第3話

文字数 1,193文字

二章 十年前の強盗事件

 十年前の八月某日。二十三時すぎ。横浜市中区のコンビニエンスストアに強盗が入った。黒いTシャツで、マスクをして、黒いニット帽をかぶった客が入ってきたとき、店員の男は、「真夏なのにニット帽なんて暑そうだな、と思ったから、印象に残っている」と供述している。
 ニット帽にマスク姿の客は、店内をゆっくり一周したあとレジに来て、包丁を突き出し「金を出せ」と言った。店員はレジ下にある緊急用ボタンを押した。客は細身であり、店員は柔道経験者であったため、包丁を突き付けられたところで、驚きはしたものの恐怖はあまり感じなかったという。店員は腕を伸ばして強盗犯の包丁を奪おうとした。その際、店員の腕に包丁がかすり、細い切り傷ができる。予想していなかった店員の反撃に強盗は驚き、たじろいだ。その瞬間、店員は強盗犯の服の首元をつかもうとした。柔道の癖が出たのだ。しかし、その手は強盗犯のTシャツから少しずれ、ニット帽をつかんだ。ニット帽をつかまれた強盗犯は驚き、何も盗らずに走って逃げた。店員の手には、強盗犯のニット帽がしっかりと握られていた。
 緊急用ボタンで駆け付けた警察により、事情聴取が行われ、すぐにコンビニエンスストアの周囲は包囲された。近くのコインパーキングの防犯カメラの映像に、強盗犯が走って逃げている姿が映っていた。しかし、そのまま直線道路をまっすぐ行ったところにある路上の防犯カメラには、映っていなかった。その間のどこかに隠れていると想定され、捜査員は隅々まで探した。深夜にも関わらず警察はその間にある家まで訪ねた。家族住まいの一軒家が一つと、老朽化してもうすぐ取り壊される予定のアパートの二軒だけだった。
 一軒家の家族は、子供たちは眠っており、両親は起きていたが、「不審者は見ていないし、誰も訪ねてきていない」と言った。実際に警察は家の中を探したが、誰もいなかった。アパートは取り壊しが決まっており、残っている住人は老夫婦と三人家族の二軒だけ。老夫婦は眠っていたと言い「耳が遠いから物音なんて気が付きませんよ」と言った。部屋の中は誰かが隠れられるほど広くはなく、一応警察が室内を探したが、強盗犯は隠れていなかった。もう一軒の家族は留守で、玄関には鍵がかかっていた。ほかの空き部屋になった部屋も確認したが、どこも鍵がかかっており、窓が割られた形跡もなく、強盗犯の姿はなかった。
 コインパーキングの防犯カメラに映ったあと、どこのカメラにも映っていない強盗犯。抜け道などがあったのか、と他のカメラも、付近一帯は全て確認したが、映っていなかった。強盗犯は、忽然と姿を消した。
 唯一、残した証拠品のニット帽から本人のものと思われる毛髪が発見された。毛髪には毛根がついており、そこからDNAが抽出された。前科者のDNAには引っかからず、その後進展もないまま、十年が経過した。




つづく
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