第1話

文字数 1,161文字

「今夜のゲストは大物舞台俳優の、ご存知、南小路大五郎(みなみこうじ、だいごろう)さんです!」
 緊張で足が震える。これなら舞台の方がよっぽどマシだ。どうしてこんな真似をしなくてはならないのだと南小路大五郎は後悔せずにはいられなかった。
 万雷の拍手で迎い入れられた彼は、戸惑いながら『マクベス』のポスターの横に置かれた、やたらとゴージャスな椅子へ腰を下ろした。
 バラエティなど初めての経験であり、これまで一度も見たことすら無かった南小路にとって、疎外感は半端ではなく、自分が浮いているのを感じずにはいられなかった。
 彼は特別ゲストとして招かれており、適当にコメントを言うだけでいいとディレクターから指示されていた。
 だが、そんな余裕などあるはずもなく、緊張の面持ちで縮こまるしかなった。

 目の前のステージでは、タレントたちがくだらない漫才やコントを披露している。どこが面白いのかさっぱり判らず、それでも愛想笑いを続けていると、司会者のコガネムシ宮田という男が急に感想を求めてきた。
「南小路さん。今のネタ、いかがやったですか?」
 いかがも何もつまらなかったと正直にしゃべる訳にも行かない。適当に「久しぶりに笑った」と方便を述べたが、宮田はさらに口を重ねる。
「そう言うてる割には、全然笑うてなかったやないですか」
「そんな事は無い。腹を抱えていたよ」
 そこでステージの前に置いてあるモニターに南小路の顔が映った。そこにはネタ中の彼の表情がスローモーションで何度も繰り返しながら映し出されていた。
「ほら、やっぱり笑ろてませんでしたよ。むしろ怒っとるがな」
 確かにモニターの中の南小路はムスッと顔をしかめており、とてもウケている様子では無かった。気をつけてはいたが、慣れない雰囲気のために油断して、つい本音が出た瞬間をカメラが見逃さなかったのだろう。
「すまない。今の芸があまりにひどかったので」
 正直に話しただけだったが、会場は大爆笑に包まれた。
「やっぱりウケませんでしたか。大丈夫やで、自分もコイツらはスベったと思うとりますから」
 どっと会場が湧いた。先ほど演じた段田フミヒロという芸人が、勘弁してください、と前に出る。むしろそのやり取りの方がさっきの芸よりもおかしく思えた。

 その後もつまらない漫才が続き、怒りを隠さずにいると、コガネムシ宮田は、それを鋭く指摘しては客席からの笑いを誘っていた。南小路は申し訳ないやら、恥ずかしいやらで、一刻も早く退場しいという思いだった。

 二時間ほどで収録がようやく終わると、南小路はうなだれながら楽屋に戻る。
 せっかくあんなに一生懸命、芸を演じていたというのに、自分のせいで台無しにしてしまった。これで彼らの仕事がなくなりでもしたら自分が責任を取らねばならないと、覚悟を決める南小路であった……。
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