第7話 雨谷かざりの回想
文字数 3,946文字
私が初めて目が覚めたとき、目の前には眼鏡をかけた気難しそうな男性がどっしりとした革張りの椅子に座っていた。男性はピクリとも動かないまま、期待と不安を込めて私をじっと見つめていた。
重苦しい雰囲気に耐えられず私はキョロキョロと辺りを見回す。夜のようで、窓の外は真っ暗だ。室内は奇麗に整えられた、というより奇妙に物が少なく、薄暗かった。
「……あの、ここはどこでしょうか」
私は恐る恐るその男性に尋ねた。
男性は難しい顔で私を見つめ、眉間のしわを深くした。
「……ここはわしの家だ。わしは雨谷治一郎という。お前を作ったものだ」
私を作った人……つまり、お父さま?
お父さま、というつぶやきは自然に私の口から出ていた。
治一郎は驚いたように一瞬眉を大きくあげ、そして、再び何かを期待するように私をじっと観察する。どうしていいかわからず、私は見つめ返した。
しばらくの後、治一郎は私から視線をおとし、ひどく落胆した様子で目元に手を置いた。そして、何かを諦めるようにこう言った。
「ひより……いや、お前の名前はかざりだ。今日からここで暮らすといい」
◇◇◇
私はお父さまと、2人で住むには少し広い屋敷で暮らし始めた。
私ははじめ、お父さまのことを『治一郎様』と呼んだ。けれどもお父さまはひどく混乱したような表情をされた。つぎに、『お父さま』と呼ぶと、居心地が悪そうな顔をしつつも、そう呼ぶように、と言われた。
2人のなにもない生活が続く。
お父さまは口数は少なかったが、私にいろいろなことを教えてくれた。家事にはじまり、生活していくための知恵。ひよりさんの趣味だったという絵。
私はお父さまと生活するなかで、お父さまご自身のことや、ひよりさんのことを知った。
ひよりさんはこの屋敷から見える療養所で生活していたそうだ。調子がいい時はこの屋敷で過ごすこともあったそうだが、その機会はあまり多くなかった。
16歳の時に亡くなったと聞いた。
お父さまはひよりさんのことをあまり多くは話さなかったけれど、ひよりさんのことをとても大切に思っている。それを、私をすり抜けてひよりさんを見つめるお父さまの視線で深く理解した。
お父さまは紅林という名前で建築家をしていた。芸号というのか、お父さまのお師匠様の名前を継いだらしい。お師匠様はもともとは宮大工だったそうだ。それからお師匠様やお父さまは外国の建築家ともよくお話をされていたようだ。
そこで、何かの話のはずみで、その従者から不思議な呪いを聞いた。
その従者いわく、彼は建築家の暮らす国の近くの島の出で、そこではロアと呼ばれるさまざまな神の使いがいると考えられていた。海のロアや草のロア、いろいろなロアが存在した。ブードゥという考え方らしい。お師匠様にはこの国の八百万の神々と似たような存在に思われたようだ。
お師匠様はその後も従者となにかにつけ親しく過ごして、ロアのことを聞き出した。その中でこんな話があった。ロアの神官と呼ばれる者は、ロアの力を借りて死者の魂の一部を捉え、死者を動かすらしい。
お師匠様は、『死者を動かす』という考えにとらわれたそうだ。宮大工時代に培った神事の知識とブードゥの知識を混ぜ合わせ、得体の知れない何かの術式を構築していったそうだ。そして、流行病に倒れたお師匠様は、その術式を自身に使うようお父さまに命じた。
私の技術は残さねばならぬ、という言葉とともに。
お父さまは暗い窓の外を眺めながら、遠い昔を思い出すように、難しい顔をして話を続ける。私はソファに座って静かに耳を傾ける。
「わしにはそのまじないが未完成に思えたし、成功するとは思えなかった。異なる国の神のことわりを混ぜるのだ。そんな恐れ多いことが成功するはずがない。それにわしにはこのまじないがひどく中途半端な恐ろしいものに思えた」
