第6話 紅林邸の幽霊の正体
文字数 3,938文字
頭の中は混乱を続け、受け取った絵もどうしていいかわからず、僕は絵を両手に抱えながらトボトボと遊歩道を寮に向かって歩いていた。
雨谷さんはなんなのだろう。雨谷さんのやらないといけないことってなんだろう。
「あれ? ボッチー? こんな朝早くなにしてんの? 朝じゃぁ幽霊みえないっしょ」
目を上げると、ナナオさんがキラキラする朝日を浴びて笑っていた。
そういえば、今日は雨谷さんと会ってすぐに別かれたから、まだ7時前だ。
「ナナオさんこそどうしたの?」
「部活だよ! ……つかどしたのさ、なんか随分元気ないね? なんだったら、部活サボって話聞いちゃうよ!?」
ナナオさんは僕の背中をぽんと叩く。こういう時は、ナナオさんの明るさがありがたい。
それより、と言ってナナオさんは僕の持っている絵をのぞき込む。
「その絵、どうしたん? 紅林邸の絵じゃん?」
僕は足を歩道のすみによせ、木陰に座ってナナオさんに絵を見せた。
ん? とナナオさんは、紅林邸の2階部分を指して声を出す。
「これ、幽霊じゃん。やっぱり、紅林治一郎っぽい?」
言われてよく絵を見てみた。雨谷さんの絵は結構写実的だ。2階のベランダにたたずむ男性は、確かに図書室でみた治一郎によく似ている気がした。
「これは雨谷さんって子が描いたお父さんの絵だと思うよ」
「うん? 紅林治一郎の本名は雨谷だぞ? 確か紅林ってのは屋号かなんかだったと思う。でも治一郎には子供とかいなかったよな、だから市が家を買い取ったんだ」
ナナオさんは前髪をかきあげながら言う。
この人物は雨谷さんのお父さんではなく治一郎……?
絵の中の男性は帽子にステッキ、羽織姿にインバネスというのだろうか? 短いマントのような上着を着ていた。紅林邸の雰囲気によく合っていたけど、どちらかというと昔の探偵とか文豪といった雰囲気を醸し出している。
これが治一郎というならわかる。でも、雨谷さんはお父さんの思い出に絵を書いていたはずだ。この人物がお父さんでないとおかしい。
でも治一郎が雨谷さんのお父さん? 年代が離れすぎている。どうしてお父さん以外の人物を絵に書いてる?
それになんでこのタイミングで治一郎なんだ?
お父さんか雨谷さんが治一郎に何か関係があって、雨谷さんの「やらないといけないこと」の関係者が治一郎? でも、治一郎は確か明治の頃に亡くなった建築家だ。いまさら雨谷さんが何を頼まれるというんだろう。
「ナナオさん、もし、治一郎に子供とか孫とかがいて、何かを頼みたいとするなら、なにを頼むかな」
「うーん、わかんね。……けど、自分の家を自慢したりとかじゃないかなぁ? もっと見に来てくれーって」
ナナオさんは手振りを交えてそう語る。
見せたかったから、雨谷さんは絵を描いていたのかな。でも、僕には「やらないといけないこと」があるからって言って、描き終わった絵を渡したんだ。そうすると、雨谷さんの「やらないといけないこと」は絵を描くことじゃない。
「ボッチー、何悩んでる? 私とボッチーの仲だろ? 紅林邸はアレ案件なのか? 新谷坂神社の」
いつのまにかナナオさんは僕の隣に座り込んで、心配そうな目で僕の顔をのぞき込んでいた。
ナナオさんは僕が新谷坂山の封印を解いた時に一緒に山にいた人だ。全部の事情を知ってるわけではないけど、僕が新谷坂の封印を解いたことをしっているし、封印をしなおすために怪異を追っていることを知っている。それに、ナナオさんは結構口が堅い。
なら、話してもいいのかな。
他言無用をお願いの上、かいつまんで今日までの話をした。
