3-3 弔いの宴 ……ヤンネ
文字数 2,830文字
戦いが終わり、死の帳 が落ちた北の夜に、獣たちの咆哮がこだまする。
野営地の篝火が、無数の首塚を照らす。極彩色の馬賊 の戦士たちが、討ち取った首級を槍の穂先に刺しながら、略奪品でそれらを彩り、そして仲間たちの亡骸を薪と一緒に並べる。
そのそばには、捕虜となった教会遠征軍の女たちが、縄に繋がれ並んでいる。侍女も、修道女も、女騎士も、貴賤を問わず、みな等しく裸に剥かれ、寒空の下で震えている。
そして、亡骸に火が放たれ、弔いの宴が始まる。
死者の炎を囲み、男たちが杯を交わし、酒を片手に歌い踊り、そして奪った女たちを強姦する──〈東の王 〉の名の許に、遥かなる地平線に血の雨を、と。
それらを遠巻きに、ヤンネは十字架のペンダントを握り締めた。
「師匠である鋼の戦人 の二つ名に代わって、この女を犯し、必ずや〈東の王 〉の血を、遥かなる地平線に刻みます!」
選別された虜囚の女に向かい、戦友のコッコが高らかに宣誓する。そして、人目も憚らず服を脱ぎ捨て、女に無理矢理口づけし始める。
ヤンネはそれを苦々しく思ったが、しかし口は挟まなかった。
「コッコのことは許してやれよ。あいつも死ななかっただけ運が良かった」
戦死した鋼の戦人 のローペの後任として、新たに副官に任命したサミは、事あるごとにヤンネに釘を刺した。
「別に、あいつのせいじゃない……。全部俺の責任だ……」
「あんまり気負い過ぎるな。ローペさんは銃弾で死んだんだ。運が悪かったんだよ」
血気に逸って不用意に斬り込み、そして犠牲を出したことについて、コッコを責める気はなかった。そもそも、部隊の行動の責任は、それを率いる者が負う。つまりローペの死は、自分自身の至らなさが招いた結果である。
それに、コッコもまた、ローペを死なせた自責の念に駆られている。しかし、涙ながらに師匠を弔おうとするそのやり方には、やはり賛同できなかった。
「あいつ本当にガキだよな……。一緒にユーリア様から正しい信仰を学んだのに、神の依り代たる十字架を信仰してるはずなのに、アホな大人たちに脅されると、すぐ蛮族の所業に逆戻りだ」
「コッコはともかく、ローペさんは十字架の信徒じゃない。大人たちが部族のやり方で弔うなら、それに従うべきだ。大将もきっとそうする。気持ちはわかるが、柔軟になれよ」
サミの口調が段々と険しくなっていくので、ヤンネは渋々頷いた。
ローペは老齢ながらに〈大陸共通語〉を覚え、帝国軍にあって副官の務めをそつなく果たしてくれたが、しかし神の依り代たる十字架は信仰していない。彼の神は、先祖である〈東の王 〉だけであり、弔いもそのやり方に準じるべきというのが、戦友たちの意見だった。
泣き叫ぶ女たちの声を、男たちの狂笑と怒号がかき消す。
生き残った者は、死者に代わり、血を遺す。つまり、女を犯し、孕ませ、子を産ませる。
これが、極彩色の馬賊 が仲間を弔う、伝統的なやり方である──しかし、こんな地獄絵図のような光景が、死者への弔いになるものか──暗澹たる気分に苛まれるまま、ヤンネはその場を離れた。
今夜の弔いの宴は、いつも以上に激しかった。
完全な勝ち戦、それも追撃戦で犠牲を出したこともあり、極彩色の馬賊 の戦士らは苛立ち、殺気立っていた。父オッリの負傷と不在も、それに拍車をかけている。
父の幕舎に行くと、外には数名の黒騎兵 の兵士が待機していた。
父は第六聖女親衛隊に斬り込んだ際、背中を負傷し、今も軍医の治療を受けている。
普段ならどんな傷を負っても、能天気に大笑いしている父は、しかし今夜は幕舎に籠ったまま、一向に姿を見せていない。騎兵隊の上官であり戦友でもある、黒騎兵 のストロムブラード隊長が見舞いに来ても、笑い声一つ聞こえてこない。