それはそうだ、と私でも思う。
ある神様をたたえる祝詞を他の神様の前で唱えても、むしろ嫌がられるだろう。いろいろな祝詞を混ぜ合わせても、何が何だかわからないものが出来上がるだけだと思う。
「一応わしは呪物をそろえ、用意だけはした。師匠はあっという間に亡くなったが、どうしてもそのまじないを使う気にはなれなかった、使ってしまったら、何か恐ろしいものが呼び出され、たちまち飲み込まれてしまうような気がしたのだ。だから、わしはまじないをやめ、すっかり忘れることにしたのだ」
お父さまはそこで、何とも言えない表情で私をチラと見て、話を続ける。
「だかわしはひよりが死んで、わしも一緒に死んでしまおうかと思ったとき、急に師匠のことを思い出したのだ」
お父さまは倉庫にしまい込まれた書物やメモを探し、お師匠様の記録をみつけた。
お師匠様が亡くなったときはうまくいくはずがないと思っていた。けれども、ひよりさんが亡くなった時、お父さまにはひよりさんしかなかった。うまくいかなくてもいい、失敗して一緒に死ぬならそれでもよい、と思って、まじないを発動させた。
結果として、ひよりの死体から、私は生まれた。
体はひよりそのものだったけど、中身はひよりさんではない、のだと思う。少なくとも私にはひよりさんの記憶はないし、お父さまのことも何も覚えていない。
お父さまは、ひよりさんではない私を見て、一瞬、やはり一緒に死のうか、と思ったそうだ。
でも、一見健康そうな、喘鳴で苦しむこともない私を見て、ひよりが元気だったらこんなふうだっただろうか、と考えると、もう少し、健康なひよりを見ていたくなったそうだ。
ひよりさんとの思い出のあるこの家で、姿だけとは言えど、ひよりさんと暮らしたい、お父さまはそう願った。
◇◇◇
私とお父さまは、一定の距離を保って、そんな生活を長く続けていくことになった。
時にはお父さまと庭のベンチでお弁当を食べることもあった。父さまはうれしそうに、私を通してひよりさんを見て微笑んでいた。お父さまの目は私を見ていなかった。
私は、ひよりの形をした飾りだ。
そんな生活が10年も続いただろうか、お父さまは少しずつ老いていった。
私はなにも変わらなかったが、人は変化する。お父さまはだんだん弱り、いつしかベッドから出ることはなくなった。長くないのは、命を持たない私でもよくわかった。
お父さまはひよりさんではなく私に言った。
「私が死んだら、この屋敷ごと燃やすように」
誰にもここに足を踏み入れてほしくない、と言った。
お父さまにはひよりさんしかいない。この屋敷には、ひよりさんと過ごした記憶が残っている。お父さまは、それを誰にも踏みにじってほしくなかったのだろう。
お父さまはひよりさんが亡くなった日に考えたように、館も自分も私というひよりの体もすべてを燃やして、一緒に灰になろうと考えている。
私はお父さまにつくられた。それならお父さまの言うことには従わなければならない。それに、私を通してひよりさんを見ていたのだとしても、お父さまは私を大切にしてくれた。お父さまの希望はかなえたいと思う。
お父さまに新しいお茶をいれながら、うなずいた。
◇◇◇
お父さまが亡くなった。
春のはじめのことだった。
お父さまには身寄りがなく、親しい者もいなかった。
お父さまの身を簡単に清め、お父さまの望みをかなえる前に、最後に屋敷を見回ろうと思った。
庭に出て、屋敷を眺めた。
春のあたたかな風を感じる。
この庭は緑の木々ばかりだが、新谷坂山、療養所のあたりには少しばかりの桜が咲いている。
そこから風に紛れて、淡い桃色の桜の花びらがそよそよと流れ着き、私の肩におちた。
私はまた、庭を見渡す。
