第6話 犬猫鳥のよろず相談

文字数 1,342文字

それからというもの、

仁助は、新三郎からけもの医者の仕事を学ぶ為、

毎日のように、中野の犬小屋へ通い、

ケガをした犬の傷の手当て。病気になった犬の治療。

犬の出産の立ち合いなどを手伝うようになった。

「以前、両国で、けものを診る為の医院をやっていたことがある。

今はもう、閉院してしまったが、まだ、建物は残っているはずだ。

手始めに、よろず相談から始めてはどうだい? 」

 そんなある日。新三郎が良い提案をした。

「よろず相談なんぞ、今の手前に出来るのでしょうか? 」

 仁助が半信半疑で聞いた。

「犬猫鳥を飼っている人らの相談に乗ることが仕事。

もし、わからないことがあったら、何でも聞くが良い」

 新三郎がそう言った後、

両国の空き家までの地図を仁助に手渡した。

「ありがとうございます。一か八かやってみます」

 仁助が頭を下げると言った。

さっそく、両国の空き家を見に行くことにした。

地図に書かれた空き家は、回向院の裏側にある。

回向院を通り抜けると近道になるみたいだ。

回向院の敷地内を通り抜けようとしたその時、

前の方から、品の良い町娘が歩いて来るのが見えた。

「あら、瀬戸物屋の若旦那じゃござんせんか? 

先日はどうも」

 すれ違いざまに、その町娘から声をかけられた。

「はあ‥‥ 」

 仁助は一瞬、誰だかわからなかった。

「ここで会ったのも、何かの縁かもしれません。

もし良ければ、店に寄って行かれませんか? 」

 その町娘が穏やかに言った。

(ああ、思い出した! 

回向院の近くにある小料理屋の女将、お凛さんだ)

今から半年前。仁助が店番をしていた際、

店で使用する瀬戸物選びの手伝いを頼まれたのだった。

「ああ、あの時のお客さんでしたか。

せっかくのお誘いなんですが、

あいにく、野暮用がありまして‥‥ 」

 仁助が即座に辞退した。

「さようですか。ではまた今度」

 お凛が会釈すると、回向院の中へ入って行った。

他の町娘とは一風異なり、どこか艶っぽい。

店のお客でもなければ、話す機会はなかっただろう。

その後、両国にある空き家へ着くとすぐ、

近所に住む大家を訪ねて、空き家を見させてもらった。

「おまえさんも、医院を開くのかね? 」

 大家が戸を勢い良く開けると聞いた。

長い間、閉ざされていた為、

天井から蜘蛛の巣が垂れており、砂埃が地面を覆っていた。

「いんにゃ違います。まだ、修行中でして、

まずは、犬猫鳥のよろず相談から始めるつもりでいます」

 仁助が答えた。

「するってえと、何かい?

相談料を家賃の足しにするのかい? 」

「そのことなんですが‥‥ 。

お代は取らねぇつもりでいます。

ちっと、家賃をまけてくんねぇかい? 」

 仁助が決まり悪そうに言った。

「家賃をまけろとな? 」

 大家がけげんな表情で聞いた。

「さようで」

 仁助が口ごもると、大家が言った。

「なんなら、回向院の軒先でも借りるかい? 」

「そんなこと出来るんですか? 」

 仁助が思わず聞き返した。

「その方がいい。住職に頼んでやるさね」

 大家が告げた。

「そいつは助かります」

 仁助が告げた。

かくして、大家の紹介により、

仁助は、回向院の境内を借りて、

週に1回、犬猫鳥のよろず相談所を開けることになった。

新三郎の元医院を借りるのはまだ先の話だ。

場所は確保した。あとは集客だ。

帰宅後すぐ、宣伝ビラを作った。










 



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