第5話 コンパニオンのユリちゃん
文字数 3,172文字
ヒロユキのデザイン学生生活も順調に行っていた。
一番心配だった経済問題も大丈夫だ。むしろ役所で毎日働いていた時位のバイト代入ってきている。授業料を払っても多少の余裕がある。
この様に懐に余裕が出来ると人はつい気持ちが緩んでしまう。
『そうだ最近は飲みに行ってないな、久しぶりに飲みに行ってみるかな』
ヒロユキは役所時代酒が強いと言われていた。バイトの大学生達と飲み比べをしても負けた事がない。
その中でも一番酒が強かったのは前回出て来た雲隠れした指導員だ。彼は体も大きいが本当に蟒蛇のような男だった。
よく一緒に飲んだし、遂には彼の住んでいた京都まで行って飲み比べもした。
彼には四条河原町の辺りに行きつけのスナックがあった。そこにボトルを入れていると言うので先ずはそこに行って飲もうと言う事になった。
最初はビールで乾杯してそれから本格的に飲んだが、彼が出してきたのはジンのボトルだった。殆ど一杯入っていた。
それをジンフィーズにして二人で一本空けてしまった。それから更にウイスキーの水割りと、ちょっと飲み過ぎだった。
流石にヒロユキも足がふら付いてこれから大阪に帰る訳にもいかず、その日はとうとう彼の家に泊めてもらう事になってしまった。
ところが彼の家に着いた途端戻すと言う失態を晒してしまった。奥さんに詫びて翌日二日酔いのまま出勤すると言う羽目になってしまった。
これでヒロユキの酒も収まると思ったが相変わらずヒロユキは飲んでいた。
その頃ヒロユキがよく飲みに行っていたのは梅田の東通り商店街にあるコンパと言う大衆酒場だった。ここは安いので。
1階から4階まで全て酒場で各フロアーには円形のカウンターが幾つかあり中にバーテンダーが一人と1人か2人のコンパニオンと呼ばれる女性が入っている。
彼女達は客の話し相手と酒のお替りやつまみの注文を受けるだけだ。バーではないので横に座って来る事はない。
だから安い。要するに薄利多売の酒場だ。若い客層向けの店だとも言える。
しかし男達はそんな彼女達を目当てに恋愛もどきを夢見て毎夜足重に通う。男とは本当に馬鹿な動物だ。
ただ店も心得たもので色々な工夫がしてある。まずBGMがうるさい。かなり高いボリュームで流しているので声が聞き取り難い。それはカウウンター嬢とゆっくり話をさせない為でもある。
そしてお代わりを催促する。いくら安い酒でも何杯も飲んでいれば高くつく。そしてつまみがまた馬鹿にならない。
常連は普通自分のボトルを入れておく。その方が安上がりになるからだ。
ヒロユキもここに自分のボトルを入れていた。ただしヒロユキの場合はニッカの角だ。これが一番安い。
ちょっと上に行くとサントリーのオールドもあるがこれは少し値が張るのでヒロユキは入れなかった。
そしてヒロユキの行くカウンターはいつも決まっていた。そのカウンターにはユリちゃんと言うコンパニオンがいた。何故ヒロユキがこの彼女の所に通い詰めるのか。
普通こう言う所のコンパニオンと言うのは大体20前後から行っても24-5と言った所だろう。
この彼女は多分25は行っているだろう。するとここでは最年長組と言う事になる。勿論ヒロユキよりも年上だ。
ヒロユキは年上が好きなんだろうか。麻雀の彼女と言い姐御と言い。そしてまたこの彼女だ。
それよりも大事な事は、彼女のスキルだ。それは客扱いのスキルと言ってもいい。それが実に上手い。
誰にでも満遍なく飽きさせる事もなくいつも笑顔で接していた。
ヒロユキはこんなに客扱いの上手い女性は見た事がなかった。だからよく通った。別に男女の遊びがどうのこうのではなく、居て気持ちが良かったのだ。
あれから大経った。まだやってるのだろうかと思った。ああ言う所は新陳代謝が早いと言う。
何か月かしたらもういなくなってると言うのも珍しくない。
