第12話 誤解と誠意
文字数 3,464文字
その後、すぐに真理からのお詫びメールが、りんたろーに届いた。
尾行していたのは、マサハルさんという、元々こちらの世界の人間だった人で、尾行は真理の本意ではないと、恐縮して書かれていた。そして、自分も事後で巻き込まれた感じになっていて、不安で仕方ないので、助けてほしいといった事も書かれていた。
カス姉もブレタムも、追手とわかった以上、近づくべきではないと言ったが、姫様は何か勇者の情報が得られるのなら、多少のリスクは構わないと考えているようだ。
りんたろーは、浜松真理がそんなに悪い奴とは思えず、巻き込まれて困っているというのも本当のような気がしていた。
それにしても……こちらの人間があっちに行ってる?
そのあたりも詳しく聞きたいところではあるが……本当にこの件は、自分が考えている以上に大ごとなのかも知れない。
皆で相談した結果、りんたろーが一人で、再度、真理と話し合いをする事にした。
翌日のお昼過ぎ、りんたろーは、前回と同じ小岩のファミレスの、前回と同じシートを訪れたが、そこに浜松真理はおらず胡散臭そうな初老の男がいた。
この人がマサハルさんの様だ。
「あれ? 浜松さんと、この間の猫姉さんはいないんですか?」
席について、アイスコーヒーを頼みながら、りんたろーが口を開いた。
「ええ、真理さんにはすっかりヘソを曲げられてしまって……まずは私がちゃんと君に謝れと……それで君が私を許してくれるなら、真理さんのところへご案内します。
猫……マホミンさんは仕事中です」
ご案内します? 何かまた謀り事をしているのではなかろうかと疑いながらりんたろーはマサハルの顔を見た。それがマサハルにも伝わったようだ。
「りんたろーさん。私がマサハルです。まずは……ごめんなさい! 先日は私が勝手に先走って尾行なんかして……真理さんに、さんざん叱られました。
すでにお聞き及びかと存じますが、私は元々こっちの世界の人間です。ですが、こっちに居たくない事情がございまして、三十数年前、東尋坊から身を投げたんです。そしたら、着いたところがあの世ならぬ、マホミンさん達の世界。途中の苦労話は省きますが、あちらで、同じようにこっちから転移した人間の女性と所帯を持って、まだ十五歳の娘もあっちに居ります。
ですがやはり人間の性分というのはどこ行ってもそんなに変わらないようで、あっちの世界でも借金の山になっておりまして……姫様に懸賞金がかけられたというお話に目がくらんで、マホミンさんに協力するという事でこちらに来た次第です。
ですので、ちょっと成果を焦ったと言いますか……本当に申し訳ない!」
「まだ信用した訳ではないですが、あなたの事情は分かりました」
りんたろうはそう言ったが……それにしても、こっちの世界の人があっちに行ったりしているなんて、この件確かに僕らだけで扱っていい問題なのかと、かなり不安になった。
「それで、これからどうしたいのですか? まあ、姫様を連れ帰りたいのでしょうが、勇者と会って話をしない限り、うんとは言わないと思います。ですからあなた達が持っているという勇者の情報をいただいて、姫が勇者と出会うのを援護していただくのが妥当かと思いますが?」
「そうでしょうね。多分、みんなで協力するのが一番安全確実かつ早いかと……ですので
一度、姫様ご本人ともお会いした上で、こちらの手札を並べたいのですが、いかがでしょうか?」
「わかりました。その方向でこちらも皆と検討してみます。ただ、正直、あなただけでは信用しかねるので、真理さんとも二人だけでお話したいのですが」
りんたろーの言葉に、マサハルが、我が意を得たりとばかりに答えた。
「もちろんです! 真理さんが許してくれないと、私ら、こっちの世界では何もできない浦島太郎……いや亀? になっちゃいますんで……お時間よろしければ、この後、直ぐに真理さんと会ってほしいのです。なーに、直ぐ近くですんで……」
「はあ……」
そうしてりんたろうーは、マサハルとファミレスを後にし、線路に沿って歩き出した。
「ここです。私、ここのゼネラルマネージャーなんです」
マサハルが指さしたのは、どう見ても古臭い連れ込み旅館だった。
「ええ? 真理さんがこんな所に? なにか企んでるんじゃないですよね?」
拉致監禁されたりしたらどうしようと、りんたろーはちょっとビビった。
「安心して下さい。日中は誰も中で変な事してませんから、密談には最適だと思いますよ。真理さん、もう準備出来てると思いますんで……ささ、早く早く」
そうか、真理が待っているなら、待たせても悪いなと考え直し、りんたろーは、マサハルに案内されて、旅館の奥の間に通された。
「ささ、ここです。うちの旅館で一番いい部屋。中で真理さんがお待ちですんで……。
あとは、若いお二人でごゆっくりー」
マサハルは、そう言って帳場の方に戻ってしまった。
「失礼しまーす」りんたろーが中に入ると、二十畳位の和室で、エアコンがよく効いていて気持ちいい。部屋の真ん中に大きな漆塗りのテーブルが有り……あれ? 真理さんは?
