第8話 勇者捜索作戦

文字数 3,785文字

 セシル姫とブレタムが、カスミのマンションに転がり込んでから一ヵ月ほど経過した。

 慣れない事だらけでセシルもブレタムも失敗ばかりしていたが、見るもの聞くもの、すべて驚きと楽しさに満ちていて、こちらの世界はなんと素晴らしいのだろうと感動する事、ひとしきりであった。

 食事は、全般的にちょっと味付けが濃い目に感じたが、ひどく辛いとか固いものでなければ食べられたし、何より種類が豊富だ。
 服に関しては、カスミが友人達からお古を大量に貰ってきて、そのサイズなどを器用に直してくれたため困る事はなかったが、さすがに下着は新品を買ってもらった。
 これもすごく可愛いので、とても気に入っている。

 当初、エルフや獣人が外を歩いていると、人間だけのこの世界では変に目立ってしまうのではと心配もしていたのだが、そのまま外を出歩いていても、誰も気にかけた素振りを見せない。例のコスプレというのが、社会に認知されているのだと、りんたろーが説明してくれた。
 電車やバスの乗り方も大分慣れたので、数日前から、ブレタムはカスミに勧められたお店でバイトを始めている。

 なんとか生活も落ち着いたように感じてきて、セシルは、いよいよ勇者探しに本格的に取り組みたいと意欲を示し、カスミやりんたろーも春休みとかで、本格的に勇者探しを手伝ってくれると張り切っていた。

 しかし、どうにも手掛かりが少なすぎる。せめて顔写真でもあれば、ネットで画像検索することも出来ようが、わかっているのはノボルという名前と、召喚された際、メッセの広場にいたという事だけで、その日時もわからないときた。
 丸一日、ウエブとにらめっこして、目をしょぼしょぼさせていたりんたろーが、みんなで夕食を食べている時、大きなため息を吐きながら言った。

「それはそうと姫様。魔法とかで一気に勇者の気配を探したりとかは出来ないの?」
「うーん……サーチ系は苦手で……」セシルがすまなそうに言う。

「でもな、りんたろー。得手不得手はあるが、姫様はなかなかの魔法の使い手だぞ。
 ヒールや物質移動のような日常系だけではなく、攻撃魔法も火や水や風属性を使い分けられるんだよ」ブレタムが誇らしげに語った。

「それじゃーさー。家吹っ飛ばされるのは困るんだけど、お湯沸かしたり位は出来ない? 光熱費が浮くだけでも助かるんだけど……」
 そう言いながら、カスミが薬缶に水を汲んで持ってきた。
「これを温めればいいんですか? それじゃ、そのまま浮かして持ち上げていて下さい」
 そう言いながら、セシルは両手を薬缶のを覆う様に沿え、詠唱を始めた。

「ファイヤ!」
 瞬間、ポンと火が着いたように見えたが、すぐに消えてしまった。
「あれー? ファイヤ!」
 もう何も起こらない。
「えー、ちょっと待って……ウインド!」
 セシルがそう言いながら掌をカーテンに向けたが、カーテンはちょっと揺らいだだけの様だった。
「えー、どうしたんだろう……」セシルは泣き出しそうだ。
「まあまあ。誰でも調子悪い時はあるよ。ごめんね、無理言って」
 カスミも済まなそうに言った。

「あの、姫様……」ブレタムが口を挟んだ。
「もしかして、この世界……マナが希薄なのでは?」
「あー! そうかも……あの、カスミさん、りんたろーさん……」
「ああ、もうわかったから……説明不要だよ!」りんたろーが我が意を得たりという顔で言った。
「マナ切れじゃ仕方ないよね!」

 魔法で一気にというのは絵に描いた餅となったため、別の視点で方法を検討してみようと、みんなで話合った。

「ねえ、こんなのはどう? 勇者の目に止まる様に、こっちに姫様が来てるぞーってさ、XXとかで拡散希望出しちゃうとか……」
「いやー、カス姉。それ諸刃の剣でしょ? 姫様の件を変な形で公表しているのと同じになりかねないよ……でも、そうか……。
そんな大ぴらな表現じゃなくて、姫様と勇者の二人にしかわからない何かを、暗喩的に拡散できれば、勇者だけが引っかかるかもしれないね。姫様、どう?」りんたろーが、セシルに問いかける。
「どうと言われましてもすぐには……でも、ちょっと考えてみますね」
 セシルは、ブレタムと顔を見合わせながらそうつぶやいた。

 ◇◇◇

 開花にはまだ早いが、桜の枝の先はかなり萌えだしていて、来週位には咲き始めるのだろうと思う。

 今日、りんたろーはセシルを稲毛浅間神社(いなげせんげんじんじゃ)に連れて来ていた。というのも、この世界では、大気中のマナが希薄で、セシルが思う様に魔法を使えないことが判明したが、そう言うのって、地脈とかも関係しているらしく、もしかしたらそれなりにマナが集まってるような場所もあるかも知れないと思って、歴史の古そうな近場の神社を訪ねてみた次第だ。