期待に胸弾ませて行ってみたら、いた。ユミちゃんが前のままでそこにいた。ヒロユキは嬉しくなってしまった。
そして早速自分のボトルをキープした。ただし前と同じニッカの角だ。
「あら、お久しぶり。確かヒロちゃんだったわよね」
「ええっ、覚えていてくれたんや」
「それは覚えてますよ。あれだけ通ってくれたんだから。水割りで良かったかしら」
ユリちゃんは全く変わってないなと思った。
「でも遅いわね、前はもっと早い時間だった様に思ったけど」
「今俺直ぐ近くの寿司屋でバイトしてるんや。さっき店が上がったとこでここに駆けつけて来たんや」
10時半に店が終わってそれで飛んで来て、まぁ10時45分と言う所か。それならまだ45分間位は居れる事になる。
それにこの位の時間になると客も少なくなるのでBGMの音量も落としてある。だから話しやすくなる。
ヒロユキに取ってここは一つの息抜き、心のオアシスの様な所だった。
普通はみんな自分に振り向いてもらおうと思って、色々と話しかけたり、酒を余分に注文したりしてコンパニオンの気を引こうとするものだが、ヒロユキに取ってそんな事はどうでも良かった。ただユリちゃんを眺めて静かに飲んでいれば良かった。
そんな日が続いてヒロユキの座る席もある程度決まって来た。
すると時々注文してないおつまみがヒロユキの目の前に来てる時があった。
ユリちゃんを見ると小さくウインクしていた。これも彼女なりのサービスなんだろうとヒロユキは嬉しくいただいていた。
その時間のその場所、その頃になると常連さんと言うのがわかるようになる。
何時しか隣の人と親しくなって、ユリちゃん親衛隊などと勝手な名前をつけて一緒に飲んでいた。
しかしヒロユキも変わったものだ。学生の運動家だった頃のヒロユキは何処に行ってしまったのか。
身も心も本当に挫折してしまったのだろうか。
いや、むしろ今のヒロユキの方が本当のヒロユキかも知れない。あの時のヒロユキは何処に心の拠り所を求めて少しツッパッテいたのだろう。武道をやっていたのもその一環かもしれない。
確か邦代はこう言っていた。
「でも柴田君は変わったわね。いつからそんな風になったの。私の知ってる柴田君はもっと優しかったわ。ねぇ、どうして。何があったの」
ヒロユキに何があったのか、正直な所ヒロユキにはわかっていた。
中学から高校に上がる時に心の中に一種の葛藤があったのだ。それは家庭の事情と言うやつだ。
皆さんは子供に取っての信頼の基本とは何かわかるだろうか。
それは自分の親が親であると言う事だ。疑う事のない無条件の信頼。これで成り立っている。
しかしもしその前提が崩れたら、子供の心は、信頼はどうなるだろうか。
不安定な子供の心にそれは、大地震の様な大きな衝撃と傷跡を残すのではないだろうか。
ヒロユキの心にもその衝撃と傷跡が残ったと言う事だ。その為に自分自身を追い込んで過激な方向に進んで行ったのかも知れない。
中には非行に走る者もいるかもしれないが、ヒロユキは違う方向に向かったと言う事だ。
それも間違ってはいないが、今はその葛藤も氷解したのだろう。そして心がいつもヒロユキに戻った。
あの時邦代はこう結論付けた。
「勿論私達は成長するわ。でも人間の性格ってそんなに変わるもんじゃないと思うのよ。よっぽど何かがなければ」
そう言う事だろう。そしてヒロユキはその葛藤を克服したのだ。今のヒロユキにあるのは恐らく両親に対する感謝の気持ちだろう。
そしてヒロユキは本来の自分に戻ったと言う訳だ。少し遅かったかも知れないが。(笑)
ヒロユキは相変わらず酒は強かった。いくら飲んでも酔っぱらうと言う事はなかったのだが、これが良いのか悪いのかはわからない。
ヒロユキは今日もまたせっせとコンパに通っていた。
おいおい、それで本当にデザイナーになれるのか?
