第10話 養護施設①(90’s・60’s)
文字数 2,520文字
「弘美ちゃん。大きくなったね。」
「院長先生、お久しぶりです。」
「拓也君…。大きくなった…これも運命なのかもな。」
『森の宮養護施設』と呼ばれるその児童養護施設は、親を失った子供達や親に捨てられたり、虐待を受けた子供達が生活していた。元気に外を駆け回り遊んでいる子供もいれば、一人で部屋の片隅で積み木をしている子供もいる。心に闇を落としている子供も少なからずいるようだった。
拓也と弘美は、施設に連絡を取り、小林に会う事となった。電話で弘美から内容を聞いた小林は、とても驚いていたようだが、詳しく話すと言って快く二人を施設に招待してくれた。
小林は剃髪していてまるで僧侶のようだった。弘美が知っていたのはその姿だった為、写真の人物とはなかなか結び付かなかったのだ。
「初めまして…ではないんですね。」
拓也は、小林にしっかりと向き合って尋ねた。
「そうだね。…ある程度予想はついているんだろう?どう考えている?」
「サキさんは…美咲さんは、俺の母親で、俺を捨てた。」
「半分正解で、半分違う。美咲ちゃんが君の母親だと言うのは正解だ。だが捨ててはいない。むしろ隆に奪われたんだ。」
「え?」
「…いや、どう受け取るかは君次第だな。私は事実だけ話そう。」
「そのお話の前に、お聞きしたいことが。」
「何だい?」
「美咲さんは、今どこに?」
「…死んだよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーー
隆と別れた後、サキは独り暮らしを始めた。実家に帰ることも考えたが、勘当同然でダンサーになろうと上京した手前、今更帰れない事情もあったが、実家の大体の場所は隆にも話してある。何より隆に居場所を知られるわけにはいかなかった。サキは同じ東京ではあったが、二人が暮らしてた場所からはかなり離れた場所に、安いアパートを借りてひっそりと暮らしていた。仕事はスーパーのレジ打ちのバイトをしていたが、徐々にお腹が大きくなると、仕事にも支障が出るようになり、サキは途方に暮れていた。
そんな時、サキは偶然にも小林と遭遇してしまう。たまたま小林の実家は、サキの住んでいた場所の近くだったのだ。お盆で実家に帰っていた小林は、バイト帰りの美咲を見つけ、ビックリして声をかけた。サキは小林以上に驚いてその場から立ち去ろうとしたが、小林はサキの腕を掴み、落ち着いて話を聞くため、サキを実家に招いた。サキは、もはや逃げられないと分かると、今までの一部始終を小林に話す事にした。
小林の実家はお寺だった。独特なお寺に漂う静穏な空気が、サキを徐々に落ち着かせていった。そんな中、サキはポツポツと今までの経緯を話した。小林は黙って聞いていた。そして事情をすべて聞くと、静かに呟く。
「…皆、探していたよ。隆は気が狂いそうになっていた…。」
「小林さん、この事は…。」
「言わないよ。…言って欲しくないんだろ?」
「ありがとう…。」
「何でかねえ…。何で、好きなもの同士が一緒に居られないのかねえ。」
「好きでも…一緒にいることが幸せとは限りません。」
「それがサキちゃんの答えか…。」
その時、お寺の中を子供達が「ただいま~。」といって何人かの子供達が入ってきた。小林のお父さんが「お客さんがいるから静かにしなさい。」と言って子供達の後を追う姿が見えた。サキは不思議そうに見ていると、小林が笑いながら教えてくれた。
「ここはお寺だけど、児童養護施設も兼ねていてね。むしろ最近じゃそっちの方が本業になってる。親父もいずれ、寺を畳もうと考えているんだよ。この辺じゃ檀家さんも減る一方だしね。あいつらは親がいないんだ。うるさくてごめんな。」
「いえ。素敵なお父様ですね…。」
そう言うと、サキは無意識にお腹を擦っていた。その姿を見て小林は決心した。
「そうだ。サキちゃんここに来ないか?去年俺の母親が死んでね、親父も年だから女手が欲しいと思っていたところなんだよ。」
「え?そんな…。」
