第2話

文字数 785文字

 話は一か月前にさかのぼる。
 久々の主演舞台で興奮気味の南小路。演目は彼の得意とするシェークスピアの『マクベス』であった。還暦を迎えたベテラン俳優である彼にとって、是非とも成功させなければならない大事な舞台である。仮に、しくじったりすれば、もう二度とこんな大役は回ってこないだろうことは容易に想像できた。

 大御所とは大変である。なまじベテランゆえにギャラが高く、舞台や映画のオファーはなかなか来ない。今更ギャラや番手を下げる訳にも行かず、ここ数年は、時たま来るギャラの安い友情出演を年に数回こなすだけで、後のスケジュールは、ほぼ真っ白といってよかった。
 それでも家族を養っていかなければならない。彼の妻は宝塚出身の元女優。プライドが高く、ロクに仕事もしないくせに贅沢三昧の日々を送っていた。
 金食い虫である二人の息子たちも売れないミュージシャンと役者の卵で、いずれも才能が無く、南小路のコネでようやく仕事にありつけている有様だ。それだけでなく、プール付きの豪邸も維持しなければならない。
 なのに収入は減る一方で、現状ではとても賄いきれる額ではなかった。

 気が付けば自然と借金が膨らんでいった。六十を過ぎ、昔ほど体の自由が利かなくなっていた南小路は、かつての栄光にすがりながら生きていくしかなかいのである。

 マネージャーの北柳(きたやなぎ)はある提案を出した。それはバラエティ番組への出演だった。それまでバラエティなんて経験のない南小路にとって、それは未知なる領域であり、不安で胸が一杯だった。
 だが、北柳の話によれば、番宣としての効果は絶大らしく、ギャラは期待できないものの、一回出ればチケットの売り上げが一桁は違うらしい。失敗の許されない今回の舞台は、背水の陣で取り組まねばならないことを南小路は充分に心得ていた。
 だが、それでも二の足を踏まずにはいられなかった……。
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