このまま死んでくれ──父に対し、ヤンネはずっとそう思っていた。
そうすれば、労せずして極彩色の馬賊 は自分の物となる。そうなれば、部族の帝国人化も、規律ある部隊への変革も、少しは容易に進むだろう。
ストロムブラード隊長が出てくるまで、ヤンネは待機している黒騎兵 の兵と話した。
第三軍団軍団長のキャモラン将軍が、またストロムブラード隊長に怒っているというのが、共通の話題だった。
ボルボ平原の会戦終了後、隊長は黒騎兵 副官のニクラス・リーヴァを戦況報告に派遣したものの、キャモラン将軍は何が気に入らないのか、直接軍団本営に出頭しろと喚いているらしい。だが、ストロムブラード隊長はそれを無視し、父の慰問を優先させた。
どの兵士も、いつも後方で威張り腐ってるだけの軍団長のことを、ハゲだの馬面だのと小馬鹿にしていた。戦功確認のため、わざと極彩色の馬賊 の首塚を見せたら面白そうだとも、見た瞬間に卒倒して死ぬんじゃないかとも言っていた。
雑談が終わる頃、上官のストロムブラード隊長が幕舎から出てきた。
「ヤンネ、話がある。俺の幕舎まで来い」
隊長に呼ばれ、ヤンネは歩き出した。
しばらくは、隊長からの雑談が続いた。軽妙な口調で話す内容は、ほとんどは護衛の話した内容と大差なく、やはりキャモラン軍団長のことをハゲ散らかった馬野郎だのと罵っていた。
「そういえば、親父の容体は聞いたか?」
「いえ、知りません」
愚問だ──ヤンネは即座に吐き捨てた。
それを聞くと、ストロムブラード隊長は深く息つき、どこか重苦しい横顔を覗かせる。
「あれがどうかしたんですか?」
「死んだ」
一瞬、耳を疑った。その言葉を聞いたとき、何もかもが真っ白になった。過った感情が、喜びなのか、哀しみなのか、それさえもわからなかった。
「──ように寝てる。いびき一つしないで寝てるなんて、随分と珍しい」
しかしそれは、すぐにぬか喜びに変わる。
「揶揄 わないで下さい」
「ハハハ。本当に死んだと思ったか? 今回もかなり深手を負ったが、それでもあの筋肉バカが戦で死ぬなんて、俺には想像できんよ」
ストロムブラード隊長は笑っていたが、ヤンネは不愉快だった──隊長の言動にではなく、今ものうのうと生きている父親のことが。
「親子だから仲良くしろとは言わんが、あんまり毛嫌いしてやるな」
騎士殺しの黒騎士は、そう言ってまた夜に微笑んだ。
若き日、帝国騎士であった実父を殺害し、家督を奪ったと噂されるその人の言葉は、随分と優しく聞こえた。
それでも、夜闇に浮かぶ漆黒の胸甲騎兵の影は、焼かれた騎士の家紋は、はっきりと血の臭いを帯びていた。
野営地の篝火が、無数の首塚を照らす。
そのそばには、捕虜となった教会遠征軍の女たちが、縄に繋がれ並んでいる。侍女も、修道女も、女騎士も、貴賤を問わず、みな等しく裸に剥かれ、寒空の下で震えている。
そして、亡骸に火が放たれ、弔いの宴が始まる。
死者の炎を囲み、男たちが杯を交わし、酒を片手に歌い踊り、そして奪った女たちを強姦する──〈
それらを遠巻きに、ヤンネは十字架のペンダントを握り締めた。
「師匠である
選別された虜囚の女に向かい、戦友のコッコが高らかに宣誓する。そして、人目も憚らず服を脱ぎ捨て、女に無理矢理口づけし始める。
ヤンネはそれを苦々しく思ったが、しかし口は挟まなかった。
「コッコのことは許してやれよ。あいつも死ななかっただけ運が良かった」
戦死した
「別に、あいつのせいじゃない……。全部俺の責任だ……」
「あんまり気負い過ぎるな。ローペさんは銃弾で死んだんだ。運が悪かったんだよ」