 姫様は、なぜかカス姉のおさがりのセーラー服を着ている。デザインが気に入っているんだそうだが、背格好からしても全く違和感はない。いや、むしろすごく可愛い。
 ブレタムは午後からバイトが入っているため同行しておらず、姫様とデートみたいで、りんたろーは、ちょっとうれしい。

「へえっ、ここがこの世界の神様をお祀りしている場所なのですね? 確かに、何か気持ちが引き締まるような感じがしますね」
 そう言いながら、セシルは興味深そうにあちこち眺めてから、リンタローに尋ねた。
「ここには、どんな神様が祀られていらっしゃるの?」
 りんたろーは、スマホでちゃちゃっと検索する。
「えっとですね。ここは、コノハナサクヤヒメ様ですね」
「なんか可愛らしいお名前ね。どんな神様なのかしら」
「あー、僕の記憶によるとセシルさんのように可憐な少女の神様だったような……」
「あら、うれしい。私を可憐と……そうしたら、私、ここの神様と仲良くなれますね」
「それで、姫様。マナの感じはどうです?」
「ああ、そうでしたね。りんたろーさんには感じられないのよね。私には多少わかるの。
 ここは外よりもマナが濃いです。とはいっても、私の世界に比べたらまだまだですが。
 ほら、あの……大きな建物のあたり。地脈の口からマナが上昇しています。
 あそこなら何か魔法が使えるかも……」
「そうですか。それなら何か試してみましょうよ。でも、火とかはだめですよ。重要文化財ですんで……」
「了解です」

 そしてセシルは社殿の正面に立ち、右手をピンと頭の上に掲げ、詠唱を始めた。

「ウインド!」
 セシルがそう叫ぶと、周りの空気が、彼女を中心に時計周りに渦を作り出し、ぶわっと上方に吹き抜けた。
 そして同時に……セシルのセーラー服のスカートの裾も、思いっきり上方に吹き上がった。

 ……今日は……ピンクだ……

「やった! 出来たわ、りんたろーさん!」セシルは大はしゃぎだ。
「りんたろーさん、見ました、今の?」
「あ、はい……ピンクでした……」
「はい? ……はうー!」
 ようやくセシルは発生した事態を理解したようで、耳先まで真っ赤になってうつむいてしまった。
「あっ、姫様……魔法、すごかったです。やはりマナさえあれば姫様の魔法は使えるんですね! あー、よかった、よかった。ブレタムさんも喜ぶぞー」
 りんたろーは何とか話をごまかしつつ、境内にあるお茶屋で休憩しようとセシルを誘った。

 二人で甘酒と団子をつまんでいると、セシルが言った。
「それで、りんたろーさん。この間のお話……私が勇者様に会いに来ているって、そのネットというやつで宣伝するっていうお話ですが、どうでしょう。私と勇者様のお話を童話風にまとめてみるのは? もちろん、中身は二人の共通体験を書くのですが、何も知らないこちらの人からしたら、空想の物語にしか見えないような……いかがでしょう?」
「うん、いいですね。それなら、当時者以外には、よくある投稿小説みたいにしか見えないかもしれません。問題は、ちゃんと勇者さんの目に届くかというところですが……」
「名前のところだけは実名にしては? ノボルとセシルって」
「なるほど。それなら、ある程度、いいねとかすきが付いてくれば、勇者さんがエゴサした時引っかかるかも……よし、あとでカス姉にも相談してみましょう!」

 夜になって、その件をカス姉に相談したところ、大賛成とのことだった。
「それ、小説出来上がったら、私の友人達やフォロワーに強制拡散させるから……」

 一週間くらいして、セシルが草稿を起こし、日本語としておかしいところをりんたろーが添削・補足して、投稿用の原稿が完成した。

 題して『勇者ノボル様、セシル姫が処女を捧げに参りました!

「あのー、りんたろーさん……いくらなんでも題名に処女と入れるのは……」
 セシルが、ものすごく恥ずかしそうにりんたろーに文句を言っている。
「いえいえ、姫様。現在、この世界では、このくらいキャッチーな題名を付けないと、どんなに中身が良くても、読んでもらえないんですよ! ヘビーラノベファンの僕が言うんだから間違いありません!」りんたろーは、自信満々のようだ。

「姫様。実際、事実なのですから、問題ないのでは?」
 いや、ブレタムさん。いくら何でもそれは違うと思うけど……。
「そうなのですか……」セシルもしぶしぶこの題名に了承した。

 りんたろーがそれを投稿サイトに上げ、カスミが友人やらフォロワー達に、拡散ツイートを依頼しまくった。

 こうして、僕たちの、ネットで宣伝作戦が開始されたのだった。





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