第3話 転移術式

文字数 3,753文字

「なるほど。お話はなんとなく分かりました。ですが、あちらに行く方法となりますと、多分、誰も考えた事が無いかと……呼べるのですから、行けるのではとも思いますが……実際にはどうすればいいか見当もつきません。
 いっそ、次の魔王が現れた時の勇者様にくっついて行くのもありかもしれません」

「いやいや、ちょっと待て、ミルダ。それだと勇者ノボル様も数十歳以上年を取ってしまうだろ。人間の寿命はエルフと比べてはだめだ」ミルダの発言にブレタムが否定的な見解を述べる。
「ふー、そうですね。それでは姫様。少し調べて考えてみますので、数日お時間をいただけますか? 私より上級の魔導士たちにも、それとなく聞いてみます」

「ありがとうミルダ。あなただけが頼りです。吉報をお待ちしています」
 そう言いながらセシルはミルダの両肩を強く抱き寄せてハグしたところ、「はうー」とミルダが変な声を発した。

 数日後、ミルダから連絡があったので、セシルは、またお茶会に彼女を呼んだ。
「姫様。最初に大事なお話があります」ミルダが重苦しい雰囲気で言葉を発した。

「あちらの世界に行く方法はありました。ですが、この術式は禁忌らしいのです!」
「えっ、ちょっと待って……禁忌って事は、行っちゃだめって事?」
 セシルが大きな声を出す。

「大昔、興味に任せてあっちに行く転移の術式を組み上げた魔導士がいたらしいのですが、成功率が低く何人か犠牲者も出て、魔法院はこの術式を禁忌に指定しました。それ以来、他にニーズもなかった為、この転移術式を研究する人はいなかったそうです」
「そんな……それじゃ……でも、その術式ならあちらに行けるのよね!」

「姫様、いけません! 命に係わる可能性もある様ではないですか! だいたい、禁忌の術式を使用する時点で、カレイド王子との約束以前のお話では?」
 はやるセシルはブレタムに釘を刺され、しょんぼりと落ち込んだ。

 その様子を見ていたミルダが続ける。
「あの……それで、姫様。その禁忌の術式なのですが、もちろん使用は出来ませんが、アーカイブで中身を見る事は私にも許されています。ですから、それを参考に安全な術式を作ることが出来たら……と」
「えっ、ミルダ。あなた、そんなことが出来ますの?」セシルが飛び上がる。

「あー、いや……簡単ではないんですが……この間、姫様にギューってされたら、姫様の思いが私にも乗り移っちゃったというか……あっ、姫様の為に頑張ってあげたいなみたいな……」ミルダがたどたどしく自分の気持ちを訴えた。

「あーん、ミルダ。あなたが頑張って下さるなら、ハグでもチューでも、何回でもして差し上げますわよ!」
 そう言いながらセシルはミルダを思いっきりハグし、そのまま頬にキスをした。
「はうー」ミルダが、驚きともはにかみともつかない奇声をまたあげた。

「あ、ありがとうございます姫様。私、頑張れそうです……とはいえ、そう簡単に組みあがる術式ではないかと思いますし、私も本来の仕事がございますので、こればかりに掛っている訳にも参りません。
 最低でも半年ないし一年くらいお時間をいただけないでしょうか?」
 頬から耳の先まで真っ赤にしながら、ミルダが言った。

「一年! でも、それしかないのですよね……」セシルはちょっとがっかりしたようだ。
「ですが姫様。姫様もただ向こうへ行けばいいという事でもないでしょう? 
 あちらでの生活やら言葉やらも準備をしないと……そう考えるとちょうど良い準備期間なのではありませんか?」ブレタムにそう言われ、セシルも思い直したようだった。

 ブレタムにしてみれば、その間に姫の熱が冷めるかもしれないと、密かに期待しているところではある。それに、仮に安全な術式が出来たとしても、魔法院がそう簡単に姫様で人体実験をするはずがない。姫様には申し訳ないが、それが姫様にとって良い事だろうと、その時ブレタムは内心そう思っていた。

 ◇◇◇

 それからセシルは、異世界転移の準備を始めた。

 勇者ノボルがこっちの世界に召喚された際、当然言葉は通じなかったが、最初に通訳となった人間の次元漂流者がいて、王都に住んでいることが分かった。それを講師として採用したのだが、その費用はもともと自分用の外国語学習の予算から出しているからと、拡大解釈して王子に納得させた。

 その次元漂流者は、よし子という初老の女性で十歳位の時、家の近くの神社で遊んでいて、階段から転げ落ちた拍子に、こちらの世界に紛れ込んでしまったらしい。

「私たちの世界では、そういうのを神隠しと言うんですよ」
 よし子がそう説明してくれた。
 セシルとブレタムは、よし子から、日本語だけではなく、そうした社会の慣習や人々の様子も出来るだけ教えてもらう様、心掛けた。
 そしてたまに、ミルダが報告の為、お茶会に出席し、その度にセシルは、ミルダにハグとチューを充電した。

