*贅沢パックとケチパック

文字数 1,145文字

実のところ、ぼくの妻は案外美容に熱心な方でして。
学生の時から数えてもう7年目になるが、出逢った当初から唯一変わらない部分でもある。
他はまあ、色々と変わったというか、猫じゃなくなっただけかもしれないが。

シャンプー、リンス系はうん千円する美容院限定モデルを使い、
新しい化粧水が発売すれば、とりあえずサンプルを購入して試す。
とにかくしっかりとお金を費やすタイプで、
薬局の最下段に並んでいる299円CMシャンプーで満足しちゃう男のぼくとしては、
家で新しいカラフルな瓶を見つけるたびに、値段を想像してヤキモキしたりする。

一見、贅沢しているように聞こえるかもしれないが、全然そんなことはない。
いつかの昼も徒歩2分の薬局に行く前、妻は「日焼け止め塗らなきゃ」と呟くのだが、
結局もったいないから、という理由で一日家に引きこもってしまうタイプなのだ。
一方のぼくはというと、大学を出てようやく毎晩の洗顔をはじめた始末。
付き合った当初、妻はびっくり仰天していた。
一応断っておくと、ぼくはひげは毎日剃るし、眉毛もカモメになる前に整えるし、
ありがたいことにニキビのできづらい顔だったため、
決して顔面が荒れ放題の無法地帯だったわけではない。
そう汚いものを見る目でこっちを見ないでほしい。

最近の美容事情は想像より進んでいるらしく、先ほど挙げたサンプル品のように、
「瓶でいきなり買うのはちょっと」と女性の心をがっちりつかんだ商品も出ているようだ。
ずっと昔からあったのかもしれないが、こうしてわざわざ書き記すのは、
妻の付き添いで見つけたぼくにとって、それは世紀の大発見だったからである。

だが、妻の妊娠中はそんな美容意識も一変。
ニオイに非常に敏感になったのだ。
化粧水や乳液もかつて使っていたものではキツイらしく、
ニオイの弱くて簡単な顔パックを買うようになった。
以前、広島のお土産に「瀬戸内レモンパック」なるものを買って帰ったときには、
そのパックを貼った顔のまま、キッチンからサランラップを手に取ったかと思うと、
ラップをパックの上からグルグル巻き、妖怪の様な顔で
「これで効果倍増やねん」
と豪語したまま、30分近くその状態で美容成分を堪能していたのに、だ。
それにも関わらず、このとき買ってきたパックは、貼ってからたったの1分で剥がしてしまった。
なんと忙しい女性向けの朝用パックらしく、これで効果があるのだとか。
高級ディナーを、まるで牛丼を喰らうような速さで味わうのは、なんだかもったいないなあとぼくは思い、
パックを捨てようとした妻に向かって呟いた。
「もう捨てちゃうなんて、なんかあっけないね」
「だったらいる?使い古しだけど」

そう思った矢先、妻はぼくの顔にまだ生暖かいパックを「べたっ」と貼りつけた。
全く、贅沢なんだかケチなんだか。
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