ザイル-7

文字数 1,034文字

「どうかお止め下さい、今ならまだ間に合います!」

 ザイルを慕っていた彼の言葉に、しかし、ザイルは笑みさえ浮かべない。

 佐官末席が手にする剣が既に汚れた形跡を見て、彼は表情を失った。

「その血は……」

 青ざめる兵長を見据えたまま、

「もう遅い」

 ザイルは乾いた笑みに口角を上げ、剣を構える。

「俺が死守するは兄上のみだ、今ここで斃れるわけにはいかぬ」

 燭台を光源とする空間は、あちこちに闇が下りて視界が悪い。少しでも気を抜けば命取りになる。

 ザイルの覚悟が揺るがぬことを見て、兵長は歯軋りするように奥歯を噛み締め、

「貴方を敵にしたくはなかったのに」

 痛切な声を漏らすと、小隊に攻勢の布陣を指示する。

 ぐるりを囲まれて、ザイルはそれらをざっと見渡した。

 完全武装の兵団に対し、ザイルは軽装備どころか、平時の軍服にローブを羽織った丸腰だ。常から彼を慕っていたにせよ、王敵となったザイルに、王立軍は容赦しないだろう。判断を間違えれば首を盗られる。死地に及んで尚、ザイルの翡翠の瞳は絶望することなく、むしろ狂暴な獣性を剥き出しにして爛々と輝きを増すのだ。

 つ、と、ザイルが構えた剣先を下ろした。指揮する兵長は小隊に、

「総員、撤退!」

 咄嗟の指示をする。

 しかし、判断は僅かに遅かった。階段前の広間全域に、ザイルを中心として不吉な赤い魔法陣が浮かび上がって走る。血の色に似た陣から、旋風を伴って爆炎が噴き上がり、押しかけた小隊の凡そ半数を包んで焼き払う。

 ザイルは魔力に乏しいとはいえ、それは魔導師に向かないという話であり、魔獣使としては十二分に優秀だ。一介の兵士よりは魔力の扱いも、無詠唱での行使も秀でている。

 吹き荒れる熱風に赤銅色の髪を揺らし、燃え盛る炎に照らされたザイルの瞳孔は、龍と呼ばれる最強種のドラゴンのそれに変じている。普段は四割ほどに抑えている力を全開まで迸らせた彼は、紅玉色の竜種を前に阿鼻叫喚と化した前線以上の惨劇の予感に、凄惨な笑みを浮かべる。復讐者としてでなく、殺戮のみを純粋に愉しむ、破壊神に類する壮絶な笑みを。

 一瞬で消し炭となった同僚を見ても、小隊は完全に撤退するわけにはいかなかった。利き腕を焼き払われながら、ザイルが顕わした本性を見た兵長はそれでも、

「援軍が来るまで持ち堪えよ、さすがの王敵も魔力の乱発は出来ぬ、生きている者は須らく剣を抜け、世界の敵を討て!」

 燃え落ちた腕を渾身の力で切断し、傷口から噴き出す血潮に濡れながら、全隊への檄を飛ばした。













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