第3話 病室の家族
文字数 2,455文字
「全く、余計な事を。」
拓也の父は、病室のベッドであからさまに不機嫌な表情を見せていた。
斉藤隆。拓也の父である隆は、胃ガンの第4ステージ、つまり末期ガンであった。現在、隆と拓也は離れて暮らしている。拓也は大学時代から東京に住み、隆は拓也の妹・歩(あゆみ)と新潟のとある田舎に住んでいた。拓也は歩からの電話で、初めて隆が以前から病気を患っていたことを知ったのだが、それは一緒に住んでいた歩も同じで、隆は誰にも自分がガンの末期であることを告げていなかったのだ。歩が知ったのは、隆が庭先で倒れていたのを見つけ、病院に搬送された時、初めて医者に告げられたのだが、隆にはそれすらも不満だったようだ。
連絡を受け拓也は車を飛ばし、新潟に向かった。弘美も自分も行くと言って、同乗する。ちょうど休みをとっていた弘美は、拓也についていようと思った。今の拓也の精神状態も不安だったが、何より新潟までの運転を心配したのだ。車の中で拓也は殆ど無言だったが、さすがの弘美も明るく振る舞う事は出来なかった。病院につくと、歩が不安げな表情で二人を出迎える。そして病室に着いた時の隆の第一声がそれだった。拓也はため息をついた。
「少しは、私の事も考えてよ、お父さん。一人じゃ不安にもなるじゃない。」
歩は隆にくってかかった。
「ここは完全看護だ。支払いだって保険会社に任せてある。」
「そうゆう問題じゃないでしょ。どうしてお父さんっていつもそうなの?」
「なるようにしかならん。拓也、弘美さんにもわざわざ来てもらって悪いが、歩を家まで送ってくれ。そのまま、お前たちも東京に帰りなさい。」
「ちょっと、お父さん!なんて事言うのよ。」
「…何で黙ってた?」
拓也は重い口を開いた。
「何で、あんたはいつもそうなんだ?あんたにとっちゃ、家族なんてそんなもんか?」
「話してどうなる?今更、どうなるもんでもないだろ?」
その時、病室のドアが開き看護婦が入ってきた。
「失礼しますね。斉藤さん、体温と血圧測らせて下さいね。良かったですねえ、お子さんが来てくださって…。」
隆は、そんな事はどうでもいいと言うように、話を変えた。
「看護婦さん、例のホスピスの件どうなってます?」
「…ホスピス?何それ?」
歩が何のことだか分からず、隆に聞き返す。
「お前達に迷惑はかけない。どうやらまだ死ねないらしいからな、頼んでおいた。だから俺の世話をする必要は無い。」
「…ちょっと待って。世話をするとかしないとかの話じゃなくて、どうして相談してくれないの?」
歩は、今にも泣きそうな顔で隆を責めた。
「相談したところで、結論は変わらん。」
「もういい!」
そう言うと、歩は病室を飛び出した。拓也が追いかけようとすると、弘美がそれを止める。
「私が行くわ。あなたはここにいて。」
弘美が歩の後を追うと、看護婦がいたたまれなかったのか「また改めて…。」と言って、そそくさと病室から出て行った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
病院の待合室で、歩は椅子に座り、顔を覆い泣いていた。
「歩ちゃん、大丈夫?」
そう言うと、弘美は歩の隣に座った。…無理もない。拓也達が来るまで歩は一人だったのだ。高校生の歩にとって、それがどんなに心細い事か、看護婦の弘美には良く分かった。
「ごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって…。」
「仕方ないわ。誰だってそうなるわよ。」
「私、お父さんが分からない…。」
「家族って難しいのね…。」
弘美は、歩の背中をさすり、しばらくの間なだめていた。やがて、少し落ち着いた歩は、弘美にお礼を言う。
「ありがとうございます。…弘美さんのところは、うちと違って、家族の仲も良いんでしょうね。」
「私、家族いないのよ。親に捨てられたの。」
「え?…ごめんなさい。私、何も知らなくて…。」