 やがて十か月余りたったある日、ミルダから術式完成の待望の知らせが届いた。

「へへ、姫様……私、頑張りました……もう姫様は私の夜の……いや、心の支えと言っても過言ではありません。あとは、この術式を魔法院が承認すれば、晴れてあちらの世界に行けますね!」そういうミルダの目はくぼんで、クマがはっきり浮き出ている。
 よほど根を詰めて最終作業に取り組んでいたに違いない。

「ありがと! ミルダ」
 うれしくなってセシルは、思い切りミルダに抱き着いて頬ずりした。

「はうーーー……姫様。この術式は、魔法陣とこのペンダントのセットで機能します。魔法陣には、勇者ノボル様の世界の次元座標がセットされていて、術式が発動すると魔法陣の上にいるものがその座標に転移します。そして、帰りたくなったらこのペンダントを、パキンと二つに折って下さい。そうすると魔法陣側からそのペンダントが折れた座標にいるものを召喚する術式が発動します」ミルダがドヤ顔で機能を説明する。

「まあ、それじゃ、あちらとこちらで行き来し放題ですのね」
 セシルが嬉しそうに飛び跳ねた。
「あっ、いや……姫様。すいません。この往復は一人一回限りでして……」
 ミルダがすまなそうに言う。

「これ、最初の往復時に、空間次元座標だけでなく時間次元座標も魔法陣に記憶するんですが、その時、転移者の遺伝子情報も紐づけて記録するんです。それを二回分以上保持できなくて、二度目に使うと、体が最初に使った時間軸に戻っちゃうというか……多分その時点で、タイムパラドックスが発生して、肉体が消滅します。
 それと、転送先なんですが、勇者ノボルがこちらが最初に召喚された時、彼がいた座標になりますんで、必ずしもそのすぐ近くに勇者ノボルがいる保証はありません」

「なんだ。まったく安全というわけではないのだね。大丈夫なのかい?」
 ブレタムが不審そうに言った。
「何言ってるのですかブレたん。上出来です。一往復出来れば目的は果たせます。
 ミルダ、一日も早く、魔法院の承認を取り付けて下さい! それでは、私はこのことをお兄様とお父様に報告して参ります」
 そう言ってセシルは、ブレタムを従えてその場を立ち去った。

「ああ……姫様に頬ずりされちゃった……」
 あとには、眼をトローンとさせ、地べたに座り込んでいるミルダが残された。

 ◇◇◇

「なんですって! 許可が下りない?」
 こういう時のセシルの声は結構キンキン耳に響くが、ブレタムは落ち着て状況を説明する。

「はい。やはり二回目の危険性への対策が不十分ということで……そこを改善できないかは、ミルダに依頼済みです。それと、あちらに行っても勇者様に会える保証がないのに、姫様を行かせるわけにはいかないとも、魔法院は主張しています」
「ちょっと。術式の使用承認の話と、私の転移の話が混同していません事? 
 まあいいわ。私が、御父上から魔法院に指示してもらうようお願いします」

 そうしてセシルは国王の執務室に行ったが、そこにカレイド王子もいた。

「はは、なんかおっかない顔だね、セシルちゃん。でも、魔法院に御父上から指示を出させたりは出来ないよ。いくら国王でも術式の承認業務にまで口出しは出来ないさ」
「よく状況を分かっておられる様ですね……どうやら、兄上様が裏で糸を引いているという事でよろしいのでしょうか?」
「いきなりご挨拶だな。証拠でもあるのかい? 術式に瑕疵(かし)があるのは本当なんだろ? そしたら仕方ないよ。でも、魔法院のキュレーターも言ってたけど、あの瑕疵を修正するのは、原理的に無理なんじゃないかって……だとしたら、早めにあきらめて、本来の王室業務を手伝ってくれた方が、私も父上も助かるんだけどなー」
 本当に細かい点までよく知ってるわね。状況証拠では黒幕はお兄様で確定だけど……。

「くっ、出直してきます!」そう言ってセシルは、国王の部屋を後にした。

 自室に戻ってから、セシルはベッドの上でゴロゴロしていた。
(せっかく、術式が出来たのに……時が達つと、私は変わらなくても勇者様のお気持は移ろいで仕舞うかもしれない。それでなくてもエルフと人間では時間の感じ方が違い過ぎる……)

 しばらく悶々としていたセシルが、がばっと跳ね起きた。

(よし! ミルダに会いに行こう)
 そう思って、セシルは自室を後にした。


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