第5話 拘束と雄叫び

文字数 1,881文字

次の瞬間、車の中で待っていたはずの男たちが一斉に部屋に飛び込んできた。大柄なほうの男が、いきなり上半身裸になっていた龍一の腹に、膝蹴りを食らわす。不意を突かれた龍一は呻きながら前屈みになり、床に膝をついた。そこをまた、足蹴(あしげ)にされた。

「やめて! 龍くんを殴らないで!」
もう片方の男が、絶叫する翔太をベッドの上に抑え込む。翔太は気がつかなかったが、ベッドの上部にもチェーンのついた手枷があり、両手が拘束されるようになっていた。
突然の衝撃に目がくらみ、龍一がふらつく体を起き上がらせると、両手をベッドに縛られ、ズボンを脱がされる翔太の姿が見えた。
「…やめろ」
喋ろうとすると、口の中に何やら液体が溜まる。唾を床に吐き捨てると、思った以上に血が混じっているのが見えた。どうやら口の中が切れたか、歯が折れたかしたらしい。大柄な男がそんな龍一を抱きかかえると、磔台の前に引きずっていった。何をされるか察した龍一は必死に抵抗しようとしたが、さらに顔を拳で殴られ、結局磔状態にされた。
「おい! 話が違うぞ!」
唇の端から血を流しながら、柳田に言う。
「こうでもしないと、きみの馬鹿は治らないものだから。翔くんが私に反抗的な態度をとるようになったのは、明らかにきみの影響だよ。だからきみたちには躾が必要だと思って、少し調教することにしたんだ」
柳田は龍一の目を見ず淡々とそう言うと、「はい」とショルダーバッグから取り出したビデオカメラを大柄な男に手渡した。口髭の男は、無表情のままカメラの先をベッドに向ける。
「龍くん! 助けて!」
全裸にされ泣き叫ぶ翔太の上に馬乗りになっている長髪の男も、いつの間にか全裸になっていた。
「やめろ! 勝手にビデオ撮影するな!」
絶叫するしか出来ない龍一に、
「ただの記念撮影だよ。あの子も、ああ見えて意外に喜んでいるんじゃないか? チンピラの男が好みなんだろう? きみみたいな」
微笑みながら、柳田は言った。
「殺す」
柳田を睨みつけながら、龍一が呟く。激しい怒りの感情が龍一の右腕に集中し驚異的な破壊力を呼び、チェーンの接着部分を爆発音のような音をたて引きちぎった。
「こういうこともあろうかと思ってね」
柳田は落ち着いた態度のまま、バッグから手錠を取り出した。立ち上がり、腰に巻いていた革ベルトを引き抜くと、鞭代わりに龍一の裸体を打つ。打撃で怯んだ隙に、外れた手枷の代わりに手錠を取り付けた。
「なんてきみにお似合いの道具なんだ」
柳田は、惚れぼれ眺めながら言った。

「プレイで使う鞭は、さほど痛くはない。客が怪我でもしたら大変だからね。今度暴れるような真似をしたら、またこのベルトでぶつからそのつもりでいろ」
さっきまで大声で泣き叫んでいた翔太の声も、徐々に聞こえなくなってきていた。龍一は直視することが出来ず、顔を後ろに向けて、目を瞑る。壁が鏡張りになっているため、目を開くと乱暴され、その様子を撮影されている翔太の姿が映ってしまう。
「見るんだ」
柳田は顔を背ける龍一の顎を掴み、前を向かせた。
「おまえが大切にしているものが、他の男から汚されていく姿を見ろ」
来るんじゃなかった、と改めて龍一は後悔した。最初に直感した通り、やはり罠だった。柳田がこのような拷問や処刑を好むのはわかりきっていた筈なのに。悔しさと憤りと、何も出来ない自分の無力さ加減に、龍一は嗚咽(おえつ)した。泣き顔を柳田に見られるのはさらなる屈辱で不本意だったが、あまりの精神的苦痛に、もはや涙をこらえることが出来なかった。すぐ前に座っている柳田が、満足気な笑みを浮かべているのが見なくてもわかる。
「二時間経ったな」
柳田は左手首にある外国製の腕時計を見ると言った。
「約束の金だ」
バッグから封筒を取り出すと、中に入っていた札束を龍一の前にばら撒いた。ここで(ようや)く龍一と翔太の手枷と手錠は外され、解放された。柳田が奪っていた携帯電話もソファーの上に返された。
「楽しかったなあ。一度やってみたかったんだよ。大満足だ」
柳田は言うと、高らかに笑いながら二人の男たちと部屋を出て行った。
「翔太…翔太」
涙と血と汚れた金にまみれた中、龍一は全身の痛みに耐えながら、這うようにしてベッドへと向かって行った。
ベッドの上の翔太は、全裸で気を失っていた。幸い、殴られた痕跡はどこにもない。ただ、必死で抵抗したのか手枷を着けられていた両手首だけが、赤黒く腫れて傷を作っていた。瞼は泣きはらしたせいか赤くなり、口の端からは相手の男のものと思われる体液が流れ出ている。
龍一はそんな翔太を抱きしめながら、狂わんばかりに天に向け、獣に似た雄叫(おたけ)びを上げた。

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