第16話 捨て身の再会

文字数 3,014文字

 翌朝、りんたろーは姫様と一緒にホテルの朝食会場に向かったが、とても気まずい。
 姫様も、あまりよく眠れなかったのか、目がちょっと腫れぼったいようで、もしかしたら、泣いていたのかもしれない。そう考えるとりんたろーは悔恨の情に囚われるが……。
 いや、もう気持ちは定まったんだ。僕は役割を果たすだけ! 

 食事を終え、コーヒーを飲んでいたら姫様から話しかけてきた。
「あの……りんたろーさん。昨夜はすいませんでした。私、いっつもりんたろーさんに甘えてしまって……あなたのお気持ちまで気が回らなくって……本当にすいませんでした!」
「あ、いえ。僕も言い過ぎました。昨日はうまくいかないことが多すぎて、疲れていたのもあって、ちょっとイライラしてました。
 でも、大丈夫です。今日はしっかり役目をこなします」
「あっ、あの。そういう事では……」
「ですから、僕に任せて下さい。今日はちゃんと作戦考えましたんで!」
「……はい……そうですか……宜しくお願い致します」

 連泊でコンサートに来ているファンも多いのだろう。昨日より、入待ちのファンが多いような気がする。りんたろーとセシルは、昨夜かなり接近出来た同じ場所で、様子を伺っていた。 
 そして、バンドのメンバーを乗せたと思われるバンがほぼ予測通りそこを通りかかったのだが、人が多くて思う様に近づけなかった。
 がっかりしているセシルに、りんたろーが語りかける。
「姫様。安心して下さい。今夜の出待ちには秘策がありますから……とはいっても、結構バクチなんですけどね。今のところは、同じバンで移動しているのが分かっただけでオンの字です」

 そうして二人は、日中、川中島の古戦場を見物したりして過ごし、夜になって最後の出待ちチャンスに臨んだ。

「えっ? りんたろーさん。こんなところでいいのですか?」
「ええ、僕の考えが正しければ……ですが、すいません。朝も言いましたけど、一発勝負のバクチなんで、もしはずれたらごめんなさい。先に謝っておきます」
「いえ、それは全面的にお任せしておりますので構わないのですが……」

 セシルが不安になるのも無理はない。今二人がいるのは、M―Waveから結構離れた橋のたもとで、本当にバンドメンバーがここを通るのかしらと、セシルは思った。
 コンサートの終了時間は、昨日と同じ予定なので、出待ち時間もほぼ同じだろう。それまで夜風を避けながら、民家の壁の脇に立っていた。

「うう、川沿いなのでちょっと風が強いのは誤算でしたね。でも……手順はさっき説明した通りです、姫様」そう言うりんたろーに、セシルが語りかける。
「あの……りんたろーさん。昨夜のことなんですが……あの、私、りんたろーさんに叱られて……」
「ああ、もう気にしないで。ちょっとイラついてただけなんで……恥ずかしいです」
「いえ、そうではなくて……あの後、私。どうしていいかわからなくなって、ブレたんにRINEしたんです。そうしたらカスミさんから、電話がかかってきて……」
「えっ、カス姉から? あんな真夜中に?」
「はい。それでこちらの事情をお話したのですが……。
 カスミさんが言うには、りんたろーさんは、私に異性として好意を持っているけど、勇者様の手前我慢してるんで、あまり刺激してくれるなと……」
「はいー? カス姉がそんなことを……?」りんたろーは、一瞬で頭が真っ白になった。

「あ、あの……私。そんなりんたろーさんのお気持ちなど微塵も考えず……とっても失礼な事をし続けていたので……ごめんなさい!」
「あ、いや、その……まいったな……でも、姫様。僕自身もよくわかんないんだけど、多分、僕は姫様を一人の女性として好きなんだと思う……でも、それは結局、姫様に迷惑かけちゃう訳で……」
「迷惑では……迷惑ではないのですが……好意を持っていただいた事は、本当にうれしいのです。ですがやはり……」
 セシルが今にも泣き出しそうなので、りんたろーは手を姫の両肩にあててこう言った。
「ですから……今まで通りに行きましょう……って、え? あれ、もう車が来た! 予定より早い……姫様、ミッション開始です! さっきの打ち合わせ通りお願いしますね」
 そう言い放って、りんたろーはバンドのメンバーが乗っていると思われるバンの方に向かって走りだし、いきなりバンの前に飛び出した。

 キキーッ! バンが急ブレーキをかけ、ものすごい勢いで停止した。

(ああ、りんたろーさん……なんて無茶な)
 セシルはそう思ったが、せっかくりんたろーが身体を張ったこのチャンスをものにしなくてはいけない。慌てて、バンの方に駆け寄った。

「バッカヤロー! 何考えてんだー。死にたいのか!」そう言いながら、運転手が車から飛び出してきた。

「って言うか大丈夫かよ……死んだか?」
 運転手がバンの前に倒れているりんたろーの様子を探っている。
「あー、すいません。あの……この車、マホガニーの人達のですよね?」
「あんだー? お前出待ちか? 何ふざけた事してんだよ! 迷惑かけないってのは、最低限のルールだろうが!」
 運転手が怒りにキレまくっていて、中から他の人も出てきたようだ。

「姫様! 今です!」りんたろーの掛け声に、セシルは思い切り声を上げた。
「勇者ノボル様―! 私です! セシルですー! 是非、お話を」
 セシルがほとんどバンに張り付きそうな勢いで接近して大声を出していた。

「このストーカーファンが!」
 車から出てきたスタッフが、セシルの襟元を掴んで、歩道の方に思い切り放り投げた。
「あー、姫様!」リンタローがそう言った瞬間、運転手がりんたろーの顔面にグーでパンチを入れ、りんたろーも歩道に吹っ飛んだ。

「警察呼ぶか?」「いや、もういい。構うな。急ごうぜ」
 そう言いながらスタッフたちはバンに戻り、その場を走り去っていった。

 セシルは、軽い脳震盪を起こしたようで、ちょっとの間ぼーっとしていたが、だんだん意識がはっきりしてきた。肘をすりむいてしまったようだが、大したケガではない様だ。
(あっ、りんたろーさん! りんたろーさんは大丈夫?)
 そう思いながら周りを見渡したところ、ちょっと離れた場所に、りんたろーが仰向けになって倒れていた。

「りんたろーさん!」セシルが駆け寄ると……よかった。意識はしっかりしているようだ。

「ははは……作戦大成功! 明日は金沢で午後公演だから、絶対、高速使うと思ったんだ……高速の入り口がこのすぐ先だし、ここ橋だから他にルートないし……で、姫様。首尾は?」
「もう、りんたろーさん。もっとご自分を大事になさって下さい! ですが……ありがとうございました。私、勇者様と……ノボル様と確かに目が合いました!」
「えっ! それで、向こうは?」
「そのまま、何もおっしゃらず、動かず……ですが、絶対私だと分かったはずです!」
「そうですか。せめて会話出来れば確実だったけど……でも、これで勇者は姫がこちらに来ていることが分かったはずです。絶対、なにかアクションしてくるはずだ……。
 今日のところは作戦成功ということでOKですかね」

「もう……りんたろーさん……」
 そう言いながらセシルは、自分のハンカチを、持っていたペットボトルの水で濡らし、りんたろーの鼻血と、右目の周りに浮き上がったアザを拭いていった。

(私は……この人に、どのように報いてあげればいいのかしら……)
 そんな考えがセシルの心をよぎった。
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