第三十六話 《サイアク シニタイ》

文字数 1,107文字

《さいあく しにたい》

 台風前夜。

 生暖かい突風が肌を撫でると、不穏さを掻き立てている。夕焼けは分厚い雲に隠されており、今が昼なのか夕なのかも曖昧(あいまい)だ。そんな夜の始まり。

 陸は気分が落ち着かず、自室でSNSを覗いていた。

(開くのも久しぶりだ)

 陸は特にSNSを見るのを好きではないし、自分から発信しないため通知もほとんどない。たまに気分転換に覗いてみる程度だ。普段だったらゲームをやったりマンガを読んだり、他の娯楽を楽しんでいただろう。しかし台風の目で日向ぼっこする前日であるためか、ゲームをする気分にはなれなかった。

(なんかいつのまにかフォロワーが増えている)

 陸のフォロワーは友人がほとんどで、学校の繋がりで相互フォローになっているユーザーが一部いるだけだ。滅多に更新もしないため、フォロワーが基本的に増えることはない。

 陸は新しいフォロワーを見てみることにした。

 アイコンは獅子舞だった。デフォルメされていて、ニコニコ笑顔をしている。しかし最新のメッセージは明るい第一印象とは真逆なものだった。

《さいあく、しにたい》

 最新の投稿はそんな不穏な文章だった。しかもたった数分前に送られたものだ。

(誰なんだ?)

 放っておけなくなった陸は、そのアカウントの過去のメッセージを確認し始めた。そのほとんどが恨みつらみばかりで、深夜に投稿されていた。

(夜に眠れていないのか?)

 さらに深堀しても手掛かりはない。自分のアカウントをフォローする意味が分からず、陸はさらに首をひねった。

 ピポン、と新たなメッセージが流れてきた。

《しぬなら、台風の目で》

 読んだ瞬間、背筋に冷たいものが駆け抜けた。

 陸の脳裏には日向ぼっこ好きな同級の姿が浮かんでいた。同時に混乱もしていた。自分の中の音流のイメージと、今見ているアカウントの人物は言動がかけ離れすぎていた。いまいち確信を持てず、スマホの画面を見たまま固まっていた。

 容赦なく次のメッセージが流れてくる。

《おひさまみえない》

 今日は接近中の台風の影響で曇天模様だ。太陽は分厚く暗い雲の向こうに隠れており、夕日すらも見えない。

《ひなたぼっこでしにたい》

 息を呑んだ。

 疑惑は確信へと変わった。いや、変わってしまった。

 陸は音流の普段の様子を思い浮かべた。

 日向ぼっこが大好きで、明るくて、ドジで、ちょっと卑屈で、自分のことを同志と呼んで慕ってくれる――かけがえのない少女。

 彼女が死にたいと呟いている。

 陸はとてつもない不安に駆りたてられ、SNSでダイレクトメッセージを送った。

 返事はすぐに来た。

《これからあえませんか》

 近くのコンビニで会おうとメッセージを送った後、陸は駆け出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鈴木陸


レアチーズケーキ狂いの中学2年生

基本的にアホだが、お人よし

暗闇が嫌い

心配症の小心者だが、案外ノリはいい

変なところで真面目

変人①

青木楓


『人助け』狂いの中学2年生

チョメチョメを持っており、モノの声が聞こえる

カラスの兄がいる

案外理性的だが、追いつめられると奇行に走る

本人曰く「母は自分が殺した」

変人②

日向音流


日向ぼっこ狂い、で日向ぼっこで死のうとする少女

耳がいい。

発育がいい方。

忘れっぽい

怖いもの知らずで好奇心旺盛だがマイペース

変人③


青木君乃


青木楓の姉

『Brugge喫茶』のマスター

顔も体もいい

尻が大きく、常に腰に巻いたYシャツで隠している

陸の恋心を利用している、ちょっぴり悪女

清水なつとは元恋人関係

清水なつ


『Brugge喫茶』の店員

筋トレバカ

案外道楽者

青木君乃の元恋人

脳まで筋肉に支配されていると思いきや、結構考えている

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み