第6話

文字数 42,600文字

 第五部 『国家の戒律』

 第一章『自由と平等という名の正義』
 これはソブンが五歳から六十歳。ヤウダイが五歳から六十歳の頃の話です。
 西の大陸で繁栄を誇ったキッシー国が滅亡するまでの中で国とは何か。国家とは何かを描いた物語です。

 第二章『帰属する兵士たち』
 これは西の大陸でキッシー国が滅亡して百二十年後のシンカ帝国建国前後の話です。
 国とは何か。国家とは何かを描いた物語です。

 第三章『見えない戒律』
 西の大陸から東の大陸へ亡命した家族の物語りです。



  国家の戒律

第一章 自由と平等という名の正義

 この世界にバベルの塔がそびえ建つ以前の遠い遠い昔の話。
 西の大陸にキッシー国があった頃。それはキッシー国が滅亡する二十五年前。
 ソブン、ヤウダイ、ナナが五歳の時の村のよくある平凡な風景。
 ソブン、ヤウダイ、ナナの家族は日頃から夕食を共にする程の親交があった。親達も幼馴染の仲良しだ。
 厳しい掟はあったが当時、村全体が一つの共同体だった。
 落陽に溶けてゆく真っ赤な鳥が西の空に消える。
 秋祭りの晩。静かな村の空気も今夜は村人達の賑わいであたたかい。祭壇を取り囲む灯かり。鳴り物の音色。道化師の行商もやって来た。
 満月の明かりがソブンの家の庭先を照らす。祭りの賑わいが遠くで聞こえ、微かに鈴虫の音色が届く。子供達のはしゃぐ声。食卓の香りに笑い声が漏れる。
 三家族が団らんする庭。ソブンのママが大きなスイカを持ってくる。
「ウッワー、おっきい―」
 子供達の歓声が響く。
「大きいなぁ。今年最後のスイカだな。よし、公平に分けるぞ。えーと九人か」
 ソブンのパパは人数を確認しながら嬉しそうだ。
「九等分は難しいぞ」
 からかうようにヤウダイのパパが答える。
「えぇ、あぁんー」
 困った様子のソブンのパパ。
「私は結構ですから八等分にしてください」
 ナナのママが遠慮がちに言う。
「イヤイヤイヤ、公平にしましょう。子供も大人も関係なく、公平に九等分」
 子供のように意地になるソブンのパパ。
「十二等分にして子供達に二個ずつあげましょうよ」
 ヤウダイのママが提案する。
「えっ、んー」
 子供のように不満そうなソブンのパパ。
「はっはぁ。子供の時から変わんないな。スイカ好きだったもんな」
 微笑みながらナナのパパが言った。
「何、言ってんのよ。もう。公平にすればいいんでしょ」
 呆れた様子でソブンのママがスイカを切りながら言った。
 半分。半分を半分ずつ。更に適当に五等分ずつにする。計、二十等分。
「はい。早い者勝ちよ。二切れずつ取って」
 ソブンのママの掛け声で子供達から真っ先にスイカの取り合いになった。
「わっー」「いやぁー」「ズルいぞぉ。そっちの方が大きい」
 不満そうなソブンのパパ。
「二つ、余っちまったろ。どうすんだ。お前が食うのか」
「もう、バカねぇ」
 呆れ顔でソブンのママが残ったスイカを御先祖様の位牌の前に置く。一同、納得してスイカを食べる。
 
 夜が更けるにつれ、居間で寝入る子供達。酒もすすみ、親達に酔いが廻る。饒舌になり、昔話に花が咲く。
「そういえば、オマエはナナのママに御熱だったよな」
 悪戯坊主のようにヤウダイのパパをからかうソブンのパパ。
「よせよ。オマエだってウチの女房に夢中だったろ」
「アラっ。そうだったの」
 ソブンのママがニヤニヤしながら横目で亭主を睨む。
「それにしてもさぁ。あの子たちも十五年もしたら決められた結婚をしなくちゃいけないんだよな。そろそろ別々に遊ばせないと」
 諦めに似た口調のナナのパパ。
「私は幸せよ。子供に恵まれて平穏で」
 ソブンのママが片付けをしながら答える。
「うちは子宝に恵まれなかったがヤウダイを養子に出来て本当に良かった。無邪気な、あの子の寝顔を見ると何でも我慢できるよ」
 言いながら妻の手を握り、微笑むヤウダイのパパ。
「この村は百家族が欠ける事なく、増える事なく、土地の畑を守るんだ。大昔からの掟で次の世代に繋ぎ守る事が大切なんだ」
 真顔で語るソブンのパパ。
 スヤスヤと眠る子供達。月明かりが降り注ぐ村に祭りの後の静寂が訪れる。北の山から風が吹き、冬の気配が近づく。

  ☆

 十歳になったソブンは決心する。
 闇の奥へ進むしかなかった。
 灯かり一つない林道を抜けると村の祭壇がある。
 村のタブーを破ると命がない事は知っていた。
 父ちゃんと母ちゃんが生きていたら違う道を教えてくれたのかな。
 三か月前、流行り病で父ちゃんが亡くなった。その一か月後に母ちゃんも。
 北から吹く風が雨戸を強く叩く晩に母ちゃんは死んだ。
 母ちゃんの枯れ枝のような腕をさすって手を握る。
「ソブン。あんたは頭の良い子なんだから短気を起こさず、村の人達に可愛がってもらうんだよ」
 か細い声で一生懸命に喋る母ちゃん。目の中の光が消えてゆく。
 動かなくなった母ちゃんを朝まで見ていた。
 シィゥーヴゥッワ、ヴァタッ、ヴァタッ、ヴァタッ。
 風の音だけが動いている。
 夜が明け、風が止み、一瞬の静寂が訪れる。
 森の息吹きが蘇る。
 チュッ、チュッ、チュッ。
 ヴァワッ、ヴァワッ、ヴァワッ。
 ニィャァ、ニィャァ、ニィャァ。
 家を出て林道を抜けると、この一か月間、毎日、祈り続けた祭壇に朝の光が降り注ぐ。
 祭壇は何事もなかったかのように佇む。
 村の人達が母ちゃんの葬儀を済ませると七日分の食べ物を置いていった。
 ゴボウ、人参、白菜、玉子、干し肉。
 もっと早くに、この食べ物があれば母ちゃんは、もう少し生きていられたのかも知れない。
 七日後に俺は畑仕事を始めた。
 十歳の俺が家と畑を引き継いだ。
 土を耕さないと畑は死ぬと教わった。
 だけど、来年の春までに俺が死ぬかもしれない。
 飢えをしのぐ為に残飯漁りもした。
 村では絶対にしてはいけない掟がある。
 祭壇の種を盗む事だ。
 祭壇の種は来年の畑に蒔く。一粒でも減れば、来年の収穫が激減して村の存続にも関わる。
 タブーを破った者は殺される。
 今夜。俺は禁忌を犯した。
 片手分の種を煮て食べた。
 俺は幸福感に満ちて眠りにつく。父ちゃんと母ちゃんに逢えるかな。
 多分、朝になり目覚めた頃、大騒ぎになる。俺は殺されても構わなかった。
 父ちゃんと母ちゃんから受け継いだ畑は、俺が死んだら何処かの家の次男坊の物になるんだろう。俺が死んで喜ぶ奴もいる。

 ドォッ、ドォッ。
 玄関の扉を叩く音で目覚めた。
「ソブン。急げっ」
 隣の家に住むヤウダイだった。
「ソブン、何やってんだ。起きろっ。早く。これ持って逃げろ」
 ヤウダイが干し肉を俺に持たせた。
「いいよ、ヤウダイ。オジちゃんに怒られるよ」
「いいから行けっ。お前まで死ぬ事なんかないだろう」
「どうせ村から逃げても生きられやしないよ」
「とにかく生きろ。理由なんか分からないけど何をしてでも生きろ」
 真剣なヤウダイに急かされても俺は落ち着いていた。死ぬつもりだった。父ちゃんと母ちゃんの位牌は何も教えてくれない。
 でも、もう少しだけ生きてみようかと思った。父ちゃんも母ちゃんも俺が生きる事にあがいている方が喜ぶかも知れないと感じた。
「ヤウダイは。俺を逃がしたのがバレたらヤウダイも殺されるよ」
「いいから行けっ」

  ☆

 俺は干し肉だけを持って走った。
 村を一度も出た事はない。あの森の向こうに何があるのかも知らない。ただ、ただ走るしかない。
 森で野宿をした。三日目の朝、森を抜けると砂漠だった。
 俺は森の中で隠れて暮らす事も考えたが、いずれ見付かるだろう。どうせ死ぬなら前に進んでみる事にした。
 砂漠を歩くのは想像以上に辛かった。半日でバテる。森を出た事を後悔した。もう歩けない。薄れてゆく意識。照り付ける太陽。
 死ぬ寸前に心地よい風が吹いた気がした。

  ☆

 甘い果物の香りがした。
 目を開けると肌触りの滑らかな絹のベットの中にいた。
「目覚めたか」
 白髪頭の(いか)つい男が俺を覗き込む。
「坊主、名前は」
「ソブン。俺はソブン。ここは何処」
「あぁ、都の宮殿だ。お前はギシ郡の砂漠で行き倒れになりかけたところだったんだよ。国内を視察中のダンクン皇太子が、お前を御見かけになり、助けるように命じられたんだ。皇太子に感謝するんだぞ」
 生かされた事に感謝する必要があるんだろうか。
 その時、部屋の空気が変わる。
「目覚めたんですか」
「殿下、こんな所に御越しになられてはいけません」
 白髪頭の男が緊張した声で叫ぶ。部屋に入って来たのは俺と同い年ぐらいの少年。俺に話しかけてきた。
「いいから。大丈夫ですか。君、お名前は」
「ソブン」
「コラッ。殿下と直接、口をきくなぁ」
 白髪頭の男が俺を怒鳴った。
「メデナ。いいから。これからは血筋や身分の時代ではなくなるんだ。いずれ個人の資質の時代になるんだよ」
「殿下。伝統と法を守らねば秩序が乱れます」
「父上の許可は取ってある。僕と同年代の従者を傍に置くのは良い事だと仰せだよ」
「いけません。身元もハッキリしない無宿者を殿下の従者になど出来ませぬ」
 この時の俺は二人が何を話しているのか理解できなかった。
 村の禁忌を犯し、畑を捨てて逃げたと判れば罪人だ。俺は両親を亡くした砂漠の遊牧民になり切った。
「ソンブゥ君の生まれ育った所の話を聞かせてよ」
「ソブンだよ」
「コラッ。口答えするな」
 白髪頭の男は怒鳴ってばかりだ。
 結局、ダンクンの意向通りに俺は皇太子の小姓として常にダンクンの近くで生活をした。机を並べて勉強もする。初めての勉強。字の読めない俺に合わせて授業を進めてくれるダンクン。
「ソンブゥは頭が良いよ。あっという間に僕に追いつくよ」
 ダンクン皇太子は俺の事を親しみを込めてソンブゥと呼び続けた。

 ソブンは十五の歳に軍へ入隊した。
 一兵卒として下働きをするソブン。先帝が崩御され、十五歳でキッシー国の法皇となったダンクン。ソブンとは直接、会話する事はない。軍の幹部でダンクン法皇と直接、会話する事が許されるのは親衛隊の指揮官以上だ。即ち、元帥と大将のみなのだ。
 ソブンは明るい性格と優れた身体能力があり、後輩への面倒見の良さから人望が厚い。二十歳の頃から頭角を現す。
 この頃の軍の重要な任務は山賊や海賊から国民を守る事。そして、領地を脅かす周辺の蛮族を退ける事だ。特に山岳地方の蛮族は卑劣な手段でキッシー国に打撃を与えていた。大切な水源を毒で汚染し、幾つもの村を絶滅させる事もいとわないのが山岳地方の蛮族だ。

「ソブン上等兵。西湖の水源には半年後の駐留交代迄、誰も近寄らせるな」
 上官が険しい表情で命令書を渡す。ソブン上等兵は二十名の歩兵を率いて西湖の水源警備を任せられた。
 ソブン上等兵には一つの疑問があった。五年前に西湖の水源を蛮族に占領される事件が起きたのだ。西湖の水源は山の九合目にある。我が軍の駐留地は山の八合目を全て封鎖する形に陣取っている。五年前に突如現れた蛮族が九合目を占拠し、水源に毒を流されたくなければ金塊百キロを渡せと脅してきた。西湖の水源が汚染されれば数百の村が直ぐに壊滅する。仕方なく、取引に応じて金塊を渡した。
 問題はここからだ。蛮族はどうやって九合目を占拠できたのか。そして、取引後に姿を消してしまったのだ。ソブンは五年前の未解決事件を思い出し、悪い予感がした。
「ソブン上等兵殿、今日も調査ですか」
 毎日の山頂調査にウンザリした様子の部下達。ソブンには確信があった。必ず秘密がある筈だ。
 二週間後の事だ。山頂の火口近くに直径二十メートル程の底の深い温泉がある。その温泉が突然、波打った。
 ゴボッ、ゴボッ。ゴボォコー、ヴッシュー。
 なんと、風呂の栓を抜いたように温泉の水位が減っていく。温泉の淵に二メートルほどの横穴が現れた。そこから武装した蛮族の連中が続々と出てきた。その数、五十名。
「シッー。直ぐに応援の兵を呼べ。五名は待機。十五名を至急よこせ」
 ソブンの隊は十五名を温泉の周辺に配置して、大きな石を一斉に落とし始めた。
「イケー」
 不意をつかれ取り乱す蛮族。ソブンの隊が一斉に銃撃を浴びせる。
 パァッー、ヴァヴァッヴァッッッッ。
 二十分もしないで決着はついた。後に分かったのは、この温泉は五年ごとに一週間だけ水位の減る事が判明した。
 この一件をキッカケにソブンの名声は全国の知るところとなる。その後も山賊、海賊を撃退し続けるソブン。
 八年後、ソブンが率いる隊がキッシー国の長年の悩みの種だった北方の蛮族を破る。遂に北方の蛮族が恭順の意を示した。
 ソブンは北方の総督府に赴任し、国民の絶大な人気を得る。
 ソブン三十歳の時、平民出身として初の総督府太守に任ぜられたのだ。
 ソブンは中将にまで昇進したが身分の壁は、それ以上を許さなかった。