そう思って、部屋の中を見渡して……りんたろーは、ぎょっとして叫んだ。
「真理さん?」
見ると、奥の間があり、そこには布団が敷かれていて……その上には浴衣姿の真理が、ガチガチに緊張して正座している。そしてその脇には、枕が二つ並んでいて……。
「あっ、あっ……浜松さん……これは、いったい……」
動揺を隠しきれず、りんたろーの言葉も途切れ途切れになっている。
「あっ、あの……青葉君……私、こういうの経験なくて……でもマサハルさんが、りんたろーさんは優しいから大丈夫だって…………よ、宜しくお願い致します!」
しどろもどろにそう言いながら、真理が三つ指をついてお辞儀した。
えー、これって……エッチしようって事?
その瞬間、りんたろーは頭が真っ白になり、思考がフリーズした。
あー。これどうするの? でも、浜松さんなら……いいかな……僕も初めてだけど大丈夫かな……りんたろーの思考が暴走を始める。
そして、真理の前に膝立になり、彼女の両肩をつかんで自分の方に抱き寄せようとしたその瞬間だった。
「真理ちゃーん。避妊具忘れてたんで、持って来たにゃーん!」
そう言いながら、マホミンが部屋に駆け込んできた。
「あれ?」マホミンがびっくりしたように、りんたろーの顔を見つめる。
「あれ……あれー……りんたろーくん、いつの間に来てたんだにゃん? あー、ごめん。
超おじゃま虫だったにゃん……それじゃ……ごゆっくりにゃんーーーー」
そう言いながら、マホミンは部屋から逃げていった。
その瞬間、りんたろーは、かかっていた魔法が解けたかの様に正気に戻った。
「は、浜松さん! これどういうこと? マサハルさんは確かに胡散臭そうだけど、君のことは信用してたんだ。なのに、いきなり色仕掛けなんて……」
りんたろーが大声を上げる。
「え? えー! ちがうの青葉君。マサハルさんが、貴方も私を気にいってくれて、エッチしたがってるって……それなら、私……あなたならいいかなって……マサハルさんに言われてここで待ってたんだけど……」真理も動揺を隠さない。
「もう誰も信用できないよ! 仮に浜松さんがマサハルさんに騙されたんだとしても、そんなに軽々しくエッチしたがる女の子を、僕が気に入る訳ないじゃないか!」
そう言い放って、りんたろーは速足で旅館を後にした。
ちきしょー、どうなってんだよ。人の純情をもて遊びやがって……りんたろーは、どうにもモヤモヤが収まらない。でも、浜松さんの浴衣姿は可愛かったな。ちょっと惜しかったかも……いやいやだめだろ、こんなの。それよりも、みんなになんて報告しよう……。
色仕掛けにあったとは説明出来ないよなー。やっぱり真理ちゃんも信用出来なかったという事だけにしておこう。そう考えながら、りんたろーは家路を急いだ。
◇◇◇
「マサハルのバカー! 完全に嫌われたじゃない! 何で途中の経過を端折って、私まで騙すのよ! 私だって、もっとじっくり愛を育みたかったのにー!」
「いやいや、真理さんだって結構ワクワク・ノリノリだったじゃないですか。
それに、あの状況で女を抱かない男は居ません! 経験豊富な私が断言します。
悪いのは、タイミングを間違えたアホミンで……」
「人のせいにするにゃー! りんたろー君が着いてるなら先にそう言えにゃん!」
こうして三人の言い争いはしばらく続いた。
尾行していたのは、マサハルさんという、元々こちらの世界の人間だった人で、尾行は真理の本意ではないと、恐縮して書かれていた。そして、自分も事後で巻き込まれた感じになっていて、不安で仕方ないので、助けてほしいといった事も書かれていた。
カス姉もブレタムも、追手とわかった以上、近づくべきではないと言ったが、姫様は何か勇者の情報が得られるのなら、多少のリスクは構わないと考えているようだ。
りんたろーは、浜松真理がそんなに悪い奴とは思えず、巻き込まれて困っているというのも本当のような気がしていた。
それにしても……こちらの人間があっちに行ってる?
