一ノ関

文字数 2,310文字

一ノ関
 一ノ関には16時10分に到着、停車時間は4分と少々長い。この駅での楽しみは発射メロディーだ。NSPの『夕暮れ時はさびしそう』が使われている。だから、早く発車時刻になって欲しい。
 これを知ったのは、泉賢司記者による『朝日新聞』2019年2月27日3時00分更新「発車メロディーに『N.S.P』 一ノ関駅新幹線」という次の記事を読んだからである。

 東北新幹線が一ノ関駅(岩手県一関市)を発車する際、一関高専出身のフォークグループ「N.S.P」のヒット曲「夕暮れ時はさびしそう」が流れることになった。26日発表された。3月20日の始発列車から上下線のホームで流れる。
 市と同駅によると、東北新幹線の県内7駅で独自の発車メロディーは初めてといい、東北新幹線の駅では5カ所目という。発車アナウンスの後、編曲されたメロディーが約30秒流れる。3月1日から市の公式Facebookで視聴できる。
 勝部修市長が東京出張の乗り換え時に仙台駅で流れる「青葉城恋唄」を聞きながら「一ノ関駅でも」と思い立ち、昨年秋から市とJR東日本などが協議。メンバーの平賀和人さん(65)の協力を得て実現したという。

 NSPは、一関工業高等専門学校の同級生三人が在学中の1972年に結成したフォーク・グループである。このNSPは「ニュー・サディスティック・ピンク(New Sadistic Pink)」の略称だったが、後にそれにとらわれず、自立して用いられている。メンバーは、一関市出身の天野滋(G&V)、宮古市出身の 中村貴之(G&V)、花巻市出身の平賀和人(B&V)である。この左利きのベーシストの「平賀」という姓は藤井と並んで花巻に多いとされる。残念ながら、リーダーの大野は2005年に52歳で亡くなっている。
 今はYouTubeなどSNSからブレークするミュー寺社もいるが、このバンドはラジオかが出発点である。彼らのデモテープがNHK盛岡放送局の『FMリクエストアワー』で放送され、11週間連続1位を達成する。
 70年代は、後半に至るまで、NHK盛岡放送局だけでなく、岩手放送の中波もローカル番組で県内のフォークの曲をしばしば紹介している。テレビは家庭に一台で、家族で見る。けれども、成長すれば、自分だけの世界が欲しくなる。そうしてラジオを聴き始める。そこでテレビで見る歌謡曲と違うフォークやロックと出会う。
 高専在学中の73年に第5回ヤマハポピュラーソングコンテストにおいて『あせ』でニッポン放送賞を受賞、同年6月に『さようなら』でデビューしている。翌年、高専卒業を機に上京『夕暮れ時はさびしそう』がオリコン11位を記録、彼らの代表曲となる。同年のアルバム『NSP III ひとやすみ』がオリコン4位、76年には『赤い糸の伝説』がチャート3位とヒットし、叙情派フォークを代表するグループと認知される。
 元漫才師の島田紳助はフォークの大ファンで、中でも『夕暮れ時はさびしそう』を自分でもギターで演奏したとテレビ番組で坂崎幸之助に語っている。島田紳助は、その際、「こんな河原の夕暮れ時に 呼び出したしてごめんごめん」と歌詞の一節を口ずさんでいる。タイトルは忘れたが、深夜番組だったと記憶している。NSPは歌詞が平易で直截的、凝った表現がなく、楽曲も市プル、難しさはない。主人公は傷つきやすく、内気、くよくよと思い悩み、素朴、地方出身者と思われる男女である。これらはNSPに限らず、マイペースやシグナルなど叙情派フォーク全般にみられる傾向である。同時期に流行し始めたニューミュージックが演概して奏技術や歌唱力の要求される曲だったこととは対照的である。その意味で叙情派フォークは親しみやすい。
 70年代は石油ショックによる不況の時代である。公害や過疎過密など高度経済成長による様々な歪みも依然として続いている。そんな不安に覆われた社会ではオカルト・ブームが起こる。学生運動の衰退もあり、若者の関心も内向、音楽も反戦ソングのような社会派的メッセージ性はなく、日常に目を向けたラブソングが主流になる。叙情派フォークはそういった時代的・社会的背景の下で主に若者に受容される。
 ただ、ニューミュージックが60年代のフォークとの決別を強調しているのに対し、叙情派はその上書きを志向している。一例を挙げると、前者がステージで黙々と演奏・歌唱するが、後者は曲の合間に話術で観客席の笑いを誘う。NSPもそういうステージ・パフォーマンスを行っている。また、ニューミュージックはドラムの出番があるが、叙情派フォークにそれが乏しい。ニューミュージックと叙情派フォークはドラムからその違いをとらえることができる。ただし、フォークのドラミングもあくまでハイハットを使うロック系で、ジャズ系のようにライドシンバルでリズムを刻むことはあまりない。
 80年代にはいると、叙情派フォークの人気は衰える。日本は不況を脱した、高度消費社会を迎える。若者はもはや貧しくなく、消費文化をけん引する。都市の新中産階級を扱うニューミュージックはこの時代の変化にマッチし、オフコースや松任谷由実など人気はさらに拡大する。叙情派フォークはそのニューミュージックに合流したとみるべきだろう。それは村下孝蔵がよく物語っている。彼は叙情派フォークのテーストを持ちながらも、ニューミュージックによって洗練化・再構成した曲でヒットしている。
 NSPは80年代も活動していたが、70年代のようにはうまくいっていない。しかし、今、『夕暮れ時はさびしそう』は時代ではなく、土地との結びつきによってよみがえっている。
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