかも出雲国造はただの家じゃない。天照大神の子孫です。祀るということは、祟りを恐れたから。そしてその祟りの矛先は帝ですね?」

武瑠の両親も幽子の両親も驚いて幽子を見やる。武瑠の両親は一度見合わせてまた幽子に向き合った。武瑠だけはニヤニヤしていたが。ニヤニヤするのを見るのは何だか癪である。

「その通り。天野家は出雲国造の分家だ。そして出雲国造に連なる家は帝に仕え、影でお守りし、帝の憂いを祓うのだ。主に怨霊を祓ったり、妖怪退治だな。天野家だけではなく、他の分家も全国に散らばっている。
そして大国主命の末裔を監視し、保護する役割もある。全ては帝のためだ。
出雲国造に連なる家以外でも霊力持ちは存在し、彼等は帝に仕えて帝を助ける」

「まるで帝のための影の機動部隊ですね。ひょっとして出雲国造に縁のある家は金行の人が産まれやすいんでしょうか」

「幽子ちゃんさすがね。その通りよ。もちろん武瑠も金行の気質が強いわ。我が家で一番強い霊力持ちよ。あと二人私たちには子供がいるんだけど、あの二人は金行じゃないのよね。幽子ちゃんすごいわ。家のことをほとんど知らないって聞いたけど、まさかあれだけの情報で当てるとは思わなかった」

「いえ、私は出雲大社の祀られ方と、古事記を読んで想像しただけですから」

褒められることに慣れておらず、幽子は真っ赤になって頬をかいた。武瑠の両親は感嘆のため息をもらす。

「古事記か。幽子さんの封印が解けかけなのは大国主命を知ったからかもしれないな。出雲大社に行くだけなら丁重に祀っているから封印には作用しない可能性がある」

「では私が大国主命のことを知ろうとしなかったら封印も保たれていたということですか?」

幽子の顔色がさっと青くなった。好奇心のままに行動し、いつの間にか武瑠を巻き込んでしまったのか。

「いや、それは違う。元々巨大な霊力持ちなんだ。遅かれ早かれ武瑠を幽子さんにつけるつもりだった。幽子が赤ん坊の時から決めていたことだよ」

「そうだったんですね……」

少しだけホッとしたが、それでも無関係な人を巻き込んでしまったことに罪悪感を感じる。幽子は武瑠をちらっと見やったが、彼は明後日の方向を見ていた。

「幽子さんは悪くないよ。こういったケースは稀だがしっかり対処法も確立されている。気に病む必要はないんだ。幽子さんが天野家に来てくれるのなら、私たちが全力で幽子さんを守る。私達の息子と娘も理解している」

「ありがとうございます。少しだけ安心しました」

ふと武瑠の母が思い出したように尋ねてきた。
「ねえ幽子ちゃん。武瑠から出雲大社で倒れたって聞いたんだけど大丈夫だった?」

「あ、はい。頭痛が残りましたが大事には至らなかったです。大国主命の夢は見ましたが」

「本当か?!」

武瑠の父がテーブルに手をついて立ち上がる。そんなにまずいことを幽子は言っただろうか。

「……はい。大きな庭に大きな屋敷があってそこで会いました。寝殿造と似てた気がします。修学旅行の二週間前から少しずつ夢の内容が進みました。出雲大社の境内で気絶してその時に見た夢は庭も建物も真っ赤に染まり、大国主命は血の涙を流していました。あと怨嗟に満ちた声で、憎き血筋を滅し中つ国を取り戻してくれる! とも言ってました」

幽子以外の面々の顔色が白くなっていた。武瑠に至っては鬼のような形相で幽子を睨みつけていた。

「夢で接触してきたのか……一刻も早く我が家に迎えた方が良いな」

「ええ……幽子さんが危なくなるわ。手を打たないと」

幽子の両親はお互いに見合わせた後、ゆっくりと口を開いた。

「どのみち私たちが幽子にしてあげられることなんて少ないわ。どうか娘をよろしくお願いします」

幽子の母が頭を下げた。父も同じようにする。

「私からもお願いする。娘を頼みます」

頭を下げる両親に幽子は困惑するばかりである。

「私どもが責任を持って幽子さんをお預かりします。武瑠は優秀なので必ず幽子さんの力になります」

にこやかに武瑠の父が両親に告げた。最初から最後まで幽子は蚊帳の外だった。あと武瑠も。武瑠は巻き込まれただけである。自分が霊力が強くなければ、きっと武瑠を巻き込むことはなかった筈だ。自分と無関係なら今頃当主として修行していたのかもしれない。幽子はしょんぼりして下を向いてしまった。

「さあ、重たい話の後だけど夕ご飯にしましょう。斎三さん、幽子、手伝って」

(え、この流れでご飯?! 食欲どっか行っちゃったよ!)

