*父の思い付き

文字数 1,332文字

“犬を飼う”という決断はそう簡単なものじゃない。
大概の場合、生後数か月の子犬を飼う訳であるから、子犬にとって安全な場所や庭の確保が必要になる。
続いて、くつろいで眠ることのできるベッドや夢中になれるオモチャ、栄養のあるフードを購入する。
あとは先住ペットとの兼ね合いやら、かかりつけ医の選定なんかも忘れてはならない。
そしてそれらの決定事項を、ある程度の議会で決議を取り、
諮問機関の承認を以て、「さあペットショップを見に行きましょう」となるのが筋である。
平たく言えば、家族会議をし、パートナーや家族の許可を得る必要があるわけである。
ペットを飼う環境が整っていても、夫が言い出しっぺの場合、実はここが一番の関所だったりする。

だが、ぼくが大学3年の夏、
ふわふわ毛並みのアメリカン・コッカースパニエルが、
突如家族の一員として迎えられていた。

玄関のドアを開けたら
「とととと」
と、音がしてコッカーがひょっこり顔を出した。
犬に目がないぼくは真っ先に体中を撫でまくったり、お腹に顔をうずめたりしたが、
満足メーターの針がMAXに振り切ったところでふと我に返った。

とりあえずコッカーを抱き上げリビングに向かい、
呑気にコーヒーブレイクしていた母に尋ねた。
「お父さんがね、先々週に突然連れて帰ってきたのよ~もうびっくりで」
「もうびっくりで」はこっちのセリフである。
それにびっくりしているなら、手元の携帯で福山雅治の「家族になろうよ」なんて流さない。
もうバッチリ受け入れてるじゃあないか。

昔々、ぼくが6歳の頃に飼っていた雑種の犬が亡くなり、
後任の犬を飼おうと議題が上がったときには、もれなく家族会議が執り行われた。
我が家の場合、愛犬家は父なのだが、ペットに関する裁量権は父に依存していたのと、
犬嫌いや猫派閥所属の人間がいなかったので、決裁は滞りなく行われた。
当時、父から子犬探しに派遣を命じられたのはぼくと弟、妹の3人だった。
ぼくと父は大型犬の強面ハスキーに目を付けたのだが、
一方で弟たちは尻尾の短く愛くるしさ100%含有のコーギーに夢中。
結局、ペットショップで『コーギーがい゛いー!!』と泣き叫んだ二人の勝利であった。
かくしてコーギーが我が家に迎えたのだが、その凶暴性がベールを脱ぐのは時間の問題だった。
泣くほど懇願した二人は、2か月後に指を噛まれてから相手をしなくなってしまった。
同じくぼくもお尻を触ろうとしたときにガブリとイカれたが、凝りずに面倒を見続けた。

話を戻すが、本件はなんの連絡もなく父の独断と偏見で“連れて帰ってきた”ようだった。
因みに“独断と偏見”とか言っているが、全然悪い気などはない。
むしろありがとう。
なぜならぼくは戌年生まれ、“指なんて欲しけりゃくれてやる”がモットーの愛犬家なのだから。

こうして、実家に帰ればコッカーが玄関まで迎えに来てくれるのを知った僕は、
翌年の夏、いつもながらニヤニヤしながら実家のドアを開けた。

「ととととととと」

安直にコッカーが出迎えてくれるものだと思ったぼくは、
しばらく豆鉄砲に打たれたような顔をしていただろう。
ひょっこり顔を出したのは、
瞳がどこだかわからないほど真っ黒なスタンダードプードルだったのだ。
ったく、本当に困ったものである。ニヤリ。
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