4-7 再びの邂逅① ……ミカエル
文字数 4,164文字
頬を切る風が、血の臭いを帯びていく。
振り下ろす古めかしい直剣が、血を浴びて赤く濁る。
舞い散る雪が、血飛沫となって冬を染める。
月盾騎士団 の馬群が、雪原を駆ける。ミカエルに続き、月盾の騎士たちが〈帝国〉の黒竜旗に襲いかかる。
対峙する半甲冑の槍騎兵も、雄叫びを上げ、その槍の穂先を前に突き出す。
それらを躱し、弾き落し、切り伏せる。槍も、兜も、甲冑も、向かってくるものは何であれ、まとめて叩き潰す。
一振りに、全ての力を籠める。そして、勢いのままに命を貫く。
「我が剣に、月盾の軍旗に従い、駆け続けろ!」
ミカエルは叫び、先頭を駆けた。
三千にも満たぬ軍勢だが、騎士団は渾然一体となり、敵を切り裂く。無数の馬蹄が雪を蹴り上げ、一筋の道を作っていく。
まず一撃、敵が戦闘態勢を整える前に、出来る限り叩く。まとまろうとする部隊間の連携を断ち、足並みを乱す。兵の殲滅よりも、衝撃を与えることに重点を置いた攻撃である。
一度戦端が開かれた以上、騒ぎを聞きつけた敵は、次々に後続を投入してくるだろう。しかし、こちらで野戦に対応できる部隊は、月盾騎士団 しかいない。全体として劣勢になるのは目に見えている。
ゆえに、とにかく戦の主導権を渡さないことが重要になる。
やり方は、ボルボ平原で帝国軍が行ったことと同じだ。まず問答無用で頭をぶん殴り、衝撃を与える。敵の注意を引きつけ、考える時間を奪う。いずれは親衛隊らが立て籠もるボフォースの古城も包囲されるだろうが、常に先手を取り、動き続けていれば、少なくとも主導権は握ったままでいられる。たった一日耐えるだけなら、それで充分である。
突撃が、雄叫びが、ぶつかり合う。しかし、月盾の騎士の勢いは止まらない。
「「我らが月盾の長に続け!!」」
騎士たちの咆哮が、ミカエルの背中を押す。
ミカエルの直営部隊を先頭に、部下のリンドバーグ、アナスタシアディスの両部隊も、果敢に動く。リンドバーグは苛烈で強靭な、アナスタシアディスは冷静で的確な一撃をもって、敵を薙ぐ。
前衛の敵騎兵を退ける。しかしそれも束の間、すぐに後続の騎兵、そして歩兵の群れが、枯れた森から続々と姿を現す。
息つく暇もない。それでもミカエルは即座に攻撃の命令を発し、新たな敵に向かった。
こちらの接近に気づいた敵銃兵が、マスケット銃を構える。無数の火蓋が切られ、硝煙がその姿を覆い隠す。
撃ち鳴らされた銃弾の風は、ほとんど感じなかった。距離は離れているし、弾幕も薄い。敵はまだ戦列を組み切れておらず、銃撃自体は脅威にならない。
馬に拍車をかける。敵の二列目が装填に手間取る間に、距離を詰める。
銃兵を守ろうと、敵の長槍兵が隊形変換に動くが、長槍 の林がまともな陣形を組む前に、リンドバーグの重騎兵が殴り込む。
人面甲 が吼え、その大剣が唸りを上げる。巨大な鉄塊が肉轢き機となり、歩兵の群れをすり潰す。
その衝撃に、敵歩兵は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。こちらを包囲しようとする敵騎兵も、歩兵との連携が取れず二の足を踏んでいる。
それでも、黒竜旗の波は止まることを知らない。敵は次々に部隊を投入し、月盾騎士団 に攻撃を仕掛けてくる。
そのたびに、それを跳ね返しつつ、悟られぬよう古城に誘因する。すでに敵兵力は五千以上になり、こちらを上回っている。しかし、思惑通りに事は進んでいる。