そのあたりも詳しく聞きたいところではあるが……本当にこの件は、自分が考えている以上に大ごとなのかも知れない。
皆で相談した結果、りんたろーが一人で、再度、真理と話し合いをする事にした。
翌日のお昼過ぎ、りんたろーは、前回と同じ小岩のファミレスの、前回と同じシートを訪れたが、そこに浜松真理はおらず胡散臭そうな初老の男がいた。
この人がマサハルさんの様だ。
「あれ? 浜松さんと、この間の猫姉さんはいないんですか?」
席について、アイスコーヒーを頼みながら、りんたろーが口を開いた。
「ええ、真理さんにはすっかりヘソを曲げられてしまって……まずは私がちゃんと君に謝れと……それで君が私を許してくれるなら、真理さんのところへご案内します。
猫……マホミンさんは仕事中です」
ご案内します? 何かまた謀り事をしているのではなかろうかと疑いながらりんたろーはマサハルの顔を見た。それがマサハルにも伝わったようだ。
「りんたろーさん。私がマサハルです。まずは……ごめんなさい! 先日は私が勝手に先走って尾行なんかして……真理さんに、さんざん叱られました。
すでにお聞き及びかと存じますが、私は元々こっちの世界の人間です。ですが、こっちに居たくない事情がございまして、三十数年前、東尋坊から身を投げたんです。そしたら、着いたところがあの世ならぬ、マホミンさん達の世界。途中の苦労話は省きますが、あちらで、同じようにこっちから転移した人間の女性と所帯を持って、まだ十五歳の娘もあっちに居ります。
ですがやはり人間の性分というのはどこ行ってもそんなに変わらないようで、あっちの世界でも借金の山になっておりまして……姫様に懸賞金がかけられたというお話に目がくらんで、マホミンさんに協力するという事でこちらに来た次第です。
ですので、ちょっと成果を焦ったと言いますか……本当に申し訳ない!」
「まだ信用した訳ではないですが、あなたの事情は分かりました」
りんたろうはそう言ったが……それにしても、こっちの世界の人があっちに行ったりしているなんて、この件確かに僕らだけで扱っていい問題なのかと、かなり不安になった。
「それで、これからどうしたいのですか? まあ、姫様を連れ帰りたいのでしょうが、勇者と会って話をしない限り、うんとは言わないと思います。ですからあなた達が持っているという勇者の情報をいただいて、姫が勇者と出会うのを援護していただくのが妥当かと思いますが?」
「そうでしょうね。多分、みんなで協力するのが一番安全確実かつ早いかと……ですので
一度、姫様ご本人ともお会いした上で、こちらの手札を並べたいのですが、いかがでしょうか?」
「わかりました。その方向でこちらも皆と検討してみます。ただ、正直、あなただけでは信用しかねるので、真理さんとも二人だけでお話したいのですが」
りんたろーの言葉に、マサハルが、我が意を得たりとばかりに答えた。
「もちろんです! 真理さんが許してくれないと、私ら、こっちの世界では何もできない浦島太郎……いや亀? になっちゃいますんで……お時間よろしければ、この後、直ぐに真理さんと会ってほしいのです。なーに、直ぐ近くですんで……」
「はあ……」
そうしてりんたろうーは、マサハルとファミレスを後にし、線路に沿って歩き出した。
「ここです。私、ここのゼネラルマネージャーなんです」
マサハルが指さしたのは、どう見ても古臭い連れ込み旅館だった。
「ええ? 真理さんがこんな所に? なにか企んでるんじゃないですよね?」
拉致監禁されたりしたらどうしようと、りんたろーはちょっとビビった。
「安心して下さい。日中は誰も中で変な事してませんから、密談には最適だと思いますよ。真理さん、もう準備出来てると思いますんで……ささ、早く早く」
そうか、真理が待っているなら、待たせても悪いなと考え直し、りんたろーは、マサハルに案内されて、旅館の奥の間に通された。
「ささ、ここです。うちの旅館で一番いい部屋。中で真理さんがお待ちですんで……。
あとは、若いお二人でごゆっくりー」
マサハルは、そう言って帳場の方に戻ってしまった。
「失礼しまーす」りんたろーが中に入ると、二十畳位の和室で、エアコンがよく効いていて気持ちいい。部屋の真ん中に大きな漆塗りのテーブルが有り……あれ? 真理さんは?
