福島

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福島
 福島には15時12分着である。ただ、停車時間が5分ある。トイレに行っていたので、詳しくはわからないが、なんとなく人の風景が違うから、二、三組ほどの乗降があったように思える。
 最近はどこに行っても、トイレのエアタオルが使用できなくなっている。新幹線も同様だ。用を足した後、トイレ内ではなく、洗面所に移って石鹸で手を洗い、グレーの行使柄のタオルハンカチで拭く。トイレにも洗面所にもデッキにも誰もいない。
 とこりで、1889年における新橋神戸間の所要時間が20時間5分である。1921年になっても、東京=神戸間が特急列車で11時間50分だ。途中乗車・下車があっても、長時間にわたって顔を合わせているのだから、話しかけない方が気まずい。そもそも連れがいればともかく、一人旅は飽きてくる。実際、広田先生も、三四郎と話す前、飽きて、退屈している。
 欧州の公共空間で議論は理性的になされていたことだろう。しかし、日本において見知らぬ者同士が会話をする際、どちらかと言うと、知ではなく、情の傾向が強い。話題が政治や経済に及んだとしても、理知的ではなく、直観的に自説を語る。それは無責任な放言だったり、自身の事情に基づいたりするなど大局的ではなく、局所的であるが、しばしば世論の大便である。市井の人々の認知行動は概して機会主義的だったり、限定合理性だったりしており、その集積が世論として示されるからだ。従って、世論を分析する際、調査はすべからくそうであるが、結果ではなく、その内容が重要になる。
 車中談義の記録の中で最も引用されているのが1932年に発表された橘孝三郎の『日本愛国革新本義』の「車中で純朴その物な村の年寄りの一団」の一節である。
 それは次のような時局談義だ。

「どうせなついでに早く日米戦争でもおっぱじまればいいのに」
「ほんとうにさうさ。さうすりあ一景気くるかもしらんからな、所でどうだいこんな有様で勝てると思うかよ。何しろアメリカは大きいぞ」
「いやそりゃどうかわからん。しかし日本の軍隊はなんちゅうても強いからのう」
「そりゃ世界一に決まつてる。しかし、兵隊は世界一強いにしても、第一軍資金がつヾくまい」
「うむ…」
「千本桜でなくとも、とかく戦というものは腹がへつてはかなはないぞ」
「うむ、そりゃそうだ。だが、どうせまけたつて構つだものぢやねえ、一戦争のるかそるかやつゝけることだ。勝てば勿論こっちのものだ、思う存分金をひつたくる、まけたつてアメリカならそんなにひどいこともやるまい、かへつてアメリカの属国になりや楽になるかも知れんぞ」

 5・15事件にも関係した橘孝三郎はこの会話を耳にして、情けなさや憤りを覚えている。彼らは日米が開戦したものの、物量の差により日本が負けてアメリカに占領され属国になることを期待しているようにさえ思える。しかし、その後の歴史は1932年の自局談義のシナリオの通りになっていく。むろん、彼らがこの予想の実現の際にそれをどのように身をもって感じたかはわからない。
 無責任な放言が責任ある意見よりも的を射ていると短絡的に思うべきではない。日露戦争の勝利の後、日本の世論が反省的思考、すなわち自己を批判的に認識することが希薄になったのに対して、広田先生は三四郎に「滅びるね」と告げている。日露戦争の勝利から40年後、大日本主義の日本は「滅びる」。ところが、そうした経験を経て広田先生の予言からほぼ100年後の2010年代に世論はまたしても無批判的日本賛美に陥ってしまう。「『日本より頭の中のほうが広いでしょう』と言った。『とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ』」。
 車中談義は、無責任な放言が許容されるため、人々の本音が語られることは確かである。丸山眞男は、1948年、『車中の時局談議』というエッセイを発表している。これは、信越本線に乗った際に耳にした地元の三人の男たちによる政治談議についての考察である。彼らは片山哲内閣の社会党に対する幻滅を語りつつ、当時の芦田均内閣ではなく、野党の民主自由党への期待を口々に言う。
 民主自由党は、社会党との連立政権に反発して離党した元民主党議員が日本自由党に合流して結成された政党である。総裁は吉田茂で、民自党と呼ばれている。同党は1950年に自由党へ改称する。
 丸山は、大衆の革新政党に対する失望と保守政党への希望を嘆きながらも、次のように述べている。「車中や床屋や湯屋できかれる大衆の論議は、それがくつろいだ、いわば無責任な環境での放言であるために、かえつて…彼等の心底を暗々裡に規定する価値規準を正直に露呈する場合が多い。こうした形態での『民の声』を過小評価することはその意味できわめて危険なのである」。「民の声」によってその後の自民党政権が支持されていく。丸山の提言が進歩派や革新勢力を十分に生かしたとは言い難い。
 おそらく今日においても丸山のこの短いエッセイの次の一節は、その目線の位置も含め、依然として進歩派・リベラル派の課題だろう。信頼とお互い様の関係、すなわち社会関係資本が社会の共通基盤で、自由民主主義はそうした絆に基づいていると同時に、強化する。この認知を大衆と共有する必要がある。それには営業がどうやって信頼を獲得しているかを考えてみればよい。

 今日なお広汎な大衆の間に、上の様な認識と価値判断(ザインの認識とゾルレンの判断)といわば鋏状差(シェーレ)が見られるということは、終戦後あれほど活発に啓蒙運動が行われたにも拘らず、進歩的陣営の思想のせいぜい結論だけが受取られて、そこに到達する論理過程が一向大衆の肉体化していない事を物語っている。そうして、一定のデータから正しい意味を汲みとる思想的訓練が普遍化していない限り、いいかえれば大衆の価値判断を一定の方向に流し込む鋳型の様なものを進歩的思想がつき崩して行くことに成功しない限り、急進陣営によって試みられる一切の現実暴露戦術はかえって全く逆の効果を生む恐れなしとしないのである。…今日なにより必要なことは、前に言ったザインの認識とゾルレンの判断との間の鋏状差(シェーレ)をうずめて行く具体的な論理過程を大衆が身につけることである。事は決して浮動的小市民だけの問題ではない。はっきりした目的意識を以てザインとゾルレンを結びつけている様に見える組織大衆乃至は進歩的インテリゲンチャでも、その結びつきの道程が隅から隅まで踏み固められていないと、いつなんどき自分の意識下の、平素自覚しない広大な世界を支配する生活感情によって復讐されないとも限らない。ちょうど、異常なショックを受けたときに、とっくの昔に忘れたと思っていた方言が飛び出すように、危機的な瞬間において人間を捉えるものは、いつもこうした「無意識の論理」だからである。

 そう言えば、三四郎が眠っている乗客の新聞を無断で手に取り読むというシーンがある。最近はどうかわからないが、ちょっと前には途上国の車中でおなじみの光景である。インド辺りでは、読み終えて膝の上に置いた新聞を勝手にとって読む客も珍しくない。もちろん、そうされても誰も怒らない。読み終えたら、持ち主に返却するからだ。ただ、このようにしてたった一日のベストセラーを通じてニュースが共有されて国民意識が形成されているかどうかはわからない。

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