「ここなら隆にもバレないだろうし、秘密にしておくよ。」
「でも、ご迷惑じゃ…。」
「俺は近いうちに会社を辞めて、親父の後を継いで、ここをちゃんとした養護施設にするつもりなんだ。実は母親が死んでからずっと考えててさ。親父がいなくなっちゃったら、あいつらどうするんだろうって…。だから暫くは、親父を手伝ってくれよ。俺も会社を辞めたらここに来るしさ。」
「…ありがたいですけど…小林さんに、そこまでしてもらう訳には…。」
「サキちゃんが、今でも隆を好きなのは分かってるよ。だから、下手な勘繰りはしないでくれ。俺はね、その子が心配なんだ。」
サキはハッとして、無意識に擦っていた自分のお腹を見た。
「あのね、サキちゃん。俺は不憫な子供達を沢山見てきた。中には泣きながらこのお寺に子供を預けに来たお母さんだっていたよ。『自分では育てられない』と言ってね。サキちゃんの子供…いや、隆の子供をサキちゃんだって幸せにしたいだろ?ここなら、その子を働きながら育てることだって出来る。」
この時、小林は自分を偽っていた。小林はサキを昔からずっと好きだったが、隆と一緒にいるサキの幸せそうな姿を見て諦めたのだ。だが、この偶然は運命だと思えた。自分がサキを守るのだと、そう運命が定めたのだと。それが自分の勝手な思い込みだとしても、彼女を放っておくことは出来ないと。勿論、サキの子供を幸せにしてあげたかったが、一番はサキを助けてあげたかったのだ。でもそう言えば、この優しい人は差し伸べた手を取ることはしないだろう。小林は自分のずる賢さに、自分自身に嫌気がさしたが、もう止められなかった。
「サキちゃん、生まれてくる子供の為には、それが一番良いんじゃないのか?」
サキは、嗚咽していた。隆を自らの意志で失った今、隆との愛の証を残したい。この子を幸せにしたい。ずっと、そう思ってたからこそ、今までやってこれたのだ。サキには生まれてくる子供が全てだった。
「…小林さん。お世話になります。…本当にありがとう。」
小林は、深々と頭を下げるサキを見て、少しの罪悪感とそれに勝る幸福感を感じていた。
「院長先生、お久しぶりです。」
「拓也君…。大きくなった…これも運命なのかもな。」
『森の宮養護施設』と呼ばれるその児童養護施設は、親を失った子供達や親に捨てられたり、虐待を受けた子供達が生活していた。元気に外を駆け回り遊んでいる子供もいれば、一人で部屋の片隅で積み木をしている子供もいる。心に闇を落としている子供も少なからずいるようだった。
拓也と弘美は、施設に連絡を取り、小林に会う事となった。電話で弘美から内容を聞いた小林は、とても驚いていたようだが、詳しく話すと言って快く二人を施設に招待してくれた。
小林は剃髪していてまるで僧侶のようだった。弘美が知っていたのはその姿だった為、写真の人物とはなかなか結び付かなかったのだ。
「初めまして…ではないんですね。」
拓也は、小林にしっかりと向き合って尋ねた。
「そうだね。…ある程度予想はついているんだろう?どう考えている?」
「サキさんは…美咲さんは、俺の母親で、俺を捨てた。」
「半分正解で、半分違う。美咲ちゃんが君の母親だと言うのは正解だ。だが捨ててはいない。むしろ隆に奪われたんだ。」
「え?」
「…いや、どう受け取るかは君次第だな。私は事実だけ話そう。」
「そのお話の前に、お聞きしたいことが。」
「何だい?」
「美咲さんは、今どこに?」
「…死んだよ。」
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隆と別れた後、サキは独り暮らしを始めた。実家に帰ることも考えたが、勘当同然でダンサーになろうと上京した手前、今更帰れない事情もあったが、実家の大体の場所は隆にも話してある。何より隆に居場所を知られるわけにはいかなかった。サキは同じ東京ではあったが、二人が暮らしてた場所からはかなり離れた場所に、安いアパートを借りてひっそりと暮らしていた。仕事はスーパーのレジ打ちのバイトをしていたが、徐々にお腹が大きくなると、仕事にも支障が出るようになり、サキは途方に暮れていた。
