〝敵〟(2)

文字数 2,158文字

 外に出ると、門の前には兵数人が厳重に見張っており、何人かの戦士らが探し歩いているのが見える。
 門兵には、ミシンらも他の戦士らと同じに敵の捜索に出ると見られたのか、とくに止められることもなかった。
 ミルメコレヨンらの姿はすでに近くにはない。
 
 霧が、濃い。
 確かヒュリカはそう言っていたな、とミシンは次にヒュリカを探した。
 ヒュリカの姿もない。もしかして今頃もう敵と……どうやって、あの子が戦うのだろう。
 境界での戦に慣れた女の子か。
 ミシンは急ぎ足に駆けた。
 
「ミシン殿。離れずに! 闇雲に探しても見つかりますまい」
 
 城下はひっそりとして、住民にはおそらく家から出ないように、という令が出ている様子だった。
 ところどころに兵が立って見守っている。
 これは住民を守るためらしく、敵を探し討つのは、戦士達の役目のようであった。
 一人二人、捜索している戦士を見かける。
 
 幾らも経たずに、すぐ向こうの通りで声があがる。
 
「敵は討たれた!」
「仕留めた!」
「もう、無事に討たれたぞ」
 
 立ち止まり、辺りを見る。
 
「はぁ、はぁ。どうやら……」
 ミジーソが息を切らして追いついてくる。
 
「敵は三体だった」
「こちらには怪我人もない」
 戦士らの何人かが、すぐ横を通っていく。
 
 拍子抜けしてしまった。
 
「あっけない。なんだ、もう……」
 ミシンはそう言ってまたミジーソと目を合わせたが、途端、張りつめていた緊張が抜けてふうっと溜め息を吐いた。
 
 聞いてミジーソがはっは、と笑い、ミシンの肩を叩いた。
 
「戻ろう。ミシン殿。なに手柄はまだ、まだこれからですぞ」
 
 曲がり角に来ると、ふいっと現れた、ヒュリカだ。
 
「あら……」
 
 ミシンはあのとき止められていたので一瞬どきっとしたが、ヒュリカは予想外に、笑みを送ってくるのだった。
 彼女も騎士なれば、やはりこの気持ちは解してくれた、ということだろうか。
 勿論、無事に敵が討たれた、ということがまずあってのことだろうが……。
 
「ヒュリカ。もしかして、敵は君が?」
「ええ。一体はね」
 
 ミシンは感心したのと同時、僕がそこにいたら、という強い思いに駆られた。
 悔しさ、口惜しさが込み上げる。
 
「……」
 ヒュリカと向き合ったままじっと、ミシンは下を向く。
 
 そんなミシンの思いは解せずむしろ何を勘違いしたのか、ミジーソは同じ年頃の異性と話すミシンを気遣って、城に戻る戦士らに混じってそっと場を去っていた。
 ヒュリカも小首を傾げたが、何も言わないでいるミシンを残して、すぐに城の方へとその場を後にした。
 その集団の最後尾に、ミルメコレヨンらがいるのを見てミシンはやっと我に帰る。
 
「ちっ」
 ミルメコレヨンの舌打ち。
 道の傍らにいるミシンに気づいていない。
 
 なるほど、彼も〝敵〟を討つことはできなかったのだ。
 ミシンはそう思い、ふふ、とようやく笑いをもらした。
 
 負けはしない、ミルメコレヨンには。
 どれだけの力があるのかしれないけど、僕は聖騎士に選ばれているんだ。
 彼のが騎士として経歴が長いだけで、才能はこちらのが上さ。
 今に……ミシンはそうふつふつと思いながら後を追い城の方へと歩く。
 
「……しかし、主。〝敵〟は四体いるのを見ました。城のやつらが討ったと言うたのは三体でしたぞ」
「ほう? まことか。ならばすぐにも戻って……」
 
 なんと。
 ミシンは聞き耳を立てる。
 
「いえいえ、主。ここは一度城の者と一緒に戻るふりをして、後で我々だけで。さすれば、手柄は確実に我々のものに」
「成る程……ふふう」
 
 本当か。
 敵は四体。
 ミルメコレヨンらはでは少なくとも〝敵〟の姿は見たのか。
 ともあれ……ミシンが逡巡していると、
 
「遅い。何してる?」
 
 ヒュリカ。
 店の脇に立って、待っていてくれた?
 
「曲がりなりにも、敵が出たんだ。弱かったけどさ。見張りも強化するけど……今夜は霧も濃いし、危ないんだ」
 
 ミルメコレヨンらは行ってしまう。
 
「心配、して……心配なんかしてくれているのか?」
 
「……はあ」
 
 ヒュリカはあきれた、という顔をする。
 
「死なれたら、困るから、だ。そうでしかない。都からの聖騎士、か。まったく、厄介だ。ほら聖騎士殿」
 
 ヒュリカは少し歩いて、すぐに立ち止まる。
 
「早く。卿から、言われているんだ。聖騎士さんに何かないようにって。私はお守りじゃ、ないんだけどな」
 
 ミシンは、はっとして、またふてくされたふうになるしかないのだった。
 
「お守りがいる聖騎士なんてまったく、厄介よ」
 
 ヒュリカ。僕は本当に、真剣に、戦いにここに来ているんだ。それが僕の、使命だ。任務なんだ――
 
 警備強化のため、巡回兵が出てきている。
 あらかたもう城に戻った戦士らに続いて、先を行くヒュリカから少し距離を置いてミシンは城へ入った。些か惨めな気持ちを背負って。
 
 そのときには、四体目の〝敵〟のことは半ば忘れてしまっていた。そのことをヒュリカや卿ら城の者に報告することも。
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