3:17 陽動作戦

文字数 2,004文字

グレン・リヴァルは20階フロアに辿り着いていた。

『おい、チャンク!どこにいる!』

グレン・リヴァルが異国語で、グングニルの部下チャンクの名を呼んだ。

20階はシンと静まり返っている。

その時、無線通信機器からジャマールの声がした。

『ボス、こちら17階ネットワークルーム。
嶋田は、本番環境ルームのネットワーク復旧作業を完了させたようです』

『よし、上手くいったか。
ひとまず嶋田も12階の食堂に連れて行け。人質を全員一ヶ所に集めておくんだ。
後で俺も12階食堂に行く。そして、奴らに俺への恐怖を植え付けるため、少し間引く(・・・)

『りょ、了解です、ボス・・・』

『20階には、チャンクも役員連中の姿も見えない。
どうやらここで何かあったようだ。
俺はもう少し20階を調査してから、12階の食堂に向かう。俺が行くまで食堂のパンでも食ってろ』

『イエッサー、ボス!』

グレン・リヴァルは、ジャマールとの無線通信機器での通話を打ち切った。

そして拳銃を構え、慎重に20階の調査を再開した。

 ※

17階ネットワークルームにて、ジャマールは、グレン・リヴァルとの無線通話を終えると、無線通信機器を腰のベルトに戻した。

そのまま、嶋田課長代理の背中にアサルトライフルを突き付けた。

「歩ケ!」

ジャマールは、本番環境ルームのネットワーク復旧作業が終わった嶋田課長代理を連れて、12階の食堂に向かった。

嶋田課長代理は疲労困憊状態になりながら、ジャマールにアサルトライフルを突きつけられつつ、食堂に向かって歩かされた。



山極陽平は、監視カメラでそれらの映像を、モニターを注視して確認していた。

そして、遂にベストタイミングが来ようとしていた。

「よし、神坂さん、そろそろ行くよ!
準備は良い?」

山極陽平が神坂結衣にトランシーバーを渡して言った。

「ほ・・・本当にこれで行くんですよね!?」

ラジカセとメガホンを抱えて、さらにトランシーバーを右手に持って、困惑しつつ結衣が山極に最終確認した。

「うん、陽動(デコイ)作戦だよ。
迅速に、かつ、確実に。
この大脱出劇の成否は、全て、君の双肩にかかっている!」

「わ・・・分かりました・・・」

「後の事は全て、トランシーバーから連絡する。
健闘を祈る!」

山極が監視カメラ映像を再び確認した。

モニターには、グレン・リヴァルが20階で状況調査している映像が映っている。

そして、嶋田課長代理を連れたテロリストが17階から非常階段を降りて行って、ちょうど14階に差し掛かる映像が映った。

「神坂さん、今だ!GO!!」

トランシーバーを持ち、ラジカセとメガホンを抱えたまま、結衣が18階総務部ビル管理課の小部屋を飛び出した。



結衣は全速力で15階の柳部長がいる会議室に向かい、会議室の中に入った。

会議室の中には、柳部長が辛そうな表情で、壁に背を当てて肩で息をしていた。

柳部長は辛そうだったが、目を開けていて、意識はしっかりしていそうだった。

「柳部長!!気が付かれましたか!?」

「・・・神坂君か・・・状況は・・・どうなっている?
・・・テロリスト達は、まだ、ビルを占拠しているのか?
・・・警察は、まだか・・・?」

「もうすぐです!
もうちょっとの辛抱です、柳部長!!
必ず私が、柳部長をビルの外に退避させてみせます!!」

神坂結衣が柳部長の手を握って元気付けた。

【神坂さん、15階会議室には着いた?】

トランシーバーから声が聞こえた。

「オッケーです!今15階の会議室です!
柳部長も意識あります!!」

神坂結衣がトランシーバーで山極に応答する。

【ナイス!
では、シナリオ通り、メガホンとラジカセの準備に取り掛かっちゃって!】

神坂結衣は手早くメガホンをラジカセの音声発信口にセットした。

「準備オッケーです!
あとは再生ボタン押すだけ!」

【よし!本番開始だ!気合い入れて!!】

「いつでも気合い十分です!!」

神坂結衣は喝を入れて腕を捲った。



グレン・リヴァルは20階の役員室の中に入ると、中を見回した。

やはり、誰もいない。

しかし、壁には銃弾の跡がある。
留め具を撃たれた絵画の残骸が、役員室の床に無残に散らばっていた。

だが、誰かが撃たれて死んだならば、死体や血痕があるはずだ。そのような形跡は全くない。

(どういうことだ・・・?)

すると、

・・・ガシャンッ!

何かが役員室の外で音がした。

『なんだ!?』

グレン・リヴァルが役員室を飛び出す。
目の前にシャッターが閉まっていた。

『シャッター?
防火シャッターか!?』

役員室の出口と廊下との間に銀色の防火シャッターが降ろされていた。

火災発生時に炎が別フロアに燃え移らないように、フロアの区画を遮断する、銀色に光る鉄製シャッターだ。

グレン・リヴァルは、防火シャッターを持ち上げようとしたが、並の力で持ち上げられるものでは無かった。

『クッ、これではこの20階の役員室から出られん!
閉じ込められただと!?
おのれ!奴らの策略か!?』

グレン・リヴァルが怒気を込めて怒鳴った。
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