2-1 強き北風 ……オッリ
文字数 2,353文字
冬の哭き声。血の道標。落ちゆく者の残り香──そして、獣たちの笑い声。
北風が吹き荒れる。
〈帝国〉の黒竜旗、そして皇帝旗たる燃える心臓の黒竜旗が、雪原に翻る。殺意に満ちた風が、〈教会〉の十字架旗を蹂躙する。
その風をまとい、極彩色の獣たちが笑う。
毛皮の服に軽装の革鎧をまとい、王侯貴族からの略奪品で武具を装飾した千騎の弓騎兵、極彩色の馬賊 が、戦場に毒々しい花を咲かせる。
笑い声が、燃える雪原を駆ける。
教会遠征軍の戦列が崩壊していく中、わずかに踏み止まる教会の騎士たちに、極彩色の馬賊 が襲いかかる。
馬上から放つ矢が、白煙を切り裂く。唸る矢風が、騎士たちを次々に射抜いていく。
騎射に続き、獰猛な喊声が轟く。蛮刀や戦鎚など、各々得意の近接武器に持ち替えた極彩色の戦士たちが、勢いのまま、敵中に殴り込む。
その群れの先頭で、強き北風 が咆哮する。
「我らが王! 偉大なる〈東の王 〉よ! 最高の狩り場に、大いなる血の雨に感謝を!」
偉そうな騎士の頭をウォーピックで叩き割りながら、オッリは先祖の名を叫んだ。
顔中の穴という穴から、冗談のように血が噴き出る。生温い返り血が、極彩色の装具を、両腕の刺青 を、赤く染める。
二百年前、〈東からの災厄 〉で大陸を恐怖と混乱に陥れた先祖、〈東の王 〉の伝説と、主君であるグスタフ三世の戦いぶりを重ね、オッリは狂喜した。
自らを燃える心臓の男と称し、この戦争を〈大祖国戦争〉と呼んだ〈帝国〉の皇帝グスタフ三世は、三ヵ月にも及ぶ遅滞作戦ののち、ここボルボ平原でついに反撃に討って出た──そして、すぐに大勢は決した。
皇帝自らが指揮を執ったボルボ平原の会戦は、帝国軍の圧勝だった。動員兵力は五万と同等だったが、戦略的撤退により温存されていた帝国軍は、兵の質、士気ともに精強であり、長期行軍により疲弊していた教会遠征軍を鎧袖一触で蹴散らした。鉄の修道騎士と称される教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲンも、噂と違い大した相手ではなかった。反攻の直前に到来した冬も帝国軍に味方し、強襲を後押しした。
そして、第三軍団騎兵隊の友軍である黒騎兵 の突撃により、教会軍の本陣は呆気なく陥落した。
「おー、あいつも派手にやってんな」
オッリの視界の先で、漆黒の胸甲騎兵が駆ける。戦友であり上官でもある、マクシミリアン・ストロムブラードが率いる黒騎兵 が、炎をまとい躍動する。
黒騎兵 の突撃後から、教会軍の野営地は燃えている。
味方が攻勢を強める合間、オッリらが退屈しのぎに飛ばしていた火矢が、火薬にでも引火したのだろう。気づいたときには、盛大に燃えていた。会戦の勝敗が決した一方で、炎の勢いは止まることを知らず、教会軍の本陣付近は、敵味方入り乱れ大混乱に陥っている。
ただ、〈教会〉側の組織的な抵抗は疎らだった。教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲン元帥は行方不明だが、生死に関わらず態勢の立て直しは不可能であろう。帝国軍の部隊の多くが、追撃戦へと移行している。
勝敗は決した。あとは、極彩色の馬賊 にとって何より楽しい時間、狩りの始まりである。
逃げ回る敵を馬上から叩き潰し、逃げ散る背中に気の赴くまま矢を射込む。従軍司祭を嬲り殺し、偉そうな騎士の首を刈る。十字架旗を奪い、放火し、敵兵を生きたまま炎にくべ、焼き殺す。
混乱渦巻く戦場にあっても、極彩色の馬賊 の戦士らは笑っていた。
一見すれば、和やかに狩りに興じる、笑顔溢れる戦場である。しかし、極彩色の獣たちは飢えていた。
オッリも同胞たちと同様、飢えていた。小競り合いを除けば、三ヵ月もの間、まともに戦ってなかったのである──まだまだ戦い足りない。奪い足りない。殺し足りない。
白煙の中に浮かぶ獲物に狙いを定め、オッリは舌舐めずりをした。
夕景に落ちていく、十字架を奉る天使の錦旗──〈教会七聖女〉の一人であり、教会遠征軍の旗印を務める少女、第六聖女セレン。
目的は女である。
ヨハン・ロートリンゲンのような偉そうな王侯貴族は、身代金か射撃の的にしかならない、奴隷にも劣る畜生だが、女は違う。
年端もいかぬ第六聖女の周りには、その世話をする侍女や、親衛隊の女騎士ら、美しい子女が大勢いる。それらを捕らえ、嬲り、犯す。孕ませ、産ませ、その子らは〈東の王 〉の末裔として、騎馬民族の子として、極彩色の馬賊 の戦士として育てる。オッリの母親も大陸東部の亡国の女、現在の妻も戦地で略奪した女である。極彩色の馬賊 の男たちにとって、略奪した女は最上級の戦利品である。そして美しく高貴な血を犯し孕ますことは、戦士として最上級の栄光なのである。
