*ピアノとハーモニカ

文字数 1,172文字

ぼくの知る限り、「ピアノ派」は結構レアだ。
と言っても、鍵盤があって合唱曲だのクラシックだのを演奏するピアノではない。
パンの食べ方のことである。
読者の方々に於かれましては、にわかに信じがたいだろう。
だけど今朝、妻がこんがり焼いた食パンを長方形に折っていたのを見て
「その食べ方さあ、ハーモニカ折りって言わない?」
と、ふとぼくは尋ねていたのだ。

ぼくの言う「ハーモニカ折り」とは、食パンを横長に、二つに折って頬張る食べ方だ。
ああ、食パンは一般的な正方形のものを思い浮かべてほしい。
文字通り、折った形がハーモニカに似ているところから命名されている。
一方で-もう想像のついている賢明な読書もいるかもしれないが-
三角形に折って齧り付く食べ方を「ピアノ折り」と言う。
三角に折った形が、グランドピアノを上から眺めた形に似ているところから命名されている。
難しい?そんなこと言わず、ぜひイマジネーションを究極まで膨らませてほしい。
ちなみに「四角はキーボード、三角はトライアングルでもいいのでは?」とか言う別案は聞き入れない。

ここまで読んで、「そんな言い方、全国津々浦々聞いたことないぞコンニャロ」と罵声を飛ばしたい気持ちが込み上げてきたかも知れない。厚く同情しよう。
ぼくも口から漏れたものの、妻には「なにそれ」とバッチリ否定されてしまった。
メソメソとトイレに篭ったついでに調べてみたが、かの有名検索エンジンにも、
検索ワードとして1ミリもヒットしなかった。

では主題の出どころはどこかと言うと、意外でもなんでもない。
母親である。
幼少の頃、家族の中で下の兄だけが食パンを三角に折る癖があった。
兄が齧り付いた時に、三角形の二等辺から欲張って塗ったジャムがぶわっと溢れた。
それを見て「四角に折った方が食べやすくない?」と母に尋ねたとき、
「お兄ちゃんはね、ピアノが好きなのよ」と言ったのを鮮明に覚えているのだ。
今思えば、子どもの質問に対しての答えは得られていないが、
幼な子と言うのは母が答えてくれれば何でもよかったのだろう。

形をなにかに例えて言うのは、別に珍しい話じゃない。
有名どころで、月の模様を挙げてみよう。
日本では「餅をつくうさぎ」として知られているが、
お隣り中国では「ヒキガエルの頭と前足」、
オランダに至っては「悪行の報いで幽閉された男の容」だそうだ。
ぼくたち日本人は、満月のよく見える日には、
餅つきうさぎをなんとなく連想させるように、遠い昔から親によって刷り込まれている。

ここで読者-特に親世代の方々-に聞いてもらいたい頼みがある。
お子さんがパンを食べるときに「それ、ハーモニカ折り(もしくはピアノ折り)って言うんだよ」
と、それとなく伝えて、全国に布教してほしいのだ。
こんな提唱をしているのが世界で私一人だけで、変なことをいう奴だと、妻にばれるわけにはいかないからだ。
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