 ダンクン法皇にとって秩序よりも信頼できるものは人だった。子供の頃から寝食を共にしてきた初めての友人、ソブンこそ信頼できる唯一の人間だ。主従関係のハッキリした大人になっても同じだった。今でも子供の頃の呼び名を口にする事がある。
「ソンブゥは、。あっイヤ。ソブン中将を親衛隊の指揮官に加えては如何か」
 すかさずメデナ元帥や大将達が反発する。
「陛下。親衛隊は(いにしえ)のキッシー国建国以来、王家に忠誠を誓った貴族達で編成された部隊です。己の命よりも家名と王家を大切にする騎士団なのです。新参者が指揮官になるなどトンデモナイ。人気投票で決める事ではありません」
 出自という身分の壁は厚く、この後もダンクン法皇とソブン中将が会う事は叶わなかった。

  ☆

 ソブンは考えていた。

 どうして、こうなったのだろう。
 キッシー国が滅亡した革命から三十年が経った。
 六十歳を超えた俺は軍を退役する事にした。
「ソブン元帥は革命の英雄と言われていますが、まだ最後の仕事が残っているんじゃないですか。ミマ地方に国らしきものが出来たと報告があります。その国主というのがキッシー国最後の王ダンクンだという噂です。ダンクンは生きているんじゃないですか。そうだとしたら革命はまだ終わっていません。是非、真の英雄になってもらいたいものです」
 革命当時の事など知りもしない若造の議員が俺に任務を押し付ける。
 豪商の後援者を持つ金満政治屋が大きな顔をして国民を見下す国になってしまった。
 軍はダンクンの噂など信じておらず、今回の遠征は、いわば外遊。俺への最後の花道のつもりらしく、気ままな旅気分だった。
 俺は十人の歩兵と共にミマの地に向かった。
 都を離れた所に小さな農村がある。若者が都会へ出て行き過疎化が進んだ村。
 一人の老人が黙々と畑を耕す。この老人は五十年前の、かつての俺の姿。俺は老人に尋ねた。
「ご苦労様です。今年の収穫は如何ですか」
「あぁ。うん。御天道様は等しく御恵(みめぐみ)をくださる。有り難く頂くだけだよ」
 シワだらけの老人は真実の言の葉を口にする。
「そうですね。御仁(ごじん)は御幸せですか」
「あぁ。うん。息子達は出て行った。だけどワシは不自由はしておらんよ。幸せなんて考えた事もない。元々、生きる事に意味なんてないさ。そんな事を考えるのは人間だけだからね。でもワシの人生に意味を与える事は出来るよ。誰にも邪魔されない自由な権利さ」
 畑の哲学者は再び、黙々と土を耕す。
 五十年前の自分を道に置いて、俺は先へと進んだ。
 俺が育った、かつての村に辿り着く。林道の先に祭壇がある筈だ。
 毎年の収穫に感謝をし、村人達の心の拠り所だった聖地。少年だった俺が絶望の淵にすがった祭壇を五十年ぶりに訪れた。
 数十年前まで村人達が集っていた場所には忘れられた神器のカケラが落ちている。村の祖霊や物の()は消え去り、人影の無い森になっていた。
 俺は両親の墓を探した。墓地は獣に荒らされて朽ち果てていた。
 都心への一極集中が進み、ギシ郡だけでも半分以上の村が消滅した。国のかたち、社会のかたちが大きく変わった。
 服装が変わり、言葉が変わり、祭りが無くなっても多分、俺達は百年後も西の大陸の人間であり続ける事に変わりはない。だが、矜持を失くし信じるものが無くなった俺達は、どんな人間になっているのだろう。

 俺達は国境(くにざかい)まで、やって来た。

 ミマの地との国境付近に大きな湖がある。
 長く寒い冬の夜が明けようとしていた。
 白みがかった東の空から閃光が射す。湖を覆い尽くす氷が幾千の光を放ち煌めく。
 氷上を優雅に歩む高貴な姿。王としての威厳は変わらない。シワだらけになった顔。満面の笑みで右手を上げ、子供の時の呼び名を口にする。
「やぁ、ソンブゥ」
 何も変わっていない。わが友にして親愛なる唯一の王、ダンクンだ。
 やがて、湖に霧がたちこめ、王の姿が消えてゆく。
 俺達は大切なものを失ってしまったのだろうか。
 一度、正当な国のかたちを失った人々は何を信じればいいのだろう。
 自由と平等を守るという正義は亡霊のように人々を惑わす。
「ソブン元帥。あれは、あれは誰です」
 若い歩兵達が騒ぎ出す。
「何の事だ。朝靄(あさもや)に惑わされたのか。蜃気楼でも見たのだろう。この地には何もない。引き返すぞ」
 俺達はミマの地を離れ都に戻った。
 都はゴミを拾う年寄りの横を迷惑そうに行き交う若い商人達で賑わっている。
 あの頃の民主化運動を扇動した革命家達は貴族に取って代わり、庶民から搾取を繰り返している。その無秩序な方法は庶民の消費欲望を煽り、資源を騙し取る事で富を得るやり方だ。道徳心を嫌う品格のない支配者と搾取される弱者の二重構造の社会になった。恥を知らない人間が増えた。

 国とは何なのだろう。国柄とは何なのだろう。俺は何者なのだろう。思い出すのは父ちゃん、母ちゃんと過ごした時間。俺は思う。国体という制度ではなく、民族や国籍を超えて愛する事の出来る国。文化が違ったとしても俺自身を育んだ、この国を愛したい。


  ☆

 ヤウダイは考えていた。
 きっと私は幼い時みたいに野原を駆け回り、川で魚と戯れるような気ままな生き方が出来ると思っていたんだ。自由と平等という正義の御旗(みはた)(もと)では何も変わらなかった。目に見える古い秩序が崩壊し、目に見えない新しい仕組みが誕生しただけだった。
 あの頃は本当に不自由だったのだろうか。私達は自由を求めてきた。今は本当に自由なのだろうか。
 公園に佇むヤウダイ。年老いたヤウダイは公園で遊ぶ少年を愛おしそうに見つめる。
「坊や、何歳だい」
「十歳」
「そうかい。私が十歳の頃はな村があった。村の掟に縛られていてな、村を出る事も出来なかったんだよ」
「へぇー、旅行にも行けないの」
 不思議そうに首をかしげる少年。
「旅行なんて娯楽は考えもしなかった。ただ働いて生きるだけ。働けなくなったら村で死ぬだけ。皆がそうだった」
「えーっ、信じられないよ。遊ぶ事も出来ないなんて」
 御伽噺でも聞くように笑顔ではしゃぐ少年。淡々と嚙みしめるように語る年老いたヤウダイ。
「だが、みんな自分が何者かを知っていて、生きる術を分かっていた。私は何をしてきたのだろう。」
 今、私が思い出すのは子供の時の風景。

  ☆

「ナナ、ついてくるなよ」
「ヤウダイ、待って」
 七歳まで私とナナは兄妹のように育った。幼馴染のナナは私の後をついて回る。森の奥に探検に行った時もそうだった。私は『ついてくるな』って言ったんだ。
 迷子になったナナが見つかったのは夜中だった。それ以来、ナナの親は私とナナが遊ぶのを許さなかった。
 ナナには産まれた時から許婚(いいなずけ)がいると知ったのは八歳の時だ。この村の子供達は全員、許婚(いいなずけ)がいる。村の風習だ。許婚以外との恋愛は禁止されている。
 でも、私には許婚がいない。
 村の連中と違うと気付いたのは九歳の時。
 嫌がらせをされ、からかわれ続けた。
「やーい、チリチリ、チリチリ頭のヤウダイ、イヤイヤダーイ」
 天然パーマに浅黒い肌。私の身体には南の島の人間の血が流れている。
 私は物心ついた時から父と母の子供だった。父と母が移民の孤児を実子として育ててくれたと知った。
 閉ざされた村の生活は息苦しかった。
 十歳の時にミマ族の女の子を紹介された。私の許婚だと言われる。その女の子と結婚をして村の畑を耕し一生を終える。その筈だった。
 でも、その年、私は村を飛び出した。

  ☆

 時流に乗り繁栄する者と絶滅するものがあった。
 数年前までの旧世界では、農村の村人は永遠に農民だった。村のタブーに縛られ続け、一生涯、村を出る事なく死んでゆく。
 新世界で目覚めた者がいる。
 ヤウダイも、そんな新世界に踏み出した者の一人だ。
 村のタブーを犯し、逃亡者となったヤウダイ。何処のコミュニティーにも属さない人間は生きていけない筈だった。
 ヤウダイを救ったのは、その頃、流通しだした貨幣と商売の自由化だ。誰でも才覚次第で貨幣を稼げば生きていけるようになった。
 ヤウダイは砂漠の商人に拾われ、召使いとして生き延びた。

  ☆
 
 親方の目を見て話すと怒鳴られた。私は常に地面を見て生きるしなかった。親方の顔より足の形の方が覚えている。
 親方は私の名前も顔も知らないだろう。
「オイッ。小僧、サッサと靴下を脱がせろ」「サッサとしろっ。この注文書と発注書を切り刻んで捨てとけ」
 ありとあらゆる事をやらされた。虚栄に満ちた醜い親方は私にだけは貴族のように振る舞う。
 私は奴隷のように、こき使われながら商売を覚えていく。何故、親方は儲かっているのか。親方の周りには、どんな人間が居るのか。
 ある日、親方が心筋梗塞で倒れる。いつものように注文書が届いた。私は捨てずに取っておいた発注書を探す。親方に知らせる事なく、仕入れと納品を済ませると利益が出る事を知った。私は自由になる自分の貨幣を手に入れる。
 一か月後に親方が死んだ。親方が亡くなった時、全てを手に入れる。商売の得意先と仕入れ元を確保した。自分の才覚で自由に出来た。
 
  ☆ 

 二十歳になったヤウダイにとって世の中の構造は実に単純だった。物と貨幣の交換が全てだ。
 塩が容易に手に入る海岸の村で安く仕入れる。そして、塩が入手困難な山岳地帯の村に高く売るだけだ。
 ただ、厄介なのが規制と既得権益だ。西の大陸は領主たち貴族が経済圏を独占している。
 ヤウダイは自由経済の実現こそが人類の幸せだと信じている。

 大通りを人々が行き交う。
 薬局の前に立つ少年兵。思いつめた表情だ。ヤウダイは何となく気になり声をかけた。
「兵隊さん、どうしたんですか」
 驚いた表情の少年兵。オドオドしながら独り言のように答える。
「薬って高いんですね」
「どこか悪いんですか。兵隊さんなら軍医さんに相談すれば良いでしょう」
「母なんです。母は肺が悪くて」
「あぁ。お母さん。肺か。どうしたいの」
 何故か少年の一途な想いに心が動いたヤウダイ。
「僕の家、母さんしか居なくて。僕、十五歳になって軍に入隊して母さんを助けたくて。でも、母さんに精の付く食べ物も買ってあげられなくて」
 何で軍人になったのか理解できないヤウダイ。しかし、この少年が商人になれるとも思わなかった。
 この時、ヤウダイは閃いた。不自由な世界を不自由な者同士で補えば自由になれるかも知れない。その具体的な方法は分からないが。
 ヤウダイは少年兵に興味を持った。
「兵隊さん。お母さんに精の付くものを買ってあげなよ。肺には蜂蜜なんか良いんじゃない。ウナギも元気になるよ」
 貨幣を差し出すヤウダイ。
「えっ。でも」
「いいから。また会いましょう。私は毎日、夕方にそこの喫茶店にいますから。はい」
 貨幣を少年に握らせ喫茶店に向かうヤウダイ。
 古い喫茶店に入ると客が一組いた。何やら書きものをしている。チョビ髭の小太りの男は絵を描いている。眼鏡の中年男性は文章を書いている。ヤウダイは二人のテーブルの隣の席に着いた。
「平民の自由発想について、、、」「社会主義思想とは、、、」二人の小声で聞こえる語意が気になった。何の話をしているんだろう。何気なく二人のテーブルを覗くと葉巻を咥えワインを飲んでいる貴族が小さな市民達に重そうに支えられている風刺画が見えた。
 この二人は何者で何をしているのだろう。
 二人がヤウダイに気付くと原稿を隠しながら睨んだ。
「あっ。スミマセン。何ですか、それは」
 二人は警戒した顔色で荷物をまとめて帰り支度をしだした。慌ててヤウダイが話しかける。
「あのー、自由思想って何ですか」
「シッー」
 眼鏡の男性が慌ててヤウダイを制止する。
「静かに。アンタ、何者だい」
「私。私は、そうね。商人です」
 怪訝そうにヤウダイを睨み、様子をうかがう二人。チョビ髭の男が口を開いた。
「商人か。商人なら分かるだろう。自由思想は規制のない自由な社会の事だ。だが、この国では危険思想だと思われているから気をつけろ」
 二人が口元だけで笑う。商売人のヤウダイには二人の考えている事が分かる。二人はヤウダイを仲間に引き入れようとしている。それ以上の難しい事は分からない。今の世の中に不自由を感じていたヤウダイは二人に近づく事にした。
「話を聞かせてください」
 眼鏡の男が答える。
「そうだな。まず今の国の仕組みを理解しないといけないな。俺達は思想新聞同好会だ。一緒に勉強しようじゃないか」
 そうして毎週水曜日の夕方に、この喫茶店で思想新聞同行会の二人によるヤウダイへの思想講座が始まった。
 その一か月後。夏の終わり頃だろうか。商談を終えた帰り道。官営の学校近くで丘の上の宮殿を見詰めている軍服の男を見かけた。見覚えのある顔。ソブンだ。
「ソブンっ」
 私は軍服の男に声をかけた。驚いた表情で振り返る男。
「ヤウダイ、、、かぁ」
「はぁはっ。やっぱりソブンだ。そんな気がしたんだよ。あの山岳の蛮族を撃退したソブン上等兵という英雄は君だったんだな」
「あっ、あぁ」
 困惑した様子のソブン。
「あぁ、そうかぁ。僕達は畑を捨てた逃亡者だったな。お互い出身地や生い立ちの話は御法度だね。どうだい、これからビールでも一杯。御馳走するよ」
「嫌っ。民間人と軍服で酒を飲み、御馳走になるのは、」
「はぁはっ、堅物だな。色々と話したい事もあるんだよな」
「あぁ、すまない。ヤウダイには感謝してるよ。投げやりになっていた俺が生きているのもヤウダイの御蔭だ。ヤウダイが逃亡者になってしまったのも俺のせいだし」
「なーに、気にすんなよ。僕は村を出て良かったと思っているんだ。やっと生きている実感が沸いてきたところだよ。ソブンも今じゃ英雄だろう」
「そう。良かった。俺は英雄なんて。何ていうのかな。正直に言うと判らないんだ。俺、人を殺したんだぜ。あの蛮族の奴らにも子供はいただろうし。ただ、思うのは国の為。国民の為に生きるには、どうすればいいか考えるようになって」
「国の為ぇ。なるほど、ソブンらしな」
 その時、危険思想分子を取り締まる特別高等警察の連中が通りかかった。私はソブンから離れて他人のふりをする。ソブンは流石に国民的な有名人だ。特別高等警察の奴らがソブンに愛想を使う。
「あっ、これはソブン上等兵殿。この度は御昇進オメデトウ御座います」
「いや。皆さんも御苦労さまです」
「ソブン上等兵殿は、こちらで何を、」
「あぁ、今、メデナ元帥殿に挨拶に行った帰りで、」
「そうですか。それでは御気を付けてお帰り下さい」
 特別高等警察の連中が去った後、私は小声でソブンに話しかけた。
「ソブン。僕達は会わない方が良いね。君の出世の邪魔はしたくないから。でも僕らの友情は変わらないよね」
 ソブンは言葉の意味が分からないといった顔で答えた。
「えぇ、あぁ。そうだな」
「ソブン。国民の幸せの為に御互い頑張ろう」
 そう言うと、サヨナラも言わずに私はその場を去った。それ以来、ソブンと私の関係を口にした事は一度もない。