しかし、日没は間近に迫っている。沈む夕陽は影を増し、地を燃やす炎は、宵闇を輝かさんとしている。
反撃も許さぬ大勝利を得た以上、グスタフ帝は夜戦までは仕掛けないだろう。つまり日没までの残された時間で、もう一戦果、最上の獲物を仕留めたい。
力任せに敵兵の頭部をねじ切り、それを鐙にくくり付けると、オッリは馬腹を蹴った。
騎士どもを殺し、女たちを奪い、聖女を地面に引きずり倒す様を想像するだけで、オッリの全身は熱くなる。
熱情に突き動かされるまま、オッリは駆け出した。
日没までの時間など関係ない──戦いはまだ終わっていない。
北風が吹き荒れる。
〈帝国〉の黒竜旗、そして皇帝旗たる燃える心臓の黒竜旗が、雪原に翻る。殺意に満ちた風が、〈教会〉の十字架旗を蹂躙する。
その風をまとい、極彩色の獣たちが笑う。
毛皮の服に軽装の革鎧をまとい、王侯貴族からの略奪品で武具を装飾した千騎の弓騎兵、
笑い声が、燃える雪原を駆ける。
教会遠征軍の戦列が崩壊していく中、わずかに踏み止まる教会の騎士たちに、
馬上から放つ矢が、白煙を切り裂く。唸る矢風が、騎士たちを次々に射抜いていく。
騎射に続き、獰猛な喊声が轟く。蛮刀や戦鎚など、各々得意の近接武器に持ち替えた極彩色の戦士たちが、勢いのまま、敵中に殴り込む。
その群れの先頭で、
「我らが王! 偉大なる〈
偉そうな騎士の頭をウォーピックで叩き割りながら、オッリは先祖の名を叫んだ。
顔中の穴という穴から、冗談のように血が噴き出る。生温い返り血が、極彩色の装具を、両腕の
二百年前、〈
自らを燃える心臓の男と称し、この戦争を〈大祖国戦争〉と呼んだ〈帝国〉の皇帝グスタフ三世は、三ヵ月にも及ぶ遅滞作戦ののち、ここボルボ平原でついに反撃に討って出た──そして、すぐに大勢は決した。
皇帝自らが指揮を執ったボルボ平原の会戦は、帝国軍の圧勝だった。動員兵力は五万と同等だったが、戦略的撤退により温存されていた帝国軍は、兵の質、士気ともに精強であり、長期行軍により疲弊していた教会遠征軍を鎧袖一触で蹴散らした。鉄の修道騎士と称される教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲンも、噂と違い大した相手ではなかった。反攻の直前に到来した冬も帝国軍に味方し、強襲を後押しした。
そして、第三軍団騎兵隊の友軍である
「おー、あいつも派手にやってんな」
オッリの視界の先で、漆黒の胸甲騎兵が駆ける。戦友であり上官でもある、マクシミリアン・ストロムブラードが率いる
味方が攻勢を強める合間、オッリらが退屈しのぎに飛ばしていた火矢が、火薬にでも引火したのだろう。気づいたときには、盛大に燃えていた。会戦の勝敗が決した一方で、炎の勢いは止まることを知らず、教会軍の本陣付近は、敵味方入り乱れ大混乱に陥っている。
ただ、〈教会〉側の組織的な抵抗は疎らだった。教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲン元帥は行方不明だが、生死に関わらず態勢の立て直しは不可能であろう。帝国軍の部隊の多くが、追撃戦へと移行している。
勝敗は決した。あとは、
逃げ回る敵を馬上から叩き潰し、逃げ散る背中に気の赴くまま矢を射込む。従軍司祭を嬲り殺し、偉そうな騎士の首を刈る。十字架旗を奪い、放火し、敵兵を生きたまま炎にくべ、焼き殺す。
混乱渦巻く戦場にあっても、
一見すれば、和やかに狩りに興じる、笑顔溢れる戦場である。しかし、極彩色の獣たちは飢えていた。
オッリも同胞たちと同様、飢えていた。小競り合いを除けば、三ヵ月もの間、まともに戦ってなかったのである──まだまだ戦い足りない。奪い足りない。殺し足りない。
白煙の中に浮かぶ獲物に狙いを定め、オッリは舌舐めずりをした。
夕景に落ちていく、十字架を奉る天使の錦旗──〈教会七聖女〉の一人であり、教会遠征軍の旗印を務める少女、第六聖女セレン。
目的は女である。
ヨハン・ロートリンゲンのような偉そうな王侯貴族は、身代金か射撃の的にしかならない、奴隷にも劣る畜生だが、女は違う。
年端もいかぬ第六聖女の周りには、その世話をする侍女や、親衛隊の女騎士ら、美しい子女が大勢いる。それらを捕らえ、嬲り、犯す。孕ませ、産ませ、その子らは〈
しかし、日没は間近に迫っている。沈む夕陽は影を増し、地を燃やす炎は、宵闇を輝かさんとしている。
反撃も許さぬ大勝利を得た以上、グスタフ帝は夜戦までは仕掛けないだろう。つまり日没までの残された時間で、もう一戦果、最上の獲物を仕留めたい。
力任せに敵兵の頭部をねじ切り、それを鐙にくくり付けると、オッリは馬腹を蹴った。
騎士どもを殺し、女たちを奪い、聖女を地面に引きずり倒す様を想像するだけで、オッリの全身は熱くなる。
熱情に突き動かされるまま、オッリは駆け出した。
日没までの時間など関係ない──戦いはまだ終わっていない。