第4話

文字数 1,141文字

 マネージャーの北柳は、またも番宣の話を持ってきた。
 が、南小路としては了解するつもりなど毛頭ない。
「いくら宣伝のためとはいえ、あんな惨めな思いは二度と御免だ。これでも俺は大御所と呼ばれているんだぞ。どうしてあんな若造どもに笑われなくちゃならないんだ」
 だが、彼自身も、今の人気がいつまで続かないことは承知していた。当然、北柳も同様で、映画をヒットさせるには、これしかありませんと土下座までした。
 そこで南小路は、これが最後だと念を押して、番組出演を渋々承諾した。

 今回は以前とは違ってグルメ番組だった。視聴率が高いと聞いていたが、もちろん見たことはない。
 二種類の料理が運ばれてきて、二人のタレントが各々の担当する料理やコックを持ち上げる、どうでもいいような番組であった。
 タレントのプレゼンが終わり、食べたい方の札を挙げるルールとなっている。
 ところが南小路はどちらの札も挙げようとはしなかったのだ。
「どっちも興味ない。食べたくなったら自分で店に行く」
 何気なく放った一言に大爆笑が起きた。それは彼を小馬鹿にするような笑い声だったが不思議と嫌な気はしなかった。それどころか言葉を発するたびに笑いが起きると、快感を憶えるようになった。

 楽屋へと戻った南小路。北柳は嬉々として飛びついてきた。
「大好評ですよ。これから映画の宣伝としてではなく、本格的にバラエティに進出しませんか? ブレイク間違いなしですよ!」
「勘弁してくれ。最初から言っていた通り、もうバラエティに出る気はない」
「そうですか? 勿体ないですけどね」
 そう言ったものの、まんざらでもない気持ちが膨らみ続ける南小路であった。

 それからいくつかの番組を番宣のためにハシゴし、楽しいながらも慣れない仕事に辟易する毎日が続いた。
 グルメ番組放送翌日には、北柳の予想通り、他のテレビ番組からのオファーが再び立て続けに舞い込んできた。この調子であれば宣伝効果はマクベスの時以上に期待して良い。北柳はスポンサーから労いの言葉をもらい受けると、ヒットを確信した。

 しかし現実はそう上手くはいかなかった。映画がコケてしまったのだ。
 主演ではない南小路は表立って批判を受けなかったものの、影では彼の責任だと噂されるのを知らない訳ではなかった。バラエティタレントとして売り込むために映画を利用したのだと。
 冗談じゃない。宣伝だと思っていたからこそ、ギャラが出ないにもかかわらず出演したのに。まあ、面白くなかったかと言えば嘘になるが。

 しかし今後のスケジュールは相変わらず埋まらない。名優と呼ばれ、スターと持てはやされた過去の栄光も、数あるトロフィーを眺めるだけで何の足しにもならない。
 今日も請求書の束を前に溜息が止まらない南小路であった。

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