第22話 決意のロストバージン?

文字数 3,378文字

 これが初めてではないが、カッとなるとちょっとひどいよな僕。思い切り、姫様をひっぱたいてしまったが、女の子に手を挙げてしまい、やっぱり後悔が半端ない。だが自分が、姫様の身体目当てだったと思われているのかと思うと悔しくて仕方ない。
 姫を浜に置いて来てしまったが、まあ一人で帰って来られるだろう……。
 ぐじぐじ考えながら、家の前に着いたらカス姉が玄関に立っていた。

「姫様とケンカしたんでしょ? 
 もう、電話口で大泣きだったわよ。またやらかしたーって」
「カス姉には関係ないよ……もういいよ、姫様の事は。どうせ明日、勇者とエッチして国に帰っちゃうんだし……」
「ふー。あんたが姫様の事好きなのは知ってるけど……。
 あの子、天然で悪気ないし……もうすぐ帰っちゃうし……最後まで仲良くしようよ」
「だから、もういいって! 所詮報われない恋だし……ケンカ別れ上等!」
「あーあ。相変わらず、そういうところ、頑固だよねー。でも……まっ、いいか。
 それじゃ、りんたろー。あんたと私で、報われる恋してみない?」

 また、そんなことでからかって……と喉まで出かかったが、りんたろーには、昨夜の真理の言葉が、ふっと思い出された。

「あっ……カス姉……ありがとう。それもいいかも……」
「あー、悪い悪い。またからかっちゃった……って、え?」
「うん。大晦日の夜、真理ちゃんから言われたんだ。カス姉が僕を一人の男として見てくれているって。だったら、僕も……カス姉を一人の女性として見てもいいのかなって……」

「りんたろ―……」
「…………なんか照れ臭いね。いまさら」
「うん。私も……でも……よし! そういうことなら、お姉さんがひと肌もふた肌も脱ぐわよ! あんたに姫様忘れさせてあげる。姫様が無事にお国に帰ったら、私とエッチしよ! 大丈夫! あんたは童貞だろうけど……私も処女だから!」
「なんだよ、それ。全然大丈夫そうじゃないし……でも、お願いしようかな……。
 カス姉となら、身体だけでなく、心もちゃんとつながれそうだし」
「おー! 任せとけ!」

 ◇◇◇

 その日の夜、セシルがカスミの家に戻った時、九時を過ぎていた。
 あまりに遅いので、ブレタムが駅と家の間を何回もウロウロしていたところだ。

 かなり泣いたのだろう。せっかくの化粧もぐしゃぐしゃだ。

 カスミは、セシルの肩を抱きながら、家に入れた。
 取り合えずブレタムといっしょにお風呂に入れ、軽食をとらせて落ち着いたところで、カスミはセシルの話を聞いた。

「話は、大体電話で聞いてたけど……。
 なんでまた、このタイミングで、りんたろーにバージンあげようなんて思ったの? 
 あいつ、結構真剣にあなたのことが好きだったのに、明日、他の男のモノになる人からそんな事言われて、からかわれていると思って、カッとなったんだと思うけど」
「……あ……あの、私……りんたろーさんに何もしてあげられなくて……」
「だからー、それで好きな人から、体だけあげるって言われたって、普通、うれしくはないでしょ?」

「……あー……その」セシルが口ごもるのを見て、ブレタムが口を開いた。
「姫様。はっきりおっしゃったらどうなんですか! 私はりんたろー殿が好きだと!」
「えっ?」カスミが目を丸くして驚く。
「すいません姫様。私に分かる様にご説明を……」

「あの、私……りんたろーさんを、一人の殿方として好きなんだと思います。
 それで……明日、勇者様とは契る訳で、あのお方の御心が私を向いて下さらない事もわかっているのですが……ムリを通してこちらに参っておりますので、ちゃんとあの方と向き合ってお話して契る事には、なんらためらいはないのです。
 ただ、せっかく一生一度の初体験は、お慕いしている方に貰っていただきたいと……」
「……うーん。姫の乙女心…………微妙―……」カスミが嘆息した。

「やはり、私の感覚は、人間のカスミさんから見て変でしょうか?」
「まあ……その辺は、人間だとかエルフだとか関係なく、人それぞれかな。
 でも、そっか。姫様は、りんたろーが好きだから、あいつにバージン貰ってほしかったんだ。そうだと知ったら、あいつどんな顔するかな……」

