第4話 姫の出奔
文字数 2,510文字
「あ……姫様……こんなむさくるしいところまでわざわざ……あれ? ブレタムは一緒ではないのですね」
王城に近い、大通りに面したアパートの二階の部屋を、セシルは夜遅く訪れた。
「こんな時間に、自宅まで押しかけてごめんなさい。場所は、ブレたんに聞いていたから……ねえ、ミルダ。相談したい事があるの!」
「……とりあえず、中へどうぞ。大分散らかってますけど……」
セシルは、そう言われて部屋に入ったが確かに汚い……部屋の床に、紙切れやら、お菓子の袋やら、空き瓶やらが散乱していて、足の踏み場もない感じだ。これが女子の部屋なのか……セシルはちょっと驚いたが、ミルダは一生懸命、部屋の真ん中のゴミを周りに寄せて、人が座れるスペースを作っていた。
「すいません。いつも仕事の帰りが遅くて、片付けられていなくて……」
ミルダが言い訳をするが、セシルは、そんなの日々まめにやればいいのにとは思った。
「そ……それで姫様。あの術式のことで、お叱りにいらしたんですよね……私も見通しが甘かったです。二回使用しなければいいじゃないくらいにしか考えていなくて……」
ミルダが本当に消え入りそうな声で詫びてくる。
「ううん。別に怒ってないわよ。どうせあれは兄上の差し金だし……
それでねミルダ。あの術式って、あなただけで発動できるの?」
「えっ? 姫様、それって……ダメですダメです。
それだと、姫様も私も犯罪者になっちゃいます!」
ミルダはセシルの言わんとすることがすぐに分かったが、セシルの顔つきは真剣そのものだ。それを見てミルダは、観念したように言った。
「……術式の発動は私だけで可能です。帰還用のペンダントも、もう一ダース位作りました。
ですが、魔法院の承認なしにあの術式を使うのは重罪です。私はすぐに牢獄行きですし、姫様もあちらから帰ってこられたら……あ、そうか。お戻りになる気が無いのか」
「ごめんねミルダ。あなたを巻き込んでしまって……出来ればあなたもいっしょに行かない? そうすれば、牢獄暮らしは避けられる……」
ミルダはしばらく一人で考えていたが、やがてこう言った。
「私まであちらに行ってしまうと、魔法陣で発動している術式になんらかの非常事態が起こった際、他の人ではすぐに対処出来ないでしょう。それは、姫様の命の危険を意味しますので……やはり、私はこちらに残ります」
「でもそれだと、あなたに迷惑が……」
「多分、姫様に関わった時点でこうなる運命だったのでしょうね。あの術式にはちょっと自信がありますので、安心して転移なさって下さい。私は甘んじて罰を受けます。
ですが……」
「なんでも言って!
出来ることは何でもしますから!」
「……キスして下さいませんか?」
「はい?」
「あ、すいません……私……初めてお会いした時から、姫様の事がまぶしくて……。
大好きです……」
「あっ……ああ、有難うミルダ。同性から告白されたのは初めてでちょっと驚きました。
でも、悪い気はしませんね……。
ですがそれだと、私があなたの気持ちを利用したような……そうだわ! そうしなさい。私があなたの気持ちに付け込んで利用した……そうすれば、多少は罪も軽くなるかもしれません」
「ですが、姫様……」そう言うミルダの口を人差し指で押さえてセシルが言った。
「もうしゃべらなくていいわ」
そう言いながら、セシルは自分の唇をミルダの唇にそっと添えた。
◇◇◇
「それにしても、今からすぐなんですか?」
「そうよ、今日はブレたんが別件で外出してるから、チャンスなの」
夜の街中を、セシルとミルダが人目をはばかりながら、魔法院に向かっている。
魔法院には、出入口に魔術セキュリティがあるが、ミルダはもちろん、セシルも王族なので、機密に関わる特別な一角以外は出入り自由だ。ミルダが守衛に夜間実験の申請書を書いて渡し、二人はすんなりと魔法陣のコントロール室にたどり着いた。
「それじゃ、私は、術式を魔法陣のコントローラにセットします。
姫様は、ちょっと待ってて下さい」
ここでの実験は、基本は日中スケジュールに従って行われるが、緊急でテストしたいなど、夜間に飛び込みで行うことも珍しくないのだそうだ。だが、余り目立つのも良くないため、セシルはあまりウロウロせずにじっとしている。一応、最低限の荷物はバッグに入れて持ってきたが……ブレたん、置いて行ったら怒るだろうな……。
