第六十三話 老木とカラス兄との出会い②

文字数 2,912文字

『はいはい、次の動物が待ってるから』

 キレイに豚の背中に乗せられて、楓はノシノシと運ばれていく。しかし揺れがひどくて、数歩も進まない内に振り落とされてしまった。

 あまり高くない場所だったのと、地面が柔らかかったため、痛みはなかった。そして横を向くと、魅力的なものが目に映っていた。

『おっとすまない。……すまないと思っているが、触るのはやめてくれないかい?』
「……はっ!」

 楓は無意識に豚のブヨブヨなお腹を揉んでいた。だが、想像していた感触と異なり、冷たくて固くて

「ビミョー」とついつい漏らしてしまった。
『勝手に触って、勝手に落胆しないでくれ』
「あ、ごめん」

 そんな楓の奇行をよそに、動物たちは老木の根元に集まっている。まるで先生に集まる幼稚園児のようだ。

(え、すごい)

 楓が驚いたのは老木の巧みな会話術だった。動物たちは我先にと同時に話しかけているのに、老木は言葉を的確に聞き分けて返答していた。

(そういえば、さっきのカラスがいない)

 周囲を見渡すと、電線の上でポツンと孤立していた。ずっと老木と動物達を眺めていて、何を考えているかわからない。

(すごく大きいし、なんか偉そう)

 カラスは遠目でもわかるほどの巨躯を誇っていた。周辺のボスガラスだと言われても信じてしまうだろう。羽はとても艶やかで、夜でもわずかに光って見える程だ。ちょうど月明かりが当たると、神秘的な雰囲気が醸し出される。

 そんな姿を見て、楓は息をするのも忘れていた。

「カラスさん、ちょっといい?」

 気づいたときには声をかけていた。

 まさか声を掛けられるとは思っていなかったのか、カラスは驚きのあまり電線から落ちそうになった。しかし何とか態勢を持ち直して、すました態度を取り繕った。

「カラスさん、聞こえてるよね?」

 近づく楓を見て、カラスは隣の電線に飛び移った。

「カラスさーん」

 さらに追いかけると、カラスは素知らぬ顔で違う電線に移動した。

「ちょっとおはなししよーよ」

 また近づこうとした瞬間だった。

 楓は鼻先を何かがかすめた。とっさに足元を見ると、カラスのフンが散らばっていた。

 電線の上のカラスを睨みつけると『なんだ?』と挑発的な態度で鼻を鳴らしていた。それを見て、楓は頬を膨らませながら、足元の石を手に取った。

「フン!」

 気合の入った一声とともに投げられた小石は、まっすぐにカラスの脚を打ち抜いた。カラスは突然の出来事に混乱して、電線から足を踏み外してしまった。

 やってしまった、と後悔するよりも早く、楓は走り出した。一瞬で落下地点に到着して、下敷きになるようにカラスを受け止めた。

 お尻の痛みを耐えながら、楓は腕の中のカラスを見た。パチクリと何度も瞬きを繰り返し、せわしなく首を回して動転していた。その仕草が面白くて楓は大笑いした。

『な、なんで、なんで笑うんだ!?』

 カラスは状況を理解できず目を白黒させていた。

「仲良くなろうよ」
『は!?』

 カラスは驚愕のあまり固まっていて、楓にとってはその仕草すら面白かった。

「わたし達仲良くなれると思う」
『何を考えてるんだ!? まさか落ちたのもお前のせいかっ!』
「だって逃げるから」
『バカか!?』
「バカでもいいじゃん」

 楓のあっけらかんとした言葉に、カラスは驚愕で目を見開いた。しかしすぐに諦めたようにため息をついた。

『やっぱり人間なんてバカばかりだ。こんなところにいるべきじゃない。さっさと帰れ』
「じゃあ家まで案内して」

 カラスはまた固まった。脳が小さいから思考に時間がかかるのだろうか、と楓は失礼なことを考えた。

『自分の家の場所ぐらいわかって当たり前だろ』
「適当に走ってきたから、ここがどこかわからない」
『……やっぱり人間はバカばっかりだ』

 カラスはため息を漏らしつつ、楓の頭から飛び立った。老木の枝にとまると、動物たちは物珍しそうに見ていた。

『老木さん。この人間、帰り道が分からないらしい』

(あ、その手があった!)

