水沢江刺

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水沢江刺
 水沢江刺は16時24分に到着、停車時間は1分だ。今回の新幹線の移動で最も楽しみにしていたのがこの駅である。発車メロディーに大瀧詠一の『君は天然色』が10月1日から使われるようになったヵらだ。
 『岩手日報』は2020年9月10日更新「大滝サウンド 来月〝発車〟 水沢江刺駅で『君は天然色』導入」において次のように伝えている。

 奥州市江刺出身の音楽家大滝詠一さん(1948~2013年)の代表曲「君は天然色」が、10月1日から東北新幹線水沢江刺駅の発車メロディーに導入されることが決まった。下りは曲の「Aメロ」部分、上りはサビ部分に設定。15~20秒程度にアレンジし、利用客に爽やかな曲を届ける。
 導入に向け、市と地元有志らでつくる実行委は6月、JR盛岡支社に要望書を提出。同支社は9月4日付で了承した。9日の定例記者会見で発表した小沢昌記市長は「駅利用者や市の知名度アップの起爆剤にしたい」と強調した。

 大瀧詠一が2013年12月30日に急死したため、翌1月5日に次のような『大瀧詠一、あるいは近代日本社会における音楽史』を書いてそのショックを癒そうとした記憶がある。

 けれども、大瀧詠一の最高傑作は金沢明子の『イエロー・サブマリン音頭』だろう。そこには彼の音楽史における意義が凝縮されている。それは近代日本社会における音楽の諸課題を録音媒体による回答を示しているからだ。
 『イエロー・サブマリン音頭』はビートルズが1966年に発表した『イエロー・サブマリン』を日本語でカバーし、大胆なアレンジで仕上げた曲である。大瀧詠一がプロデューサーを担当、1982年にシングル発売されている。なお、日本語訳詞は松本隆、編曲が萩原哲晶である。
 近代を迎え、日本社会が西洋音楽と接触した時、さまざまな課題が表面化する。いかに西洋音楽を消化するか、西洋音楽の旋律に日本語をどのようにあわせたらいいかなどがその代表である。こうした課題は新たな西洋音楽が流入してくる際に、その都度復活し、表現者が取り組んでいる。このような過程を経て日本の人々の耳は西洋音楽化していく。大瀧詠一がメンバーだったはっぴいえんどの「日本語のロック」もこうした近代音楽史に位置付けられる。
 近代音楽は芸能も変える。音頭もその一つである。神社の祭礼や寺院の儀礼、年中行事などの従来の祭は共同体の生活文化と結びついている。民俗的芸能の伝承音頭は地域によって行われる。しかし、明治後期から昭和初期にかけて、東京音頭を始め歌謡音頭がそうした従前の音頭を駆逐する。近代化の進展によって都市化を代表に共同体が変容し、新たな祭が必要となったからだ。
 この歌謡音頭はほぼシラビックで占められている。それは、一つの音節に一つの音が対応する歌唱で、近代化された耳には自然に感じられる。なお、伝統音楽には、シラビックの他に、メリスマがある。それは一つの音節に複数の音が与えられる歌唱で、義太夫節がその一例である。
 新しい祭が生まれる時に、人々に共同体を意識させるため、音頭が出現する。それは東京五輪のような現実界のみならず、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』を始めとするテレビ番組や映画、アニメといった想像界においても同様である。
 大瀧詠一は「分母分子論」や「ポップス普動説」を唱えるなど理論志向の表現者として知られる。分母分子論は、どんなジャンルであれ、明治以降、分母に西洋音楽があり、日本はあくまでも分子だと歴史的な配置を示した論考である。その彼は近代日本社会における音頭の機能を承知している。彼にとってのイーハトーブであるナイアガラの音頭を創作したことからも明らかだろう。ところが、『イエロー・サブマリン音頭』は具体的な祭を背景にしておらず、しかもビートルズのカバーである。
 けれども、そこに意義がある。フィル・スペクターの革命を芸術的に引き継いだのが後期ビートルズである。ビートルズの転倒はフィル・スペクターのそれをも意味する。大瀧詠一はビーチ・ボーイズとビートルズを通じてフィル・スペクターに挑んだというわけだ。
 ビートルズは60年代以降の音楽だけでなく、社会に多大な影響を与えている。日本語の歌詞で音頭によって編曲されたビートルズは、それが日本社会に内面化されていることを意味する。しかも、音頭であるから、ビートルズがもたらした潜在的な共同体を顕在化させる。『イエロー・サブマリン音頭』は近代日本社会における音楽の歴史をコンパクトに遡行し、その諸課題の多くをとりこんだ作品である。
 耳の歴史性に意識的であるのだから、他のアーティストに提供する楽曲が忘れ得ぬものになっても不思議ではない。大衆迎合的ではなく、彼の個性によって小林旭や森進一、松田聖子、太田裕美などもヒットしている。

 …(お~も)い出~は~ モ~ノクローム~ 色を点けてくれ~ もう一度(い~ちど)~ そ~ばに来て はなやいでうるわしのの Color Girl♪

眠るような顔のそばに花を置きながら、 ぼくの言葉と君の旋律は、こうして毛細血管でつながってると思いました。 だから片方が肉体を失えば、残された方は心臓を素手でもぎ取られた気がします。
午後4:54 · 2014年1月4日·Twitter Web Client

北へ還る十二月の旅人よ。ぼくらが灰になって消滅しても、残した作品たちは永遠に不死だね。 なぜ謎のように「十二月」という単語が詩の中にでてくるのか、やっとわかったよ。 苦く美しい青春をありがとう。
午後4:59 · 2014年1月4日·Twitter Web Client
(松本隆@takashi_mtmt)

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