 九年後。
 喫茶店の店内に思想新聞同好会の二人組とヤウダイ。そして、二十四歳になった、かつての少年兵がいた。
「いゃー、大したもんですよ。凄い出世じゃないですか。その若さで来年には大佐になるんですって」
 ヤウダイが軍服の男にビールを注ぐ。
「ありがとう。自分は運が良かっただけです。自分はソブン上官についていただけなのです」
「ソブンさんは来年には中将になって平民初の北方総督府の太守になるんだよね」
 思想新聞同好会の二人も軍服の男をもてなす。眼鏡の男性が軍服の男にビールをすすめる。
 軍服の男は浮かない顔で答える。
「軍で出世しても生活は変わらない。結局、母さんは四年前に病院にも行けずに亡くなってしまった」
 ヤウダイが心配そうに話しかける。
「気の毒に。何でそうなるのか分かりますか。それは社会の問題なんですよ。社会構造を変えるんです。貴族という特権階級がある限り、庶民に幸せはないんですよ」
「えっ。どういう事」
 軍服の男にヤウダイが近寄る。
「軍隊の力があれば簡単です。つまり、」
 話の途中で軍服の男が大声を出す。
「何を言っている。軍はダンクン法皇の軍隊だぞ」
「分かってますよ。分かってます。国は法皇でまとまっています。そうですね。いいですか、じゃあ、貴族は。貴族は何で必要なんですか。つまり、国民は騙されているんですよ。貴族の存在意義なんてないんです。国民が働いて幸せになれない事の方が間違っているんです」
 軍服の男は口を閉ざし、耳を傾けた。
 ヤウダイの講義が始まる。
「まず、貴族って解りますか。内務大臣などの貴族院議員達。軍隊でいえば大将や元帥です。何の根拠もないのに彼ら貴族が領地を支配しているんです」
 軍服の男は理解できない表情で問いかける。
「でも親衛隊の大将閣下は親代わりのように親身になってくれますよ」
「騙されちゃいけません。何故、お母様が亡くなったか考えてください。働く国民が幸せにならなくっちゃいけないんです」
 軍服の男が少し腑に落ちた表情で問い返した。
「どうすればいいんです」
「私達の計画では法皇の大権を使うんです」
「大権っ」
「つまり法皇の大権を発令して貴族院議員を解散させ、新憲法を発布し、国の土地を貴族から没収する。国は国王が治める事にするんです。国王の土地を借地権として平民が自由に売買できる仕組みを作る。国王と国民が一体となって自由で平等な世界になるんです」
「そんな事出来るんですか」
 小さな小冊子を取り出しながらヤウダイが答える。
「国民意識を変える運動を密かにやっています。九年前に手造りで作った十冊の自由思想冊子を同志に配りました。大っぴらに印刷できませんから書き写しで広まり、今、百万冊出回っています。あとは軍隊の掌握です」
「軍隊を、、、。しかし、それは、」
 ヤウダイが自信あり気に答える。
「ソブン中将です。彼こそが指導者に相応(ふさわ)しい」
「でもソブン中将殿は誰よりも軍の規律に厳しい御方ですよ」
「心配要りません。大佐殿が事を進めてくれれば大丈夫。計画書も有ります。ソブン中将は国民の事を第一に考えている筈です」
 浮かない顔をした軍服の男に小冊子を手渡すヤウダイ。
 小冊子には『個人の権利は守られなければいけない』と記されている。
 軍服の男がヤウダイに聞いた。
「ヤウダイさん。何の為に、こんな事までやっているんですか」
「私なりの愛国心です。この国の繁栄には自由と平等の思想を実現する事が不可欠です」
 考え込む軍服の男。
「外国人なのに愛国心ですか」
「えっ」
 ヤウダイは自分の肌の色が浅黒い事を思い出した。
「私は、この国の国民です。この国以外の人間の筈がないでしょう」
 力強い口調で言い放つと軍服の男はハッとして伏し目がちに謝った。
「スミマセン」

  ☆

 先帝が亡くなって即位したダンクン。
 十五歳のダンクン法皇には慈悲深い威厳が既にあった。
 聡明が故に黙っていられなかった。
 歴代の法皇と違い政治的発言を口にするようになるダンクン法皇。
「貨幣経済を活性化して商売の自由化を進めれば国民の暮らしも豊かになるんじゃないですか」
 藤の花の紋様を使用している内務大臣が困惑した顔で答える。
「あっ、はい。もちろんです。検討致します」
 その後も内閣府を度々訪れるダンクン法皇。
 宮殿の窓から広大な大地を見詰め、ダンクン法皇は考えた。
「新しい産業が必要ではないのか。飢饉の時にも民が飢えないで済むには国民一人一人の知識レベルを上げる必要があるのでは」
 長い歴史の中で法皇が政治に関与するのは初めての事だ。
 ダンクン法皇の愁いを汲み取るように、藤の花の紋章を受け継ぐ貴族院議員出身の内務大臣は進言する。
「教育改革の政策を進め、国民の識字率を高めては如何でしょう。農民の子供でも本を読めるようになれば自ら生活レベルを上げていくでしょう」
「噂では遠くエウロパの地は我が国のように農業だけではなく、工業、商業などの産業が盛んだと伝え聞く。天の恵みだけに頼るのではない人間の力があるのではないか。急ぎ教育改革を進めてくれ」
 文字を覚えた国民が新しくできた図書館という知識の泉に通い出す。半年後、農民の子供達が外国の古文書を読み解くほどに知識レベルの高い国になった。

 ダンクン法皇が三十歳になった年、青天に輝く太陽が暗闇に隠れた。雨の降らない冷夏は農作物を枯らし、国中を大飢饉が襲う。
 ダンクン法皇には長年、気に病んでいる事があった。皇太子時代に国の視察をした時に見た光景が頭から離れない。
 地方の部落には蛮族との混血児や少数民族が大勢いた。道端で動物のように死んでゆく貧しい人々。
 彼らにも食糧と医療と教育があれば個人の幸せを享受でき、国民の一人として国の活性化に繋がるのではないか。
 せめて、子供達だけにでも手を差しのべられないだろうか。
 しかし、貴族達の反応はなかった。
「他民族の事までは。どうも」
 皆が渋い顔をする。ただ一人、葵の紋章を使用するメデナ元帥が理解を示した。
「陛下。民族や産まれに拘らず、国を慕う者に手を差しのべる陛下の御心(みこころ)こそが国のかたち。陛下の理想に少しでも応えとう御座います」
 メデナ元帥は私財を投じ、軍の予算を削り、孤児院を作った。孤児院の名前は『ダンクン王立孤児院』。

 メデナ元帥の方針を理解できない青年将校達がいた。そんな彼らが街で自由思想の小冊子を手に入れた。

  ☆

 大佐がソブン中将に進言する。
「中将殿。中将殿の業績で平和になったと思い込み、軍の予算が削られましたが国難が迫っています」
「何だ。どうした」
「はい。自分の部下の報告によりますと、エウロパの大軍が挙兵して迫っているようです」
「何だとぉ。確かなのか」
「まだ分かりませんがエウロパ軍は未知の最新兵器を装備し、猛スピードで移動する軍隊との事です。事の真偽を待っていては間に合いません。今すぐに進軍をっ」

 巨大な軍事力を持つエウロパの軍隊が近づいているという噂はキッシー国の隅々まで流れた。
 ソブン中将はダンクン法皇に防衛軍の派遣を進言する。ソブン中将は百万人の軍隊を託され出兵した。
 翌週、キッシー国に異邦人の商人が行商に現れる。商人の話ではエウロパの軍隊など存在せず、世界の秩序は保たれているという。
 宮廷内ではソブン中将への不信感と不穏な空気が広がっていく。
 
 法皇の親衛隊長であるメデナ元帥は太古の昔から法皇家に忠実な貴族だ。葵の紋章が刺繍されたマントを身に纏い、常にダンクン法皇の身辺を離れない。
「陛下。私が陛下の(そば)を離れ、宮殿を留守にする事は出来ませぬ」
「承知してくれメデナよ。ソブン中将に命令書を手渡せるのは其方(そなた)しかおらぬ。早急に都を発ち、事実を確かめて事の収拾に努めてくれ」
 ソブン中将の指揮権を剥奪し、百万人の軍隊はメデナ元帥の指揮下に入るという命令書を携えて僅かな従者と共に一行が出立する。
 九日後。国境にあるソブン中将の陣営まで数十キロ手前の地点にメデナ元帥の一行は到着した。
 夕刻、メデナ元帥のもとにソブン中将より使者が訪れた。
「閣下、ソブン中将より歓迎の品が届いております」
「酒かぁ。酒は命令書をソブン中将に届けてからいただこう」
「閣下、是非、一口だけでも召し上がってください。歓迎の意向を拒否されてはソブン中将の面子(めんつ)が立ちませぬ」
「うーん。相分かった。其方(そなた)の立場もあるだろう。一杯だけ頂く事にしよう」
 一週間後の朝。都の宮殿にメデナ元帥が心筋梗塞で急死したという悲報が届いた。メデナ元帥の暗殺疑惑が持ち上がる。
 護衛の従者達が都に帰還する事なく、メデナ元帥の遺体は現地で火葬されたらしい。もはやソブン中将の謀反は明確な事実に思われた。
 しかし、国民達の間では真逆の噂が流れた。『俺達国民の生活なんか知らんぷりなんだぁ』『宮殿の中では毎晩、宴会で大騒ぎらしいぞ』『栗色の仮面をつけた貴族達は娼婦を五十人も集めて踊り狂い、乱痴気騒ぎに興じているぞ』
 飢えた農民を煽るようにデマが飛び交う。デマがデマを呼び、宮殿を取り囲む民衆が増えていった。
 
  ☆

 メデナ元帥急死の知らせを受け、駐屯地の指令室を出るソブン。
 ソブンを慕う青年将校たちがいた。
 ソブン中将に気付くと一同が敬礼をする。
「何事だ。何があったんだ」
 直立したまま緊張した声で大佐が答える。
「メデナ元帥が急死なされました。このうえはソブン中将殿に都へ戻って頂き、全軍を指揮して頂きたいと存じます」
「何を言っているんだ。命令書も無く隊を移動する事が出来るか。現状報告をしろ」
「メデナ元帥は命令書を御持ちでなかったですが、従者が言うには都でクーデターが起きたとの事。急ぎ、我が隊の帰還を要請しております」
「大佐は急ぎ都へ帰還し、親衛隊大将殿の指示を仰ぐように」
「はい」

