カイル-1

文字数 2,167文字

 儚げな美貌に白金の髪がかかり、顔の右半分を隠す。夜の入口のように美しい瑠璃色の瞳に感情の色はなく、物静かというよりは寡黙が似合い、人と交わらず、常に遠くを見ているような眼差しは物憂げ。

 何を考えているかわからないミステリアスな印象から、四兄弟を目の保養とする女官たちの間では、長兄のライルに次ぐ人気を誇るものの、カイルの姿を実際に目にした者は宰相仕えの侍女くらいだと噂されるほど、城内に姿を見せない。

 実の兄二人にも、甘えたい盛りの弟とも馴染まず、孤高を保つカイルは一人、城の地下に置かれた牢獄に、安寧を見い出すような変わり者だった。


  カイルについて


 カイルの右目から頬にかけては、生まれつき、龍種のような鱗がびっしりと生えている。宵のような瑠璃色をした左の瞳と違い、右は柘榴石のような色の瞳で、末弟を何度泣かせたか知れない。白金の髪で顔の右半分を隠しているものの、兄弟の重大な秘密でもある龍種の痕跡の暴露を恐れて、カイルは自ら人と交わろうとはしない。

 知的な美貌の長兄、野性味がありつつ甘い表情もできる次兄、少年ながら完成度の高い美しさを備えた末弟と比べれば、カイルは余りにも不完全だった。

 繭から生まれ落ちて程なく、四兄弟は父の遺志を継いで実母を守るために、神秘の森に囲まれた王城を訪ねた。突然の邂逅に母は驚きつつも歓迎し、カイルの醜い顔すら、愛しそうに撫でてくれたものだ。

 四兄弟を平等に愛した母は、もういない。

 兄弟の秘密でもある醜悪な顔が露見してはいけないと、カイルはますます人目を避け、地下牢や倉庫といった無人の場所を選んでは、そこで一日を過ごすようにしている。

 カイルが安心して心を許せる相手は、弟として気に掛けてくれる次兄を除けば、地下牢や倉庫のような湿っぽい場所を好んで生息する、鼠型の魔獣くらいだ。黒に近い濃茶の毛皮は指に刺さるほど固く、瞳は真紅、大人の両手で掬い上げるほどの大きさをしている。比較的おとなしい魔獣だが、凄まじい食欲で備蓄を食い荒らすが故に、害獣指定をされて久しい。

 ちぃ、ちぃ、と甲高く鳴く鼠型魔獣とカイルとは、初見から意思疎通が取れた。彼らはカイルの体を肩まで駆け上って戯れ、時に穢れ知らずの白金の髪を寝床に、カイルが地下を離れるまで眠る。

 鼠はカイルを、天敵を寄せ付けない安息地として受け入れた。カイルもまた鼠のことを、害意のない隣人として受け入れた。

「魔獣使……?」

 そんな日々がしばらく続いた頃、カイルの居室を訪れた次兄から、軍部の新設部隊に入らないかと問われて、彼はザイルの温和な顔を見上げる。

「森の民が主に有する能力だが、各地でも微量ながら魔力のある人間に間々ある力だ、有効利用するべきだと進言したら、上官が取り入れてくれた」

 部隊の新設と、その隊長就任は自分の手柄であるのに、次兄は自らの功績よりも、人を遠ざけて隠れるカイルにも適切な居場所があると示せたことのほうが、どうやら大事なようだった。

「……でも……」

 カイルはそっと、顔にかかる髪を掻き上げ、四兄弟の出自を示す、鱗と柘榴石の瞳を露わにすると、

「ライル(にい)に迷惑を掛けるわけには……」

 深く俯く。

 かつて、優しい母がそうしたように、ザイルの武骨な指がそっと鱗を撫でるから、髪を戻したカイルは瑠璃色の瞳を怖ず怖ずと上げた。

「一つ、違えないで欲しいのは、兄上はお前の存在を迷惑などと思っていない、もちろん俺もだ」

 温和に煌めく翡翠の瞳に嘘はなかった。長兄のアイスブルーの瞳がカイルを疎んじたことも、一切ない。

 カイルが卑屈なのは、ヒトに完全に擬態した兄弟とそうでない自分の差を、勝手に比べてしまっているからであり、龍種の痕跡を留める己の顔を醜悪だと、勝手に思い込んでいるからなのだ。

 ザイルの言葉に、けれど、カイルは俯いたまま、

「だけど、母上は……」

 失ったばかりの慈愛を口にして、それ以上の言葉を飲み込む。

「──母上のことは、お前にも、アイルにも、一切の責はない」

 次兄の言葉も僅かに打ち沈んでいた。自らを咎める色を漂わせる口調に、カイルはそっと顔を上げ、割り切れない感情に翡翠の瞳を揺らす次兄を見て、唇を噛む。

「本当に、誰のせいでもないのだ」

 そんなカイルを自責させてしまったと思ったのか、次兄がとても悲しげな顔で弟の瑠璃色を覗き込んで、

「こればかりは、俺もまだ上手く説明が出来ない、少し時間をくれ」

 許しを乞うように懇願するから、カイルはぎこちなく頷いた。

 それからぽつぽつと、時に深く考え込みながら、カイルは次兄に、魔獣使という役目について話を聞いた。

 魔導師と呼ばれる人々には、生来、或いは後天的に、膨大な魔力が備わっている。長兄のライルがそうであるように、彼らは詠唱や魔法陣の展開なしに超自然を操ることが出来るため、高級官吏や精鋭騎士として重宝される。言わば、希少性の高い、選ばれし民のエリートだ。

 魔導師が生え抜きとして重宝されるのは、魔力を有する人々が少ないことに起因する。彼らは現王家による王政が確立されるまで迫害を受け、その数を減らしてきた。強い魔力を有することは呪いだと思われてきた時代が圧倒的に長かったため、今や、医師や薬師を筆頭とした魔力が必須な職であっても、詠唱や魔法陣展開を必要とする。
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