第7話 旧友(90’s)
文字数 1,703文字
拓也は、ジュンに言われたことを考えていた。隆は何故写真を渡しただけで、そこに写っている人達の事を何も言わなかったのか。そして、自分も何故聞かなかったのか。「自分で真実を見つけろ」とは、どういう意味なのか。死期を悟った父が息子に何を言いたかったのか…。
小野美咲・サキの存在を知って、一つの仮説は浮かんでいた。否定はしたかったが…自分はサキの息子ではないかということだ。ただ母親は拓也を溺愛していたし、そんな素振りを感じたことは一度もなかった。親戚縁者からも聞いたことが無い。拓也は確信が持てないでいた。
拓也が東京に戻る前に、看護婦が言った言葉が思い出される。
『お父さんは、わざと嫌われるようにしてるんじゃないかと思うの。だって、私達にはとても気を使ってくれるのよ。何度も謝って…。』
ジュンも、拓也が謝るのを見て、隆と似ていると言っていた。そんな父親の姿を拓也は想像出来なかった。拓也は、隆と遊んだ経験など無い。それどころか、ほとんど目も合わせてくれないような父親で、だからこそ無感情で生きている、つまらない人間だと認識していたのだ。だが、本当に駆け落ちまでするような情熱的な人間ならば、何故息子に対してあそこまで無関心なのか…。
拓也は、知らなくても良い事がこの先にあるのかもしれないと思ったが、「写真の真実」の調査をやめる気にはなれなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「隆。」
中島が、隆に声をかける。
隆は車椅子を看護婦に押してもらい、病院の中庭に来ていた。気持ちのいい風が、隆の乾いた肌を触った。
「…中島先輩。良くここが分かりましたね。」
中島は、看護婦に挨拶をして、あとは自分が付いているからと言って看護婦を退かせた。
「ま、俺も医者だからな。病院関係なら調べはつく。」
「ご無沙汰してます。」
「もう、40年近くになるか…。」
二人は暫く黙っていた。中島が車椅子を押して中庭を周る。中島は隆の病状を知っていた。だがそこには触れなかった。もう意味のない事だと二人とも分かっていたからだ。
「…うちのやつに拓也君が会ったよ。」
「ジュンさんと…そうでしたか。じゃあ拓也は全てを知ったんですね。」
「お前も分かってないな。そんなわけないだろ?」
「え?」
中島は隆の前に回り込み、しゃがんで隆の目線と高さを合わせ、笑って言った。
「あいつが全部教えると思うか?そんなかわいいタマじゃないよ。あいつが教えたのは、サキちゃんの本名と、お前達が住んでたアパートの住所だ。」
「でも、あの辺は確か…。」
「そ。すっかり変っちまって、手掛かりなんぞ残っちゃいないらしい。」
「全てを言ってくれても良かったのに…。」
そう言うと、隆は少し眩しそうに晴れ渡る空を見上げた。顔色は良くない。肌も弾力が無くなっている。つい医者の目線で隆を観察した中島は、隆にはもう時間が無い事を改めて感じた。そして、思っていたことを聞かずにはいられなかった。
「…なあ、隆。なぜ何も言わないんだ?」
「…先輩、子供がいなくて寂しいと思ったことはありますか?」
中島とジュンには子供がいなかった。だが、中島はそれを不幸に思ったことはない。好きな女がそばにいれば、それで十分だったのだ。中島は立ち上がり隆と同じように空を見上げる。
「いないものを想像しても仕方ないからな。子供が出来るかどうかなんて、神様が決めることだよ。」
「だとしたら、私は神様を恨みます。」
「え?」
思わず、隆を見るとその顔は怒りに満ちていた。
「私に子供がいる事、それが神の決めた事なら…先輩に子供がいない事、それが神なんてものが決めた事なら…私は恨みます。神はあなた達夫婦にこそ、与えるべきだった。私なんかじゃなく…。」
「隆…だが、愛しているんだろう?子供達を…。」
「『愛』とか『好き』とかいう言葉を、私は言える人間ではないんです。いえ、言ってはいけないんです。」