「準備できました。ペンダントを首にかけて、No―B6魔法陣の中央に立って下さい」ミルダが声をかけた。
いよいよだ。セシルが緊張しながら魔法陣に入ろうとした時だった。
「やっぱりここでしたか!」
大きな声がして、見ると息を切らしたブレタムが実験室の戸口に立っていた。
「こんな時間なのに、戻ってみたらお部屋にいないし、もしやと思ってミルダの様子を見に行っても誰もいない。でも誰か来た感じは残っていて、まさかとは思いましたが……」
「あ……ブレたん。これは……」
現行犯では致し方なし。セシルはがっくりと肩を落とした。
「もう、姫様! 何を考えておられるのか! 出奔されるなら私も連れて行かなくてはだめです! 姫様お一人では、ごはんも炊けませんし、下着も洗えないじゃないですか!」
「……ブレたん。ごめんね……これ違法行為だから、あなたを巻き込みたくなくて……」
「そんなの関係ありません。どうせこうなる予感はしていましたし……ですが姫様のお側にはいつも私がいなくてはだめなのです! どうかご一緒させて下さい!」
「ブレたん……ごめんね。そしてありがとう……それじゃ、宜しくお願いしますね!」
「お二人とも、ペンダントの石は緑色になってますよね……それじゃ、術式をスタートしますね」そう言いながらミルダが何かを詠唱し、セシルとブレタムが立っている魔法陣全体が明るく光りだした。
「姫様、ブレタム。頑張って下さいね。
勇者様にお会いできるよう、お祈りしております」
ミルダが両手を大きく振って別れの挨拶をする。
「ミルダ、有難う。そしてごめんね、迷惑かけて。必ず、勇者様を捕まえるから!」
そう言いながら、セシルとブレタムは大きな光の渦の中に消えていった。
王城に近い、大通りに面したアパートの二階の部屋を、セシルは夜遅く訪れた。
「こんな時間に、自宅まで押しかけてごめんなさい。場所は、ブレたんに聞いていたから……ねえ、ミルダ。相談したい事があるの!」
「……とりあえず、中へどうぞ。大分散らかってますけど……」
セシルは、そう言われて部屋に入ったが確かに汚い……部屋の床に、紙切れやら、お菓子の袋やら、空き瓶やらが散乱していて、足の踏み場もない感じだ。これが女子の部屋なのか……セシルはちょっと驚いたが、ミルダは一生懸命、部屋の真ん中のゴミを周りに寄せて、人が座れるスペースを作っていた。
「すいません。いつも仕事の帰りが遅くて、片付けられていなくて……」
ミルダが言い訳をするが、セシルは、そんなの日々まめにやればいいのにとは思った。
「そ……それで姫様。あの術式のことで、お叱りにいらしたんですよね……私も見通しが甘かったです。二回使用しなければいいじゃないくらいにしか考えていなくて……」
ミルダが本当に消え入りそうな声で詫びてくる。
「ううん。別に怒ってないわよ。どうせあれは兄上の差し金だし……
それでねミルダ。あの術式って、あなただけで発動できるの?」
「えっ? 姫様、それって……ダメですダメです。
それだと、姫様も私も犯罪者になっちゃいます!」
ミルダはセシルの言わんとすることがすぐに分かったが、セシルの顔つきは真剣そのものだ。それを見てミルダは、観念したように言った。
「……術式の発動は私だけで可能です。帰還用のペンダントも、もう一ダース位作りました。
ですが、魔法院の承認なしにあの術式を使うのは重罪です。私はすぐに牢獄行きですし、姫様もあちらから帰ってこられたら……あ、そうか。お戻りになる気が無いのか」
「ごめんねミルダ。あなたを巻き込んでしまって……出来ればあなたもいっしょに行かない? そうすれば、牢獄暮らしは避けられる……」
ミルダはしばらく一人で考えていたが、やがてこう言った。
「私まであちらに行ってしまうと、魔法陣で発動している術式になんらかの非常事態が起こった際、他の人ではすぐに対処出来ないでしょう。それは、姫様の命の危険を意味しますので……やはり、私はこちらに残ります」
「でもそれだと、あなたに迷惑が……」
「多分、姫様に関わった時点でこうなる運命だったのでしょうね。あの術式にはちょっと自信がありますので、安心して転移なさって下さい。私は甘んじて罰を受けます。
ですが……」
「なんでも言って!