そんな時、サキは偶然にも小林と遭遇してしまう。たまたま小林の実家は、サキの住んでいた場所の近くだったのだ。お盆で実家に帰っていた小林は、バイト帰りの美咲を見つけ、ビックリして声をかけた。サキは小林以上に驚いてその場から立ち去ろうとしたが、小林はサキの腕を掴み、落ち着いて話を聞くため、サキを実家に招いた。サキは、もはや逃げられないと分かると、今までの一部始終を小林に話す事にした。
小林の実家はお寺だった。独特なお寺に漂う静穏な空気が、サキを徐々に落ち着かせていった。そんな中、サキはポツポツと今までの経緯を話した。小林は黙って聞いていた。そして事情をすべて聞くと、静かに呟く。
「…皆、探していたよ。隆は気が狂いそうになっていた…。」
「小林さん、この事は…。」
「言わないよ。…言って欲しくないんだろ?」
「ありがとう…。」
「何でかねえ…。何で、好きなもの同士が一緒に居られないのかねえ。」
「好きでも…一緒にいることが幸せとは限りません。」
「それがサキちゃんの答えか…。」
その時、お寺の中を子供達が「ただいま~。」といって何人かの子供達が入ってきた。小林のお父さんが「お客さんがいるから静かにしなさい。」と言って子供達の後を追う姿が見えた。サキは不思議そうに見ていると、小林が笑いながら教えてくれた。
「ここはお寺だけど、児童養護施設も兼ねていてね。むしろ最近じゃそっちの方が本業になってる。親父もいずれ、寺を畳もうと考えているんだよ。この辺じゃ檀家さんも減る一方だしね。あいつらは親がいないんだ。うるさくてごめんな。」
「いえ。素敵なお父様ですね…。」
そう言うと、サキは無意識にお腹を擦っていた。その姿を見て小林は決心した。
「そうだ。サキちゃんここに来ないか?去年俺の母親が死んでね、親父も年だから女手が欲しいと思っていたところなんだよ。」
「え?そんな…。」
「ここなら隆にもバレないだろうし、秘密にしておくよ。」
「でも、ご迷惑じゃ…。」
「俺は近いうちに会社を辞めて、親父の後を継いで、ここをちゃんとした養護施設にするつもりなんだ。実は母親が死んでからずっと考えててさ。親父がいなくなっちゃったら、あいつらどうするんだろうって…。だから暫くは、親父を手伝ってくれよ。俺も会社を辞めたらここに来るしさ。」
「…ありがたいですけど…小林さんに、そこまでしてもらう訳には…。」
「サキちゃんが、今でも隆を好きなのは分かってるよ。だから、下手な勘繰りはしないでくれ。俺はね、その子が心配なんだ。」
サキはハッとして、無意識に擦っていた自分のお腹を見た。
「あのね、サキちゃん。俺は不憫な子供達を沢山見てきた。中には泣きながらこのお寺に子供を預けに来たお母さんだっていたよ。『自分では育てられない』と言ってね。サキちゃんの子供…いや、隆の子供をサキちゃんだって幸せにしたいだろ?ここなら、その子を働きながら育てることだって出来る。」
この時、小林は自分を偽っていた。小林はサキを昔からずっと好きだったが、隆と一緒にいるサキの幸せそうな姿を見て諦めたのだ。だが、この偶然は運命だと思えた。自分がサキを守るのだと、そう運命が定めたのだと。それが自分の勝手な思い込みだとしても、彼女を放っておくことは出来ないと。勿論、サキの子供を幸せにしてあげたかったが、一番はサキを助けてあげたかったのだ。でもそう言えば、この優しい人は差し伸べた手を取ることはしないだろう。小林は自分のずる賢さに、自分自身に嫌気がさしたが、もう止められなかった。
「サキちゃん、生まれてくる子供の為には、それが一番良いんじゃないのか?」
サキは、嗚咽していた。隆を自らの意志で失った今、隆との愛の証を残したい。この子を幸せにしたい。ずっと、そう思ってたからこそ、今までやってこれたのだ。サキには生まれてくる子供が全てだった。
「…小林さん。お世話になります。…本当にありがとう。」
小林は、深々と頭を下げるサキを見て、少しの罪悪感とそれに勝る幸福感を感じていた。