10日前に紅林公園で雨谷さんと初めて会った。それ以降毎日会ってるけど、雨谷さんは会うたびに前日の記憶を忘れている。どうもそれは怪異のせいで、雨谷さんが忘れたがってるからのようだ。
でも昨日、紅林邸で幽霊が出るって話をしたら、急に様子がおかしくなった。さっき会ったら昨日のことは覚えていて、やらないといけないことがあるからもう会えないと言われて、この絵をもらった。
……さすがにナナオさんには雨谷さんが怪異の正体で、実は生きている人じゃないってことは言えなかった。
「その雨谷って子が自分で忘れてるんなら、純粋にボッチーが毎回嫌われてんじゃね? そんで、昨日はボッチーより幽霊がショックだったから忘れてないとか」
ナナオさんの言葉がグサリと刺さる。ナナオさんは容赦がない。けど、さすがにそれはないと思いたい。
これまで雨谷さんに嫌そうなそぶりは感じられなくて、昨日以外は毎回手を振って別れたと思う。これで毎日嫌われてたら、女性不信になりそう。
「でもまー、ボッチーそんな嫌われるタイプじゃないもんな、キノセイキノセイ」
ナナオさんは落ち込んだ僕の背中をたたいて、慌てて言い繕った。気を使ってくれているらしい。いつも思うけど、この優しさは発言する前に発揮してほしい。
「うーん、なんでかはわかんないけど、ボッチーが嫌だったんじゃないなら、ボッチーと会うことがまずいのかもしんないな。私もやんちゃなのとつるんでたら親にいろいろ言われるし」
そっか、それも考えられる。『僕』と会うこと、『男子』と会うこと、『人』と会うこと。どのレベルかはわからないけど、会うのがまずいのかもしれない。
でも、忘れるだけで事足りるなら、だれにも言わなければいいだけなんじゃないかとも思う。
「幽霊で反応が変わったってことは、やっぱ治一郎が関係あるんじゃないかな。雨谷っていう名前だし、ひょっとしたら親戚なのかも。その子、治一郎に用事があって、治一郎の幽霊が出るって聞いたから毎日来てるとか。あれ? でも来てるのは朝なのか、うーん、朝は幽霊でないよな」
ナナオさんの予想は、なんとなくいい線をついているような気もする。たとえばお父さんっていうのがフェイクで、雨谷さんは治一郎の縁者でなにか治一郎に用事があるとか。でもなんで雨谷さんは死んでる?
明治時代の死人に死人が会いにいく。なんとなく、おどろおどろしい。
ふと、ナナオさんが言ってたことを思い出す。
「そういえば、ナナオさん、この間、紅林邸の秘密の部屋の死体の話してたじゃない? 今の幽霊話、仮に死体が動き回っているんだったとしたらなんで死体は動き回ってると思う」
ナナオさんはキョトンとして、さすがに死体の考えてることはわかんないけどさ、と言って続ける。
「でも死体が動くっていう話は関係ないんじゃないかな。この話は紅林治一郎が生きてるころにあった話で、亡くなったあとは聞かなくなったんだ。なんで今更? 死体が死んで幽霊になったのか?」
ナナオさんが言ってることは意味がわからないけど、今死体が動いているなら、封印を解いた僕のせいだと思う。
幽霊に会うなら朝は似つかわしくない。でも、死体は年中死体だ。雨谷さんは死体に会いに来た。それが治一郎の死体だとすると、何か、やること……。
死体が死体にやることなんてろくな想像が浮かばない。
「それに、この間は死体が動いてるのかもとかいっちゃったけどさ、よく考えたら、まじに明治時代の死体があるとしたらさすがに今は骨だぞ。骨を幽霊に見間違えたりしないんじゃないかな」
それは…そうかも。妖怪か何かでもない限り、普通の死体は100年もたない。
僕はそこで、あることに気づく。封印を解いたせいで死体が動く。昼日中でも、普通じゃない死体が目の前を歩いていたじゃぁないか。雨谷さんという動く死体が。僕の考えは急に一本の糸で繋がった。
