第1話 万国博覧会

文字数 5,583文字

 2025年に日本で二回目の万国博覧会が大阪で開催されようとしている。

 日本で初めての万国博覧会は1970年に同じく大阪で開催された。それは大阪の北摂地区、千里丘陵で開催された。

 当時は三波春夫らが歌った万博のテーマソング「世界の国からこんにちわ」で多くの国民の意識を盛り上げた。

 丁度そんな時、この主人公のヒロユキは万博開催地で地方公務員として働いていた。

 その時が初めての就職で仕事に関しては西も東もわからない新米のペーペーだった。

 ヒロユキがこの地方公務員の採用試験を受けた時、当然ながら大卒組と高卒組があった。

 ヒロユキは高卒だったので初任給から差が付いていた。それは仕方のない事だろう。

 みんなで受けた合同研修期間を経てヒロユキが配属されたのは事業部と言う所だった。

 役所なのに事業部とは一体何なのか。それは館内の窓口業務や市税の収入以外の収入を得る部署だ。

 つまり公民館や結婚式場、または外部の団体から入って来る収入や競輪、競艇と言ったのもある。

 ヒロユキの仕事は通常の役所仕事とは少し違っていた。それでも役所の仕事には違いない。

 そして場所柄土日出勤や残業も多くあった。お陰でヒロユキの月給は大卒よりも多くなっていた。

 仕事の内容はともかくとして、この就職に両親はどれほど喜んだことか。

 それはそうだろう。公務員と言えば潰れる事はまずない。それに退職金や年金等もしっかりしているし世間的信用もある。

 親として喜ばないはずがない。

 父親からのプレゼントなど生まれてこの方一度も貰った事はなかったが、この時初めて就職祝いに背広をプレゼントされた。

 母親は勿論の事だが、普段無口な父親もそれだけ喜んでいたと言う事だろう。

 まさに順風満帆の門出だったと言えるだろう。ある時までは。

 この頃は言ったように万博の時期だった。ヒロユキは仕事柄万博のパビリオンで働く外国人と接触する機会が意外にあった。

 勿論ヒロユキに英語は話せないがそれでも結構片言で日本語を話す外国人もいたし、ヒロユキもそれなりにブロークン・イングリッシュで対応していたので何とか会話は成り立っていた。

 そんな事で親しくなったパビリオン関係者も出来た。そのお陰で時にはVIP待遇でパビリオンに入れてもらえる事もあった。

 当時はアメリカ館とソビエト館が有名で待ち時間2時間と言うのはざらだった。

 そんな時、炎天下で並ぶ人達を横目に素通りしてVIP専用入り口から入る快感は忘れられなかった。

 これがVIPなんだ。世間ではこう言う生活をしてる人達がいるんだと初めて実感した時だった。

 こんな機会を逃がす事はない。ヒロユキは早速高校時代から文通をしている広島のペンフレンド、千晴に手紙を書いて大阪の万博に来ないかと誘った。

 高校卒業の時に個人旅行で四国を回った時に、途中で広島の彼女の家に泊めてもらった事もあったので、今度は自分の家に泊まってもらえばいいと考えていた。勿論VIPの事は黙って。

 彼女も万博には興味があったのだろう。早速行くと言う返事があった。

 ヒロユキは千晴を大阪駅まで迎えに行って自分の家まで来てもらった。ヒロユキの家は大阪の梅田駅から阪急宝塚線に乗って20分ほどの郊外にあった。俗に言うベッドタウンだ。

 駅からは歩いて15分と言った所か。少し遠い。昔からある街で以前この辺りは皆村だった。

 そう言う環境で育ったので都会っ子と言う訳ではなかった。裕福と言う訳ではないが貧困でもない。ごく普通の庶民だ。

 言い忘れたがヒロユキに兄弟はいない。一人っ子だ。だからと言って特に甘やかされた訳ではないが小学生の頃は随分とシャイな性格だった。

 ただ中学から高校に掛けて随分変わったと自分でも自覚しているようだ。

 高校生の頃には生徒会の副会長を二期と風紀委員長を一期務めた事がある。広島の彼女とはその頃「郵便友の会」の文通で知り合った。

 ただ良くも悪くもその頃ヒロユキは面白くて全国の高校(女子高)の「郵便友の会」に自己紹介の手紙を書きまくっていた。

 一体何人に手紙を出しのたか恐らく本人も覚えてはいないだろう。ただ常時5-6人とは手紙のやり取りをしていた。

 その内特に親しくなった一人が広島の彼女であり、後名古屋と東京にもいた。その両名とも実際に会っている。今で言うオフ会だ。

 今では随分と周りの状況が変わってしまったが、渋谷駅前の公園の中にあったハチ公前で東京の彼女と待ち合わせをした事もあった。大阪のヒロユキに取ってそこは憧れの場所でもあった。

