第8話 救命犬の飼い主

文字数 1,301文字

「辰! 今、助けてやるからよ! 」

 金太郎が火事場の馬鹿力で、

辰の上に落ちたがれきを持ち上げると、辰を救い出した。

「わたしを助ける為にごめんなさい」

 血だらけの辰を見るや、お凛が鳴き叫んだ。

「すまねぇが、現場に戻らなければならねえ。

こいつのことを頼む」

 金太郎が、仁助に辰をたくすと現場へ舞い戻った。

さぞかし、愛犬のことが心配に違いない。

そうかと言って、人命救助を投げ出すわけにはいかない。

「おまかせくんねえ。手前共は、回向院におります! 」

 仁助が、金太郎の背中に向かって叫んだ。

「相分かった! 」

 金太郎が後ろをふり返らずに返事した。

 その後、大八車を借りて来ると、

その上に、お凛と辰を乗せて回向院まで運んだ。

回向院は御救い所になっていた。

「仁助! 」

 人込みの中から、新三郎の声が聞こえた。

「先生! お願いします! 」

 仁助は最後の力をふりしぼると、

大八車を境内の隅に設置された救護所の前まで押した。

「お凛さんはあちらへ。犬は預かります」

 お凛と治兵衛。仁助、おひさ、辰。二手に別れた。

「辰は助かりますか? 」

 仁助は居ても立ってもいられず、

血だらけの辰の傷具合を確認している新三郎に聞いた。

「傷が深い。足も折れている」

 新三郎が神妙な面持ちで答えた。

「辰は命の恩人なんです! 

なにとぞ、救っておくんなさいまし」

 少し離れた場所から、お凛が悲痛な叫び声を上げた。

一方、辰の顔は見る見るうちに青ざめて、

たちまち、からだの下が血の水たまりになった。

日が暮れると同時に、火事が鎮火した。

「そろそろ、お戻りにならないと‥‥ 」

 おひさが気をもんだように告げた。

「先帰ってくんねえ。手前はもうちっと残る」

 仁助は頑として帰ろうとしない。

「もし良ければ、うちへどうぞ」

 新三郎が、お凛と治兵衛へ告げた。

そのとき、金太郎が駆けつけた。

「辰は?! 」

「瀕死の状態でさあ」

 仁助がそう言うと、金太郎が肩を落とした。

「お待ちになっておくんなさいまし! 」

 お凛が、同心を引き止める声がしたかと思うと、

「犬殺しの下手人とは、貴様のことか? 」

 次の瞬間、その同心が、金太郎に詰め寄った。

「え?! 違います! 」

 金太郎が叫んだ。

「しらばっくれるな! 死にそうなのは、

貴様の飼い犬だろ? 」

 もうひとりの同心が、辰を見つけると反論した。

「辰が死にそうなのは、わたしのせいなんです!

わたしを見つけ出した辰が、

がれきの下敷きになったんです」

 お凛が事情を説明したが、

同心たちは、聞く耳持たずして、

強引に、金太郎の腕をつかむと救護所の外へ連れ去った。

「なんてことだ! 人助けをした犬の飼い主が、

何故、同心に捕まらなければならねえ」

 新三郎がくやしそうに言った。

金太郎が捕まったことは、

すぐさま、「は」組の仲間の耳にも入った。

「奉行所へ直談判いたす」

 組頭がそう言うと、平人たちも賛同した。

「辰は幸い、一命を取り留めた。

故に、死んだわけではありません」

 仁助が冷静に告げた。

「わしらにも、助太刀させてくんねえ」

 江戸の市井の人たちも、

勇敢な火消しの平人の窮地を知ると、救出作戦に加わった。

「手前に考えがあります」

 仁助が告げた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み