一番心配だった経済問題も大丈夫だ。むしろ役所で毎日働いていた時位のバイト代入ってきている。授業料を払っても多少の余裕がある。
この様に懐に余裕が出来ると人はつい気持ちが緩んでしまう。
『そうだ最近は飲みに行ってないな、久しぶりに飲みに行ってみるかな』
ヒロユキは役所時代酒が強いと言われていた。バイトの大学生達と飲み比べをしても負けた事がない。
その中でも一番酒が強かったのは前回出て来た雲隠れした指導員だ。彼は体も大きいが本当に蟒蛇のような男だった。
よく一緒に飲んだし、遂には彼の住んでいた京都まで行って飲み比べもした。
彼には四条河原町の辺りに行きつけのスナックがあった。そこにボトルを入れていると言うので先ずはそこに行って飲もうと言う事になった。
最初はビールで乾杯してそれから本格的に飲んだが、彼が出してきたのはジンのボトルだった。殆ど一杯入っていた。
それをジンフィーズにして二人で一本空けてしまった。それから更にウイスキーの水割りと、ちょっと飲み過ぎだった。
流石にヒロユキも足がふら付いてこれから大阪に帰る訳にもいかず、その日はとうとう彼の家に泊めてもらう事になってしまった。
ところが彼の家に着いた途端戻すと言う失態を晒してしまった。奥さんに詫びて翌日二日酔いのまま出勤すると言う羽目になってしまった。
これでヒロユキの酒も収まると思ったが相変わらずヒロユキは飲んでいた。
その頃ヒロユキがよく飲みに行っていたのは梅田の東通り商店街にあるコンパと言う大衆酒場だった。ここは安いので。
1階から4階まで全て酒場で各フロアーには円形のカウンターが幾つかあり中にバーテンダーが一人と1人か2人のコンパニオンと呼ばれる女性が入っている。
彼女達は客の話し相手と酒のお替りやつまみの注文を受けるだけだ。バーではないので横に座って来る事はない。
だから安い。要するに薄利多売の酒場だ。若い客層向けの店だとも言える。
しかし男達はそんな彼女達を目当てに恋愛もどきを夢見て毎夜足重に通う。男とは本当に馬鹿な動物だ。
ただ店も心得たもので色々な工夫がしてある。まずBGMがうるさい。かなり高いボリュームで流しているので声が聞き取り難い。それはカウウンター嬢とゆっくり話をさせない為でもある。
そしてお代わりを催促する。いくら安い酒でも何杯も飲んでいれば高くつく。そしてつまみがまた馬鹿にならない。
常連は普通自分のボトルを入れておく。その方が安上がりになるからだ。
ヒロユキもここに自分のボトルを入れていた。ただしヒロユキの場合はニッカの角だ。これが一番安い。
ちょっと上に行くとサントリーのオールドもあるがこれは少し値が張るのでヒロユキは入れなかった。
そしてヒロユキの行くカウンターはいつも決まっていた。そのカウンターにはユリちゃんと言うコンパニオンがいた。何故ヒロユキがこの彼女の所に通い詰めるのか。
普通こう言う所のコンパニオンと言うのは大体20前後から行っても24-5と言った所だろう。
この彼女は多分25は行っているだろう。するとここでは最年長組と言う事になる。勿論ヒロユキよりも年上だ。
ヒロユキは年上が好きなんだろうか。麻雀の彼女と言い姐御と言い。そしてまたこの彼女だ。
それよりも大事な事は、彼女のスキルだ。それは客扱いのスキルと言ってもいい。それが実に上手い。
誰にでも満遍なく飽きさせる事もなくいつも笑顔で接していた。
ヒロユキはこんなに客扱いの上手い女性は見た事がなかった。だからよく通った。別に男女の遊びがどうのこうのではなく、居て気持ちが良かったのだ。
あれから大経った。まだやってるのだろうかと思った。ああ言う所は新陳代謝が早いと言う。
何か月かしたらもういなくなってると言うのも珍しくない。