 それこそもう随分と昔の話だ。

 ともかくヒロユキは早速広島の彼女、千晴を連れて万博会場に来た。万博は盛況で物凄い人出だった。しかし夏場だったので滅茶苦茶暑かった。

 これで長時間並ばされたら日射病で倒れる人も出るのではないかと心配になる程だった。
 
 思った通りアメリカ館、ソビエト館では長蛇の列だった。

 最初にソビエト館に来た所で千晴が、
「ねぇ、ヒロユキ君。これ本当に並ぶの?日が暮れちゃうよ」
「ははは、任せてよ。こっちこっち」

 そう言ってヒロユキは通常の入り口の横にあるVIP専用に入り口に向かった。

「ヒロユキ君、ここはVIP専用だよ。入れないよ」
「大丈夫やて、行こう」

 そう言ってヒロユキは千晴の手を引っ張ってVIP入り口に向かった。

 入り口ではガードマンがいて入場者をチェックしていたがヒロユキが名前を言うと登録者リストと照合してOKと言う事であっさりと入れてくれた。

「ねぇ、どう言う事、何で入れるのよ。ヒロユキ君ってVIPなの?」
「そうや、僕はVIPなんや」

 この時ほどヒロユキは嬉しくまた優越感を感じた事は一度もなかった。

 こんな世界があるなら俺もいつかこっち側に人間になってみたいものだと思った。

 この後千晴は5日ほどヒロユキの家に滞在して広島に帰って行ったが、この時彼女の中にヒロユキに対する恋心が芽生えていたかどうかは定かではない。

 ただこの時の気持ちの高揚感とは別に、この万博がヒロユキの人生を変える大きなきっかけにもなっていた。

 実はこの万博が始まる少し前、ヒロユキは課長から万博のパビリオンで働く外国人用に英語のパンフレットを作ってくと頼まれた。

 当時ヒロユキはレタリングの通信教育を受けていたのでこれ幸いと引き受けたのだがこれが問題の発端だった。

 実は係長も何某のデザインの勉強をしていたようで実は本人がこの仕事をやりたかったようだ。

 所が何処にでもある話で、課長と係長とでは派閥が違うのであまり仲が良くなかった。それで課長はその仕事をヒロユキに振ったのだろう。

 そんな事とは露も知らないヒロユキは嬉々としてその仕事をこなしていた。

 そしてデザインのドラフトが出来上がった時点で、まず係長に見せて確認してもらった。

 するとダメ出しの連続だった。

「なんで、なんでやねん」

 ヒロユキには納得のいかない事ばかりだった。書体の統一性がないのどうのこうの。配置がどうのこうのと。

「チラシ広告ってまずは認識度だろう。アイキャッチと言うやつだ。それを引き付ける為に書体や形状があるんじゃないのか」

 ともかく納得いかなかったヒロユキは係長に言い返してしまった。その為更に口論は広がった。

 普通は新人のペイペイが係長に逆らうなんて事はしない。しかしこの男にはその歯止めがなかった。

 見るに見かねた先輩が中に入ってその場は何とか収まった。

 ヒロユキはこれ以上係長の判断を仰いでも無駄だと思たので、課長に見せた所OKが出てしまった。

 これもまた係長に取っては気に入らない事だったのだろう。

 それからだ、ネチネチとした嫌味や文句が毎日の様に出始めたのは。今で言えばパワハラだろう。

 しかしヒロユキと言う男はそう言う事にはあまり気にしないと言うか結構受け流せる男だった。

 約半年間ほどヒロユキはその嫌がらせにもしっかり耐えた。逆にヒロユキはいい勉強になったと思っていた。

 要するに文句を言われる前にどうすれば文句を言われないかを考えて行動すればいいと言う事だ。人はこれを先読みと言う。

 簡単な例ではこんな感じだった。係長と一緒に仕事をしていると、
「柴田、わしが何持ってるのかわからんのか。必要なものを持って来んか。そんな事もわからんのか」
 と一事が万事こんな感じだった。

 滅茶苦茶な言い分だが確かにそうだ。少し機転を利かせればわからない事もなかったかも知れない。これも勉強だと思えば腹も立たなくなる。

 ただその間悪い事ばかりではなった。職場で楽しい事も一杯あった。初めて麻雀なるものを覚えたのもまたこの頃だった。

 勿論これは職場での話ではない。そんな事をしたら処分されてしまう。ある関連施設にバイトで来ていた人とヒロユキは親しくなった。

 するとある時、「ヒロユキさんは麻雀は出来るんですか」と聞かれた。勿論そんなものはやった事がない。

 「いいえ、知りませんが」と答えると「良かったら一度やってみませんか。教えますから」と言われた。

 この人は歳は30後半位の独身の女性だった。この歳でバイトと言うのも珍しい。

 それも8時間労働ではない。4時間ほどのバイトだ。それでは大した金にはならないだろうとヒロユキは不思議に思っていた。

 麻雀に興味がないわけではなったので一度誘いに乗って彼女の家に行ってみた。

 そこは職場から一駅の所にあった。家はお姉さんと二人暮らしだと言う。お姉さんも独身だ。ただ離婚したのかどうかはわからない。

 そう言えばこのお姉さんも働いていない。大金持ちと言う訳でもない。まして妹は日に4時間のバイトで一体どうして生活しているのか不思議だらけの家だった。

 二人共趣味は麻雀だと言っていた。三人ではどうにもならないのでもう二人呼んで麻雀を始めた。(何で二人?)