 ブレタムが口を挟む。
「ですから姫様。もう意地を張らず、明日はあのクソ勇者の横っ面をひっぱたいて、帰って来られればよろしい。別に肉体関係まで義理立てする必要など全くありませんよ。
 そして、堂々とりんたろー殿に告白して、契りを交わされればよいではないですか?」

「でも、もうかなりお怒りでしたし……」
「まあまあ、落ち着こうよ。明日の事はともかく、りんたろーは、ちゃんと話せば分かってくれるよ。まあ、姫様のバージンは勇者さんのものになっちゃうけど……。
 ちゃんと仲直りしてから御国に帰れるよ」
 そうは言ったものの、カスミの心中は穏やかではない。すぐにりんたろーに連絡して、今からでも姫様と添い遂げさせてやるのが良いのではないか……でも、自分もさっき、りんたろーと男女の仲になろうと言っちゃったし……。
 結局、カスミはその場では何も動けず、翌朝を迎えた。

「本当にお一人で大丈夫ですか?」ブレタムが心配そうに言う。
「ええ、総武線はバイトでいつも乗ってますし……今日は私の戦いですから」
 そう言ってセシルは、一人、カスミの家から小岩の寿旅館を目指した。

 当然? りんたろーの見送りはない。
 このままセシルを一人で行かせていいのか……カスミはまだ迷っている。
 いっそ、りんたろーに、勇者から姫様を略奪してこいと言ったほうが楽なのでは……とも思う。だが、そんな踏ん切りがつくはずがない。このまま姫様が事を済ませて国に帰ってくれれば、自分は晴れてりんたろーとカップルになれるのだ……。

(あーあ。天下のカスミ様って、こんなに嫌な奴だったっけ……)
 自分で自分を嫌いになりそうで、カスミは頭を抱えた。

 ◇◇◇

「姫様。ようこそ寿旅館へ。勇者様は、ついさっきお着きになり、奥の間でお待ちです」
 そう言いながら、マサハルがセシルを先導する。
「ノボル様……」
 部屋には、座椅子に腰かけてお茶を飲んでいる勇者ノボルの姿があった。

「姫様……お久しぶり。いや、前橋で会ってるか……。
 というか、ほんとに来ちゃうんだ。どんだけ俺にぞっこんなの!」
「……軽口はおやめ下さい。あなたのお考えは、りんたろーさんから大体聞きました。
 私はそれを直接あなたの口から言ってほしいだけです」
「はー。りんたろーくんか……あいつ……いい奴だよね。あんたの為にあんなに身体まで張って……いっそ、あいつとくっついた方があんたも幸せだったろうに。
 まあ、ここに来たって事は、もう覚悟出来てんだろ。
 心配するな。ちゃんと、気持ち良ーくしてやるからさ」

「ええ、そのつもりです。ですから、今ここで、あなたがりんたろーさんにおっしゃった事を、私にもお話下さい!」
 勇者ノボルは、元旦の夜、りんたろーに話した趣旨の事を改めてセシルに伝えた。

「ありがとうございます。これで、私は目的を遂げましたので、大手を振って国に帰ります。私を好きな気持ちが残っていたのはうれしいです。
 ですが、勇者様はとんだヘタレだったと、帰ったら喧伝しますね」
「ああ、好きに言ってくれて構わん。俺、もうあっち行かないし……。
 そんじゃ、一発やろうや」

「……わかりました。それでは私はまず身体を清めたく存じます。
 勇者様も先にお風呂を……」
「なんだ、風呂もいっしょでいいぞ!」
「いえ、せっかく初めての経験ですので、礼儀と格式をもって臨みたいのです」
「はは、殊勝というか、古風というか……まあ、いいや。そんじゃ、あんたは、この部屋の風呂使いな。おれは、他の部屋に行って来るわ。
 なんか今日、この旅館、貸し切りにしてくれてるみたいだしな」
 そう言って勇者は、フロントの方に歩いて行った。

「ふー」大きく深呼吸をして、セシルはフロントに内線をかけた。
 ほどなくマホミンがやってくる。
「姫様、なんか用にゃ? 避妊具いるのにゃ?」
「ああ、マホミンさん。私、お風呂を使いたいの。手伝って下さる?」
「ああーん? 一国の姫様は、臣下がいないとお風呂にも入れないのかにゃん! 
 そんなら、あの犬連れてくればよかったにゃん!」
 そう文句を言いながらも、マホミンは姫様を手伝ってくれた。

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