第2話 7度目の雨谷さんと僕

文字数 3,323文字

 昼休み。
 僕はいつも通り学校の屋上で昼ごはんを食べながら、今日の予定を考えていた。
 薄ぼんやりとかすんだ雲が青い空を吹き抜けて、夏が近づいているのを感じる。でも、この学校は山際にあって、新谷坂(にやさか)山から吹き下ろす風はまだ結構冷たい。こういった季節のすき間の中途半端な感じは結構すきだ。

 屋上からは南方向に紅林公園が見える。紅林邸の白い建物と緑の庭園のコントラストがよく映えていた。

 巻き戻しについてわかっていることは、原因が紅林公園周辺にあることだけ。
 どうしてそんなことになっているのかは、今のところさっぱりわからない。
 でも、この怪異が始まった原因は僕にある。

 この春、今から二十日ほど前に、僕はこの新谷坂山のてっぺんにある新谷坂神社の封印を解いてしまった。新谷坂山はこの近辺の怪異を封じ込めていた霊山で、封印を解いた結果、のろいやまじない、様々なものが新谷坂近辺にまき散らされた。
 その時から、新谷坂では妖怪が出たり幽霊が出たりと怪奇現象がよく起こるようになった。だから僕は、最終的に全部の怪異を拾い集めて封印しなおさないといけないと思っている。今回の怪異も、僕が新谷坂の封印をといたことが原因なら僕が解決しないといけない、と。

 少し錆びた給水ポンプの上の定位置から僕を見下ろす黒猫のニヤは、もともとこのあたりの地神のようなものだ。その身を要石として怪異を封印していた本人でもある。
 ニヤはこのあたりで不審なことがないか見て回り、何かあれば僕に知らせてくれる。

「気にすることはないのではないかね」

 低くよく響く女性の声がする。この声はニヤのものだ。といっても猫が直接人語を話しているわけではない。発声器官も違うわけだし。
 僕が封印を解いた時、ニヤの意識が僕とつながった。だから、わざわざ口に出さなくとも、意思を伝えようと思えばだいたい伝わる。

 封印に対するニヤの見解は僕と少し違っていて、ニヤは封印が解けたままでも別にかまわないと考えている。封印するかどうかを決めるのは封印を解いた僕らしい。
 だからニヤはどうするか判断するためだといっていろいろな情報を運んできて放置する。
 今回もニヤは最初に僕を紅林公園に連れて行って以降、何の干渉もしようとしない。

 でも、雨谷さんだけ同じ一日を繰り返し続けるのは、放っとけないよ。だって、もしずっとこのままだったらどうなるのか。20年たっても同じ時間を繰り返していて、朝起きて鏡を見たら昨日まで10代だったのに30代になっていた、というのはどう考えてもつらいでしょ。
 これが僕のせいで起こっているんだったら僕としては何としても解決しないといけない気持ち。
 ニヤは神様のようなものだから、考え方が根本的に違うんだろう。

 話を戻すと、今回の話は5日前の早朝6時頃、ニヤが寝ぼけた僕に、見てもらいたいものがある、と言ったのが発端だ。
 もそもそと服を着替えて眠い眼をこすりながらついていくと、寮から10分ほどのところにある紅林公園に着いた。言い忘れてたけど、僕は学校の寮に住んでいる。
 ここからどうするのかと思っていると、ニヤは止める間も無く公園裏の狭い垣根のすき間を潜り抜け、奥に入っていってしまった。正直このすき間は狭すぎて、僕は土と葉っぱだらけになってしまったけど、潜り抜けたら女の子が絵をかいていて声をかけたのが4日前のこと、つまり1回目の巻き戻しの日だ。


 雨谷さんの問題について。
 ここ4日間、僕は放課後に雨谷さんと紅林公園で待ち合わせて、どこかに出かけてから19時から21時の間に紅林公園の前で別れている。
 別れる時点では雨谷さんの記憶に断絶は見られない、と思う。
 ところが僕が雨谷さんと再び会う翌朝6時半頃には、一日はリセットされている。
 巻き戻るのは21時から6時半の間だろうけど、それがいつか、そしてなぜかはわからない。

 何かきっかけがあって戻っているのか、それともきっかけがあればこのループから抜けられるのか。
 まずは安易に、どこかに行けばループが解除されるんじゃないかと考えた。要するに1日をクリアするためのチェックポイントがどこかにあるんじゃないか。そこで、僕はこの4日間、雨谷さんといろいろなところに出かけた。