 勿論ヒロユキは何も知らないので妹の方がヒロユキにマンツーマンでついて指導してくれた。

 親切な人だなーと思っていたがそれはヒロユキがカモネギになる誘いでもあった。(笑)

 普通に言えばカモなんだが向こうに悪気がない事は初めからわかっていたので勉強代だと思ってヒロユキも払っていた。

 それからは週末になるとヒロユキもよく彼女達の家に出入りするようになった。

 夜になると夕食を作ってくれて一緒に食べてまた麻雀。そんな楽しい週末だった。遅くなるとそこで泊まって朝帰りと言う事も良くあった。

 結局話を聞いてみると妹さんの方は何でも原因不明の不治の病に掛かっているそうで長い時間働けないそうだ。

 そして怪我をすると血が固まらなくて長い時間がかかる。白血病に近い病気らしい。

 それでお姉さんが親代わりになって妹さんの面倒を見ている。あまり外に出られないので家の中で出来る麻雀が唯一の楽しみになったとか。

 そう言うだけあって彼女達は麻雀が上手かった。ヒロユキが勝てた事は一度もなかった。

 そうこうして年も明けてもう直ぐ就職して1年になろうと言う頃、ヒロユキは一大決心をした。

 実はヒロユキの中では例のパンフレットの件がまだ蟠っていたのだ。あれは一体どっちが正しかったのか。いくら考えてもわからない。

 それなら答えを探しに行けばいい。

 そう思ってヒロユキは役所を辞めてデザイン・スクールに通う決心をした。

 無茶苦茶な話だ。あれが正しいか正しくないかで役所を辞める。そんな馬鹿な奴が何処にいる。

 しかしヒロユキの決心は堅かった。辞めると決心してまず両親に報告した。

 それはびっくりするだろう。やっと安定した良い職場についたのに今更辞めるなんて。

 当然母親は反対だったが父親は何も言わなかった。一旦こいつが言い出したら後には引かないだろうと言う事がわかっていたからかもしれない。

 しかしそれはそれとして、今まで社会人として働いていたんだ。今更また学校に行くからと言って親に頼る訳には行かない。

 入学金は今まで貯めた貯金で何とかなるだろう。後は月々の学費だがこれはどうにもならない。

 ならバイトをするしかないだろう。バイトは高校1年の頃から春夏冬と毎年やっていた。だから苦にはならない。

 これで腹は決まった訳だがもう一つやり残した事がある。

 それは係長との確執だ。それは大分ましになったとはいえ今でもまだ続いている。

 立つ鳥跡を濁さずと言う言葉もある。ヒロユキはここを出る前に出来ればきれいにして出て行きたいものだと思っていた。

 そこである日のヒロユキは係長を昼食に誘った。そこでヒロユキは、

「これはまだ誰にも言ってないのですが、係長には是非とも先にお耳に入れておこうと思いまして。実は僕、この3月で役所を辞めようと思ってます」
「ええっ、お前辞めるんか。なんでまた」
「いえ、役所が嫌いになったと言う訳ではないんですが、もっとやりたい事ができたもんですから」
「なんやねん、それれは」

「デザインです。将来グラフィック・デザイナーとして食べて行きたいと思うんです。それなら早い方が良いと思いまして。僕もこの3月で丸1年ですから丁度きりが良いし、今ならまだやり直しも利くように思いましたので」

「それに係長には色々な事を教えていただいて大変勉強になりました。ですからそれを生かして頑張ってみたいと思います」
「そうか、お前がそう決めたんなら、わしがどうこう言う事ではないかも知れんな。わしもデザインは好きや。本格的にやるんならええと思う。柴田頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」

 かなり下手に出た言い回しだったが、これで係長はかなり溜飲を下げたようだ。そしてこの後、係長との冷戦も一応の解消をみた。

 さてこれからが本番だ。本当にヒロユキはデザイナーになれるのか。彼は大きな希望と少しの不安を持って前に進むことになった。
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登場人物紹介

ヒロユキ(柴田広之)20歳、一人っ子

元市役所勤務の地方公務員

1年で役所を辞めてデザイナーを目指す

高校生時代生徒会の副会長を二期

風紀部長を一期務める

合気道と少林寺拳法を習得

神谷仁(ジン)

72歳、若くしてアメリカに渡り、ほぼその生涯をアメリカで過ごす。

そして老齢にしてアストラルボディに交戦し、

遂に自分の体から精神体として離脱に成功。

そこで宇宙意識なるものに遭遇し、アネルギーの増幅を得て、

精神生命体(アストラルボディ)として生きる事を決意。

自分自身の体を死体に変え自由に世に飛び出した。

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