ニヤは新谷坂の地神のようなものだ。新谷坂の安寧という役目のために、封印の要石であった時も、手の届く範囲の怪異をあつめ、封印していた。
冷や汗をかきながら、僕はもう一度考える。明治時代に動いていた死体。ここ2週間で動き出した紅林邸の人影。それは両方とも雨谷さんだったんじゃないか。明治時代に一度ニヤが怪異として封印した死体を、僕が解放したから、今動いている。
そうすると、雨谷さんは明治時代に治一郎と紅林邸で暮らしていて、何か頼み事をされた。でも、頼み事は果たされないまま雨谷さんは封印され、僕が封印を解いた。
もしそうなら、雨谷さんの頼まれごとってなんだ。
……明治時代っていうのは100年以上前だ。その当時生きていた人はもういないだろう。土地も町も物も何もかも変わっている。世情も文化も全く違う。治一郎の願いによっては、それはもう意味がなかったり叶わないものだったんじゃないだろうか。
だからこそ、雨谷さんはそれがわかった上で、いま普通に暮らしていたけど、僕が『治一郎が雨谷さんを見守っている』といってしまったから雨谷さんは頼み事を完遂しないといけないと思い込んでしまったのだとしたら。
もしそうなら、僕が嘘を吹き込んで雨谷さんを追い込んだことになる。
ニヤの『義務感』という言葉を思い出す。さっきの雨谷さんは、喜んで何かをやろうという雰囲気とは程遠かった。
僕は……なんてことを……。
「おい、ボッチー大丈夫か? 顔色がひどいぞ」
ナナオさんが僕の肩をユサユサゆする。
僕は心配するナナオさんにありがとうとお礼を言って、いったん寮に絵を置きに戻った。
絵を眺めながら、夕方、公園が閉園した後、紅林邸に行こうと心に決めた。
僕は僕のせいで雨谷さんを不幸にしたくない。
さっきは急なことだったから気が動転していたけれど、怪異を相手取る僕の周りはいつも怪異や死体にあふれている。僕にとっては、雨谷さんが死体かどうかなんて大した問題じゃないんだから。
結局まだ『やらないといけないこと』はわからないけど、雨谷さんの苦しみを僕は止めたい。それは僕のせいなんだ。
雨谷さんはなんなのだろう。雨谷さんのやらないといけないことってなんだろう。
「あれ? ボッチー? こんな朝早くなにしてんの? 朝じゃぁ幽霊みえないっしょ」
目を上げると、ナナオさんがキラキラする朝日を浴びて笑っていた。
そういえば、今日は雨谷さんと会ってすぐに別かれたから、まだ7時前だ。
「ナナオさんこそどうしたの?」
「部活だよ! ……つかどしたのさ、なんか随分元気ないね? なんだったら、部活サボって話聞いちゃうよ!?」
ナナオさんは僕の背中をぽんと叩く。こういう時は、ナナオさんの明るさがありがたい。
それより、と言ってナナオさんは僕の持っている絵をのぞき込む。
「その絵、どうしたん? 紅林邸の絵じゃん?」
僕は足を歩道のすみによせ、木陰に座ってナナオさんに絵を見せた。
ん? とナナオさんは、紅林邸の2階部分を指して声を出す。
「これ、幽霊じゃん。やっぱり、紅林治一郎っぽい?」
言われてよく絵を見てみた。雨谷さんの絵は結構写実的だ。2階のベランダにたたずむ男性は、確かに図書室でみた治一郎によく似ている気がした。
「これは雨谷さんって子が描いたお父さんの絵だと思うよ」
「うん? 紅林治一郎の本名は雨谷だぞ? 確か紅林ってのは屋号かなんかだったと思う。でも治一郎には子供とかいなかったよな、だから市が家を買い取ったんだ」
ナナオさんは前髪をかきあげながら言う。
この人物は雨谷さんのお父さんではなく治一郎……?
