第9話

文字数 1,538文字

 会計を済ませ、店を出る。
 ふと鈴木の頭に一つの仮説が浮かぶ。まさかそんなはずは……と思うけれど、否定もできない。
「岩山田さん。ちょっと考えたことあるんですけど、聞いてくれますか?」
 捜査本部に戻る助手席で、岩山田は顎を撫でている。
「ああ、なんだ?」
「林克行が、強盗犯ということはないですかね?」
「ん?」
「十年前、何があったのかはわからないけれど、林克行はコンビニで強盗を犯す。何も盗らずに逃げたが、店員に怪我をさせてしまった。怖くなった克之は、家族と一緒に車で逃げようとして、アパートに戻ると、すぐに車に乗った。その運転姿がオービスに残っていた。しかし、着の身着のままではどうしようもなく、翌日何事もなかったかのようにアパートへ戻り、その後すぐに八王子に引っ越し、強盗の罪悪感から真面目に働いていた。どうですか?」
 岩山田は考える。
「悪くはないと思う。それなら強盗犯が忽然と消えたわけは、わかる。強盗犯と林克行、二人いると思っていたが、本当は一人だったということだな」
「はい。強盗犯が別にいると考えるから複雑なんじゃないでしょうか」
「じゃ、海で死んでいた男は、林克行か?」
「……そう、なりますね」
「顔をつぶして指紋を焼いたのは、誰だ?」
「奥さんの喜美子と息子の行斗……?」
「なんのためにだ?」
「えーと、なんでですかね」
「携帯電話のメッセージは偽装工作か?」
「そう……なりますね」
 うーん……とうなり、岩山田は顎を撫でる。林克行が強盗犯の死体遺棄に関わっているのではなく、林克行自身が強盗犯。その考えは、悪くないように思える。しかし、あの家族が何のために克之の死体を遺棄する必要があるだろうか。

 署に戻ると、ほかの捜査員が田中隆の家の聞き込みから帰ってきたところだった。ゴルフに行っていた隆も、サークルに出かけていた娘にも会えたようだったが、十年前のコンビニ強盗事件についての新しい証言はなかったようだ。社会人になった息子にも会いに行ったが、成果はなし。
 ただ、林克行が失踪していることはすでに他の捜査員にも伝達していたため、田中家に行った捜査員が林克行についても質問していたようで、そこで興味深い話が聞けたという。
「アパートの家族のことなら覚えていると田中あきが言いまして、あきの話によると、林克行はずいぶんと横柄で、トラブルメーカーとして近所ではちょっとした有名人だったようです」
「トラブルメーカー?」
「はい。たいしたことじゃないようなんですが、ポイ捨てをしたり、公園で子供の声がうるさいとクレームを言ったり、地域の厄介者といった感じです。家では家族に暴力をふるっていたという噂もあったようです」
「八王子での様子とまるで違うな」
 岩山田は首をかしげ、鈴木に問う。
「そうですね、真逆に近いです」
 八王子の克之は、穏やかで内気という印象であった。
「娘のみゆの話によると、みゆは当時十歳で、林の息子、行斗が当時八歳です。学校への集団登校が一緒で、行斗はいつも長袖を着ていることが多く、からかって袖をまくらせると、ときどき体にアザを作っていた、という話でした」
 岩山田は今日会ってきた、十八歳になった行斗を思い出した。線が細く、優しそうな青年で、疲れた顔をして父親の克之を心配しているように見えた。あれが、子供の頃、その父親から暴力を振るわれていた子供か。イメージがうまく一致しなかった。
 しかし、近所でも有名なトラブルメーカーであったのなら、安易に強盗をする、という考えもゼロではないな。林克行イコール強盗犯説、も追ってみるか……と静かに岩山田が考えているとき、一人の捜査員が大きな声を出して部屋に入ってきた。
「強盗犯の身元、わかりました!」
 部屋にいた全員が振り返った。


つづく
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