このままいけば、主導権を握ったまま、一日を終えられるかもしれない。つまり、勝てるかもしれない──そんな淡い期待が、ミカエルの脳裏を過る。
しかしその直後、帝国軍は予想外の動きをし始めた。
次々に現れる後続の内、まとまった数の敵歩兵が、月盾騎士団 やボフォースの古城には目もくれず、尋常ならざる行軍速度を保ったまま東進したのである。
その強引過ぎる動きに、ミカエルは焦った。
合流までの一日、先んじて衝撃を与えることで敵の注意を引き、軍勢を釘づけにするというのが、当初の目標である。だが無視された場合、多勢に無勢のミカエルらには成す術がない。ゆえにわざと危険を冒し、野戦に討って出たのである。
ヴァレンシュタインとの間に潜り込まれても、形として挟撃は可能である。しかし、敵は目に見えている人数だけではない。何より、兵の練度と内線作戦に余程の自信がなければ、そもそもあんな強引な一手は取らないだろう。そしてまとまった兵力に勢いのまま分断されれば、各個撃破は免れない。
危惧していた事態に、嫌な汗が滲み出る。
「ディーツ! あの部隊の足を止める! 誰か回せる者は!?」
「アナスタシアディスの部隊を当たらせます! ですが、こちらへの圧力が強まるのは覚悟して下さい!」
三千騎にも満たない月盾騎士団 をさらに分散するのは、明らかに危険だったが、しかしこのままでは作戦そのものが破綻する。
ミカエルは伝令を飛ばすと、アナスタシアディスの千騎を即座に切り離し、強行する敵軍に向かわせた。
すぐに、目の前の敵が攻勢が強める。敵歩兵隊に随伴する野戦砲も現れる。砲声が轟き、剣戟が、銃声が、激しさを増していく。
雪が、硝煙が、血飛沫が、視界を曇らせる。干戈が交わるたび、雪原に、敵の死、味方の死が、ただひたすらに積み上がっていく。
冬の風が肌を刺す。息が上がる。甲冑は重みを増し、手綱を握る手にも、剣を振るう手にも、力が入らなくなる。馬の足腰もふらつき、馬腹を蹴る拍車も空回りする。それでも、心だけは折るまいと、戦い続ける。
一体、どれほど戦ったのか? どれほどの時間が経ったのだろうか? 全てが曖昧模糊とした冬に溶けようとしていたそのとき、一発の銃声が旋風となり、冬を切り裂いた。
銃声の先──青羽根の騎兵帽に、髑髏の紋章の胴鎧──誰よりも派手な月盾の騎士が、歯輪式拳銃 を手に駆けてくる。
「兄上! ご無事ですか!?」
騎兵帽の長つばを傾け、アンダースが一礼する。それに続き、アンダース率いる銃騎兵隊が、火縄式 マスケット騎銃 の弾幕を敵に浴びせる。
「助かったぞアンダース! しかし、なぜここに? ヴァレンシュタイン元帥のところに行っていたはずだろう?」
「こちらに戻る道中、騒ぎを聞きつけましてね。これだけ派手にやり合ってれば、誰だって来ますよ」
拳銃に弾丸を装填しながら、アンダースがいつものように軽口を叩く。
ロートリンゲン家の血脈を示す青い瞳が、ミカエルの緊張を和らげる。
正直なところ、わだかまりはまだ残っている。恐らくは弟も同じだろう。ゆえに、この状況で応援に来るとは思っていなかったし、それだけに、駆けつけてくれたことは素直に嬉しかった。
アンダースの部隊に続き、深海の玉座の軍旗が雪原を疾駆する。
現れた深海の玉座の軍旗と、それを掲げる三千騎ほどの騎兵隊が、猛烈な勢いで黒竜旗をなぎ倒していく。
「あの軍勢は? ヴァレンシュタイン元帥の援兵か?」
「あちらは弾丸公・ハベルハイム将軍です。後続の歩兵も間もなく到着するでしょう」
ミカエルとアンダースの視線の先で、ハベルハイムの騎兵が攻勢を強める。アナスタシアディスの部隊が対応していた敵軍を、深海の玉座の軍旗が貫く。