 希望が見えて、楓の顔がパァッと明るくなった。

『そうなのか。すまないね、儂は木だから他の場所のことはてんでわからないんだ。他の者はどうかな』

 動物たちは一様に声を上げる。『わからない』と。

 一瞬で希望を覆されて、ズーンと沈んだ気分になる。今度は一気に不安が押し寄せて消きて、膝を抱えてふさぎ込んでしまった。

「もうわたしは家に帰れないのかな」と不安げに漏らすと
『忙しい奴だな』と言いながらカラス兄が頭に乗ってきた。

 カラスの重みを感じながらも、追い払う気分にはなれず、放置することにした。

『迎えに来る家族はいるんだろ?』
「……会いたくない」
『はあ?』

 カラスは不思議そうに唸った。

「喧嘩したから、まだ会いたくない。でも家には帰りたい」
『わがままだな』

 言い捨てられた言葉が、楓の心に突き刺さった。

「わたしって、わがままなの?」
『ああ、酷いわがままだ。矛盾したことを平気に求めている』
「そっか……」

 "わがまま"と言われて楓は傷ついていなかった。それどころか、心の中でストンと落ちるものがあった。

(わたしってわがままだよね。そうだよね)

 楓はいい子だ、とおとうさんとお姉ちゃんに何度も言われてきた。それ自体はうれしい事だったが、どこかで重荷になっていた。わたしはいい子でいないといけないんだ、と。だから、なるべく文句は言わなかったし、学校の勉強だってできる限りの努力をしていた。

 でも、カラスに"わがまま"と言われて救われた気がした。ここでは"わがまま"でいていいんだ、と思えた。特にここには動物しかいない。どんなに

『何をニヤけている』
「なんか嬉しい」
『お前大丈夫か? オレはお前を(けな)したんだぞ』

 訝し気に見るカラスに、楓はニヤついた笑顔を返した。

「カラスさんはわたしのこと、ちゃんと見てくれてるんだね」

 余程予想外だったのか、カラスはポカンと口を開いた。長い間そのままでいたたため、羽虫が口の中へ入っていき、楓はそれを目で追いかけていた。

(カラスさん、さっきからずっと驚いてる。結構面白いかも)

 やっと思考が追い付いたのか、カラスはハッと意識を取り戻した。

『人間……いや、お前は相当変わり者だな』
「変わり者は嫌い?」
『どうも思わねえよ。ただ話してて飽きないかもな』
「……そっか」

 楓はおもむろにカラスを抱きしめた。『離せよ』と抵抗されても「ヤダ」と言って抱きしめる力を緩めない。最初、カラスは抵抗していたが無駄だと察して、大人しく少女の腕の中に収まった。

『"わがまま"だな』
「そう。わたしは"わがまま"なの」
『はあ、これだから"わがまま"な人間は……』

 文句を言いきって、お互いに無言になった。しかし楓の顔は微笑んだままだ。

(不思議だ、全然嫌じゃない)

 普段の楓なら沈黙が嫌いで、なんでもいいか話しかけていただろう。しかしカラスとの沈黙はなぜか嫌いではなくて、それどころか楽しんでいた。

 そんな自分に気付いて、楓はもっと目の前のカラスと仲良くなりたい、という思いが芽生えていた。

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登場人物紹介

鈴木陸


レアチーズケーキ狂いの中学2年生

基本的にアホだが、お人よし

暗闇が嫌い

心配症の小心者だが、案外ノリはいい

変なところで真面目

変人①

青木楓


『人助け』狂いの中学2年生

チョメチョメを持っており、モノの声が聞こえる

カラスの兄がいる

案外理性的だが、追いつめられると奇行に走る

本人曰く「母は自分が殺した」

変人②

日向音流


日向ぼっこ狂い、で日向ぼっこで死のうとする少女

耳がいい。

発育がいい方。

忘れっぽい

怖いもの知らずで好奇心旺盛だがマイペース

変人③


青木君乃


青木楓の姉

『Brugge喫茶』のマスター

顔も体もいい

尻が大きく、常に腰に巻いたYシャツで隠している

陸の恋心を利用している、ちょっぴり悪女

清水なつとは元恋人関係

清水なつ


『Brugge喫茶』の店員

筋トレバカ

案外道楽者

青木君乃の元恋人

脳まで筋肉に支配されていると思いきや、結構考えている

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