春はお父さまと新谷坂山の桜を眺めた。
夏は青々と茂る木陰で休んで、池の端から新谷坂山を眺めた。
秋は赤や黄色に色づく紅葉や銀杏を眺め、
冬はしんしんと木々に雪が降り積もるのを館の窓から眺めた。
お父さまは屋敷や新谷坂山の風景、私を通じて、ひよりさんの思い出だけにすがっていた。そして、私も気づいた。私の世界にもお父さましかいなかったことに。
お父さまにとってわたしはひよりさんの思い出に過ぎなかったとしても、私にもお父さま一人しかいなかった。お父さまにとってこの屋敷や庭がひよりさんと過ごした大切な思い出だったのと同じように、私にとってはお父さまと過ごした大切な場所だった。
ひとりぼっちになった私は、広い屋敷と庭になんとも言えない親しみを覚えた。
◇◇◇
その夜、私は台所の薪を屋敷の玄関に移し、火をつけた。
けれども、私にはできなかった。ぱちぱちと火を上げ始める薪を見つめていると、だんだんと悲しい気持ちが湧き上がり、無意識に台所から水を運び、消し止めてしまった。
私は、もう少しだけ、あと伸ばしにしてはだめだろうか、と考えた。
私は屋敷の絵を描き始めた。この屋敷を燃やしてしまうとしても、せめて何かの形で残したいと思った。
描き終えたら、すべてを燃やしてしまおう。
そう思って筆を構え、池のほとりのベンチに座って絵を描き始める。
ふと、新谷坂山のほうから視線を感じた。
なんだか、ゆるゆると引き寄せられる感じがした。ふっと意識が途切れるような感覚がある。こんな感覚ははじめてだ。
私はその日、早々にキャンバスを片付け、屋敷に戻った。
翌日も絵を描き始める。
しばらくたつと、意識がだんだんともうろうとしはじめる。
なんだか頭が働かない。目をこする。意識が液体だったら、ストローでゆっくり吸い取られるかのような気持ち。嫌な感じではなかったけど、なにもかもどうでもいいような心地になった。私は屋敷に隠された秘密の部屋にこもり、目と閉じた。
それから随分長い間、目覚めることはなかった。
重苦しい雰囲気に耐えられず私はキョロキョロと辺りを見回す。夜のようで、窓の外は真っ暗だ。室内は奇麗に整えられた、というより奇妙に物が少なく、薄暗かった。
「……あの、ここはどこでしょうか」
私は恐る恐るその男性に尋ねた。
男性は難しい顔で私を見つめ、眉間のしわを深くした。
「……ここはわしの家だ。わしは雨谷治一郎という。お前を作ったものだ」
私を作った人……つまり、お父さま?
お父さま、というつぶやきは自然に私の口から出ていた。
治一郎は驚いたように一瞬眉を大きくあげ、そして、再び何かを期待するように私をじっと観察する。どうしていいかわからず、私は見つめ返した。
しばらくの後、治一郎は私から視線をおとし、ひどく落胆した様子で目元に手を置いた。そして、何かを諦めるようにこう言った。
「ひより……いや、お前の名前はかざりだ。今日からここで暮らすといい」
◇◇◇
私はお父さまと、2人で住むには少し広い屋敷で暮らし始めた。
私ははじめ、お父さまのことを『治一郎様』と呼んだ。けれどもお父さまはひどく混乱したような表情をされた。つぎに、『お父さま』と呼ぶと、居心地が悪そうな顔をしつつも、そう呼ぶように、と言われた。
2人のなにもない生活が続く。
お父さまは口数は少なかったが、私にいろいろなことを教えてくれた。家事にはじまり、生活していくための知恵。ひよりさんの趣味だったという絵。
私はお父さまと生活するなかで、お父さまご自身のことや、ひよりさんのことを知った。
ひよりさんはこの屋敷から見える療養所で生活していたそうだ。調子がいい時はこの屋敷で過ごすこともあったそうだが、その機会はあまり多くなかった。
16歳の時に亡くなったと聞いた。