そう思って、部屋の中を見渡して……りんたろーは、ぎょっとして叫んだ。
「真理さん?」
見ると、奥の間があり、そこには布団が敷かれていて……その上には浴衣姿の真理が、ガチガチに緊張して正座している。そしてその脇には、枕が二つ並んでいて……。
「あっ、あっ……浜松さん……これは、いったい……」
動揺を隠しきれず、りんたろーの言葉も途切れ途切れになっている。
「あっ、あの……青葉君……私、こういうの経験なくて……でもマサハルさんが、りんたろーさんは優しいから大丈夫だって…………よ、宜しくお願い致します!」
しどろもどろにそう言いながら、真理が三つ指をついてお辞儀した。
えー、これって……エッチしようって事?
その瞬間、りんたろーは頭が真っ白になり、思考がフリーズした。
あー。これどうするの? でも、浜松さんなら……いいかな……僕も初めてだけど大丈夫かな……りんたろーの思考が暴走を始める。
そして、真理の前に膝立になり、彼女の両肩をつかんで自分の方に抱き寄せようとしたその瞬間だった。
「真理ちゃーん。避妊具忘れてたんで、持って来たにゃーん!」
そう言いながら、マホミンが部屋に駆け込んできた。
「あれ?」マホミンがびっくりしたように、りんたろーの顔を見つめる。
「あれ……あれー……りんたろーくん、いつの間に来てたんだにゃん? あー、ごめん。
超おじゃま虫だったにゃん……それじゃ……ごゆっくりにゃんーーーー」
そう言いながら、マホミンは部屋から逃げていった。
その瞬間、りんたろーは、かかっていた魔法が解けたかの様に正気に戻った。
「は、浜松さん! これどういうこと? マサハルさんは確かに胡散臭そうだけど、君のことは信用してたんだ。なのに、いきなり色仕掛けなんて……」
りんたろーが大声を上げる。
「え? えー! ちがうの青葉君。マサハルさんが、貴方も私を気にいってくれて、エッチしたがってるって……それなら、私……あなたならいいかなって……マサハルさんに言われてここで待ってたんだけど……」真理も動揺を隠さない。
「もう誰も信用できないよ! 仮に浜松さんがマサハルさんに騙されたんだとしても、そんなに軽々しくエッチしたがる女の子を、僕が気に入る訳ないじゃないか!」
そう言い放って、りんたろーは速足で旅館を後にした。
ちきしょー、どうなってんだよ。人の純情をもて遊びやがって……りんたろーは、どうにもモヤモヤが収まらない。でも、浜松さんの浴衣姿は可愛かったな。ちょっと惜しかったかも……いやいやだめだろ、こんなの。それよりも、みんなになんて報告しよう……。
色仕掛けにあったとは説明出来ないよなー。やっぱり真理ちゃんも信用出来なかったという事だけにしておこう。そう考えながら、りんたろーは家路を急いだ。
◇◇◇
「マサハルのバカー! 完全に嫌われたじゃない! 何で途中の経過を端折って、私まで騙すのよ! 私だって、もっとじっくり愛を育みたかったのにー!」
「いやいや、真理さんだって結構ワクワク・ノリノリだったじゃないですか。
それに、あの状況で女を抱かない男は居ません! 経験豊富な私が断言します。
悪いのは、タイミングを間違えたアホミンで……」
「人のせいにするにゃー! りんたろー君が着いてるなら先にそう言えにゃん!」
こうして三人の言い争いはしばらく続いた。