第4話 前触れ

文字数 1,823文字

柳田の指定した会社は、地下鉄の駅から七分ほど歩いた国道近くにあった。この辺りは風俗店が多く、国道沿いは車の往来や店のネオンで賑わうが、一本奥の小道に入ると驚くほど暗くひっそりとしている。
小さなテナントビルが立ち並ぶ一角に、柳田が教えた『有限会社 (あけぼの)実業』はあった。ビルの左端に看板が掲げられていたのと、二階にある入口に小さな表札シールが貼られてあった。

インターホンを鳴らすと、青い縦縞のワイシャツに赤い花柄のネクタイをした若い男が出てきた。金髪だった。
「翔くん! よく来てくれたね」
奥にある黒革のソファーに座っていた柳田が、立ち上がり龍一を無視した挨拶をした。別の男二人と向かい合い、談笑していたようだった。
「翔太、帰るぞ」
柳田が歩み寄ってくるあいだ、龍一はそっと翔太に耳打ちをした。
「どうして?」
「ここは普通の会社じゃない。おそらくだが、暴力団事務所だ。雰囲気でわかる」
そう言われて翔太は、改めて社内を見渡した。十名ほどいる男たちは一見皆サラリーマン風の格好をしているが、事務用机に座りヘッドフォンで音楽を聴いたりアダルトビデオを見たりしている。麻雀卓を囲んで、麻雀をしている者たちもいた。

翔太の手を引き、戻ろうとしていた龍一の肩を、金髪の男が掴んだ。
「聞こえたぞ。うちは数十店舗もの風俗店を経営している、ちゃんとした会社だよ。いいから大人しくしてな」
そこに、黒いスーツ姿の柳田が、二人の男を引き連れやって来た。屈強そうな体つきの口髭をはやした男と、龍一と同年代と思われる長髪の男。
「まずは持ち物検査と、身体検査」
柳田が命じると、二人の男はそれぞれ龍一と翔太の全身を両手で触り、鞄の中身を確認した。携帯電話は電源を切られ、「預かっておくから」と柳田の手に渡った。
「一階が駐車場になっているから、置いてある車に乗ってホテルまで移動しよう」
柳田は、嬉しそうに言った。龍一と翔太は、完全に逃げるタイミングを失った。
「うちはヤクザじゃないから、安心しな。兄ちゃん」
さっきの会話が聞こえたのか、口髭の男が龍一に言った。一重瞼の細い目は、うまく表情が読み取れない。
「社長が元ホストで、社風が明るく自由なだけだよ。兄ちゃんもやってみっか? ホスト。いい店紹介するぞ」
そう言って、もう一人の男と声を合わせて下品に笑った。車もこの男が運転したが、車内も終始下品な笑いと会話が飛び交っていた。翔太を真ん中に挟んだ後部座席は、柳田と龍一がそれぞれ反対方向を向き、静かだった。龍一にはそれが嵐の前触れのように思え、嫌な予感しかなかった。

五分も経たずに着いたホテルは、平凡な西洋の古城風な外観だった。だが、車を降りロビーに入ってから、異様な空気が読み取れた。客室の写真が壁一面に飾られ、そこから部屋を選択出来るようになっているが、どの部屋も雰囲気が尋常ではない。壁にはロープで緊縛された女の子の絵や、『ムチ、ローソク、浣腸器他貸し出します』と書かれた貼り紙がある。
「SMホテルだな、ここは」
龍一が、柳田を睨みながら言った。翔太を見ると青ざめている。
「未経験か? 会社が運営しているSM風俗店で、顧客が利用するためのホテルだよ。私もよく使わせてもらっている」
柳田は鼻で笑いながら言い、「予約している者だ」とカーテン越しの受付に伝えた。考えてみれば、柳田が好みそうなホテルだと龍一は思った。二人の男たちは車内で二時間待ってもらうことにして、三人は予約された部屋へと向かった。

部屋に入ると、龍一と翔太はさらに仰天した。壁の四方が全て鏡張りになっており、正面にはキリストの処刑を彷彿(ほうふつ)とさせる十字架の磔台(はりつけだい)がある。左右にチェーンで吊るされた手枷(てかせ)がついていて、両手が拘束される仕組みになっているようだ。右側には白いソファーやSM用の拘束椅子、左側にベッドが置かれている。SM用の椅子など、ビデオや漫画で見たことはあったが使い方などよくわからない。まさかこれを使ってSMプレイをしろなんて言い出すんじゃないだろうな、と龍一は困惑した。
「本当に、ベッドでセックスするだけでいいんだな?」
龍一は、改めて柳田に確認した。柳田は、磔台の前にある白いソファーにゆったりと座った。
「ああ。まずは二人とも着ている服を全部脱いでくれ」
龍一と翔太は、ベッドの前で言われた通り服を脱ぎ始めた。すると背後で、柳田が携帯電話を使い誰かと話している気配がした。
「やれ」
柳田の低い声だけが、室内にはっきりと響いた。

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