絵の中の男性は帽子にステッキ、羽織姿にインバネスというのだろうか? 短いマントのような上着を着ていた。紅林邸の雰囲気によく合っていたけど、どちらかというと昔の探偵とか文豪といった雰囲気を醸し出している。
これが治一郎というならわかる。でも、雨谷さんはお父さんの思い出に絵を書いていたはずだ。この人物がお父さんでないとおかしい。
でも治一郎が雨谷さんのお父さん? 年代が離れすぎている。どうしてお父さん以外の人物を絵に書いてる?
それになんでこのタイミングで治一郎なんだ?
お父さんか雨谷さんが治一郎に何か関係があって、雨谷さんの「やらないといけないこと」の関係者が治一郎? でも、治一郎は確か明治の頃に亡くなった建築家だ。いまさら雨谷さんが何を頼まれるというんだろう。
「ナナオさん、もし、治一郎に子供とか孫とかがいて、何かを頼みたいとするなら、なにを頼むかな」
「うーん、わかんね。……けど、自分の家を自慢したりとかじゃないかなぁ? もっと見に来てくれーって」
ナナオさんは手振りを交えてそう語る。
見せたかったから、雨谷さんは絵を描いていたのかな。でも、僕には「やらないといけないこと」があるからって言って、描き終わった絵を渡したんだ。そうすると、雨谷さんの「やらないといけないこと」は絵を描くことじゃない。
「ボッチー、何悩んでる? 私とボッチーの仲だろ? 紅林邸はアレ案件なのか? 新谷坂神社の」
いつのまにかナナオさんは僕の隣に座り込んで、心配そうな目で僕の顔をのぞき込んでいた。
ナナオさんは僕が新谷坂山の封印を解いた時に一緒に山にいた人だ。全部の事情を知ってるわけではないけど、僕が新谷坂の封印を解いたことをしっているし、封印をしなおすために怪異を追っていることを知っている。それに、ナナオさんは結構口が堅い。
なら、話してもいいのかな。
他言無用をお願いの上、かいつまんで今日までの話をした。
10日前に紅林公園で雨谷さんと初めて会った。それ以降毎日会ってるけど、雨谷さんは会うたびに前日の記憶を忘れている。どうもそれは怪異のせいで、雨谷さんが忘れたがってるからのようだ。
でも昨日、紅林邸で幽霊が出るって話をしたら、急に様子がおかしくなった。さっき会ったら昨日のことは覚えていて、やらないといけないことがあるからもう会えないと言われて、この絵をもらった。
……さすがにナナオさんには雨谷さんが怪異の正体で、実は生きている人じゃないってことは言えなかった。
「その雨谷って子が自分で忘れてるんなら、純粋にボッチーが毎回嫌われてんじゃね? そんで、昨日はボッチーより幽霊がショックだったから忘れてないとか」
ナナオさんの言葉がグサリと刺さる。ナナオさんは容赦がない。けど、さすがにそれはないと思いたい。
これまで雨谷さんに嫌そうなそぶりは感じられなくて、昨日以外は毎回手を振って別れたと思う。これで毎日嫌われてたら、女性不信になりそう。
「でもまー、ボッチーそんな嫌われるタイプじゃないもんな、キノセイキノセイ」
ナナオさんは落ち込んだ僕の背中をたたいて、慌てて言い繕った。気を使ってくれているらしい。いつも思うけど、この優しさは発言する前に発揮してほしい。
「うーん、なんでかはわかんないけど、ボッチーが嫌だったんじゃないなら、ボッチーと会うことがまずいのかもしんないな。私もやんちゃなのとつるんでたら親にいろいろ言われるし」
そっか、それも考えられる。『僕』と会うこと、『男子』と会うこと、『人』と会うこと。どのレベルかはわからないけど、会うのがまずいのかもしれない。
でも、忘れるだけで事足りるなら、だれにも言わなければいいだけなんじゃないかとも思う。
「幽霊で反応が変わったってことは、やっぱ治一郎が関係あるんじゃないかな。雨谷っていう名前だし、ひょっとしたら親戚なのかも。その子、治一郎に用事があって、治一郎の幽霊が出るって聞いたから毎日来てるとか。あれ? でも来てるのは朝なのか、うーん、朝は幽霊でないよな」
ナナオさんの予想は、なんとなくいい線をついているような気もする。たとえばお父さんっていうのがフェイクで、雨谷さんは治一郎の縁者でなにか治一郎に用事があるとか。でもなんで雨谷さんは死んでる?