「隆…それでいいのか?このままでいいのか?」
「これが私への罰だと…そう思ってます。」
ふいに、冷たい風が二人の間をすり抜けていった。
小野美咲・サキの存在を知って、一つの仮説は浮かんでいた。否定はしたかったが…自分はサキの息子ではないかということだ。ただ母親は拓也を溺愛していたし、そんな素振りを感じたことは一度もなかった。親戚縁者からも聞いたことが無い。拓也は確信が持てないでいた。
拓也が東京に戻る前に、看護婦が言った言葉が思い出される。
『お父さんは、わざと嫌われるようにしてるんじゃないかと思うの。だって、私達にはとても気を使ってくれるのよ。何度も謝って…。』
ジュンも、拓也が謝るのを見て、隆と似ていると言っていた。そんな父親の姿を拓也は想像出来なかった。拓也は、隆と遊んだ経験など無い。それどころか、ほとんど目も合わせてくれないような父親で、だからこそ無感情で生きている、つまらない人間だと認識していたのだ。だが、本当に駆け落ちまでするような情熱的な人間ならば、何故息子に対してあそこまで無関心なのか…。
拓也は、知らなくても良い事がこの先にあるのかもしれないと思ったが、「写真の真実」の調査をやめる気にはなれなかった。
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「隆。」
中島が、隆に声をかける。
隆は車椅子を看護婦に押してもらい、病院の中庭に来ていた。気持ちのいい風が、隆の乾いた肌を触った。
「…中島先輩。良くここが分かりましたね。」
中島は、看護婦に挨拶をして、あとは自分が付いているからと言って看護婦を退かせた。
「ま、俺も医者だからな。病院関係なら調べはつく。」
「ご無沙汰してます。」
「もう、40年近くになるか…。」
二人は暫く黙っていた。中島が車椅子を押して中庭を周る。中島は隆の病状を知っていた。だがそこには触れなかった。もう意味のない事だと二人とも分かっていたからだ。
「…うちのやつに拓也君が会ったよ。」
「ジュンさんと…そうでしたか。じゃあ拓也は全てを知ったんですね。」
「お前も分かってないな。そんなわけないだろ?」
「え?」
中島は隆の前に回り込み、しゃがんで隆の目線と高さを合わせ、笑って言った。
「あいつが全部教えると思うか?そんなかわいいタマじゃないよ。あいつが教えたのは、サキちゃんの本名と、お前達が住んでたアパートの住所だ。」
「でも、あの辺は確か…。」
「そ。すっかり変っちまって、手掛かりなんぞ残っちゃいないらしい。」
「全てを言ってくれても良かったのに…。」
そう言うと、隆は少し眩しそうに晴れ渡る空を見上げた。顔色は良くない。肌も弾力が無くなっている。つい医者の目線で隆を観察した中島は、隆にはもう時間が無い事を改めて感じた。そして、思っていたことを聞かずにはいられなかった。
「…なあ、隆。なぜ何も言わないんだ?」
「…先輩、子供がいなくて寂しいと思ったことはありますか?」
中島とジュンには子供がいなかった。だが、中島はそれを不幸に思ったことはない。好きな女がそばにいれば、それで十分だったのだ。中島は立ち上がり隆と同じように空を見上げる。
「いないものを想像しても仕方ないからな。子供が出来るかどうかなんて、神様が決めることだよ。」
「だとしたら、私は神様を恨みます。」
「え?」
思わず、隆を見るとその顔は怒りに満ちていた。
「私に子供がいる事、それが神の決めた事なら…先輩に子供がいない事、それが神なんてものが決めた事なら…私は恨みます。神はあなた達夫婦にこそ、与えるべきだった。私なんかじゃなく…。」
「隆…だが、愛しているんだろう?子供達を…。」
「『愛』とか『好き』とかいう言葉を、私は言える人間ではないんです。いえ、言ってはいけないんです。」
「隆…それでいいのか?このままでいいのか?」
「これが私への罰だと…そう思ってます。」
ふいに、冷たい風が二人の間をすり抜けていった。