 大佐が都に着くと直ぐに憲兵に身柄を拘束される。ソブンの隊は反乱軍とみなされていた。
「ご苦労様。構わん。取り調べはワシが行う。二人にしてくれ」
 大将と大佐には十年来の師弟関係があった。かつて、雪山で生死の境を共にしたほどの信頼で結ばれた仲だ。
 都の軍司令官官邸で血気盛んな大佐が親衛隊を統率する大将に鬼の形相で迫る。
「閣下っ。この国の荒廃を止め、国民を救う事が出来るのは閣下なのです。メデナ元帥の死因追及は国民の飢えを救う事にはなりません。元帥亡き後、親衛隊を導き、国の支柱となるのは大将閣下なのであります」
 汗びっしょりになり血眼(ちまなこ)の表情で必死に宮殿占拠の挙兵を訴える大佐。
 メデナ元帥の死によって親衛隊の最高司令官となった大将が目を見開き一括する。
「馬鹿者っ。法皇こそが国の秩序だろうがぁ。親衛隊は国の支柱たる法皇を守護する為の隊。国の永続を保つ為に国体を守るものだ。宮殿に(やいば)を向けては道理が通らぬわ」
「今や法皇の側近に居る貴族達は私利私欲を貪る害虫ばかりなり。国民の命を守る事が法皇の御心(みこころ)なら大将閣下の挙兵こそが忠義のはず。御決断を」
 大佐の反論にも動じない信念が大将にはあった。
「国の道を正す為なら私の命など七度でも八度でも生まれ変わって捧げよう。しかし、伝統ある親衛隊を動かすのは法皇の一言のみ。私の意見や判断で挙兵する道理など無いわ。それこそ亡国論なり。大佐っ。貴様の一途な心情は相分かった。今からでも反乱軍を武装解除して投降せぇ」
 一秒にも満たない沈黙が破られた時、キッシー国の命運が尽きた。
 目を固く閉じたまま悲痛の声を漏らす大佐。
「もはや、これまで」
 最後まで言い終える前に歴史が動いた。
 抜刀された大佐の剣は大将の首筋を切り上げる。鮮血の血しぶきが白壁に散る。膝から落ちる大将に大佐の剣が振り下ろされる。
「仕方ないのです。国の為なのです」
 軍組織しか知らない大佐にとって親代わりの上官を殺害しての謀反は避けたかったのだろう。顔を歪め、無言で作業を進める。
 大佐達反乱軍には時間がなかった。大将の印を使い、偽の命令書を作成する。軍司令官官邸から大将に成りすました大佐が命令を発する。親衛隊以下、全軍隊がソブン中将の指揮下に入った。
 軍部の命令系統が一本化された後の動きは速かった。
 ソブン中将の名の下で一糸乱れぬ軍組織が機能する。
 命令や指揮を実行したのは大佐を筆頭にした青年将校達四名だった。
 内閣府の官邸、放送局は軍が制圧した。
 ソブンの隊は都入りし宮殿を包囲する。軍司令官官邸にソブンが現れる。大佐の足元には親衛隊大将の亡骸が横たわる。
「どうしたんだっ。貴様、気でも狂ったか」
 刀剣に手をかけるソブン中将。直立不動で敬礼をする大佐。その時、奥の部屋からヤウダイが現れる。驚きの表情で口を閉ざすソブン中将。
「大佐殿、ソブン中将殿と二人にして頂けますか」
「しかし、、、」
 強張(こわば)って震える大佐の返事。刀剣から手を離し、静かに命令するソブン中将。
「構わん。退室してくれ。部屋の外で待機。誰も入れるな」
「はいっ」
 二人きりになるとヤウダイが口を開く。
「ソブン。やっと会えた」
「どういう事だ。事と次第によっちゃヤウダイとて容赦しないぞ」
「ソブン、国民の為なんだ。ダンクン法皇が望む世界なんだ。聞いてくれ」
「このクーデターはヤウダイが仕組んだ事なのか」
 仁王立ちのソブン。窓際に立ち、外を眺めながらヤウダイが答える。
「イヤ。僕は、ただの庶民だ。本当の黒幕は自由と平等さ。自由と平等という理念が革命を起こしたんだ。聡明なダンクン法皇は歴代の君主の中で唯一、現実を見据え、国民の事を考えた王だ。ダンクン法皇の御心(みこころ)に応える事が出来るのはソブンだけなんだ。今から反乱を鎮圧して貴族達に好き勝手をやらせてどうなる。見ろっ。あの宮殿を取り囲む国民達。国民の幸せこそ国のあるべき姿だろう」
 窓の外の民衆を見詰めるソブン。
「軍を掌握する国民的英雄のソブン中将とダンクン法皇が手を携えて貴族達から国民を解放するんだ。僕は、あの群衆の中の一人さ。あそこに行くよ。あとはソブンに任せる。ソブンに殺されるなら僕も諦めがつく」
 ヤウダイは覚悟を決めた顔で部屋を出て行く。入れ替わりに大佐が部屋に入る。
「中将殿っ」
「大佐っ。精鋭部隊を組織し、私と共に宮殿に入城する。急ぎ、ダンクン法皇の身の安全を確保するぞ。急げっ」
「はっ」

 ソブン中将の登場で歓声のあがる民衆。宮殿の門が開かれる。ソブンの隊の入城した後に、続けとばかりに群衆が雪崩れ込む。
 ソブン中将は自由と平等を解放する旗手として、新たな英雄になる。

 迷宮の宮殿内で銃剣を持った兵隊達が右往左往しながら行き交う。
 宮殿内は兵隊達が見た事もないような古代文字で綴られた標示によって部屋が仕切られている。
 宮殿内で従事する侍従達は古いマントのような着物を身に纏い、陽炎のように移動する。
 子供の頃の記憶を頼りにソブン中将が先頭に立って法皇の間を探す。祭壇の奥の扉を開くとダンクン法皇と王妃、王子、王女、侍従達がいた。ソブンの隊が法皇の間を占拠し、護衛する。

 宮殿内は民衆達で無法地帯となる。宮殿の祭壇には国を守護する石像がある。石像に彫られた火焔の鳥たちが民衆の手で打ち砕かれる。
 内務大臣をはじめとする貴族達が囚われる。民衆を煽る輩たち。国民感情は高まり、遂に宮殿前広場で公開処刑が行われる。

 ヤウダイは群衆の一部になっていた。
 古い価値観は全て悪とされた。宮殿内の神殿も破壊される。無抵抗の神官や女官まで惨殺された。『自由、平等』と叫ぶ目の血走った男がヤウダイに刀剣を握らせる。宮殿前広場に引きずり出され、既に息も絶え絶えの女官の体を切り刻めと命令する。処刑場に群がる民衆がヤウダイを煽る。
『やれーっ』『自由、平等っ』
 ヤウダイは自分の過去と自我を断ち切るように女官を切りつけた。
 枯れ枝を切る様なわけにはいかなかった。生身の生きた肉塊は(やしば)に抵抗する。重い脂に阻まれ骨まで届かない。刀剣が折れるかと思った。鮮血に汚れた手。何度も刀剣を振り下ろす。   
 女官は中途半端に切り刻まれ、道端に転がっている人形のようだ。口は半開きで、だらしなく舌が出ている。高い頬骨が、えぐれた目の奥の闇を際立たせる。掻き毟った女の髪の毛がヤウダイの足元にまとわりついた。

 貴族や神官を殺害して罪に問われた市民は一人もいなかった。

 酒場で祝杯を挙げる市民達。
 貴族を駆逐し特権階級を取り除く事に成功したと思い込む市民達。自分達が誇らしかった。
「カンパーイっ」     
 国中が酔いしれた。

  ☆

 ソブン中将はダンクン法皇の傍を離れなかった。ダンクン法皇は何も語らない。ソブン中将が平伏して告げる。
「陛下。私は何があっても陛下の味方です」
「ソンブゥ。分かっているよ」
 無表情でダンクン法皇が答える。
 ゴホッゴホッ。辛そうに、こもった咳をするソブン中将。
「どうしたっ」
「いえ。大丈夫です」
「ソンブゥの気持ちは分かっている。私の事は心配しなくていいから。とにかく医者に診てもらいなさい」
 
 ソブン中将は肺炎と診断され、一ヶ月の養生生活を余儀なくされた。その間に新しい国づくりが始まった。
 新国家の国家元首は祭祀王としてではなく、主権国家の君主としてダンクン国王が王位に就く。
 そして、ダンクン国王が臣民に憲法を下賜するという国体のかたちになった。
 立憲君主国を望み王権を支持する市民は強い国王を期待する。しかし、ダンクン国王は悠久の昔から続く祭祀王としての存在しか考えていなかった。
 権力者となった一部の資本家の意向により憲法が作成される。憲法には国王から国民に主権を委譲する事が記される。
 国民主権の国として選挙によって選ばれた議員が国会運営を行う議会制政治。立法、行政、司法の三権分立。国のあり方が整っていく。
 だが、この憲法には欠点があった。国家元首としての王家の立場を明確な文章に記していなかった。
 王の存在自体に疑問を持つ者が現れる。

 ヤウダイは新しい小冊子を配った。印刷技術で大量に刷られた小冊子には、こう記されている。
『全ての人間は自由で平等である』
『国を統治する権利は武力でも神から授かったものでもない。国民のものである。国民主権が正しい』
『人間の理性や理論は尊重されるべきものである。世界は理論的法則で成り立っている。それは自然観測による現象を考察すれば明らかな事実である』
 この小冊子を目にした者の神は死んで逝く。同時に法皇の権威も失墜していく。

  ☆

「大佐、一杯やってください。私達が商売して居られるのも皆さんの御蔭ですから」
 酒場で軍人をもてなし、民主主義思想を市民に啓蒙するヤウダイ。
「大佐。私はソブン中将が誇らしいんですよ。平民出身の彼が国を動かした。ソブン中将こそが英雄です。彼こそが我が国初の大統領になるべき人物です」
「大統領。大統領って何だい」
「大統領は市民が選ぶ、市民の代表にして国家元首。今こそ共和制国家の樹立を成し遂げるべきなのですよ」
 ヤウダイの熱弁から新しい世界を想像させる光が見えた。しかし、大佐達には理解できない事があった。
「ヤウダイさん、国家元首が大統領だとすると国王はどうなるんだ」
「大佐。共和国というのは市民の市民による政治体制なんです。国王は存在しません」
 大佐の表情が変わる。
「何っ。貴様ぁ、国王暗殺を企んでいるのかぁ」
「イヤイヤイヤ。とんでもない。政治体制の問題です。政治は大統領。国としては風習で国王を崇拝すればいいんですよ。自由と平等です。選挙で自分達のリーダーを自分達で選ぶ国は決して国民が飢えたりしないんですよ」
 新体制の指導者の中でも共和制国家を理解する者は少ない。
 国としての根拠が持てない。その為、国王を温存するしかない。
 世論や政府内でも共和制国家か君主国かで意見の対立が起きていた。古い既得権益を守ろうとする者達は秩序を重んじる。だが、勢いを増し、世論を味方につけたのは古い風習を破壊する新興勢力の資本家達だった。
 新興勢力派に多額の政治資金が流れる。
 規制緩和を訴える。商売の自由化こそが人間の自由と平等を守ると演説をする新興勢力派。
 政府は国民議会を開催し大統領選挙をすると約束した。ダンクン国王を慕う政府高官が議会を延期する。怒る市民。群衆を煽る輩。大規模なデモが暴徒化する。遂に軍が出動する。
 病床に臥していたソブン中将に代わって大佐が指揮をした。市民達の目の前で戦車は向きを変えた。宮殿に向かって大砲の照準を合わせる。大佐の号令で軍が発砲した。
 ある晴れた日曜日の夕刻。宮殿前広場が血に染まる。

 闇が深まってゆく夜の空に火焔が舞い、赤々と存在感を主張する宮殿が瓦解した。
 グゥォッ、グゥガァガァガァ。
 旧世界の龍が悲鳴を(とどろ)かす断末魔。黒い化石が崩れて逝った後には新世界が広がる。

 もはやダンクン法皇の権威は失墜し、キッシー国は滅亡した。
 国の滅亡と共に命を断つ覚悟を鈍らせたのは一人の父親としての本能だった。
「法皇としての務めを果たす事は出来なかった。しかし、産まれたばかりの我が子達を手にかける事は出来ぬ。生き恥をさらしても落ちのびる術はないか」
「陛下。王子と王女と共に地の果てまでも御供致します」
 僅か二名の従者と共に、ダンクンと妻子の六名は宮殿内の井戸を抜け、ブラックドラゴン川に出る。川を下り二日後の朝、海岸沿いのミマの地に辿り着く。
 ミマの地の人々は漁業を生業(なりわい)とし、少しの家畜を飼い、質素な布と革の着物を身に纏っている。
 ミマの地に王は存在せず、法も整っていない。村の(おさ)はいるが、国としてのかたちは無かった。
 村人達は争いを知らず、盗みをする者もいない。小さな収穫でも村人全員で分かち合う。

 ミマの地には鉄を求めて東の島からやって来たアナムチとアマベがいた。
 アナムチとアマベはキッシー国の君主ダンクンに敬意をもって接した。
「陛下がミマの地に立っておられるのも定めと存じます。この地に法と秩序をもたらす事こそ陛下の責務。今こそミマ国を建国いたしましょう」
 アナムチは片膝をついて王に接しながらも強い口調だ。
「建国。しかし、私だけでは」
「陛下。私どもはミマの地を拠点に製鉄をさせてもらっています。数年は留まるつもりで治水工事や畑を作っているのです。是非、陛下にはミマの地の民の心の支柱になって頂きたい」
 気弱に答えるダンクンを諭すようにアナムチが語る。
「だが私が建国の王となるとギシ郡の軍隊が攻めてくるかも知れない」
「陛下は正統な統治者です。微力ながら私どもが加勢させて頂きます」
 アマベの穏やかな口調で安堵の表情になったダンクンが問うた。
「何故。外国人の其方達(そなたたち)が」
 アナムチは静かに答える。
「正しきものを助け、世話になった土地を守るのに産まれや育ちの理由は必要ありません。それが愛国心です」
「愛国心って」
「つまり、愛国心とは相手国の利害と名誉に考慮する事が即ち、自国の利害と名誉になる事なのです」
 東の島のモノノフ達に迷いはなく、確信に似た高貴な品格があった。
 そして、アナムチとアマベは国造りの為に尽力した。

 その後、西の大陸では二十五の郡政府に分かれて議会制共和国が誕生した。彼らの理屈で考える自然権に基づき憲法が制定され、自由や自衛権を保証した法整備が進み、刑罰も作られる。

 宮殿の焼け跡を捜索してもダンクン国王の遺体は発見されなかった。しかし、公式に国王家の滅亡が発表された。直ぐに『英雄ソブン中将を大統領に』と国民の声があがる。しかし、ソブン中将は軍に留まると発表する。ソブン中将は元帥に昇進した。
 その年の暮れ。ソブン元帥は取り壊しになったダンクン王立孤児院の孤児三人を引き取り、自分の実子として養子縁組をした。北方蛮族の女の子。バッカイ族の男の子。南の島の男の子。ナオ、ヤグダイ、ソンブゥと名付けた。
 革命後は大幅に軍の予算は削られた。元帥とはいえ、暮らし向きは貧しい。
 ソブンは質素倹約の生活の中で少数民族の血を引く我が子達にダンクン法皇の話を言い伝え、国を愛するという事を教えた。

  ☆
 
 ヤウダイは思い出していた。

 私が三十歳になった年、キッシー国が滅亡した。
 既得権益を独占していた貴族達がいなくなる。混乱期の半年間で私の財産は数十倍、いや数百倍になった。税金も無ければ、規制も無い。直感が勝負だ。砂糖を欲しい奴が大勢いるのに仕入れのルートが少ないと判れば、息をするより簡単に大金が手に入る。
 要はやるか、やらないか。やられた奴らも多い。貴族達にこびり付いていたコバンザメみたいな、かつての豪商は新しい商売の仕方を知らない。得意先も無ければ仕入れ先も知らない奴ら。備蓄していた財産は野盗どもに襲われて消滅した。先月まで豪邸に住み、執事までいた豪商が、今月は道端で物乞いをしている。そんな時代だ。
 私が絶頂期だった時期にナナに再会した。