 今日までに雨谷さんとでかけた場所。
 1日目は雨谷さんが行きたいといっていた画材店。2日目は喫茶店。3日目は図書館。4日目の昨日は辻切(つじき)センター駅のショッピングモール。

 でも、どこかにいくことで、結論は変わらなかった。
 巻き戻しを終わらせるためには、雨谷さんといろいろ話してヒントを探さないと、きっかけがつかめないと思う。

「ニヤ、今日はどこに行こう」
「どこでも同じではないかね」

 そっけない。

「そうかもしれないけど、僕は時間を進めたいんだ」

 ニヤは少し考えた後、僕に言う。

「お主も想定はついているのだろう? 行くとするならあの屋敷だ」

 想定というか、雨谷さんはいつも紅林公園にいる。原因はあの紅林邸と公園にあるのかもとは思っていた。けれども紅林公園の閉館時間は16時だ。今日は平日。学校が終わる時間からだと間に合わない。
 あるいは、雨谷さんちでいつリセットされるか朝まで様子を見るか。でも初めて会った男を家に入れて夜に泊めたりはしないよ。
 雨谷さんの認識では、僕は今日出会ったばかりの人なんだから。まあ、会って5日目でも家に上がるのはどうかと思うけど。

 やっぱり情報が少なすぎるよね。やみくもに外側から攻めてもあまり意味がなさそうかな、と思ったので、今日は雨谷さんに色々話を聞いてみることにしよう。

◇◇◇

 放課後、僕は紅林公園で雨谷さんと合流して、お茶に誘った。
 紅林公園と新谷坂駅の間にある、喫茶店『ライオ・デルソル』。白い壁に青い扉の北欧風の喫茶店で、南向きの敷地は夏はオープンテラスになって店の前の遊歩道を眺めることができる。
 なんで北欧風なのにスペイン語なのかはよくわからないけど。
 実は3日前にも来たんだけど、雨谷さんが覚えてないならいいだろう。

「わぁ。お洒落な喫茶店だねぇ」

 やっぱり、雨谷さんは覚えていなかった。
 ゆったりとした木の温もりのあふれる店内に入り、とりあえずコーヒーだけ頼む。雨谷さんは三日前と同じでおすすめのケーキのセット。

 白い花柄のモザイクが入った陶器のかわいいカップにこぽこぽとコーヒーが注がれ、ふくよかな香りがこぼれる。雨谷さんの頼んだデザートも、砕いたジンジャークッキーとカルダモンを入れて焼き上げられたマフィンにクランベリージャムが乗った素朴なお菓子で、とても美味しそうだった。

東矢(とうや)くんのおすすめ、すっごくおいしい。いきなりナンパされてちょっとどうかと思ったけど、来てよかったよ」

 3日前よりつかみはよさそうだ。
 雨谷さんが3日前に注文して喜んでいたから薦めてみただけなんだけど、とちょっと罪悪感がある。
僕はどこから話を切り出したものかと考えながら、聞き取りを開始した。

◇◇◇

 7日目。
 5日目から7日目まで、毎日喫茶店に通った。
 どうせ覚えてないのだろうし、ゆっくり話ができる場所だから。
 毎日来るから店員さんとは仲良くなれた気がするけど、ちょっとお高めのお店なので懐には厳しい。

 毎回最初から話を始めないといけないから時間はかかったけど、僕が3日間でわかった中で何か関係がありそうなのはこの3つ。
 ①紅林公園は雨谷さんのお父さんとの思い出の場所で、小さいときから公園でお父さんとよく遊んでいた。
 ②お父さんはもう亡くなっていて、雨谷さんはお父さんの思い出のために紅林邸を描いている。
 ③体があまり丈夫じゃないから日中は家にいる。

 雨谷さんの思い出は、紅林公園とお父さんを強く結びつけていた。
 ③はつまり、昔から雨谷さんの行動範囲は自宅と紅林公園だけってこと。他の場所はチェックポイントじゃない可能性は高いのかも。
 そうすると、やはり巻き戻しの怪異が発生する現場は紅林公園で、亡くなったお父さんが関係しているんじゃないかな。お父さんは既に亡くなっている。僕が封印から解放した怪異が関係している、そんな予感。

 この時、僕はこう思ってた。
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