西の砦
文字数 2,040文字
樹木の合間の狭い公道を一刻近く駆けると、砦が見えてきた。
遠目に見る砦の塔や壁のあちこちに、何かが張り付いている。
妙な形だが肌色をしており、人の形と見てとれるものもあった。
砦に到達すると、それは実際に、無造作に壁にぴったりと引っ付けられた裸の人の死体であり、それらは皆、頭部だったり足や腕だったり、あるいは背や腹部や身体の部分部分が妙にぼってりと肥大化して、他人同士の肥大化した部分と重なったり結合したりしている。
砦を守っていた兵らの死体のようであった。
いつ頃からこのようになっているのかわからないが、不思議に腐敗している様子はなく、しかし血は固まってこびり付き、時間が経過していることがわかる。
人の死体なのに、人でない何かに仕立て上げられた、まるでどこかデッサンの狂った絵のような、悪趣味なオブジェのような、現実味のない光景に思えた。
吐き気を催したのか、砦の壁の下でしゃがみ込んでいる兵達もいる。
「境界でやられるというのは、こんなもんなのじゃ」
バッシガはどこを見るともなく、隣にミシンが来るとそう言った。
城内を見てきたという兵隊長は、ここはもう諦めましょう、放棄しましょう、と訴えた。
訓練を受けた兵でも、呆然として中には涙する者もあった。
「わしも城内に入り、陣頭指揮を執る」
バッシガは彼らを鼓舞して言った。
「しっかりせい。もっと酷い死に様だってわしは見たことがあるわい」
それでも若い兵の中には、こんな死に方は嫌だ、あんまりだ、と泣く者もいた。
バッシガはそれでも、ここを補給点にするしかないとして部下達を鼓舞した。
「東の方には、敵部隊の一部が逃げていったのも斥候が確認しておる。ヒュリカとライオネリンの二部隊が追尾したが、あちらの方は戦闘になるじゃろう」
それから間もなく、街道の中間地点に待機していたイリュネーから遣いの者が来て、東の砦を奪回に向かった部隊と連絡が取れなくなっていると伝えてきた。
指定時刻を過ぎても連絡が来ず、こちらから二度兵を送ったが戻ってこないという。
あからさまに嫌な感覚のする報告だった。
兵達に動揺が広がる。
ミシンはヒュリカの隊がそこにいるということをすぐに頭に浮かべた。
「バッシガ様! このミシンの隊を、支援に差し向けてください」
ミシンは迷いなく、そう申し出た。
それは自身の隊の役目でもあるはずだ。
しかしバッシガは、
「待てミシン殿。単独で動くのは危険かもしれん」
そう言いミシンを引き留めようとする内、またイリュネーからの遣いが来て、更に後方のハイオネリンの部隊が、忽然と消えているという。
兵を遣ったところ、ハイオネリン隊自体がいるべき位置に布陣しておらず、兵はそこよりだいぶ後方まで戻ってみたが、争った形跡もなく何かがあって急いで撤退したような形跡も見られず、引き返してきたという。
もしかすると、最悪の場合、退路は断たれ、ここに孤立してしまっている、ということになるかもしれなかった。
事態は、全く想定外のものとなった。
兵らに一気に動揺が走り、一部はパニックに陥りそうになったが、気丈に振る舞うバッシガの存在が何とかそれをつなぎとめた。
だが、それだけなかった。
ここでヒュリカを救わねばという意志が恐怖に打ち勝ったミシンは、自ら東へ赴くことを願い出で、ミジーソは冷静に後方にも注意深く調査を出すべしと献策、部下のミルメコレヨンらも妙に落ち着き払っている(元々なのだが)ことから、周囲の兵達にはミシンらが急に頼もしい存在に映ったのだった。
これに鼓舞された兵には、自ら東へ向かうミシン隊に従わせてほしいと申し出た者も何名か出てきたほどだ。
バッシガはすぐにイリュネーの隊を呼び寄せるよう遣いを返すと、イリュネーは手早く陣をまとめ無事合流してきた。
イリュネーはこの状況に、竦んでしまっている様子が見て取れた。
バッシガの隊はこの砦を何とか使える状態に急ぎ戻す作業に移った。
兵達の気持ちを思うといたたまれないとは思ったが、砦を整備すれば、敵の攻撃を受けたとしても防ぎやすい。
兵らも意を決した。
砦のあちこちに引っ付いている死体を引き剥がし、弔うべく砦の外に並べていった。
身体の部分同士が完全にくっ付いたまま離れないものもあった。身体のどこかしらが不気味に膨れ上がったり、あり得ないでこぼこになっている者が何人もいた。
すっぽり大穴が空いて血も内臓も抜き取られていたり、骨が抜き取られていたり、内臓だけが束ねて尖塔に吊り下げられていたりした。
ある者は皮だけになって、砦の頂で風に揺れていた。
ミシンは一の隊から一部の兵を借り受け、代わりにミジーソをバッシガの補助に残し、東の砦へ向かった。