 繁華街のシックスブックシティに建つ高い建物。一階部分が喫茶店になっている。ワサワサと忙しくなっていく世相の中で、ここだけは、ゆっくりとした時間が流れている。
 耳を傾けると私に問いかけるように柱の振り子時計の音がする。
 ふと窓際を見ると哀しげに表通りを眺めている女性がいる。あれは、、、。ナナだ。
 二十年ぶりに見るナナの姿。胸元と背中の広く開いた黒のワンピース。長い髪から見え隠れするのは光るピアス。ハイヒールの靴音に振り向く男達。街角のポスターから抜け出てきたような女になっていた。
 私に気付いたナナが声をかけた。
「ヤウダイ。ヤウダイだよね」
 ナナの声だった。
「あぁ、ナナ。ナナだよね」
 毒々しい色の化粧をしていても笑った表情と声に面影が残っている。でも、子供の頃には想像もしなかった女の顔が私をドキリとさせた。
 西の大陸では規制の撤廃で民衆のエネルギーが一気に爆発した。急速に近代化する世界。石と漆喰の建物が人工のコンクリートや新素材の鉄になり天高くそびえ建つ。木炭に変わり石油の炎が揺らめく。
 日に日に押し寄せてくる未来の世界から抜け出てきたような女。民主化。自由と平等。目の前のナナこそ西の大陸に訪れた未来を具現化した姿だった。
「ナナ。どうして。旦那は」
「あぁ。うん。十年前、結婚式の前日に村を出たの。アタシだけじゃないわよ。同世代の子の半分は村を出て都心にいるわ。アタシ、この喫茶店の上に住んでるの」
 白く細い肢体をくねらせながら答える様は最近、夜の街で見かける女達のようだ。
「こっちで働いているのか」
「そうね。たまに頼まれればね。先月は洋服メーカーの広告でポスターのモデルをしたのよ。そうだぁ。今から、その社長さんと御食事なんだけどヤウダイも来ない」
「あぁ。いきなり僕が押しかけたら迷惑だろうが」
「そんな事ないのよ。アタシも社長さんもヤウダイに会いたかったのよ。ヤウダイってチョットした有名人よ。砂糖と鉄で大金持ちになったんですって。ねぇ、社長に会ってよ」
 ナナが女の目つきで甘い声を出す。私に何を期待しているのかは想像できたがナナについていく事にした。
 都心の繁華街。シックスブックシティは不夜城と呼ばれている。夜でも昼間のように煌々とした灯かりが点る。地上の灯かりで月が霞み、星の見えない闇の夜空が広がる。
 原色のネオンに踊り狂う市民。
 長い髪が乱れ、見え隠れするナナの仮面。
 一瞬、私が殺した女官が笑った。幽玄の怨霊がネオンと奇声に掻き消されてゆく。
 つきものが憑依したような形相になるナナ。私にしな垂れかかり甘い吐息を漏らす。
「ヤウダイ。好き」
 南国の消毒液に似た薫りの言の葉が虚しく消えてゆく。
 今、流行りの薬物に浸る女と男。まるで自由と平等をもたらす魔法の粉だと信じているようだ。
 ナナのパトロンの洋服メーカーの社長が私に近寄ってくる。
「ヤウダイさん。僕は時代を創りたいんですよ。ファッションは自己の開放なんです。もし僕の業界に興味が有りましたら連絡下さい」
 私は無言で踊り狂うナナを見ていた。
「ヤウダイさん。宜しかったら、ここに居る好みの女を連れだして行って下さい」
 上目遣いで陰湿な笑みを造る社長。
「イヤ。帰ります。ナナを宜しくお願いします」
 私は不夜城を後にした。
 一か月後、ナナに呼び出された。
 ナナが住む建物の最上階。部屋の扉を開けた途端に消毒液の湿った匂いがした。
 ドス黒く痩せたナナが床に倒れている。お腹を押さえながら呻き声を漏らし、身体をよじらせている。
「大丈夫か、ナナ。どうした。怪我か」
 脂汗と鼻水だらけの顔を歪め、首を振るナナ。
 グゥオッッ。胃液を吐くナナ。過呼吸のように痙攣を起こす。ナナの尻のあたりがドス黒く滲み、赤黒い血が流れ出す。熱もあるようだ。急いで病院に運ぶ。
 流産だった。
 社長の子なのか、行きずりの男の子供なのか。とにかくナナの子供が。一センチメートルにも満たない小さな命が流れて逝った。
 熱の下がらないナナ。病院の待合室で朝を迎えた。明け方に急変する容態。あっけない幕引き。ナナは目覚める事なく子供の後を追った。洗い流されたナナの顔は白く穏やかだ。
 ナナは都心に出てきて何をしたかったのだろう。私は何をしてきたのだろう。
 ナナが死んだ三年後に私は破産した。
 子供の時にやったトランプ遊び。ババ抜きと同じだ。そういえば、私は弱かったよな。相場も最後にババを持ったら御終い。
 鉄の需要が落ち始めた時に大量に仕入れた。売り先が無くなって在庫を叩き売る。その頃、金融の融通を生業にしていたバッカイ族の金貸しに追い込まれた。全財産を失うのに一日もかからない。
 一度、底辺に落ちたら這い上がれない社会構造が出来上がっていた。再起の為の資金も無く、安い賃金を稼ぐ仕事もない。
 私は幼い頃にナナと過ごした村にやって来た。
 かつての村は人影のない森になっている。家族で過ごした家は朽ち果て、祭りが行われていた祭壇も無くなっている。
 村を抜け、一昼夜歩いた。国境(くにざかい)に大きな湖がある。
 光の波が打ち寄せる岸辺に一羽の小鳥が舞い降りた。炎のように真っ赤な、その小鳥は首を伸ばし翼を広げた。私の方を見たかと想うと、西の空へ飛び去った。真っ赤な鳥は太陽の光と溶け合い、大きく、逞しくなっていく。
 昔、聞いた事のある異邦人の伝承では魂を守護する迦楼羅という鳥がいるらしい。ナナの魂は迦楼羅に出逢えたのだろうか。そして、この国の魂は失われる事なく、今も息づいているのだろうか。
 やがて、大仏のように大きな満月が湖の(ほとり)から昇ってくる。
 湖一面に輝く、月の明かりの階段を昇ってゆけば、ナナや父さん、母さんに会えるのだろうか。私は夜通し湖に佇む。
 朝日が昇り、湖一面の蓮の華が色づく。幾萬(いくまん)の華の薫りに包まれる。蓮の華の(うてな)に、ナナの御霊(みたま)が現れ、静かに消えて逝く。

  ☆

 革命から三十年が過ぎた。
 あの頃は本当に不自由だったのだろうか。私達は自由を求めてきた。今は本当に自由なのだろうか。
 公園に佇むヤウダイ。年老いたヤウダイは公園で遊ぶ少年を愛おしそうに見つめる。
「坊や、何歳だい」
「十歳」
「そうかい。私が十歳の頃はな村があった。村の掟に縛られていてな、村を出る事も出来なかったんだよ」
「へぇー、旅行にも行けないの」
 不思議そうに首をかしげる少年。
「旅行なんて娯楽は考えもしなかった。ただ働いて生きるだけ。働けなくなったら村で死ぬだけ。皆がそうだった」
「えーっ、信じられないよ。遊ぶ事も出来ないなんて」
 御伽噺でも聞くように笑顔ではしゃぐ少年。淡々と嚙みしめるように語る年老いたヤウダイ。
「だが、みんな自分が何者かを知っていて、生きる術を分かっていた。私は何をしてきたのだろう。」
 今、私が思い出すのは子供の時の風景だ。
 


  第二章 帰属する兵士たち

 キッシー国滅亡から百二十年後の世界。 
 
 あの頃は自由だった。
 それとも、あの頃は不自由だったのだろろうか。

 私が小学校四年生の春。歴史好きの先生は輝いていた。子供のように楽しそうに授業をする先生が好きだった。
 十歳の私は先生を通して知りたかったのだろう。社会とか何か。人間とは何か。幸せとは何かを。
 五十歳とは思えないくらい熱く語る先生に私は夢中で質問をした。
「先生。昔の人は自由も平等もなかたんですよね。どんな国で何を考えていたんですか」
「んー。何を考えていたんだろうね」
「奴隷のように、こき使われて不幸だったんですか」
「さぁ、そうとは限らないよと思うよ。蟻には職業選択の自由がないでしょう。荷物運びは一生、荷物運び。だから不幸せとは限らないんじゃないかな。女王だけが幸せな訳じゃないからね。多分、それぞれ個人の自由が尊重されて集団組織がなくなったとしたら一人じゃ生きづらいんじゃないかな」
 楽しそうに空想しながら話す先生。
「昔はどんな国だったんですか」
「そもそも西の大陸に君臨していたキッシー国というのは二十五の郡に分かれていて、二十五人の領主達が独自に自治を行い各自の郡政府を維持していたんだよ。千年以上前には二十五の郡が互いに争う戦国時代だったらしい。やがて、二十五の郡による連合国が誕生してキッシー国になったのさ」
「先生。連合国って何ですか。国王が治める絶対君主制の王国じゃないんですか」
「キッシー国の君主は国の繁栄と国民の平安を祈る神官が祭祀王として王位に就いたんだ」
「神官が王位に就くなんて事があるんですか」
「武力による征服王ではないという事だね。一説によると長引く戦争で国土が荒廃したところに飢饉や疫病で西の大陸の三分の二の人間が亡くなったらしい。また、強力な外敵が現れて連合を組んだという説もある。とにかく当時の人々は神に祈る事しか出来なかった。その統合の象徴として祭祀王が選ばれたといわれているんだ」
「祭祀しか知らない神官に政治が出来るんですか」
「連合国というのは、つまり二十五の郡が自治権を持ったまま、税の徴収も領主が行う。ただし、軍隊は連合国の軍隊のみにしたんだ。連合国の規則や法律は領主達の話し合いで決めるのさ。国の政治は二十五人の領主達による合議制国家として運営したんだ」
「民主的だったという事ですか」
「今でいう民主主義とは言えないが、絶対君主制の王国とは違ったんだよ。だけど百二十年前に革命で貴族院議員が廃止され、領主が居なくなった西の大陸は国王と臣民が一体となる国になる筈だったんだ」
「一体になるって何ですか」
「うーん。難しいね。きっと当時の人達は国と一つになって不安を取り除きたかったのかな。結局、憲法を作って立憲君主国を目指したんだけど、直ぐに崩壊してバラバラの二十五の郡政府になったんだ。今は共和制の政治体制っていう仕組みなんだよ」

 十歳の夏。歴史好きの先生が引率して歴史探索ツアーに出かけた事がある。生徒五人と先生。
 百数十年前に建てられたレンガ造りの建造物は官営の学校だったという。今は資料館になっている。当時の教科書や授業内容を展示した資料室。職員の日誌まである。
「ここが西の大陸で最初に出来た学校だ。子供から大人まで誰でも学ぶ事が出来たんだぞ」
「えー、大人も勉強するんですか」
「そう。当時は字を読める人が少なかったんだ。ダンクン法皇の発案で始まった教育改革発祥の地だぞ」
「王様もここで勉強したんですか」
「ダンクン法皇は殆ど宮殿で過ごしたらしいね。あの丘の上に宮殿があったんだよ」
 先生が指をさした小高い丘で静かに草の葉が揺れている。先生は丘の上の雲を眺めている。先生は私に気付くと声をかけてきた。
「静かだね。今から百二十年前、あの丘の上で宮殿が真っ赤な炎に包まれて崩れ落ちたんだよ」
 先生は、まるで見てきた事を語るように言った。
 夕焼けでオレンジ色に染まっていく西の空に真っ赤な鳥が羽ばたいてゆく。
「あっ、先生。あの鳥は何っ」
「えっ、んー。何だろう。百年以上前に西の大陸では絶滅したと言われてる鳳凰に似てるけどなぁ」
「鳳凰っ。何ぃ、それっ」
「うん。祝福された国に現れる伝説の鳥といわれているんだよ」
「へぇー」
 私は鳳凰が見えなくなっても、薄暗くなっていく西の空をジッと見ていた。
 その時の私は、もう二度と鳳凰に会えない予感がした。