明治時代の死人に死人が会いにいく。なんとなく、おどろおどろしい。
ふと、ナナオさんが言ってたことを思い出す。
「そういえば、ナナオさん、この間、紅林邸の秘密の部屋の死体の話してたじゃない? 今の幽霊話、仮に死体が動き回っているんだったとしたらなんで死体は動き回ってると思う」
ナナオさんはキョトンとして、さすがに死体の考えてることはわかんないけどさ、と言って続ける。
「でも死体が動くっていう話は関係ないんじゃないかな。この話は紅林治一郎が生きてるころにあった話で、亡くなったあとは聞かなくなったんだ。なんで今更? 死体が死んで幽霊になったのか?」
ナナオさんが言ってることは意味がわからないけど、今死体が動いているなら、封印を解いた僕のせいだと思う。
幽霊に会うなら朝は似つかわしくない。でも、死体は年中死体だ。雨谷さんは死体に会いに来た。それが治一郎の死体だとすると、何か、やること……。
死体が死体にやることなんてろくな想像が浮かばない。
「それに、この間は死体が動いてるのかもとかいっちゃったけどさ、よく考えたら、まじに明治時代の死体があるとしたらさすがに今は骨だぞ。骨を幽霊に見間違えたりしないんじゃないかな」
それは…そうかも。妖怪か何かでもない限り、普通の死体は100年もたない。
僕はそこで、あることに気づく。封印を解いたせいで死体が動く。昼日中でも、普通じゃない死体が目の前を歩いていたじゃぁないか。雨谷さんという動く死体が。僕の考えは急に一本の糸で繋がった。
ニヤは新谷坂の地神のようなものだ。新谷坂の安寧という役目のために、封印の要石であった時も、手の届く範囲の怪異をあつめ、封印していた。
冷や汗をかきながら、僕はもう一度考える。明治時代に動いていた死体。ここ2週間で動き出した紅林邸の人影。それは両方とも雨谷さんだったんじゃないか。明治時代に一度ニヤが怪異として封印した死体を、僕が解放したから、今動いている。
そうすると、雨谷さんは明治時代に治一郎と紅林邸で暮らしていて、何か頼み事をされた。でも、頼み事は果たされないまま雨谷さんは封印され、僕が封印を解いた。
もしそうなら、雨谷さんの頼まれごとってなんだ。
……明治時代っていうのは100年以上前だ。その当時生きていた人はもういないだろう。土地も町も物も何もかも変わっている。世情も文化も全く違う。治一郎の願いによっては、それはもう意味がなかったり叶わないものだったんじゃないだろうか。
だからこそ、雨谷さんはそれがわかった上で、いま普通に暮らしていたけど、僕が『治一郎が雨谷さんを見守っている』といってしまったから雨谷さんは頼み事を完遂しないといけないと思い込んでしまったのだとしたら。
もしそうなら、僕が嘘を吹き込んで雨谷さんを追い込んだことになる。
ニヤの『義務感』という言葉を思い出す。さっきの雨谷さんは、喜んで何かをやろうという雰囲気とは程遠かった。
僕は……なんてことを……。
「おい、ボッチー大丈夫か? 顔色がひどいぞ」
ナナオさんが僕の肩をユサユサゆする。
僕は心配するナナオさんにありがとうとお礼を言って、いったん寮に絵を置きに戻った。
絵を眺めながら、夕方、公園が閉園した後、紅林邸に行こうと心に決めた。
僕は僕のせいで雨谷さんを不幸にしたくない。
さっきは急なことだったから気が動転していたけれど、怪異を相手取る僕の周りはいつも怪異や死体にあふれている。僕にとっては、雨谷さんが死体かどうかなんて大した問題じゃないんだから。
結局まだ『やらないといけないこと』はわからないけど、雨谷さんの苦しみを僕は止めたい。それは僕のせいなんだ。