後方へは、イリュネーが行くことになった。
遠目に見る砦の塔や壁のあちこちに、何かが張り付いている。
妙な形だが肌色をしており、人の形と見てとれるものもあった。
砦に到達すると、それは実際に、無造作に壁にぴったりと引っ付けられた裸の人の死体であり、それらは皆、頭部だったり足や腕だったり、あるいは背や腹部や身体の部分部分が妙にぼってりと肥大化して、他人同士の肥大化した部分と重なったり結合したりしている。
砦を守っていた兵らの死体のようであった。
いつ頃からこのようになっているのかわからないが、不思議に腐敗している様子はなく、しかし血は固まってこびり付き、時間が経過していることがわかる。
人の死体なのに、人でない何かに仕立て上げられた、まるでどこかデッサンの狂った絵のような、悪趣味なオブジェのような、現実味のない光景に思えた。
吐き気を催したのか、砦の壁の下でしゃがみ込んでいる兵達もいる。
「境界でやられるというのは、こんなもんなのじゃ」
バッシガはどこを見るともなく、隣にミシンが来るとそう言った。
城内を見てきたという兵隊長は、ここはもう諦めましょう、放棄しましょう、と訴えた。
訓練を受けた兵でも、呆然として中には涙する者もあった。
「わしも城内に入り、陣頭指揮を執る」
バッシガは彼らを鼓舞して言った。
「しっかりせい。もっと酷い死に様だってわしは見たことがあるわい」
それでも若い兵の中には、こんな死に方は嫌だ、あんまりだ、と泣く者もいた。
バッシガはそれでも、ここを補給点にするしかないとして部下達を鼓舞した。
「東の方には、敵部隊の一部が逃げていったのも斥候が確認しておる。ヒュリカとライオネリンの二部隊が追尾したが、あちらの方は戦闘になるじゃろう」
それから間もなく、街道の中間地点に待機していたイリュネーから遣いの者が来て、東の砦を奪回に向かった部隊と連絡が取れなくなっていると伝えてきた。
指定時刻を過ぎても連絡が来ず、こちらから二度兵を送ったが戻ってこないという。
あからさまに嫌な感覚のする報告だった。
兵達に動揺が広がる。
ミシンはヒュリカの隊がそこにいるということをすぐに頭に浮かべた。
「バッシガ様! このミシンの隊を、支援に差し向けてください」
ミシンは迷いなく、そう申し出た。
それは自身の隊の役目でもあるはずだ。
しかしバッシガは、
「待てミシン殿。単独で動くのは危険かもしれん」
そう言いミシンを引き留めようとする内、またイリュネーからの遣いが来て、更に後方のハイオネリンの部隊が、忽然と消えているという。
兵を遣ったところ、ハイオネリン隊自体がいるべき位置に布陣しておらず、兵はそこよりだいぶ後方まで戻ってみたが、争った形跡もなく何かがあって急いで撤退したような形跡も見られず、引き返してきたという。
もしかすると、最悪の場合、退路は断たれ、ここに孤立してしまっている、ということになるかもしれなかった。
事態は、全く想定外のものとなった。
兵らに一気に動揺が走り、一部はパニックに陥りそうになったが、気丈に振る舞うバッシガの存在が何とかそれをつなぎとめた。
だが、それだけなかった。
ここでヒュリカを救わねばという意志が恐怖に打ち勝ったミシンは、自ら東へ赴くことを願い出で、ミジーソは冷静に後方にも注意深く調査を出すべしと献策、部下のミルメコレヨンらも妙に落ち着き払っている(元々なのだが)ことから、周囲の兵達にはミシンらが急に頼もしい存在に映ったのだった。
これに鼓舞された兵には、自ら東へ向かうミシン隊に従わせてほしいと申し出た者も何名か出てきたほどだ。
バッシガはすぐにイリュネーの隊を呼び寄せるよう遣いを返すと、イリュネーは手早く陣をまとめ無事合流してきた。
イリュネーはこの状況に、竦んでしまっている様子が見て取れた。
バッシガの隊はこの砦を何とか使える状態に急ぎ戻す作業に移った。
兵達の気持ちを思うといたたまれないとは思ったが、砦を整備すれば、敵の攻撃を受けたとしても防ぎやすい。
兵らも意を決した。
砦のあちこちに引っ付いている死体を引き剥がし、弔うべく砦の外に並べていった。
身体の部分同士が完全にくっ付いたまま離れないものもあった。身体のどこかしらが不気味に膨れ上がったり、あり得ないでこぼこになっている者が何人もいた。
すっぽり大穴が空いて血も内臓も抜き取られていたり、骨が抜き取られていたり、内臓だけが束ねて尖塔に吊り下げられていたりした。
ある者は皮だけになって、砦の頂で風に揺れていた。
ミシンは一の隊から一部の兵を借り受け、代わりにミジーソをバッシガの補助に残し、東の砦へ向かった。
後方へは、イリュネーが行くことになった。