 それから二十年、歴史好きの私は三十歳の時に塾講師になった。
 私が五十五歳の年にシンカ帝国が建国した。

  ☆

 こんな筈じゃなかったのに。
 私は反乱思想分子の容疑で逮捕された。取調室で私は考えていた。
 私は何をしてきたのだろう。
 四十年以上前の事だ。私が十歳代後半の頃から急激に外国製品が街に溢れ出した。缶詰、冷凍食品、安い衣類、プレハブのような住宅。みんな外国製だ。
 慢性的な不況を脱却する為に規制緩和が叫ばれた結果の門戸開放だった。だが、民間の新規事業は実る事がなかった。
 私の父は事業に失敗して多額の借金を抱えた。
「頼みます。今、銀行の支援を打ち切られたら会社が立ち行かなくなります。もう少しで利益が出るんです」
 必死に懇願する父。
「社長さん。銀行は慈善団体ではないんです。利益にならない事業から資金を引きあげて他に回さないと社会の為にならないんですよ」
 若い担当者が事務的な口調で私の父を蔑んだ。
「官営投資銀行は、うちみたいな民間企業の発展の為にあるんじゃないのかい。だいたいがアンタの方から投資するから起業しろって頼んできたんだろう」
 声を震わす父。見捨てられた弱者は救われなかった。
「とにかく借金は必ず返済して頂かないと最終手段を取らなくてはいけませんので」
 若い担当者は父と目を合わせもせずに出て行った。
 目的と手段が入れ替わった。民間企業の活性化という目的で官営投資銀行という組織を設立するのが手段の筈だった。
 目的を失った組織は自分の組織を守る事が目的になった。破滅の始まりとも知らずに。
 そもそも、この組織はリスクを一切取らずに個人を見捨てる仕組みになっている。貸し付け営業の担当者には数字だけのノルマがある。投資する時、経営者の生命保険を担保に営業成績だけを上げる。
 民間企業への融資という見せかけの数字を誇張し、大衆迎合に走る政治家と無知の市民達。
 官僚の天下り先になっていた官営投資銀行は組織を守る為にルールを変えた。利益第一主義。利益の上がる外資系企業に投資しだしたのだ。
 取り繕うように市民を騙す奴ら。
「大丈夫です。利ザヤは最終的には政府の財源になるのです。インフラ整備を外資系企業が行っても利益は市民に還元されるから安心してください」
 役人や政治家の嘘は直ぐに露見する。一気に流出する資金。財政赤字は庶民が負担する。その一方、西の大陸の豪商や大手金融機関は外資系企業の株や為替の利ザヤで利益を上げる。
 従業員と家族を守る為に父は議会前広場で焼身自殺をした。父が死んだ日の朝。雲の切れ間から差し込む太陽が雨上がりのアスファルトで煌めいていた。
 泣けなかった。ただ、その時の私は父が政府と市民達に殺されたと感じた。
 相次ぐ自殺者と大きなデモが西の大陸で起きる。
 二十五の郡政府関係者が、かつてキッシー国の都があったギシ郡で会議を開く。私が三十歳になった年。二十五の郡政府が一つになる。百四十年ぶりに西の大陸に巨大国家が誕生した。
 国中が御祭り騒ぎのようだった。都市部で塾講師の職を得た私は結婚をした。
 妻と出逢ったのは偶然だった。
 繁華街のシックスブックシティにある鉄筋コンクリートの高層ビルが原色に煌めいている。
 ビルの一階部分はノスタルジックな古い喫茶店になっている。
 扉一枚隔てると表通りの喧騒を忘れてしまう空間が好きだった。
 静かな店内で柱の振り子時計が時を刻む音がする。片隅の客席でヒソヒソと語り合う恋人達の小さな笑い声。コーヒー豆を煎った薫りが店内の冷えた空気に漂う。
 私は陽が沈む前の時間に好きな本をこの空間で読みふけるのが習慣になっていた。
 コーヒーを飲み干し本を閉じる。手荷物をまとめ、席を立った時だった。
 ドゥオッ。バッタァ。「キャァ」「あっ、スミマセン」
 私の席の横を通り過ぎようとした女性にぶつかった。本が二冊、床に落ちている。
 「あっ」「あぁ、あぁー」
 同じ本だった。二人は顔を見合わせて笑顔になる。無事に其々の本は持ち主の元に帰った。
「ここ、よく来るんですか」
「はい。アタシ、この上に住んでいるんで」
 十歳以上年下の彼女は気さくな笑顔で答えた。度々、喫茶店で会うようになり、一か月後にデートに誘った。その年の暮れに私達は結婚した。

  ☆

 休日の午後。柔らかい陽の光が窓辺から差し込む。
 調べものをしながら塾講師が鼻歌を口遊(くちずさ)む。
「やーかたぁ、ふぅせぇーてぇ。やかたのなーかーの、とーりぃのー。はーねぇをぬーいて、かーざぁーるー。よーあけのばーんに、ふーじと、あおいをちーらしたぁー。うしろのしょーめーん、だぁーあれ」
「何よ、その歌。意味が全く解からないじゃない」
 妻が笑いながら夫を見詰めて言う。
「あぁ、これね。ミマ族に伝わる童歌(わらべうた)なんだよ。意味不明だからこそ、意味があるんじゃないかと思ってね」
 紅茶を淹れながら不思議そうに尋ねる妻。
「どういう事よ」
「何て言うのかな。民族の歴史。隠された歴史かな」
「えっえぇ、っもう。歴史好きね。でも子供の歌なんでしょう」
 紅茶を飲みながら塾講師が答える。
「うーん。童歌と歴史を直接結び付けるのは無謀かも知れないけど、口伝の歌や神話には人の想いがある筈なんだ」
「ふーん」
 呆れた様子の妻はキッチンへ行ってしまう。
 塾講師は考えていた。ミマ地方には四十年足らずだが、ミマ国と呼んでいい国のかたちが存在したと考えられている。一説にはキッシー国最後の法皇ダンクンがミマ地方に逃れた。その頃、ミマ地方で鉄の製造をしていた異邦人の助けで国のかたちを造る。その御蔭でミマ族の生活レベルも向上したらしい。
 ここからは塾講師の仮説だが、ミマ族の人々が指導者ダンクンの憂いを歌に残したのではないか。何故なら『ふーじと、あおいをちーらしたぁー』の部分が気になるのだ。
 キッシー国滅亡の表の歴史では不作続きで飢饉に陥った国民を無視した貴族達への反乱が起きた。平民出身のソブン中将が軍を掌握し武力で宮殿を占拠する。法皇の大権を発令させ、貴族院議員を解散させる。新政府をつくり法律で土地の売買などを自由化する。最終的には法皇も亡き者にして宮殿は焼かれた。
 塾講師が仮説で考える歴史は、こうだ。
 ダンクンはミマ地方に逃れ、童歌に想いを込めた。
『やかた』は宮殿、或いは君主制という国のかたちの事。『とーりぃ』は法皇の事。『とーりぃのー。はーねぇをぬーいて』は鳥の羽を抜く。つまり君主制を維持していた貴族院議員という体制を廃止して国のかたちを変えた事。『ふーじ』は藤の花の紋章を使用していた貴族の内務大臣の事。『あおい』は葵の紋章を使用していた貴族、メデナ元帥の事。『よーあけのばーん』は夜明けの晩、多分、革命の事。
 ただ解からないのが『うしろのしょーめーん、だぁーあれ』という歌詞だ。
 あの革命の本当の首謀者は誰なのだろう。

  ☆

 暗い地下道を走る電車。窓ガラスに映る疲れた姿の私。
 仕事があるだけ良いのだろうが給料が上がる事はない。景気が悪くなるにつれ、殺伐としていく世界。

 南の島出身の母とバッカイ族の父を持つ私。バッカイ地方出身の私は西の大陸では蔑まれ、蔑視される対象だ。バッカイ族は守銭奴。金の為なら神も親族も裏切る奴らとレッテルを貼られている。
 だが、西の大陸の人達は折に触れ、バッカイ族を利用してきた。西の大陸の人間がやりたがらない借金の取り立て、徴税の係、廃棄物処理、そして奴隷商人までバッカイ族が賄う。
 社会風潮がバッカイ族排斥に傾くと同胞を売り、権力にすがる同族もいる。既得権益を得て、大富豪になるバッカイ族と差別に甘んじて極貧生活をおくるバッカイ族がいる。
 妻のミナは明るい性格だ。東の大陸で生まれ育った妻は人種や宗教に無頓着で空気を読むという事を知らない。自由奔放な彼女を煙たがる隣人にも気づいていない。

 私が五十四歳。妻が四十二歳の時に子供が産まれた。高齢出産で心配したが無事に健康な女の子を産んでくれた。マロン系の肌にチリチリ頭。顔は妻に似て美人になるだろう。
 その頃、街は不景気続きで重苦しい空気だった。
 不況対策として統一政府は東の大陸の企業から銀を輸入した。銀を原資とする名目で洋銀紙幣を発行する。
 東の大陸の商人が西の大陸で自由に取引をする。街の両替商では東の大陸の商人が持ち込んだ悪質な銀と大量の洋銀紙幣が交換される。東の大陸の商人は洋銀紙幣と西の大陸で産出される綿、麦、金と交換して帰国していく。
 世界市場の事など理解していない西の大陸の役人は世界の銀相場を知る筈もない。
 西の大陸から湯水のように資産が流れ出る。外国人だけではない。西の大陸に拠点を置く国内の豪商や大銀行も自社の利益だけを追求した。
 一度、世界の歯車に組み込まれたシステムは容易に脱却する事は出来ない。
 外資系企業へのデモや不買運動は自分達を助けてはくれなかった。
 そして、事件は起きた。外国人投資家の家族が惨殺される。複数犯とみられる犯人は捕まらないままだ。外資系企業への爆破テロが相次ぐ。
 西の大陸に投資していた東の大陸の資金が引き上げられていく。貿易赤字で不況にあえぐ西の大陸は東の大陸の資金で市場が動いていた。経済活動が止まる。
 西の大陸の大勢の人間が移民として東の大陸へ渡る。
 雑多な人種の移民で成り立っている東の大陸はグローバル経済を推し進めていた。東の大陸の経済基盤は自由貿易を根底にしたものだ。しかし、急激に増えた西の大陸の移民達には対応しきれず、元々、東の大陸にいた市民の失業者が増加する。
 東の大陸で激しさを増す移民排斥運動。大衆迎合にはしる当時の政治家は民族差別を合法化した排西移民法(はいにしいみんほう)を成立させた。
 西の大陸の人間を差別する法律は明らかに人種差別が根底にあった。彼らが考えた純粋な人種は白い肌の人間だけだ。褐色、黄色、混血などの人間達を断種といって生殖機能を断つのだ。有色人種の男達は強制収容所で死ぬまで働かされ、女達は強姦され、ゴミのように惨殺される。有色人種に対する残虐行為で肌の白い人間を裁く法律はない。
 排西移民法撤回までの一年間。この一時期、世界中の何処よりも排他的な差別に満ちた国家が東の大陸に存在した。
 排他的な世相の街に憎しみで満ちた表情の人々が行き交う。
 白い光でライトアップされ、大きく『人形』と書かれた商品棚に西の大陸の少女達が立たされている。
「なんだぁ、あれは」
 西の大陸の外交官が怒鳴りつけると、怪訝そうに商店の店主が答える。
「使い捨ての商品だよ。あぁ、アンタ、西の大陸の奴かぁ」
「ふざけるなぁ」
 西の大陸の外交官は国会議事堂の議員会館に駆け込んだ。
 西の大陸の外交官が叫ぶ。
「私は、この世界。そして、東の大陸の為に申し上げたいんです。産まれや育ちでなく、愛国心を持って貴国に忠告します」
 馬鹿にした目つきで東の大陸の議員が答える。
「西の大陸の人間が我が国で愛国心を口にするのか」
「愛国心とは相手国の利害と名誉に考慮する事が即ち、自国の利害と名誉になる事なのです」
 西の大陸の外交官は毅然とした態度で言い放った。そこに迷いはなく、確信に似た高貴な品格があった。
 しかし、両国の関係は悪化し続け、西の大陸の大使館が閉鎖になる。外交官も帰国せざる得ない。

 東の大陸の力による横暴は周辺の少数民族も苦しめる。
 西の大陸の近くにある南の島に必要のないインフラ整備をして借金漬けにする東の大陸の企業。
 水道インフラの工事をして工事費と水道の使用料金を南の島の住人から搾取する。
 西の大陸の政府は静観するだけだったが、『大西域共栄圏(だいせいいききょうえいけん)』と名乗る政治団体が南の島で武力テロに出る。
 東の島の会社役員を銃殺し、支社のビルに爆弾を投げ込む。
 西の大陸では大西域共栄圏が国民の支持を得る。この事件を契機に対外強硬論が一層高まり、東の大陸への排西移民法排撃運動が盛んになる。
 しかし、そんな中、西の大陸の政府は東の大陸への譲歩案を持ち掛け、会合が開かれる。
 両国間で新たに通商条約が結ばれる。限定的な貿易協定を維持するという内容で、両国の未来の為に苦肉の策を打ち出した政府案だった。
 だが、西の大陸の国民は政府への不信感を増す。

 民主国家として新たに建国したはずの西の大陸の政府。そこで起きた変革。
 私が五十五歳になった年。一匹の蝶の羽ばたきが世界を一変させた。
 始まりは五十人程の市民デモだった。
 自由経済の下、広がっていく貧富の差。景気が低迷していく。市民の声に応えるかたちで、西の大陸の政府は紙幣を大量発行し、市民にばらまいた。しかし、それは物価高騰を招く。パン一切れも買えない事態を引き起こす。
 極寒の風が吹きすさぶ二月三日。家族の為にパンを支給するようにと五十人程の女性達がデモ行進をした。一週間後にデモ行進は一万人になった。西の大陸の政府は、東の大陸にある企業から大量の金と銀と食糧を輸入した。政府の多額の借金は、そのまま、西の大陸の市民に押し付けられる。市民は東の大陸の企業の為だけに働き続けた。
 五月三日。海外の企業に対する抗議デモが膨れ上がっていく。数万人の群衆が暴徒となり、警官隊が催涙ガスを使用。事態は悪化した。政府は街を封鎖する。
 五月十一日。劇場を占拠していた群衆と警官隊が衝突。死傷者が多数出た。政府は軍を出動させ、街に非常事態宣言が発令された。
 五月十三日。西の大陸でストライキ運動がおこる。民間、公務員、大規模なストライキは、経済を停止させた。エネルギーの供給も止まり、市民の不満の矛先は交錯した。
 五月二十二日。政府の内閣が解散する。
 五月二十三日。警官隊もストライキに突入。無政府状態のようになり、治安が悪化していく。
 五月二十四日。国民議会を開催する事が決定。翌日から徐々に、ストライキが解除され、経済活動が再開する。
 六月二十三日。国民議会開催。
 七月十一日。デモで捕まった政治犯達が釈放される。
 
 元軍人のジョカはデモに参加した罪で逮捕されていた。出所すると政治結社を結成する。結社の名前は『征東総督翼賛会(せいとうそうとくよくさんかい)』。自らを征東総督と名乗り、国民議会の議員を取り込んでいく。

 八月二十六日。国民議会の議員を中心に新政府樹立の宣言がされる。新政府は海外企業の資産を凍結すると宣告。
 八月二十六日同日。旧政府の首脳陣は、自由、平等、財産権、生存権を約束すると宣言。

