第22話 転じて吉となる
文字数 1,421文字
謁見当日。仁助は朝早くから、身支度を整えた後、
近所の神社を詣で、神様に登城する事を報告した。
城の門前まで、輿に乗って向かった。
門前で、新三郎と落ち合った。
「胸が引き締まる思いだ」
新三郎が告げた。
「よもや、こんな日が来るとは思いもしませんでした」
仁助が告げた。
謁見の間へ入って数分後、西の丸様がお姿を見せた。
「苦しゅうない。楽にいたせ」
「ははあ」
「奨励は、おぬしらと会うきっかけに過ぎぬ」
「それはまた、何故? 」
仁助が思わず顔を上げると、西の丸様と目が合った。
「仁助。商人の身で、けもの医を志していると聞いた。
まことに、なりたいと思っているのなら、
日の本にとどまっていては、
いつまでも叶える事は出来ぬのではないか? 」
西の丸様が神妙な面持ちで告げた。
「はあ‥‥ 」
仁助は、西の丸様のお言葉に驚きを隠せなかった。
「わしも日頃から、西の丸様と同じ事を考えておりました」
新三郎が上目遣いで告げた。
「公方様は先見の明をお持ちじゃ。
なれど、頭の古い輩からしてみると、
出た杭を討ちたくなる心境であろう」
西の丸様が意外な事を口にした。
「先日。江戸参府でみえている異人先生と会いました。
犬を一目見ただけで、病を言い当てた次第。
異国の医学がいかに進んでいるのか、
改めて、気づかされました」
新三郎が穏やかに告げた。
「そこでなんだが、仁助。帰国するカピタンについて、
オランダへ留学してみないか? 」
「手前が留学するとな!? 」
「カピタンが、おぬしをえらく気に入り、
数年の間、手元に置いて修行させたいと申し出たのじゃ」
「何故、手前のような何のとりえもない商人に、
さようなお誘いをいただけるのでしょうか? 」
仁助は、思ってもない展開に言葉を失った。
「よく考えて決めるが良い。
なにせ、一度、向こうへ渡ったら、
数年間は帰国できない故にな」
西の丸様が神妙な面持ちで告げた。
それから1年後。犬公方と称された綱吉公がご逝去なされた。
犬公方がしいた政策は全部、白紙に戻された。
江戸の犬も解放されて、道端で、野良犬が喧嘩する光景も戻った。
仁助はと言うと、両親と相談した結果、
カピタンに同行しないことに決めた。
あと、数年も立てば、瀬戸物屋を任される。
回向院で開いていた犬猫鳥のよろず相談は、
一旦、閉鎖することにした。
一方、新三郎は、けもの医から、
人を診る医者に転じる為、医学生になった。
元々、お家が、医者を輩出する家柄だったらしい。
新三郎だけ、動物好きが度を越す形で、
けもの医をやっていたという。
「先生。もう、けものを診ないんですか? 」
ある時、仁助が、新三郎に質問した。
「そうさね。けもの医が必要となった暁に、
復帰するかもしれぬ。今は、その時ではないというわけさ」
新三郎が答えた。
「その間、腕が衰えるかもしれませんよ」
「その時はその時。体勢を立て直せば良いだけだ」
「いかにも、その通りでさあ」
「おまえさんは、この先、異国へ行くつもりはないのかい? 」
「‥‥ 」
時は流れて、仁助は瀬戸物屋を継いだが、
翌年に起きた火事により店や家屋が焼失した。
一念発起して、さすらいの旅に出ることにした。
立ち寄った農村で、家畜の世話を手伝いながら、
けもの医の基礎となる獣医学を習得した。
さすらいの旅から帰国した後、
仁助は、カピタンの帰国船に乗船相成り、
西の丸様が見させてくれた夢を叶えたのだった。
そして、意外な所で、仁助は、新三郎が描いた絵を
見つけることになるのであった。
おわり
近所の神社を詣で、神様に登城する事を報告した。
城の門前まで、輿に乗って向かった。
門前で、新三郎と落ち合った。
「胸が引き締まる思いだ」
新三郎が告げた。
「よもや、こんな日が来るとは思いもしませんでした」
仁助が告げた。
謁見の間へ入って数分後、西の丸様がお姿を見せた。
「苦しゅうない。楽にいたせ」
「ははあ」
「奨励は、おぬしらと会うきっかけに過ぎぬ」
「それはまた、何故? 」
仁助が思わず顔を上げると、西の丸様と目が合った。
「仁助。商人の身で、けもの医を志していると聞いた。
まことに、なりたいと思っているのなら、
日の本にとどまっていては、
いつまでも叶える事は出来ぬのではないか? 」
西の丸様が神妙な面持ちで告げた。
「はあ‥‥ 」
仁助は、西の丸様のお言葉に驚きを隠せなかった。
「わしも日頃から、西の丸様と同じ事を考えておりました」
新三郎が上目遣いで告げた。
「公方様は先見の明をお持ちじゃ。
なれど、頭の古い輩からしてみると、
出た杭を討ちたくなる心境であろう」
西の丸様が意外な事を口にした。
「先日。江戸参府でみえている異人先生と会いました。
犬を一目見ただけで、病を言い当てた次第。
異国の医学がいかに進んでいるのか、
改めて、気づかされました」
新三郎が穏やかに告げた。
「そこでなんだが、仁助。帰国するカピタンについて、
オランダへ留学してみないか? 」
「手前が留学するとな!? 」
「カピタンが、おぬしをえらく気に入り、
数年の間、手元に置いて修行させたいと申し出たのじゃ」
「何故、手前のような何のとりえもない商人に、
さようなお誘いをいただけるのでしょうか? 」
仁助は、思ってもない展開に言葉を失った。
「よく考えて決めるが良い。
なにせ、一度、向こうへ渡ったら、
数年間は帰国できない故にな」
西の丸様が神妙な面持ちで告げた。
それから1年後。犬公方と称された綱吉公がご逝去なされた。
犬公方がしいた政策は全部、白紙に戻された。
江戸の犬も解放されて、道端で、野良犬が喧嘩する光景も戻った。
仁助はと言うと、両親と相談した結果、
カピタンに同行しないことに決めた。
あと、数年も立てば、瀬戸物屋を任される。
回向院で開いていた犬猫鳥のよろず相談は、
一旦、閉鎖することにした。
一方、新三郎は、けもの医から、
人を診る医者に転じる為、医学生になった。
元々、お家が、医者を輩出する家柄だったらしい。
新三郎だけ、動物好きが度を越す形で、
けもの医をやっていたという。
「先生。もう、けものを診ないんですか? 」
ある時、仁助が、新三郎に質問した。
「そうさね。けもの医が必要となった暁に、
復帰するかもしれぬ。今は、その時ではないというわけさ」
新三郎が答えた。
「その間、腕が衰えるかもしれませんよ」
「その時はその時。体勢を立て直せば良いだけだ」
「いかにも、その通りでさあ」
「おまえさんは、この先、異国へ行くつもりはないのかい? 」
「‥‥ 」
時は流れて、仁助は瀬戸物屋を継いだが、
翌年に起きた火事により店や家屋が焼失した。
一念発起して、さすらいの旅に出ることにした。
立ち寄った農村で、家畜の世話を手伝いながら、
けもの医の基礎となる獣医学を習得した。
さすらいの旅から帰国した後、
仁助は、カピタンの帰国船に乗船相成り、
西の丸様が見させてくれた夢を叶えたのだった。
そして、意外な所で、仁助は、新三郎が描いた絵を
見つけることになるのであった。
おわり