「いいのよ。気にしてないわ。物心つく前に施設に引き取られたから、詳しくは知らないけど、虐待されなかっただけマシかも。」
「辛かったでしょうね。」
「そうでもなかったわ。他の子供達とも仲良くやってたし、周りの大人も皆良い人で、私が大好きだったおばさんは、私を自分の子供のように育ててくれたしね。」
あっけらかんと笑顔で話す弘美に、歩は少し救われた気がした。
「いい施設だったんですね。」
「そうね。だから、私には本当の親子の愛情って分からないけど、だからこそ難しいのかもしれない。他人だからこそ、素直に愛情を表現できるのかもしれないわ。」
「そうかもしれません…。」
「ねえ、コーヒーでも飲まない?奢るわよ。」
そう言うと、弘美はウィンクして自動販売機に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ、とりあえず俺も行くから。明日また来る。」
拓也は、病室を出ようとした。二人でいても何を話していいか分からない。口を開けば喧嘩しそうで、さすがに病院では避けたかった。
「来なくていい。東京に帰れ。」
「あのさあ…俺がどうしようと、勝手だろ?様子を見に来るだけだよ。」
「そういう意味じゃない。」
「じゃあ、どういう…。」
拓也は振り返り、改めて文句を言おうとすると、脇にあった引き出しから、隆は何かを取り出した。それを拓也に渡そうと手を伸ばす。ため息をついて、拓也はそれを受け取った。
「何だよ…。」
渡されたものは、写真だった。
古い写真で、5人の男女が笑顔で写っていた。1人は隆の若い頃のようだ。他に女性が2人と隆の他に男性が2人。女性達はかなり派手な格好をしていた。まるで舞台衣装のようだと拓也は思った。5人の後ろには、光り輝く電飾で飾られたディスコのようなお店がある。
「後ろを見ろ。」
拓也は言われるまま写真をひっくり返すと、そこには東京の住所が書かれていた。
「そこへ行って、自分で見つけろ『真実』を…。」
隆はそれだけ言うと、少し疲れたようにベッドに潜り込んだ。
拓也の父は、病室のベッドであからさまに不機嫌な表情を見せていた。
斉藤隆。拓也の父である隆は、胃ガンの第4ステージ、つまり末期ガンであった。現在、隆と拓也は離れて暮らしている。拓也は大学時代から東京に住み、隆は拓也の妹・歩(あゆみ)と新潟のとある田舎に住んでいた。拓也は歩からの電話で、初めて隆が以前から病気を患っていたことを知ったのだが、それは一緒に住んでいた歩も同じで、隆は誰にも自分がガンの末期であることを告げていなかったのだ。歩が知ったのは、隆が庭先で倒れていたのを見つけ、病院に搬送された時、初めて医者に告げられたのだが、隆にはそれすらも不満だったようだ。
連絡を受け拓也は車を飛ばし、新潟に向かった。弘美も自分も行くと言って、同乗する。ちょうど休みをとっていた弘美は、拓也についていようと思った。今の拓也の精神状態も不安だったが、何より新潟までの運転を心配したのだ。車の中で拓也は殆ど無言だったが、さすがの弘美も明るく振る舞う事は出来なかった。病院につくと、歩が不安げな表情で二人を出迎える。そして病室に着いた時の隆の第一声がそれだった。拓也はため息をついた。
「少しは、私の事も考えてよ、お父さん。一人じゃ不安にもなるじゃない。」
歩は隆にくってかかった。
「ここは完全看護だ。支払いだって保険会社に任せてある。」
「そうゆう問題じゃないでしょ。どうしてお父さんっていつもそうなの?」
「なるようにしかならん。拓也、弘美さんにもわざわざ来てもらって悪いが、歩を家まで送ってくれ。そのまま、お前たちも東京に帰りなさい。」
「ちょっと、お父さん!なんて事言うのよ。」
「…何で黙ってた?」
拓也は重い口を開いた。
「何で、あんたはいつもそうなんだ?あんたにとっちゃ、家族なんてそんなもんか?」
「話してどうなる?今更、どうなるもんでもないだろ?」
その時、病室のドアが開き看護婦が入ってきた。
「失礼しますね。斉藤さん、体温と血圧測らせて下さいね。良かったですねえ、お子さんが来てくださって…。」