瞬く間に、深海の玉座の軍旗が黒竜旗を圧倒する。
弾丸公の異名に違わず、ハベルハイムの攻撃は強烈だった──ただ一撃で、勝負を決める──ボルボ平原の戦いで、黒騎兵 が教会遠征軍本陣を陥落させたときと同じような衝撃波が、雪原を震わせる。
「ご覧下さい! 敵が退いていきます!」
騎士団旗を持つ旗手のヴィルヘルムが、ハベルハイムの軍勢を指差し叫ぶ。
「ヴィルヘルム。旗手として、よく務めを果たしたな」
ミカエルが労うと、ヴィルヘルムが満面の笑顔で敬礼する。
「アンダースも、よく来てくれた。お前の助けがなければ、危なかった」
ミカエルは弟にも声をかけたが、アンダースは騎兵帽のつばで目線を隠すと、照れ隠しか、返事もせずそっぽを向くだけだった。
ハベルハイムの援兵により、流れは一変した。敵は全面的な退却を開始した。
逃げる敵と、それを駆逐するの深海の玉座の軍旗を見ながら、月盾の騎士たちが歓声を上げる。遠くボフォースの古城からも、勝利を讃える歓声が聞こえてくる。
ミカエルも剣を握り締め、高々と掲げた。
安堵感と達成感が、心を満たす。父を失い、ボロボロの状態ながらも、何とか持ち堪えることができた。生きるために戦うこと、そして生き延びることができた。
神の依り代たる十字架を、教会遠征軍を、月盾騎士団 を讃える歓呼が、冬に轟く。僅かな時間だったが、誰もがこの陰鬱とした北の大地で忘れかけていた、勝利の味に酔いしれていた。
そのときだった。突如、一陣の強き北風 が雪原を薙いだ。
矢が唸り、貫かれた首が粉雪をまといながら、宙を飛ぶ。
狂猛な笑い声が、血飛沫とともに雪原を駆ける。
鼻先を挫かれたハベルハイムの軍勢が、もんどり打って足を止める。
あり得ない──遠眼鏡越しに覗くその姿に、ミカエルは目を疑い、そして戦慄した。
二週間前、ボルボ平原の戦いで、確かにその背に傷を負わせた男。しかしその男は、至って平然とそこにいた。
忘れもしない姿──血塗れのウォーピック。殺意に満ちた弓矢。他を圧倒する筋骨隆々の巨体。王侯貴族から奪ったとされる戦利品で装飾された毛皮と革鎧。両腕に走る冒涜的な刺青。狂猛な笑みを隠そうともしない熊髭。〈帝国〉の犬になり果てた、蛮族〈東の王 〉の末裔。時代錯誤の単騎駆けさえ笑って済ませる、冬に踊る極彩色の獣。
ミカエルの眼前で、再び強き北風 が吹き荒れる。
強き北風 のオッリは、今再び、冬の戦場に現れた。
振り下ろす古めかしい直剣が、血を浴びて赤く濁る。
舞い散る雪が、血飛沫となって冬を染める。
対峙する半甲冑の槍騎兵も、雄叫びを上げ、その槍の穂先を前に突き出す。
それらを躱し、弾き落し、切り伏せる。槍も、兜も、甲冑も、向かってくるものは何であれ、まとめて叩き潰す。
一振りに、全ての力を籠める。そして、勢いのままに命を貫く。
「我が剣に、月盾の軍旗に従い、駆け続けろ!」
ミカエルは叫び、先頭を駆けた。
三千にも満たぬ軍勢だが、騎士団は渾然一体となり、敵を切り裂く。無数の馬蹄が雪を蹴り上げ、一筋の道を作っていく。
まず一撃、敵が戦闘態勢を整える前に、出来る限り叩く。まとまろうとする部隊間の連携を断ち、足並みを乱す。兵の殲滅よりも、衝撃を与えることに重点を置いた攻撃である。
一度戦端が開かれた以上、騒ぎを聞きつけた敵は、次々に後続を投入してくるだろう。しかし、こちらで野戦に対応できる部隊は、
ゆえに、とにかく戦の主導権を渡さないことが重要になる。