出来ることは何でもしますから!」
「……キスして下さいませんか?」
「はい?」
「あ、すいません……私……初めてお会いした時から、姫様の事がまぶしくて……。
大好きです……」
「あっ……ああ、有難うミルダ。同性から告白されたのは初めてでちょっと驚きました。
でも、悪い気はしませんね……。
ですがそれだと、私があなたの気持ちを利用したような……そうだわ! そうしなさい。私があなたの気持ちに付け込んで利用した……そうすれば、多少は罪も軽くなるかもしれません」
「ですが、姫様……」そう言うミルダの口を人差し指で押さえてセシルが言った。
「もうしゃべらなくていいわ」
そう言いながら、セシルは自分の唇をミルダの唇にそっと添えた。
◇◇◇
「それにしても、今からすぐなんですか?」
「そうよ、今日はブレたんが別件で外出してるから、チャンスなの」
夜の街中を、セシルとミルダが人目をはばかりながら、魔法院に向かっている。
魔法院には、出入口に魔術セキュリティがあるが、ミルダはもちろん、セシルも王族なので、機密に関わる特別な一角以外は出入り自由だ。ミルダが守衛に夜間実験の申請書を書いて渡し、二人はすんなりと魔法陣のコントロール室にたどり着いた。
「それじゃ、私は、術式を魔法陣のコントローラにセットします。
姫様は、ちょっと待ってて下さい」
ここでの実験は、基本は日中スケジュールに従って行われるが、緊急でテストしたいなど、夜間に飛び込みで行うことも珍しくないのだそうだ。だが、余り目立つのも良くないため、セシルはあまりウロウロせずにじっとしている。一応、最低限の荷物はバッグに入れて持ってきたが……ブレたん、置いて行ったら怒るだろうな……。
「準備できました。ペンダントを首にかけて、No―B6魔法陣の中央に立って下さい」ミルダが声をかけた。
いよいよだ。セシルが緊張しながら魔法陣に入ろうとした時だった。
「やっぱりここでしたか!」
大きな声がして、見ると息を切らしたブレタムが実験室の戸口に立っていた。
「こんな時間なのに、戻ってみたらお部屋にいないし、もしやと思ってミルダの様子を見に行っても誰もいない。でも誰か来た感じは残っていて、まさかとは思いましたが……」
「あ……ブレたん。これは……」
現行犯では致し方なし。セシルはがっくりと肩を落とした。
「もう、姫様! 何を考えておられるのか! 出奔されるなら私も連れて行かなくてはだめです! 姫様お一人では、ごはんも炊けませんし、下着も洗えないじゃないですか!」
「……ブレたん。ごめんね……これ違法行為だから、あなたを巻き込みたくなくて……」
「そんなの関係ありません。どうせこうなる予感はしていましたし……ですが姫様のお側にはいつも私がいなくてはだめなのです! どうかご一緒させて下さい!」
「ブレたん……ごめんね。そしてありがとう……それじゃ、宜しくお願いしますね!」
「お二人とも、ペンダントの石は緑色になってますよね……それじゃ、術式をスタートしますね」そう言いながらミルダが何かを詠唱し、セシルとブレタムが立っている魔法陣全体が明るく光りだした。
「姫様、ブレタム。頑張って下さいね。
勇者様にお会いできるよう、お祈りしております」
ミルダが両手を大きく振って別れの挨拶をする。
「ミルダ、有難う。そしてごめんね、迷惑かけて。必ず、勇者様を捕まえるから!」
そう言いながら、セシルとブレタムは大きな光の渦の中に消えていった。