血気に逸って不用意に斬り込み、そして犠牲を出したことについて、コッコを責める気はなかった。そもそも、部隊の行動の責任は、それを率いる者が負う。つまりローペの死は、自分自身の至らなさが招いた結果である。
それに、コッコもまた、ローペを死なせた自責の念に駆られている。しかし、涙ながらに師匠を弔おうとするそのやり方には、やはり賛同できなかった。
「あいつ本当にガキだよな……。一緒にユーリア様から正しい信仰を学んだのに、神の依り代たる十字架を信仰してるはずなのに、アホな大人たちに脅されると、すぐ蛮族の所業に逆戻りだ」
「コッコはともかく、ローペさんは十字架の信徒じゃない。大人たちが部族のやり方で弔うなら、それに従うべきだ。大将もきっとそうする。気持ちはわかるが、柔軟になれよ」
サミの口調が段々と険しくなっていくので、ヤンネは渋々頷いた。
ローペは老齢ながらに〈大陸共通語〉を覚え、帝国軍にあって副官の務めをそつなく果たしてくれたが、しかし神の依り代たる十字架は信仰していない。彼の神は、先祖である〈
泣き叫ぶ女たちの声を、男たちの狂笑と怒号がかき消す。
生き残った者は、死者に代わり、血を遺す。つまり、女を犯し、孕ませ、子を産ませる。
これが、
今夜の弔いの宴は、いつも以上に激しかった。
完全な勝ち戦、それも追撃戦で犠牲を出したこともあり、
父の幕舎に行くと、外には数名の
父は第六聖女親衛隊に斬り込んだ際、背中を負傷し、今も軍医の治療を受けている。
普段ならどんな傷を負っても、能天気に大笑いしている父は、しかし今夜は幕舎に籠ったまま、一向に姿を見せていない。騎兵隊の上官であり戦友でもある、
このまま死んでくれ──父に対し、ヤンネはずっとそう思っていた。
そうすれば、労せずして
ストロムブラード隊長が出てくるまで、ヤンネは待機している
第三軍団軍団長のキャモラン将軍が、またストロムブラード隊長に怒っているというのが、共通の話題だった。
ボルボ平原の会戦終了後、隊長は
どの兵士も、いつも後方で威張り腐ってるだけの軍団長のことを、ハゲだの馬面だのと小馬鹿にしていた。戦功確認のため、わざと
雑談が終わる頃、上官のストロムブラード隊長が幕舎から出てきた。
「ヤンネ、話がある。俺の幕舎まで来い」
隊長に呼ばれ、ヤンネは歩き出した。
しばらくは、隊長からの雑談が続いた。軽妙な口調で話す内容は、ほとんどは護衛の話した内容と大差なく、やはりキャモラン軍団長のことをハゲ散らかった馬野郎だのと罵っていた。
「そういえば、親父の容体は聞いたか?」
「いえ、知りません」
愚問だ──ヤンネは即座に吐き捨てた。
それを聞くと、ストロムブラード隊長は深く息つき、どこか重苦しい横顔を覗かせる。
「あれがどうかしたんですか?」
「死んだ」
一瞬、耳を疑った。その言葉を聞いたとき、何もかもが真っ白になった。過った感情が、喜びなのか、哀しみなのか、それさえもわからなかった。
「──ように寝てる。いびき一つしないで寝てるなんて、随分と珍しい」
しかしそれは、すぐにぬか喜びに変わる。
「
「ハハハ。本当に死んだと思ったか? 今回もかなり深手を負ったが、それでもあの筋肉バカが戦で死ぬなんて、俺には想像できんよ」
ストロムブラード隊長は笑っていたが、ヤンネは不愉快だった──隊長の言動にではなく、今ものうのうと生きている父親のことが。
「親子だから仲良くしろとは言わんが、あんまり毛嫌いしてやるな」
騎士殺しの黒騎士は、そう言ってまた夜に微笑んだ。
若き日、帝国騎士であった実父を殺害し、家督を奪ったと噂されるその人の言葉は、随分と優しく聞こえた。
それでも、夜闇に浮かぶ漆黒の胸甲騎兵の影は、焼かれた騎士の家紋は、はっきりと血の臭いを帯びていた。