やり方は、ボルボ平原で帝国軍が行ったことと同じだ。まず問答無用で頭をぶん殴り、衝撃を与える。敵の注意を引きつけ、考える時間を奪う。いずれは親衛隊らが立て籠もるボフォースの古城も包囲されるだろうが、常に先手を取り、動き続けていれば、少なくとも主導権は握ったままでいられる。たった一日耐えるだけなら、それで充分である。
突撃が、雄叫びが、ぶつかり合う。しかし、月盾の騎士の勢いは止まらない。
「「我らが月盾の長に続け!!」」
騎士たちの咆哮が、ミカエルの背中を押す。
ミカエルの直営部隊を先頭に、部下のリンドバーグ、アナスタシアディスの両部隊も、果敢に動く。リンドバーグは苛烈で強靭な、アナスタシアディスは冷静で的確な一撃をもって、敵を薙ぐ。
前衛の敵騎兵を退ける。しかしそれも束の間、すぐに後続の騎兵、そして歩兵の群れが、枯れた森から続々と姿を現す。
息つく暇もない。それでもミカエルは即座に攻撃の命令を発し、新たな敵に向かった。
こちらの接近に気づいた敵銃兵が、マスケット銃を構える。無数の火蓋が切られ、硝煙がその姿を覆い隠す。
撃ち鳴らされた銃弾の風は、ほとんど感じなかった。距離は離れているし、弾幕も薄い。敵はまだ戦列を組み切れておらず、銃撃自体は脅威にならない。
馬に拍車をかける。敵の二列目が装填に手間取る間に、距離を詰める。
銃兵を守ろうと、敵の長槍兵が隊形変換に動くが、
その衝撃に、敵歩兵は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。こちらを包囲しようとする敵騎兵も、歩兵との連携が取れず二の足を踏んでいる。
それでも、黒竜旗の波は止まることを知らない。敵は次々に部隊を投入し、
そのたびに、それを跳ね返しつつ、悟られぬよう古城に誘因する。すでに敵兵力は五千以上になり、こちらを上回っている。しかし、思惑通りに事は進んでいる。
このままいけば、主導権を握ったまま、一日を終えられるかもしれない。つまり、勝てるかもしれない──そんな淡い期待が、ミカエルの脳裏を過る。
しかしその直後、帝国軍は予想外の動きをし始めた。
次々に現れる後続の内、まとまった数の敵歩兵が、
その強引過ぎる動きに、ミカエルは焦った。
合流までの一日、先んじて衝撃を与えることで敵の注意を引き、軍勢を釘づけにするというのが、当初の目標である。だが無視された場合、多勢に無勢のミカエルらには成す術がない。ゆえにわざと危険を冒し、野戦に討って出たのである。
ヴァレンシュタインとの間に潜り込まれても、形として挟撃は可能である。しかし、敵は目に見えている人数だけではない。何より、兵の練度と内線作戦に余程の自信がなければ、そもそもあんな強引な一手は取らないだろう。そしてまとまった兵力に勢いのまま分断されれば、各個撃破は免れない。
危惧していた事態に、嫌な汗が滲み出る。
「ディーツ! あの部隊の足を止める! 誰か回せる者は!?」
「アナスタシアディスの部隊を当たらせます! ですが、こちらへの圧力が強まるのは覚悟して下さい!」
三千騎にも満たない
ミカエルは伝令を飛ばすと、アナスタシアディスの千騎を即座に切り離し、強行する敵軍に向かわせた。
すぐに、目の前の敵が攻勢が強める。敵歩兵隊に随伴する野戦砲も現れる。砲声が轟き、剣戟が、銃声が、激しさを増していく。
雪が、硝煙が、血飛沫が、視界を曇らせる。干戈が交わるたび、雪原に、敵の死、味方の死が、ただひたすらに積み上がっていく。
冬の風が肌を刺す。息が上がる。甲冑は重みを増し、手綱を握る手にも、剣を振るう手にも、力が入らなくなる。馬の足腰もふらつき、馬腹を蹴る拍車も空回りする。それでも、心だけは折るまいと、戦い続ける。