しかし事前に天野家には伝えてあったらしく、感謝の言葉を述べていた。武瑠も驚いて自分の両親を見ている。

「温めて盛り付けるだけにしてあるからよろしくね」

玄関から音が聞こえる。どうやら颯太が帰ってきたらしい。

「おかえり、颯太。ご飯の用意手伝ってくれる?」

幽子が仏頂面になって颯太に話しかける。色々なことを知ってしまい、表情筋が死んでしまったようだ。不機嫌だと思われるかもしれない。

「あれ、今日お客さん来てる日?」

「うん、天野家の当主様と奥様、あとは武瑠君」

「え、マジ?! 挨拶してくるわ」

この様子では颯太も幽子のことを知っていたに違いない。次期当主だから家のことも役割も知っているし、天野家の面々にも会ったことくらいあるだろう。

「お久しぶりですね! 陽子さんはお元気ですか? 武瑠は身長が伸びたな!」

「ええ。全く変わりないわ。また遊びに来てちょうだいね」

「颯太さんお久しぶりです。今度手合わせしてくれませんか?」

「もちろん。手加減しないから覚悟しろよ?」

あっという間に馴染んだ颯太。武瑠とも和やかに話し込んでいる。そんな颯太を見ていると幽子のもやもやは止まらない。

「ほら、さっさとご飯を運びなさい」

ついつい突っかかった物言いになってしまった母。颯太は天野家に断って配膳の準備に取り掛かる。


卵スープに回鍋肉、炒飯と餃子が食卓に並ぶ。いつもよりも豪華メニューだ。炒飯はおかわり自由である。

『いただきます』

それぞれ箸を取って食べ始める。

「幽子ちゃん。急で申し訳ないのだけれど、明日から学校休みでしょ?うちに幽子ちゃんの荷物を運んで欲しいの。武瑠も手伝うから」

「えっ。明日明後日でないとダメでしょうか」

思ったよりも急な話で幽子は目を剥いたが、武瑠の母は幽子を安心させるかのようににっこりと笑う。

「少しずつでいいのよ。でも武瑠と一緒にいた方がいいくらい幽子ちゃんは不安定な状況なの。ベットとかはあるから教科書とか必要最低限あれば良いわ。武瑠を連れて行くならその都度幽子ちゃんの家に帰ってもいいのよ」

外堀を埋められてしまい、幽子は頷くしか他無い。

「分かりました……ご厚意に感謝いたします」

最初こそ食欲のない幽子だったが天野家の面々と話をしているうちに平らげてしまった。
大勢でご飯を食べるのは楽しい。ついつい箸が進み、珍しくおかわりもした。色々と両親に言いたいことや聞きたいことがたくさんあったが、それなりに楽しい夕食となった。

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登場人物紹介

九鬼幽子(15歳)


霊力が兄である颯太よりも少なく、両親とはあまり上手くいっていない。自分の名前が嫌い。好奇心旺盛で、興味を持ったものに関しては散々調べて理解するまで追い求めるタチである。しかし人間関係や自分自身の感情の機微には疎く、友達と呼べる人間は少ない。

生まれた時から妖怪や鬼といった者達と相性が良い。

木行の気質を持ち、雷と風を操れる。鋏が苦手で金属アレルギー持ち。黒髪黒目。

天野武瑠(15歳)


|出雲国造《いずもこくそう》の分家の末弟。金行の霊力が強力で、それを買われて幽子の監視兼護衛を務めている。一見社交的だが実際は表面的にしか付き合えないので寄ってくる人達に辟易している。幽子とは契約上の関係だがそれほど嫌には思っていないようだ。

金行の気質を持ち、刀や槍などの武器の扱いにも長けている。術式を刻むエキスパートの側面をもつ。姉が苦手。

焦げ茶の髪に鳶色の瞳。

天野朋樹(あまのともき)(17歳)


天野家の次男。冷静沈着な性格で、主に姉である陽子のブレーキ役に徹している。頭脳明晰で、何かと幽子とは話が合うようだ。我慢強い性格でもある。少し話が難しいのが弱点。

意外と苦労人。

水行の気質を持ち、水や氷、水蒸気も操れる。月とも相性がよく、相手を眠りにさそったりもできるらしい。黒髪黒目。

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