 白いジャケットの中年男性は満面の笑みで旧政府大統領の旗を振っている。民衆の声援に迎えられ、黒塗りの車が官邸前に着く。
 中年男性が『征東総督翼賛会バンザイ』と叫びながら黒塗りの車に火炎瓶のような爆弾を投げつける。
 ヴゥワッアーッ、グゥワーッ、ヴァリィヴァリィヴァリィヴァリィッッ。キィャァーッ。ウゥアーッ。
 車上で爆音が轟き、火花が走る。炎が舞い、破片が飛び散る。街が騒然とした。
 中年男性は右手に握りしめた短刀を左の首筋に押しあてて強く引いた。血しぶきが飛び官邸の白い壁に鮮やかな朱色の紋様を彩った。
 ピィーポォー、ピィーポォー。ウゥーッ。
 救急車や消防車のサイレンの音が響く。
 旧政府の大統領に怪我はなかったが護衛の人間と旧政府支持者の民衆数十名の死傷者がでた。
 死亡した犯人は新政府支持者達から称賛され、国葬扱いの葬儀が行われた。

 かつて、東の大陸で外交官をしていた男性が街頭で訴える。
「我が国を愛するが故に苦言を申し上げたい。今こそ、東の大陸に手を差しのべるべきです。愛国心とは相手国の利害と名誉に考慮する事が即ち、自国の利害と名誉になる事なのです」
 演説をする男性に黒い影が突進していく。
「天誅―ッ」
 叫び声と共に男性が倒れる。『キャーッ』騒然とする街。
 元外交官刺殺事件は小さく報道されるだけだった。
 征東総督翼賛会や新政府支持者などから刺殺事件の犯人に対する減刑を要請する訴えがでる。
 排西移民法排撃運動から始まった対外強硬論。そして、西の大陸で国家意識が高まる。
 見えない何ものかに導かれた民衆は熱狂する。それは熱病のように蔓延していく。
 御互いの政府は、御互いの要人や支持者を自由と平等の名の下に処刑していく。
 遂に新政府と旧政府が武力衝突した。
 事実上の内戦状態となった。
 旧政府は東の大陸の軍事顧問を招く。最新兵器で軍を編成した。
 新政府は国民軍を組織した。
 自由を守る為の市民による軍隊。国民軍の旗が掲げられた。赤字に黒い十字の旗が西の大地の風にはためく。
 ジョカ征東総督演説に民衆が酔いしれる。
「働く国民が幸せになれないのが間違っているんです。私は我が国の国民を絶対に飢えさせません」
 ジョカ征東総督の信奉者にとって彼は自分達を悪政から救う超人に感じた。
 私も彼の力強い言葉に陶酔する。
 自由の為に全ての市民が兵士になる。
 帰属する兵士たちは自分の信じる正義の為に殺しあう。


 東の大陸の武器は悪魔の散弾銃だ。
 旧政府軍の奴らは新政府を支持する市民の足を砕く。わざと殺さない。汚染された弾丸は体内で炸裂し足を粉々にする。体内に取り込まれた細菌は増殖して感染症が街中に蔓延する。負傷者や病人を支える家族が飢え死にしてゆく。
 憎しみをも殺戮していく地獄の果てには絶望しかない。ただ、すがるしかない。祈るしか出来なかった。
 国民軍が壊滅の危機の時、ヒルメと呼ばれる老婆が神に祈り、神託を得た。
「シンノオオ神様は仰せだ。七人の英雄が我々を救う」
 預言者の言葉通りに英雄と称えられる軍人達がゲリラ戦を指揮した。
 国民軍はゲリラ作戦を駆使して、局地戦で勝利していく。それは玉砕という名の自爆攻撃。聖戦と信じ込む兵士は自らの正義の為に死ぬ。英雄達は神格化されていく。英雄は死ぬ事で崇められた。
 半年後、旧政府軍は壊滅した。東の大陸の資本は、西の大陸から駆逐された。
 西の大陸で生き残った一人の英雄ジョカが市民の圧倒的支持を得る。私達は完全な指導者の正しい指導により豊かで幸せらなれると思い込んだ。
 新政府軍が勝利した時に、臨時国会が開催された。ジョカの提出した法案が可決される。それは国のかたちが変わった瞬間だった。
 今思えば、あの法案が一夜にして西の大陸の国体を変えたのだろう。
 ジョカが提出した法案はこうだ。
『十億人の全国民に毎月十万ゲンの金銭を支給する。
 支給金は現在、流通している銀行券ではなく、新政府発行券とする。
 新政府発行券の通貨単位はゲンとする。
 現在流通している銀行券と新政府発行券は交換を禁止する』
 新政府発行券は大量に発行され、二千兆ゲンの新紙幣が国中に流通する。その途端に今まで流通していた旧紙幣の銀行券は価値を失い紙屑になった。旧紙幣ではパンの一切れも買えない。
 強いリーダーを求めてジョカを支援していた資産家達は裏切られた。全ての金融資産を失ったのだ。
 その反面、ジョカは多くの貧困層達から絶大な支持を得る。全国民が平等の金融資産を手に入れたのだ。ジョカを皇帝にしようとする国民の声が高まる。皇帝と臣民が一体になる国のかたちを望んだのだろうか。

 やがてジョカは皇帝となり、絶対君主国としてシンカ帝国が西の大陸に誕生する。
 
 シンカ帝紀暦元年。
 ジョカ皇帝が即位。
 戴冠式でジョカは市民に宣言した。
「私がシンカ帝国の皇位に就き、臣民を導く事は天命である。シンノオオ神の下、シンカ帝国の臣民は誰一人として飢える事なく、平等の権利が約束される。それを阻むものとは戦わなくてはならない。シンノオオ神に殉じてシンカ帝国の為に戦うものは、現世に於いても魂の世界に於いても永遠に救われるだろう」

 統一政府は自由と平等を守る国として建国した希望の国のはずだった。だが、民主国家と言われていた、かつての国は大衆迎合に走り、何も決められず将来の展望も無かった。しかし、ジョカ皇帝の(もと)、シンカ帝国が建国されてからは国民の幸福という明確な目標が具現化された。少なくともシンカ帝国の臣民で飢えている人間は一人もいない。
 私も帝国の臣民としてジョカ皇帝と一体になれる事への幸福感、高揚感があった。
 国旗を作り、国歌を作った。国名はシンカ帝国。徴兵制が制定され、国民軍の設立が国民意識を高める。憲法の第一条には全国民は国の為に戦う兵士であると記されている。家名に命を懸ける時代は遠い昔話になった。人々はプパガンダに酔いしれ、イデオロギーを信じて戦う。街は国威発揚や思想を誘導するポスターで溢れる。
同調圧力とは思わずに自分から世界に飲み込まれてゆく個人達。安全な家を捜して意識の同期化を自ら促進する。私もシンカ帝国の国民であるという幻想の中にいた。いや、国民という名の人々は自らがすすんでナショナリズムの啓蒙活動家となった。
 しかし、私達の理想郷から、かけ離れて暴走していくシンカ帝国。制御不能となった組織の中では目的の為なら、どんな手段も正当化されてしまう事を知らなかった。事件が起きた。
 遠洋漁業をしていた南の島の漁師が我が国の海軍に拿捕(だほ)された。漁師の数人が死亡した。
 かつて、東の大陸の暴力と戦った我が国の暴力が南の島に(やいば)を向けた。
 シンカ帝国は自国が受けた屈辱を周辺諸国に味合わせる。周辺諸国に無用のインフラ整備や製品を押し売りする。多額の借金を背負わせ植民地としていく。
 バッカイ族の商人に奴隷売買の特権を与え、ミマ族の人間を売り買いする。ミマ族の人間が奴隷、或いは人体実験の道具として扱われる。
 ジョカ皇帝はシンカ帝国の国民に金、銀、食糧、奴隷を与えた。自国民の利益のみを優先する帝国。ジョカ帝紀暦二年。遂にミマ族の人々の反乱が起きる。
 坂の下の裏通りは奴隷の村だった。傷つき、捨てられ、飢え死にしていった子供や老人の遺体が転がっている。ウジ虫やハエがたかる屍から疫病が蔓延し村が死んで逝く。割れた窓ガラス。荒廃した村。
 見上げると、星の無い夜空に帝国の街灯かりが霞んでいる。
 悪臭と汚物にまみれ這いつくばる村人。
 強大な力に支配され押し潰されていた塊がマグマのように膨れ上がっていく。
 坂の上の街で頻繁に停電が起きるようになった。エネルギーの供給が止まる。エネルギー施設の復旧に向かった職員が襲われた。ミマ族の反乱が始まる。
 通りに現れた数千人のミマ族。粗末なボロ布を身にまとい、原始的な武器を握りしめている。
 ある者は脚を引きずり、ある者は片目をえぐられている。血みどろの手に角材や鉄パイプを握りしめた死の行軍。その眼光に迷いはなく、岩のような魂が熔岩となって迫ってくる。
 虐げられた者たちの反乱。武器庫を襲い立ち上がる群衆。三千人の奴隷達が街に火をつけ、警察署を襲い占拠した。
 翌日。シンカ帝国国民軍十二万人が街を包囲する。
 反乱者、男、女、子供、老人に関係なく、ミマ族を殺戮していく。二千人のミマ族を道路沿いに(はりつけ)にして殺した。おぞましい道が四キロメートルにも及んだ。街を流れるブラックドラゴン川は一万人のミマ族の血で赤黒く染まった。
 国民軍はミマ族の村を襲う。村の隅々まで、悲鳴と呻き声と銃声が地響きのように鳴り止まなかった。
 ミマ族の八割の人間が殺される。
 建国したばかりのシンカ帝国では政情不安が続き、デモやテロが頻繁に起きた。
 五月三十日、二万人のデモが起きる。デモの演説をメモしていた警官が殴られる。首謀者の八人は六月三日には有罪判決を受ける。その二週間後。六月十六日に全ての集会を禁止する通達が発表される。デモとは関係のないコンサートや結婚式、葬儀までも禁止になるという異常事態だった。
 公道に三人が集まれば逮捕される。
 こんな筈じゃなかった。
 東の大陸が推し進めるグローバル資本主義という圧倒的な力に武力で立ち向かい、抑圧された世界を払拭した筈なのに自由な発言も出来ない空気になった。
 私は命を懸けてシンカ帝国建国の為に戦った。シンカ帝国の国民であるという誇りもあった。
 たが、先日、シックスブックシティで娘を連れて妻と三人で歩いていた時だ。労働者風の中年男性が私達に向かって怒鳴ってきた。
「オイッ。その女、東の大陸の奴だろう。あん。オマエはバッカイ族かぁ。敵国の女と何してやがる」
 妻と娘を守らなければいけないと真っ先に考えた。急いでその場を離れる。それ以来、極力、外出を控えた。
 食料品や日用品を備蓄して、窓を閉め切った部屋で過ごす。人との接触は避ける。ジョカ皇帝は電波さえも支配していた。世界から分断された暮らしに妻と娘のストレスは限界だった。
 私達の国は道を間違えたのだ。

 自由と平等という正義の名の(もと)で育った私達には人権を無視するニュース映像が許せなかった。
 奇抜な服装の若者達が、虐待される少数民族を救済する為にデモ行進をする。街頭演説で扇動する者。力強い言葉と音楽に酔いしれる民衆。
 その群衆の中に私もいた。やがて、警察との小競り合いが始まり暴動が起きる。機動隊が催涙弾を使用。街は騒然とし、遂に国民軍が自国民に銃口を向けた。混乱した。
 死者数十名と逮捕者数百名。私も特別高等警察に反乱思想分子の容疑で逮捕された。二週間の取り調べを受け、私は釈放される。
 出所した私は妻と出逢った喫茶店に入る。客の居ない店内。柱の振り子時計は止まっていた。
「やぁ、お久しぶり」
 歳をとったマスターが奥から出てくる。
「コーヒーでイイの」
「はい。御願いします」
「大変だったね。奥さんと御子さんは元気ぃ」
「はぁー。何とか。マスターっ。私ぃ。あのー。引っ越そうと思って」
 ガァッー。コーヒー豆を挽く音。マスターは無言だ。愁いを含んだ眼差しは私の真意を分かっているようだ。
 家族で東の大陸に亡命しようと考えていた。見つかれば死刑だ。共犯の疑いがかからないように本当の事は言えない。
 何も言わないマスターがコーヒーを差し出す。
「これ。御馳走するよ」
 全てを理解したマスターは黙って店の奥へ行ってしまった。
 東の大陸で生まれ育った妻と私達の娘を守らなければいけない。レジスタンスの手引きで密航船の用意をした。悔しかった。バッカイ族というラベルを貼られ、私個人を見てくれない事も度々あった。しかし、私はこの国の国民であると自覚していた。
 国が私を選ばなかったのだろうか。元々、私は国民ではなかったのだろうか。
 少なくとも私は想う。国が人の考えや気持ちを抑圧する法律を合法化は出来ない筈だ。
 この国の為に命を懸けられない自分が悔しかった。
 その昔、この国の革命で命を落としていった無名の戦士達こそが真の国民だと私は信じていた。私は国家の為に命を捧げて真の国民になろうとした。結局、私は国家を捨てて、家族を守る道を選ぶ事になった。私は間違っていたのだろうか。国家とは幻想だったのだろうか。もしかしたら大昔、革命前の人々こそが本当の人間社会を構成する民達なのかも知れない。農民の子供は産まれた時から農民という意味を持った存在に違いないのだから。
 私は西の大陸を出る。私を育んだ、この国を捨てた。

 私達は張りぼての遊園地で戯れていただけだった。
 見えない社会にそびえ建つ虚構の宮殿が音もなく崩れ堕ちて逝く。



  第三章 見えない戒律

 シンカ帝国建国後、民族意識が高まるにつれ、選別されていく人間達。選ばれた者の為に選ばれなかった人間は物のように殺されてゆく。
 生きる場所を失った私は二年前に敵として戦った東の大陸へ逃げるしかなかった。
 東の大陸への密航。私は死を覚悟していた。妻と娘さえ助かれば私は殺されても構わなかった。だが、私を待っていたのは意外な世界だった。
 東の大陸は二年前の排他的、差別的な国から一変していた。
 身分証明書も持っていない私は入国管理局で緊張していた。
「西の大陸からの渡航ですか。遠い所から大変でしたね。移民申請の手続きが済んだら当面の住む場所と食べ物が支給されますから。どうぞ、こちらへ。移民局へ案内いたします」
 まるで客をもてなすような職員の対応に戸惑った。