一体、どれほど戦ったのか? どれほどの時間が経ったのだろうか? 全てが曖昧模糊とした冬に溶けようとしていたそのとき、一発の銃声が旋風となり、冬を切り裂いた。
銃声の先──青羽根の騎兵帽に、髑髏の紋章の胴鎧──誰よりも派手な月盾の騎士が、
「兄上! ご無事ですか!?」
騎兵帽の長つばを傾け、アンダースが一礼する。それに続き、アンダース率いる銃騎兵隊が、
「助かったぞアンダース! しかし、なぜここに? ヴァレンシュタイン元帥のところに行っていたはずだろう?」
「こちらに戻る道中、騒ぎを聞きつけましてね。これだけ派手にやり合ってれば、誰だって来ますよ」
拳銃に弾丸を装填しながら、アンダースがいつものように軽口を叩く。
ロートリンゲン家の血脈を示す青い瞳が、ミカエルの緊張を和らげる。
正直なところ、わだかまりはまだ残っている。恐らくは弟も同じだろう。ゆえに、この状況で応援に来るとは思っていなかったし、それだけに、駆けつけてくれたことは素直に嬉しかった。
アンダースの部隊に続き、深海の玉座の軍旗が雪原を疾駆する。
現れた深海の玉座の軍旗と、それを掲げる三千騎ほどの騎兵隊が、猛烈な勢いで黒竜旗をなぎ倒していく。
「あの軍勢は? ヴァレンシュタイン元帥の援兵か?」
「あちらは弾丸公・ハベルハイム将軍です。後続の歩兵も間もなく到着するでしょう」
ミカエルとアンダースの視線の先で、ハベルハイムの騎兵が攻勢を強める。アナスタシアディスの部隊が対応していた敵軍を、深海の玉座の軍旗が貫く。
瞬く間に、深海の玉座の軍旗が黒竜旗を圧倒する。
弾丸公の異名に違わず、ハベルハイムの攻撃は強烈だった──ただ一撃で、勝負を決める──ボルボ平原の戦いで、
「ご覧下さい! 敵が退いていきます!」
騎士団旗を持つ旗手のヴィルヘルムが、ハベルハイムの軍勢を指差し叫ぶ。
「ヴィルヘルム。旗手として、よく務めを果たしたな」
ミカエルが労うと、ヴィルヘルムが満面の笑顔で敬礼する。
「アンダースも、よく来てくれた。お前の助けがなければ、危なかった」
ミカエルは弟にも声をかけたが、アンダースは騎兵帽のつばで目線を隠すと、照れ隠しか、返事もせずそっぽを向くだけだった。
ハベルハイムの援兵により、流れは一変した。敵は全面的な退却を開始した。
逃げる敵と、それを駆逐するの深海の玉座の軍旗を見ながら、月盾の騎士たちが歓声を上げる。遠くボフォースの古城からも、勝利を讃える歓声が聞こえてくる。
ミカエルも剣を握り締め、高々と掲げた。
安堵感と達成感が、心を満たす。父を失い、ボロボロの状態ながらも、何とか持ち堪えることができた。生きるために戦うこと、そして生き延びることができた。
神の依り代たる十字架を、教会遠征軍を、
そのときだった。突如、一陣の
矢が唸り、貫かれた首が粉雪をまといながら、宙を飛ぶ。
狂猛な笑い声が、血飛沫とともに雪原を駆ける。
鼻先を挫かれたハベルハイムの軍勢が、もんどり打って足を止める。
あり得ない──遠眼鏡越しに覗くその姿に、ミカエルは目を疑い、そして戦慄した。
二週間前、ボルボ平原の戦いで、確かにその背に傷を負わせた男。しかしその男は、至って平然とそこにいた。
忘れもしない姿──血塗れのウォーピック。殺意に満ちた弓矢。他を圧倒する筋骨隆々の巨体。王侯貴族から奪ったとされる戦利品で装飾された毛皮と革鎧。両腕に走る冒涜的な刺青。狂猛な笑みを隠そうともしない熊髭。〈帝国〉の犬になり果てた、蛮族〈
ミカエルの眼前で、再び