お父さまはひよりさんのことをあまり多くは話さなかったけれど、ひよりさんのことをとても大切に思っている。それを、私をすり抜けてひよりさんを見つめるお父さまの視線で深く理解した。
お父さまは紅林という名前で建築家をしていた。芸号というのか、お父さまのお師匠様の名前を継いだらしい。お師匠様はもともとは宮大工だったそうだ。それからお師匠様やお父さまは外国の建築家ともよくお話をされていたようだ。
そこで、何かの話のはずみで、その従者から不思議な呪いを聞いた。
その従者いわく、彼は建築家の暮らす国の近くの島の出で、そこではロアと呼ばれるさまざまな神の使いがいると考えられていた。海のロアや草のロア、いろいろなロアが存在した。ブードゥという考え方らしい。お師匠様にはこの国の八百万の神々と似たような存在に思われたようだ。
お師匠様はその後も従者となにかにつけ親しく過ごして、ロアのことを聞き出した。その中でこんな話があった。ロアの神官と呼ばれる者は、ロアの力を借りて死者の魂の一部を捉え、死者を動かすらしい。
お師匠様は、『死者を動かす』という考えにとらわれたそうだ。宮大工時代に培った神事の知識とブードゥの知識を混ぜ合わせ、得体の知れない何かの術式を構築していったそうだ。そして、流行病に倒れたお師匠様は、その術式を自身に使うようお父さまに命じた。
私の技術は残さねばならぬ、という言葉とともに。
お父さまは暗い窓の外を眺めながら、遠い昔を思い出すように、難しい顔をして話を続ける。私はソファに座って静かに耳を傾ける。
「わしにはそのまじないが未完成に思えたし、成功するとは思えなかった。異なる国の神のことわりを混ぜるのだ。そんな恐れ多いことが成功するはずがない。それにわしにはこのまじないがひどく中途半端な恐ろしいものに思えた」
それはそうだ、と私でも思う。
ある神様をたたえる祝詞を他の神様の前で唱えても、むしろ嫌がられるだろう。いろいろな祝詞を混ぜ合わせても、何が何だかわからないものが出来上がるだけだと思う。
「一応わしは呪物をそろえ、用意だけはした。師匠はあっという間に亡くなったが、どうしてもそのまじないを使う気にはなれなかった、使ってしまったら、何か恐ろしいものが呼び出され、たちまち飲み込まれてしまうような気がしたのだ。だから、わしはまじないをやめ、すっかり忘れることにしたのだ」
お父さまはそこで、何とも言えない表情で私をチラと見て、話を続ける。
「だかわしはひよりが死んで、わしも一緒に死んでしまおうかと思ったとき、急に師匠のことを思い出したのだ」
お父さまは倉庫にしまい込まれた書物やメモを探し、お師匠様の記録をみつけた。
お師匠様が亡くなったときはうまくいくはずがないと思っていた。けれども、ひよりさんが亡くなった時、お父さまにはひよりさんしかなかった。うまくいかなくてもいい、失敗して一緒に死ぬならそれでもよい、と思って、まじないを発動させた。
結果として、ひよりの死体から、私は生まれた。
体はひよりそのものだったけど、中身はひよりさんではない、のだと思う。少なくとも私にはひよりさんの記憶はないし、お父さまのことも何も覚えていない。
お父さまは、ひよりさんではない私を見て、一瞬、やはり一緒に死のうか、と思ったそうだ。
でも、一見健康そうな、喘鳴で苦しむこともない私を見て、ひよりが元気だったらこんなふうだっただろうか、と考えると、もう少し、健康なひよりを見ていたくなったそうだ。
ひよりさんとの思い出のあるこの家で、姿だけとは言えど、ひよりさんと暮らしたい、お父さまはそう願った。
◇◇◇
私とお父さまは、一定の距離を保って、そんな生活を長く続けていくことになった。
