第5話

文字数 751文字

 ふと気づく。どうして今日はこんなに母親のことばかり思い出すのだろうと。美里はしばらく考えてはっとした。

「妊娠したせい、なのかな」

 ここ数日だるかった。そしてよくよく考えてみると最近生理がきていなかった事に気づいた。慌てて会社帰りにドラッグストアに寄って妊娠検査薬を買って恐る恐る調べた。検査結果がみえる小さな窓から見えたピンクのライン。やはり陽性だった。

 本来なら彼氏である悠太に、すぐ知らせるべきなのだろう。けれど美里はなかなか言い出せないでいた。悠太は体育大学の三年生で二十一歳、美里よりも九つも年下だった。通っているスポーツジムのインストラクターのバイトをしている悠太と知り合って二年。悠太から何度もアプローチされてつきあうようになってからは一年。ちょっと慌てん坊で明るい彼のことは好きだ。けれど年上すぎるゆえに引け目を感じることもあったし、どこか幼さが残る悠太との結婚生活はイメージできなかった。そもそも彼だっていきなり子供ができた、なんて言われたら困惑するだけだろう。バースコントロールに失敗したのも、年上である自分の責任だと美里は微かに落ち込んでもいた。

 ぼおっとそんな事を考えていた美里の前に、ことんとプレートがおかれた。顔をあげるとさきほどの女性とかちりと目があう。彼女は親しみやすい笑顔を浮かべた。

「さ、食べて。元気がでるわよー。うちのモーニング」

 そういわれて視線を落とす。溶けかかったバターがのっているこんがり焼けたトースト。横にあるサラダに使われているレタスやきゅうりは瑞々しく、ゆで卵はツヤツヤとして見ているだけで食欲をそそってくる。シンプルなメニューだけれど、五百円という予算のなかで最大限に客を喜ばせようという店主の気概が伝わってくるようで、美里は思わず笑みを浮かべた。


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