期待に胸弾ませて行ってみたら、いた。ユミちゃんが前のままでそこにいた。ヒロユキは嬉しくなってしまった。
そして早速自分のボトルをキープした。ただし前と同じニッカの角だ。
「あら、お久しぶり。確かヒロちゃんだったわよね」
「ええっ、覚えていてくれたんや」
「それは覚えてますよ。あれだけ通ってくれたんだから。水割りで良かったかしら」
ユリちゃんは全く変わってないなと思った。
「でも遅いわね、前はもっと早い時間だった様に思ったけど」
「今俺直ぐ近くの寿司屋でバイトしてるんや。さっき店が上がったとこでここに駆けつけて来たんや」
10時半に店が終わってそれで飛んで来て、まぁ10時45分と言う所か。それならまだ45分間位は居れる事になる。
それにこの位の時間になると客も少なくなるのでBGMの音量も落としてある。だから話しやすくなる。
ヒロユキに取ってここは一つの息抜き、心のオアシスの様な所だった。
普通はみんな自分に振り向いてもらおうと思って、色々と話しかけたり、酒を余分に注文したりしてコンパニオンの気を引こうとするものだが、ヒロユキに取ってそんな事はどうでも良かった。ただユリちゃんを眺めて静かに飲んでいれば良かった。
そんな日が続いてヒロユキの座る席もある程度決まって来た。
すると時々注文してないおつまみがヒロユキの目の前に来てる時があった。
ユリちゃんを見ると小さくウインクしていた。これも彼女なりのサービスなんだろうとヒロユキは嬉しくいただいていた。
その時間のその場所、その頃になると常連さんと言うのがわかるようになる。
何時しか隣の人と親しくなって、ユリちゃん親衛隊などと勝手な名前をつけて一緒に飲んでいた。
しかしヒロユキも変わったものだ。学生の運動家だった頃のヒロユキは何処に行ってしまったのか。
身も心も本当に挫折してしまったのだろうか。
いや、むしろ今のヒロユキの方が本当のヒロユキかも知れない。あの時のヒロユキは何処に心の拠り所を求めて少しツッパッテいたのだろう。武道をやっていたのもその一環かもしれない。
確か邦代はこう言っていた。
「でも柴田君は変わったわね。いつからそんな風になったの。私の知ってる柴田君はもっと優しかったわ。ねぇ、どうして。何があったの」
ヒロユキに何があったのか、正直な所ヒロユキにはわかっていた。
中学から高校に上がる時に心の中に一種の葛藤があったのだ。それは家庭の事情と言うやつだ。
皆さんは子供に取っての信頼の基本とは何かわかるだろうか。
それは自分の親が親であると言う事だ。疑う事のない無条件の信頼。これで成り立っている。
しかしもしその前提が崩れたら、子供の心は、信頼はどうなるだろうか。
不安定な子供の心にそれは、大地震の様な大きな衝撃と傷跡を残すのではないだろうか。
ヒロユキの心にもその衝撃と傷跡が残ったと言う事だ。その為に自分自身を追い込んで過激な方向に進んで行ったのかも知れない。
中には非行に走る者もいるかもしれないが、ヒロユキは違う方向に向かったと言う事だ。
それも間違ってはいないが、今はその葛藤も氷解したのだろう。そして心がいつもヒロユキに戻った。
あの時邦代はこう結論付けた。
「勿論私達は成長するわ。でも人間の性格ってそんなに変わるもんじゃないと思うのよ。よっぽど何かがなければ」
そう言う事だろう。そしてヒロユキはその葛藤を克服したのだ。今のヒロユキにあるのは恐らく両親に対する感謝の気持ちだろう。
そしてヒロユキは本来の自分に戻ったと言う訳だ。少し遅かったかも知れないが。(笑)
ヒロユキは相変わらず酒は強かった。いくら飲んでも酔っぱらうと言う事はなかったのだが、これが良いのか悪いのかはわからない。
ヒロユキは今日もまたせっせとコンパに通っていた。
おいおい、それで本当にデザイナーになれるのか?