「ようこそ東の大陸へ。永住が御希望ですね。是非、我が国の国民になってください」
 笑顔で移民局の職員が迎えてくれる。
 居場所を拒否され続けた私が初めて歓迎されていると感じた。
 手続きが終わると私達の為に用意した住宅へ案内してくれる。
 雲一つない青空が広がっている。煌びやかな建造物が建ち並ぶ整然とした街並み。先の見えない真っ直ぐな道が白く続く。塵一つない街に太陽の光が音も無く降り注いでいる。
 街の真ん中に天高くそびえ建つ塔がある。
「あれは。あれはジグリットじゃないですか。図書館の資料で見た事がある。古代エウロパにあったというジグリットの塔でしょう」
 私は子供のように叫んだ。
「あぁ。あれがシティの機能をコントロールしているガイアという名前の人工知能ですよ。タワーって呼んでます」
 移民局の職員が答える。
「どうして東の大陸は、こんなに開放的な国になったんですか」
 私は聞かずにはいられなかった。
「西の大陸で起きた内戦の後、東の大陸では排他的思考を急転回させてグローバルな思考を発展させたんです。あと数年もすれば国という概念も無くなるかも知れませんね」
「そんな事っ。国という概念が無くなるってっ」
 私は理解に苦しんだ。移民局の職員が答える。
「人工知能というテクノロジーが本当の自由と平等を可能にしたんです。貧富の差もない。人種の差もない。宗教も神も必要としない世界なんですよ」
 何を言っているのだろう。本当に、そんな世界が存在するのだろうか。
「神さえ否定したら信じるもの。すがるものが無くなって不安にならないんですか」
 私の疑問に職員が答えた。
「結局、中世紀時代の人間が考えた神の世界の中で人は幸せになれなかったんですよ。古代エウロパに、こんな伝承があるそうです『神話の時代に人類がポムドイブと呼ばれる箱を開け、叡智(えいち)を手に入れた。その時から神に変わり、人間こそが世界を構築する存在なった』らしいですよ。きっと、人類の英知の結晶である人工知能が神に変わって人間に幸せをもたらせてくれるんですよ」

 東の大陸での新生活は快適だった。
 永住を希望し、国民登録申請を済ませた私達家族は体内にマイクロチップを埋め込まれた。
 予約したレストランに着くと、左手に埋め込まれたマイクロチップをかざしてチェックインする。私達家族の健康状態の情報もレストランに提供される。
 飲食可能なメニューが表示された。
 私は個室のシチュエーションを地中海の孤島にした。拡張現実のプログラムが立ち上がる。
 風と波の音。潮の薫りもする。今夜は最高の晩餐だ。

 自宅で昼過ぎに目覚める。
 心地好いバイオリンの音色。古い楽曲が流れ、家の隅々まで共鳴して私達を歓迎してくれている。
 キッチンのオーブンを開けると、出来たての人工肉のロースト。
 焼きたてのパンに、お気に入りのワイン。
 微風のような空気が漂う。
 何もかもがスムーズに展開していく世界。
 
 散歩の途中、清掃ロボットが道を横断する。
 太陽が音も無く、静かに降り注ぐ街。
 清掃ロボットに陽の光が反射して光る。
 殺人者のいない街。犯罪という発想すらない。
 清掃ロボットは何事も無かったかのように静かに動き出す。

 子供の頃に読んでいた未来小説が現実のものになっている。サイエンス・フィクションという予見を猛スピードで追い越していく社会。

 人工知能と呼ばれるようになった無機質のコンピューターは自ら学習をし、独自の発想すらするのだという。
 変革の始まりは二年前のボードゲームだったという。ガイアという名前の人工知能対世界チャンピオンの人間。
 国中で生中継されるほどの大騒ぎになった。
 第一戦。
 接戦の末、人類の勝利。
 第二戦。
 圧倒的な強さをみせつけた人工知能の勝利。
 第三戦。
 序盤から人工知能の強さだけが目立ち、人類に勝ち目はなかった。しかし、終盤で小学生でも分かる様な過ちの一手を人工知能が打つ。その一手で、あっさりと人類が逆転勝利した。
 拍子抜けの展開に人々は安堵すると共に人工知能への不安感を感じていた。
 何はともあれ、あと一勝で人類の知能が人工知能より優れている事を証明できる筈だった。
 第四戦。
 何が起きたのか。理解する者はいなかった。
 ゲーム開始直後に人工知能が不可解な一手を打つ。意味が無いような一手。また、失策をしたと誰もが考えた。ところが、ゲーム中盤から終盤にかけて、その一手が生きてきた。
 人間には思いもつかない一手が決め手となり、人工知能の勝利に終わった。
 第五戦。
 人類になす術はなかった。人工知能の圧倒的な強さをみせつけられた。
 人類は人工知能に導かれるように自分の意思表示をする事なく敗れ去った。

 半年後。システムを人工知能に委ねていた。すがるものが欲しかったのかも知れない。
 人類が積み重ねてきた知識も古い宗教も通用しない世界。合議制も民主主義も機能しない世界で人類は互いを傷つけあい、滅亡するしかない事を予見していた。
 そこに新しい神として現れたのが人工知能だった。
 人工知能という全知全能の神を信じ、全てを委ねる事で人々の心は癒される。
 全ては神の思召(おぼしめ)すままに。
 東の大陸の財政赤字だった国が二ヶ月間で黒字に転換した。全国で施行された国民消費維持法案。
 全ての国民の体内に埋め込まれたマイクロチップと政府の管理する人工知能が結び付き、総ての経済活動をコントロールする。
 そのシステムを開発したのがニムロデ社だ。
 この国に住む国民達は人工知能が許す限り、何もかもが手に入った。消費した分はその国民の借金となる。赤ん坊も障害者も例外ではない。
 国民は借金をしてニムロデ社の機械を購入して収入を得る。ロボットや人工知能が生産活動から納品までをするのだ。
 人間は借金をして消費するだけ。何しろ消費活動が無くては経済は回らない。消費する事が出来るのは人間だけだ。
 労働から解放された国民は楽園を謳歌する。
 保険、金融、医療、公共インフラ、公共サービス、総ての産業をニムロデ社の人工知能がコントロールする。
 やがて、そのシステムは国の行政も支配した。司法、立法に携わる人間はいたが、事実上、国も政府も国民生活も経済もニムロデ社のシステムの中で機能した。
 ニムロデ社の人工知能システムはネットワークで繋がり、大規模の生命体のようだ。国中がニムロデ社のシステムに飲み込まれていく。

 二年前、私は血を流し東の大陸の暴力と、その片棒を担ぐ同胞の旧政府軍を相手に戦っていた。この東の大陸の姿を見ると、二年前に私たち新政府軍が負けていれば今頃、西の大陸も民主的な本当の自由で平等な世界になっていたのかも知れないと考えてしまう。

 だが、私達家族が東の大陸に亡命して半年後の事だった。
 娘が息苦しそうに倒れた。心臓の機能が弱っていて移植手術が必要だという。
 一ヶ月後に事件は起きた。

 ジィーッ、ジィーッ。
 沈黙を破るように緊急の呼び出しベルが鳴る。
 娘に心臓の移植をしてくれるドナーが見つかった。
 私は急いで病院に向かった。
 私を待っていたのは口を閉ざし、うつむく医療責任者だった。医療責任者の表情が私を不安にする。
 医療責任者から思いもしなかった言葉を聞かされた。
「残念です。今回、娘さんへの移植手術は断念せざる得ません」
「馬鹿なぁ。もう時間が無いんだ。アンタが一番に解っているんだろう」
 叫んでも何も変わらなかった。
 後日、私が知ってしまった事実は受け止める事が難しかった。
 人工知能による直前の判断で、娘へ移植されるはずだった心臓が八十歳の老人へ移植されたのだ。
 命の価値に差は無いとはいえ、二歳の娘の命と八十歳の老人の命。適合の確立が同じなら未来のある娘へ移植されるべきではないのか。
 何故。何故、娘は死ななくてはならなかったのか。
 神に意思があるのなら理由を教えてくれ。

 娘を失った私と妻は、ただ生きるしかなかった。毎日の繰り返しを続けるしかない。朝、起きて寝るだけの毎日。

 私と妻以外の人間達は、今や何の疑問を持つ事もなく、人工知能の選択に従う。
 世の中には、最新機器を備え付けたチェーン店が溢れている。
 街の中のチェーン店に、芝居好きの男性が入店する。フロントで左手に埋め込まれたマイクロチップをかざしてチェックインをする。壁に点滅する光の矢印に導かれて個室に入る。その部屋は拡張現実で中世のヨーロッパにある宮殿になっている。テーブルには一杯のワインが置かれている。それは一時間前に男性が観た芝居の主人公が飲んだワインと同じだ。
 その最新機器には人工知能が搭載され、消費者個人の情報に基づき、その人にとって、その日、最適の飲物を提供している。

 一年後。
 ピィーポー、ビィーポー。
 妻が緊急搬送された病院で亡くなった。
 その日は夕方から雨が降り出した。
 夕方になると雨は激しくなった。
 私は買い物帰りの駅で止む事のない雨を眺めていた。
 心配した妻が傘を持って迎えに出たらしい。
 信号を無視してノーブレーキで突っ込んできた自家用車。
 私は二度と妻の笑顔を見る事が出来なくなった。
 私を苦しめたのは妻を殺した自家用車の運転者が一年前の老人だった事だ。
 運転中に脳梗塞を起こし意識を失ったらしい。
 私が憎んだのは老人よりも人工知能だ。
 私の娘と妻は人工知能に殺された。
 さすがに世間も大騒ぎになった。
 評論家たちは好き勝手な事を無責任に話すだけだ。
「人工知能といっても万能の神ではないんですよ。三年前のボードゲームを思い出してください。第三戦での信じられないミス。所詮、機械なんです。人間の判断が必要なんですよ」
「確率でいえば人間の選択よりも人工知能の選択に従った方が数百倍も社会的幸福度が上がっているのは証明済みです。数億分の一の不幸な偶然で時代を逆行してはいけません」
 不幸な偶然で片付けられる命。
 亡くなった妻や娘を誹謗中傷する奴らまで現れた。
 全てが赦せなかった。

 結局、何も変わらなかった。
 人々はガイアという名前の人工知能に人生を委ねる。
 年頃の女性は何のためらいもなく人工知能に従う。
「ありがとう、ガイア。私、そろそろ結婚して家族が欲しいの。どうすればいい」
『三十分後にコンパ通りの交差点に居るアキと結婚しなさい』
「ありがとう、ガイア」

 人工知能に自分の身体情報を提供する国民は、その日の食事のメニューもガイアに従う。
「ありがとう、ガイア。俺は今日、何を食べればいいのだ」
『出前で来々軒の麻婆豆腐を食べなさい』
「ありがとう、ガイア」

 国民の生命、健康、財産は人工知能によって守られる。
 世界から争いが消えた。

 自分の判断ではない何ものかに導かれる世界。自分が何者かを知る事もなくシステムの中を漂う。
 人工知能という無限の無意識は人間達にとって存在すらせず、ただ世界はそこにある。
 誰が支払ったか分からない酒を飲み、名前も知らない友人という呼び名の他人と戯れる。
 アスファルトに囲まれた街。泥濘(ぬかるみ)の道はなくなり、人々の往来が増える。だが、天から降り注ぐ雨水は大地に還る事はない。
 効率化された暮らしでは生きる感覚が失われてゆく。
 街には無数のタワーが建ち並ぶ。見えない秩序の中で機能する街。
 神に人格を求めた事が間違いだったのだろう。神格化された人工知能は無の神に化身する。
 力強い光に照らされた世界を傍観する私。
 街は色を失っていく。

 平等という幻想を掲げられて洗脳されてきた人間達。
 本当の平等なんて存在するのだろうか。
 目に見える平等は人間の権利を不平等にし、目に見えない平等は実生活の惨めさを思い出させる。
 もし、この世界に本当の平等があるとしたら肉体の死が必ず誰にでも訪れるという事実だけなのかも知れない。

 テクノロジーの網に覆われた東の大陸の世界は思考や価値観や考え方さえも統一しようとする。
 見えない戒律に縛られた国民達。
 多様な文化を認める事も出来ず、国さえも存在しない。
 私達はバベルの塔の住人でしかない。
 結局、私は何処の国の国民にもなれなかったのだろうか。
 私が国民だと思っていた国とは実体の無い虚構だったのだろうか。
 
 今、想い出すのは西の大陸で過ごした子供の頃の風景だ。

  ☆

 夕焼けでオレンジ色に染まっていく西の空に真っ赤な鳥が羽ばたいてゆく。
「あっ、先生。あの鳥は何っ」
「えっ、んー。何だろう。百年以上前に西の大陸では絶滅したと言われてる鳳凰に似てるけどなぁ」
「鳳凰っ。何ぃ、それっ」
「うん。祝福された国に現れる伝説の鳥といわれているんだよ」
「へぇー」



 この世界にバベルの塔がそびえ建つ以前の遠い遠い昔の話。
 西の大陸にキッシー国があった頃。それはキッシー国が滅亡する二十五年前。
 ソブン、ヤウダイ、ナナが五歳の時の村のよくある平凡な風景。
 ソブン、ヤウダイ、ナナの家族は日頃から夕食を共にする程の親交があった。親達も幼馴染の仲良しだ。
 厳しい掟はあったが当時、村全体が一つの共同体だった。
 落陽に溶けてゆく真っ赤な鳥が西の空に消える。
 秋祭りの晩。静かな村の空気も今夜は村人達の賑わいであたたかい。祭壇を取り囲む灯かり。鳴り物の音色。道化師の行商もやって来た。
 満月の明かりがソブンの家の庭先を照らす。祭りの賑わいが遠くで聞こえ、微かに鈴虫の音色が届く。子供達のはしゃぐ声。食卓の香りに笑い声が漏れる。

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  • 序章  胞衣の森

  • 第1話
  •  第一部 『空蝉の国《うつせみのくに》』

  • 第2話
  •  第二部 『迦楼羅の森《かるらのもり》』

  • 第3話
  •  第三部 『龍の柩』

  • 第4話
  •  第四部 『ビードロの街』

  • 第5話
  •  第五部 『国家の戒律』

  • 第6話
  •   最終章『迷宮の防人』

  • 第7話
  •  番外編 『崩れかけの塔の下で』

  • 第8話

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