隆は、そんな事はどうでもいいと言うように、話を変えた。
「看護婦さん、例のホスピスの件どうなってます?」
「…ホスピス?何それ?」
歩が何のことだか分からず、隆に聞き返す。
「お前達に迷惑はかけない。どうやらまだ死ねないらしいからな、頼んでおいた。だから俺の世話をする必要は無い。」
「…ちょっと待って。世話をするとかしないとかの話じゃなくて、どうして相談してくれないの?」
歩は、今にも泣きそうな顔で隆を責めた。
「相談したところで、結論は変わらん。」
「もういい!」
そう言うと、歩は病室を飛び出した。拓也が追いかけようとすると、弘美がそれを止める。
「私が行くわ。あなたはここにいて。」
弘美が歩の後を追うと、看護婦がいたたまれなかったのか「また改めて…。」と言って、そそくさと病室から出て行った。
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病院の待合室で、歩は椅子に座り、顔を覆い泣いていた。
「歩ちゃん、大丈夫?」
そう言うと、弘美は歩の隣に座った。…無理もない。拓也達が来るまで歩は一人だったのだ。高校生の歩にとって、それがどんなに心細い事か、看護婦の弘美には良く分かった。
「ごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって…。」
「仕方ないわ。誰だってそうなるわよ。」
「私、お父さんが分からない…。」
「家族って難しいのね…。」
弘美は、歩の背中をさすり、しばらくの間なだめていた。やがて、少し落ち着いた歩は、弘美にお礼を言う。
「ありがとうございます。…弘美さんのところは、うちと違って、家族の仲も良いんでしょうね。」
「私、家族いないのよ。親に捨てられたの。」
「え?…ごめんなさい。私、何も知らなくて…。」
「いいのよ。気にしてないわ。物心つく前に施設に引き取られたから、詳しくは知らないけど、虐待されなかっただけマシかも。」
「辛かったでしょうね。」
「そうでもなかったわ。他の子供達とも仲良くやってたし、周りの大人も皆良い人で、私が大好きだったおばさんは、私を自分の子供のように育ててくれたしね。」
あっけらかんと笑顔で話す弘美に、歩は少し救われた気がした。
「いい施設だったんですね。」
「そうね。だから、私には本当の親子の愛情って分からないけど、だからこそ難しいのかもしれない。他人だからこそ、素直に愛情を表現できるのかもしれないわ。」
「そうかもしれません…。」
「ねえ、コーヒーでも飲まない?奢るわよ。」
そう言うと、弘美はウィンクして自動販売機に向かった。
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「じゃあ、とりあえず俺も行くから。明日また来る。」
拓也は、病室を出ようとした。二人でいても何を話していいか分からない。口を開けば喧嘩しそうで、さすがに病院では避けたかった。
「来なくていい。東京に帰れ。」
「あのさあ…俺がどうしようと、勝手だろ?様子を見に来るだけだよ。」
「そういう意味じゃない。」
「じゃあ、どういう…。」
拓也は振り返り、改めて文句を言おうとすると、脇にあった引き出しから、隆は何かを取り出した。それを拓也に渡そうと手を伸ばす。ため息をついて、拓也はそれを受け取った。
「何だよ…。」
渡されたものは、写真だった。
古い写真で、5人の男女が笑顔で写っていた。1人は隆の若い頃のようだ。他に女性が2人と隆の他に男性が2人。女性達はかなり派手な格好をしていた。まるで舞台衣装のようだと拓也は思った。5人の後ろには、光り輝く電飾で飾られたディスコのようなお店がある。
「後ろを見ろ。」
拓也は言われるまま写真をひっくり返すと、そこには東京の住所が書かれていた。
「そこへ行って、自分で見つけろ『真実』を…。」
隆はそれだけ言うと、少し疲れたようにベッドに潜り込んだ。