対峙(1)

文字数 2,175文字

 翌日、ミシンは昼前までゆっくり眠った。
 
 ケトゥ卿は今日は調子がすぐれず、宴はしばらく延期になったと聞いた。
 
 この日は、昼間も霧が濃い。
 こういう日は、境界に住む者は元気がなかったり不調になる者もいるのだという。
 ヒュリカもだろうか? ミシンはそうふと思ったりする。
 
 卿自身が寝ており呼ばれることもなく、とくにまだこちらでのするべきこともないため、ミシンは何となしに中庭に向かった。
 ヒュリカの姿はない。
 思えば、夜警の後だ。眠っているのだろう。
 
 ミジーソが、中庭に出てきていた。
 が、もう部屋に戻るところらしく、
「まあ、ゆっくりと待ちましょう。そのうち、やるべきことをやることになる」
 とだけ言うと、引き下がっていった。
 
 中庭にも、他の城内にもこの日は人自体が少なかった。
 ヒュリカと同じく、夜警に出ていた者も多いのだろう。
 昼は、夜よりはずっと安全だとのことは聞いた。
 
 ミシンは何度か、自室と中庭を行ったり来たりした。
 自室で休んで、気が滅入るということもなかったが、少しすると中庭で空気を吸う。
 外には出なかった。
 
 そのまま、夜になった。
 昨夜と違い、この日はもう夜警はとくに張られておらず、昼間からの延長でむしろ人自体が少なく感じられた。
 夜なので、本来はこのようなものなのか、とも思う。
 
 門は開いて、がらんとしている。
 夜、街へ出て行く城の者もいる。
 滞在者含め城の者の出入りは、自由なのだ。
 ミシンは、城の門の脇の窓に腰かけ、霧の夜をぼうっと眺めていた。
 すると、城を出て行く者らがあり、見ればミルメコレヨン達である。
 
 ミシンは、はっとした。
 
 ミルメコレヨンらは、〝敵〟の残りの一体を討ちに行く……そうだった。
 
 昨夜ミルメコレヨンらはそう話していた。あの後、ヒュリカに会って、安堵やら悔しさやら疲労で、眠ってしまい今日起きてからもずっと忘れていた。こんなことを。
「どこかに隠れているはず。見つけて、我々で手柄にするのだ」か、ミルメコレヨンめ……手柄。ミルメコレヨンにくれてやりたくもない。
 
 ミシンはつい、その後を追って外へ出た。
 
 今夜は、門にさえ兵が配置されていない。
 いやよく見ると、端っこの方に人影が見える。
 そうするうちにも、ミルメコレヨンらは足早に行ってしまいそうだ。
 
「追わなければ」
 
 しかしもとより、咎めるというつもりもない。
 ただミルメコレヨンらには後れを取りたくない、そういう思いだった。
 ミシンは、濃い霧の取り巻く夜の街へと駆けていく。
 
 ミルメコレヨン達は、すぐに見失ってしまった。
 街灯かりも少なく、家の明かりもあらかたが消えており、いやにひっそりとした夜である。
 最初のうちは、巡回兵や、住民なのかと思う影にも二、三度出くわした。
 声をかけることはなかったが……
 この広い城下のどこに〝敵〟が潜んでいるのかわからない。
 何か、探し方でもあるのだろうか。
 
「……誰だ。マホーウカ?」
 
 ちらりと見えたその後ろ姿を追うが、すぐに見えなくなる。
 
「ミルメコレヨン?」
 
 ミルメコレヨン、マホーウカ、部下のもう一人と、順々にその姿を見るように思うが、追いかけると、いない。
 
 気づけば、霧は前よりも濃さを増していた。
 
「はぁ、はぁ……」
 
 追うミシンの息だけが荒く、聞こえている。
 
 さきまでは、街の中心部や、商店街の付近をぐるぐると回っていたふうに思っていたが、いつしか違う通りに出ている。
 霧のためなのか建物はずんとそびえ立つ影のようにしか見えない。
 周囲に灯かりの一つもないし、窓も扉もまったく判別がつかなかった。
 そのまましばらく行っても、戻っても同じだ。
 しんとして音もない。
 
 ミルメコレヨン!
 どこだ。マホーウカ!
 呼ぶが、この霧の中に声が吸収されてしまうような萎んだ声。
 霧のせいでひんやり感じるくらいなのに、走ったせいで冷たい汗が伝う。
 
 さきから彼らの姿も、兵の姿もまったく見なくなっていた。
 
「これだけ霧が濃いせいか?」
 
 そうだ。自分は、〝敵〟を追っているのだ。
 ミルメコレヨンらが先に敵を見つけているのでなければ、彼らなどどうでもいいのだ。ミシンは思った。
 しかし、〝敵〟。
 ミシンは尚、駆けながら辺りを注意深く見渡す。
 勝てる、のだろうか?
 〝敵〟の前に自分を見失わないようにしなければ、と。
 
 そうすでに、彼が〝敵〟の術中にあるのでなければ。
 
 ミシンには、まったく見当がつかなくなってきた。
 〝敵〟を探す前に迷っていては、仕方がない。
 致し方なく、ここは街のどの辺なのだろうと、ミシンは夜分で悪いことだと思いつつも家戸を叩いてみようと思うが、影のすぐそばにまで近づいても、それが壁なのか扉なのか判別もつかない。
 叩いてみても、岩のようである。
 反応はない。
 
 ミシンは息を荒くして、走った。
 わけがわからなかった。
 
 もう、こうなったら戦うしかない。
 〝敵〟を見つけてとにかく倒すのみだ。
 
 そう思う彼の前に、〝敵〟はいた。
 姿を現した。
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