第10話

文字数 2,329文字

五章 強盗犯の身元

「強盗犯の名前は藤田まもる。現在五十六歳。犯行当時、四十六歳です。十年前の強盗犯の足取りがつかめていないので、もしかしたら遠くへ逃走したのではないかと思い、コンビニ強盗事件直後に失踪した成人男性をあたっていました。アパートの家賃滞納をしていた男性で行方不明になった人物がいると聞いて行ったら、藤田まもるという男でした。大家が家賃の催促に行ったけれど家におらず、そのまま現在まで行方不明だったそうです。身内はなく、アパートの私物を勝手に捨てるわけにもいかず、大家がレンタル倉庫に保管していたので助かりました。藤田まもるの使用していた私物から採取されたDNAと、強盗犯および海で見つかった遺体のDNAが一致しました」
 室内がどよめいた。ようやく遺体の身元が判明したのだ。しかし、誰だ。藤田まもるというのは。どこのどいつだ。
 鈴木の予測は外れたことになる。林克行と強盗犯は別人だったのだ。
「僕の言っていた、克之強盗犯説はなくなりましたね」
「ああ、そうだな。でも、いろんな角度から考える必要があるから、悪い発想じゃなかった」
「ありがとうございます」
「それに、林克行が行方不明なのは事実だ。克之と藤田まもるという人物は、どこかで接点があったのかもしれない。調べたほうが良さそうだな。下手したら共犯の可能性もある」
「そうですね。とりあえず、もう一度、林家に行って聞いてみますか?」
「そうだな」

 岩山田と鈴木は八王子の林家に向かった。ようやく少し薄暗くなって、気温もしのぎやすくなってきた。
 喜美子は部屋着に着替えており、昼間に会ったときより少し老けて見えた。「あがりますか?」という喜美子の申し出を断って、玄関で話をする。
「今日は突然失礼いたしました。もう一つだけ、お聞きしておきたいことがあるのですが」
「何でしょう」
「藤田まもる、という人物に心当たりはありますか?」
「藤田まもる……?」
「はい。もしかしたらご主人と交流があったかもしれないので、確認なんですが」
「知らないですね」
「そうですか。息子さんは……」
「少しお待ちください」
 そう言って喜美子は行斗を連れてきた。
「何度も押しかけてすまないね。藤田まもるという人を知っているかい?」
「藤田……まもる? 知らないですね」
「そうですか」
 岩山田は、しらばっくれている感じではないな、と思った。本当に知らない様子に見える。

 捜査員全員に配られた藤田まもるの十年前の写真(運転免許証からのコピー)を、ジャケットの内ポケットから出して見せた。
「この人なんですけど」
 一瞬、空気がひゅっと緊張したのが岩山田にはわかった。鈴木を見ると、同じく何か悟ったのか、すっと目を細めて、喜美子と行斗を観察している。
 岩山田はあえて今まで通り静かな声で聞いた。
「藤田まもるって、この写真の男なんですけど、顔見ても、わかりませんか? 見覚えあったり、しますか?」
 喜美子はぎゅっと眉間に皺を寄せて写真をじっと見てから「知りません」と言った。見たくないものを無理に見ているように見えた。行斗は、少し悲しそうな顔をしている。
 何だ、その顔は。どんな感情だ? 岩山田は考える。行斗の悲しそうな顔に、どんな意味がある?
「息子さんは、どうですか? この人、知ってますか?」
「……いえ、知りません」
 行斗は小さな声で言った。明らかに、さっきまでと態度が違っていた。
「わかりました。ありがとうございました」

 岩山田と鈴木は、林家を後にした。ドアを閉めるなり「何かありそうですね」と、鈴木が目を細めたまま静かに言う。
「ああ。名前は本当に知らないという顔をしていたが、写真を見せたときの反応は明らかに違った。名前は知らないが、顔だけ知っているとは、どんな場面だ?」
「やはり、藤田が強盗をしたときに、遭遇した……」
「そうだな。それが一番大きそうだな」
「強盗犯の名前なんていちいち聞きませんし、それでも顔を覚えているほどのインパクト。やはり藤田と林家の間には、十年前に何かありそうですね」
「そうだな」
 帰り際、林家の庭にある無数の花々が、岩山田の目にやけに鮮やかにうつった。
「それにしてもすごい花だな」
「そうですね。ひまわりもでかいし、庭いじりが好きなんですかね」
「そうだとしても、普通花壇を作らないか? こんなに庭一面に花がびっちりというのは、あまり見たことがない」
「まあ、たしかにそうっすね」
 うーん……岩山田は顎を撫でながら歩き出す。
 庭に一面の花。何かを隠すかのような一面の花……
 行方不明になっていて最近死んだ、強盗犯の藤田まもる。横浜と八王子で別人のようになった林克之。悲しそうな顔をした息子の行斗。克之から暴力を受けていた喜美子と行斗。

 喜美子と行斗が十年前、強盗犯の藤田まもると出会っていたとしたら……。

 岩山田の頭の中で、一つの仮説が導き出された。
 まさか……そんなことが?
「まさかな」
 岩山田は、自分が行きついた答えが突飛で、納得はいかなかった。でも、辻褄はあう気がした。
「なあ、敬二。ちょっと思いついたことがあるんだが、聞いてくれるか?」
「あ、はい」
 岩山田は、自分が導き出した答えを、鈴木に聞かせた。

 翌日。
「出ました! こっちです!」
 鑑識の一人が大きな声を出し、岩山田と鈴木は駆け寄った。
「あった……」
「岩山田さんの考え、当たってましたね……」
 まさか、という口調で鈴木が言う。岩山田の仮説を聞かされたとき、鈴木は本当に「まさか」と思った。しかし、今現在、こうして眺めてみると、これが現実であり、辿り着いた答えだったのだと信じるしかなかった。
 林家の花いっぱいの庭から、白骨化した男性の遺体が掘り起こされたのだ。


つづく
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