時にはお父さまと庭のベンチでお弁当を食べることもあった。父さまはうれしそうに、私を通してひよりさんを見て微笑んでいた。お父さまの目は私を見ていなかった。
私は、ひよりの形をした飾りだ。
そんな生活が10年も続いただろうか、お父さまは少しずつ老いていった。
私はなにも変わらなかったが、人は変化する。お父さまはだんだん弱り、いつしかベッドから出ることはなくなった。長くないのは、命を持たない私でもよくわかった。
お父さまはひよりさんではなく私に言った。
「私が死んだら、この屋敷ごと燃やすように」
誰にもここに足を踏み入れてほしくない、と言った。
お父さまにはひよりさんしかいない。この屋敷には、ひよりさんと過ごした記憶が残っている。お父さまは、それを誰にも踏みにじってほしくなかったのだろう。
お父さまはひよりさんが亡くなった日に考えたように、館も自分も私というひよりの体もすべてを燃やして、一緒に灰になろうと考えている。
私はお父さまにつくられた。それならお父さまの言うことには従わなければならない。それに、私を通してひよりさんを見ていたのだとしても、お父さまは私を大切にしてくれた。お父さまの希望はかなえたいと思う。
お父さまに新しいお茶をいれながら、うなずいた。
◇◇◇
お父さまが亡くなった。
春のはじめのことだった。
お父さまには身寄りがなく、親しい者もいなかった。
お父さまの身を簡単に清め、お父さまの望みをかなえる前に、最後に屋敷を見回ろうと思った。
庭に出て、屋敷を眺めた。
春のあたたかな風を感じる。
この庭は緑の木々ばかりだが、新谷坂山、療養所のあたりには少しばかりの桜が咲いている。
そこから風に紛れて、淡い桃色の桜の花びらがそよそよと流れ着き、私の肩におちた。
私はまた、庭を見渡す。
春はお父さまと新谷坂山の桜を眺めた。
夏は青々と茂る木陰で休んで、池の端から新谷坂山を眺めた。
秋は赤や黄色に色づく紅葉や銀杏を眺め、
冬はしんしんと木々に雪が降り積もるのを館の窓から眺めた。
お父さまは屋敷や新谷坂山の風景、私を通じて、ひよりさんの思い出だけにすがっていた。そして、私も気づいた。私の世界にもお父さましかいなかったことに。
お父さまにとってわたしはひよりさんの思い出に過ぎなかったとしても、私にもお父さま一人しかいなかった。お父さまにとってこの屋敷や庭がひよりさんと過ごした大切な思い出だったのと同じように、私にとってはお父さまと過ごした大切な場所だった。
ひとりぼっちになった私は、広い屋敷と庭になんとも言えない親しみを覚えた。
◇◇◇
その夜、私は台所の薪を屋敷の玄関に移し、火をつけた。
けれども、私にはできなかった。ぱちぱちと火を上げ始める薪を見つめていると、だんだんと悲しい気持ちが湧き上がり、無意識に台所から水を運び、消し止めてしまった。
私は、もう少しだけ、あと伸ばしにしてはだめだろうか、と考えた。
私は屋敷の絵を描き始めた。この屋敷を燃やしてしまうとしても、せめて何かの形で残したいと思った。
描き終えたら、すべてを燃やしてしまおう。
そう思って筆を構え、池のほとりのベンチに座って絵を描き始める。
ふと、新谷坂山のほうから視線を感じた。
なんだか、ゆるゆると引き寄せられる感じがした。ふっと意識が途切れるような感覚がある。こんな感覚ははじめてだ。
私はその日、早々にキャンバスを片付け、屋敷に戻った。
翌日も絵を描き始める。
しばらくたつと、意識がだんだんともうろうとしはじめる。
なんだか頭が働かない。目をこする。意識が液体だったら、ストローでゆっくり吸い取られるかのような気持ち。嫌な感じではなかったけど、なにもかもどうでもいいような心地になった。私は屋敷に隠された秘密の部屋にこもり、目と閉じた。
それから随分長い間、目覚めることはなかった。