第14話 密談とお裁き

文字数 1,373文字

 回向院へ向かう道中、「扇屋」の平助に出くわした。

平助が、小春に気づくなり大げさに驚いてみせたことから、

新三郎が、これは何かあるとにらんで引き止めた。

「おい、そこのもの。ちと、待て」

「なんでしょうか? 」

 平助が上目遣いで言った。

「平助。手前だ。瀬戸物屋の仁助だ」

 仁助が前のめりの姿勢で言った。

「知っている。このお方はどなた? 」

 平助が、新三郎の方を見ると聞いた。

「けもの医者の英新三郎先生」

 仁助が答えた。

「つかぬことを聞くが、この犬のことを知っているのか? 」

 新三郎が、平助に聞いた。

「へ? 何故、さようなことをお聞きになるのですか? 」

 平助が何食わぬ顔で聞き返した。

仁助は、小春が、平助のことを怖がっているように見えた。

小春は賢くて人見知りしない犬だ。

それなのに、会った途端に、

警戒心を露わにするのはおかしい。

「顔に何かあると描いてある」

 新三郎が、平助の顔をじっと見ると告げた。

「先生にはかなわねえ。白状しますよ」
 
 平助がそう言うと白状した。

小春が行方不明になった日のこと。

「扇屋」の遊女、初花が、

賢そうな洋犬をどこかで拾ってきた。

洋犬は、妓楼の調理場の裏につながれた。

洋犬は、妓楼を訪れる遊客たちの間でも人気者となった。

ある幕府の要人を迎えた大事な宴席において、

妓楼主が、その洋犬を客の前にお披露目した。

生類憐みの令により、公卿以外は、

貝料理を食べてはいけないことになっていることから、

吉原の宴でも、貝料理を出さない。

それにも関わらず、妓楼主は、平助に命じて、

「福屋」から、ハマグリの吸い物を注文した。

ところが、ハマグリの吸い物は出されなかった。

不思議に思っていると、宴が開けた後、

妓楼主が、あるお方と庭を散歩し出した。

その際、洋犬を連れていた。

庭から戻ると、洋犬はぐったりとしていた。

翌朝。妓楼主から、ハマグリの吸い物の器を

「福屋」へ返しに行くように命じられた。

「初花が拾ってきたのが、その犬でさあ」

 平助が、小春を指さすと決まり悪そうに告げた。

「小春は、扇屋でハマグリの吸い物を飲まされて、

腹の具合が悪くなったと分かった。

よって、扇屋と福屋のことを番所へ届け出る」

 新三郎が厳しい面持ちで告げた。

夕方。おるりが、小春を引き取りにやって来た。

「うちの犬が世話になったのう」

 てっきり、おるり一人かと思いきや、

おるりの後ろには、米山様の姿があった。

「おるり。米山様にお話したのかい? 」

 仁助が、おるりに聞いた。

「さようです。どうにも、隠し事が苦手らしくて」

 おるりがそう言うと、舌をぺろりと出した。

「して、小春の具合はどうなんだ? 」

 米山様が、小春を引き取ると聞いた。

「食あたりです。薬を飲ませた故、じきに良くなります。

けもの医者の英新三郎と申します。

この後、お時間ありますか? お話ししたいことがあります」
 
 新三郎が、米山様に告げた。

「相分かった。うちへ来るが良い」

 米山様が返事した。

2人の間で、どんな会話が交わされたのかは分からないが、

後日、驚くべき展開が訪れた。

米山様の通報により、

吉原の妓楼、「扇屋」の妓楼主。その下男、平助は、

他人の犬を具合悪くしたとして、所払に処された。

食あたりの原因となるハマグリの吸い物を

「扇屋」へ仕出した「福屋」の女将、お凛は、

過料に処されて、調理した板長の源七は

所払に処されたのだ。




















ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み