第8話

文字数 2,359文字

 携帯電話会社に問い合わせると、林克行のスマートフォンは、家族の証言通り、日曜の夜八時に家族へ送信されたメッセージが最後の使用であった。その後、使われた形跡はなし。
 岩山田と鈴木は克行が最後に行ったと思われるパチンコ屋に行ってみた。防犯カメラを見せてもらうためだ。しかし、周辺のパチンコ屋を三軒あたったが、鈴木らしき男は映っていなかった。 
「みんなカメラに映らないやつばっかりですね」
 運転しながら鈴木が愚痴る。
「これじゃ透明人間ですよ」
「まあ、ぼやくな」
「だって、十年前の強盗犯も消えてしまって、林克行も消えてしまった。それに、強盗犯はこの十年間、どこで何をしていたのかもわからない」
 鈴木の発言に岩山田は眉を動かした。
「十年間、どこにいたのか……か」
「え?」
「敬二、お前コンビニ強盗の防犯カメラ、見ただろ?」
「はい、見ました」
「犯人、痩せていたよな?」
「はい。店員も『細身だったから怖くなかった』といった供述をしています」
「だよな」
「どういうことです?」
「横浜で見つかった死体は、少し肥満に見えた」
「十年も経っていますからね」
「そうだ。そこだ。この十年、強盗犯は、体重を増やせるような生活をしていたということだ。服装も身ぎれいであったし、少なくとも生活に困っていなかったということだ」
「まあ、そうですね。でも、犯罪さえ起こさなければ、普通に生活できたんじゃないですか? 自分がやったってバレてないわけだし」
「そうだよな。それならなぜ今頃になって、病死したのに顔をつぶされて指紋を焼かれた?」
「さあ……実はコンビニ強盗には共犯がいて、今頃になって仲間割れしたとか?」
「共犯……かあ」
 そう言うなり、岩山田は黙った。こういうときは何か考えているときなので、あまり話しかけないほうがいいと鈴木は学んでいた。黙って運転する。

 十分もすると、克行の職場に着いた。このあたりは大学が多いせいか、学生向けの飲食店が多い。そのうちの一つ、【高尾定食】という定食屋の厨房で克之は働いていた。
 【高尾定食】は、平日のためか空いており、二人は遅くなった昼食をとることにした。店は広くはないが清潔で、メニュー数が豊富で、しかも安い。学生に人気であることは容易に想像がついた。厨房で調理をしているのが店主か、禿頭の痩せた男性。
「はい、サバの塩焼き定食と、ハンバーグ定食ね。ごはんおかわり自由ですから、言ってくださいね」
 店主の妻と思われる女性が料理を運んできた。エプロン姿の似合う、ふくよかな中年の女性だ。岩山田と鈴木はまず腹ごしらえをすまそうと、割り箸を割った。
「うまっ」
 ハンバーグを口に入れるなり鈴木が声を出す。
「サバもうまい」
 岩山田も焼き魚を食べながら、心の満たされる感覚を味わった。胃が満たされると心が満たされる。食事というのは大事だなと思う。十年前のコンビニ強盗犯は、この十年間、食事に困っていなかった。飢えというのは、ときに人を歪めることがある。逆に、いつも食事に満たされていたら……人が更生されることはあるのだろうか。
 あっという間に一杯目をたいらげた鈴木は「すみません、おかわりください」と、白米のおかわりを注文した。「はいはい」と言いながら茶碗を運んできた女性に岩山田は声をかける。
「あの、ここで林さんって方が働いていましたよね?」
「え! 林さんのことご存じ? ねえ、あの人どこ行っちゃったか知ってる?」
「林さんが失踪なさったのは、ご存じなんですね」
「知ってるわよー。昨日奥さんから電話が来てね、パチンコ屋さんに行ったまま帰ってこないって。夜、店にくることなんてないから、うちには来てませんよって返事したんですけど、今朝になっても帰って来ないらしいから、私たちも心配していたのよ」
 ねえ、あんた。といって女性は厨房を振り返る。
 店主が出てきて「あなたたちは、林さんのご友人ですか?」と言った。
「警察のものです」
 そう言って岩山田は警察手帳を見せた。店主は、ふんと鼻を鳴らす。鈴木は、白米をかきこみながら、警察に嫌な思い出でもあるのかな、と密かに思った。
「林さんは、どんな方ですか?」
「どんなって言われても、仕事は丁寧だし、穏やかだし、良い奴さ。少し内気な性格なのか、接客は苦手だったけど、料理は腕が良かったな。わしが教えることも、飲み込みは良かった。今は夏休みだから暇じゃが、ここらの大学が始まるとこの店もてんてこ舞いじゃ。そんなときでも、黙々と調理に集中してくれて、とても助かっておった」
 店主はふんっと鼻を鳴らしながら話す。癖なのかもしれない。
「林さんの、お写真ってありますか?」
「写真なんか撮らんな」
「そうですよね」
 岩山田は、鈴木の言っていた通り、林克行の失踪と強盗犯の死体損壊が無関係とは思えなかった。こんな偶然は珍しい。珍しい偶然というのは、もはや偶然ではない。それ以上の何かがあるはずだ。そう思って、少しでも克之の情報が欲しかった。克之の家でも喜美子が「写真を撮る習慣がない」と言って写真は手に入れられず、ここでも写真はないようだ。
「林さんに何か特徴はありますか?」
「特徴ねえ。思い浮かばないなあ。背はわしより大きくて、ちょっと小太りの、普通のおじさんじゃ」
「小太り、ですか」
「ああ、そうじゃな。デブとまではいかないが、痩せてはいないな」
「あら、林さんは、おデブさんのうちに入るんじゃないかしら」
 そう言って店主の妻がふふふと笑う。そうか、小太りか。岩山田は何か引っ掛かりを覚えた。林克行も、食事に困っていなかったのだ。それどころか、頼られている職場があり、心配してくれる家族がいて、それなら克之はどうして失踪などしたのか。岩山田には、やはり強盗犯の死体損壊が関係してくるとしか思えないのであった。

つづく
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