第19話 異人先生

文字数 1,564文字

 長崎の出島という所から江戸参府に来る

商館員たちが定宿にしている旅館の前には、

朝から、オランダ人の商館員たちを一目見ようとする

野次馬の人だかりができていた。

野次馬の人だかりの横を通り過ぎようとしたその時だった。

偶然、商館医と助手の日本人通訳者が玄関から出て来た。

すると、野次馬の人だかりからいっせいに、歓声が上がった。

みんな、我が先にと前へ押し寄せて将棋倒れになった。

そこへ、きょろきょろと

辺りを見まわしている侍二人が現れた。

「良い所にお会いしました。

もしや、中野の犬小屋のお役人様ではないですか? 」

 仁助が、二人に声をかけた。

「おぬしは、英新三郎の弟子ではないか?

わしらは今、忙しいのじゃ。用があるのなら、手短に話せ」

 役人たちの内のひとりが言った。

「もしや、あちらの方に御用ですか? 」

 仁助が、旅館の前にいる一行を指し示すと聞いた。

「いんにゃ、違う。通りがかっただけじゃ」

 役人たちが同時に答えた。

わんわん

そのとき、旅館の裏の方から、

薄汚れた数匹の犬が歩いて来るのが見えた。

「おや? 飼い犬にしては薄汚れていますね」

 仁助がかまをかけた。

「ええい。見栄を張っている時ではあるまい!

仁助。おぬしも助太刀いたせ! 」

「そのお言葉を待っていました! 」

 仁助が、役人たちを手伝い犬を捕獲した。

きゃいいん!

思いの外、犬たちは、騒ぐことなくおとなしく捕まった。

見るにも哀れなほど、やせ細り栄養失調状態。

どこかで、足をくじいたらしく脛に血がにじみ出ており、

中には、脚の骨が折れている犬もいた。

「声に元気がない。外へ出たものの、

どうやら、路頭に迷ったようじゃ」

 仁助がため息交じりに言った。

「帰ったら、犬医に診せよう。仁助、助太刀ご苦労」

「お役に立てて何よりでさあ」

「いいか? この事は、くれぐれも、他言無用じゃ。

もし、世間に知れたら恥さらしになる。

間違いなく、首をはねられるじゃろ」

「滅相もないことをおっしゃいますな」

 仁助がそう言うと、その役人が肩をすくめた。

「ここだけの話じゃが、犬のえさ代がかさんで火の車なのじゃ」

「もしや、口減らしをしたのではありませんか? 」

 仁助が、火事のどさくさに紛れて犬の数を

意図的に減らしたことを言い当てると、

その通りだったらしく、役人たちの顔色が青くなった。

「あと、三匹見つかっていない。

何としても、今日中に見つけ出さないとならぬ」

 役人たちがそう言うと、足早やに立ち去ろうとした。

「そこの者。待ちなさい! 」

 振り返ると、助手の日本人が背後に立っていた。

「カピタンが、その犬らを診察したいとの仰せです」

「はあ? いったい、どういうことなんですか? 」

「カピタンはお医者殿でもあるんです。

ふだんは、人を診察しておられるが、

その犬の様子が気になるとの仰せです」

 その助手の日本人が咳払いすると答えた。

「いかがなさいますか? 」

 仁助が、役人たちに聞いた。

「ヤマイデス」

 その直後、役人たちの返事を待つ間もなく、

助手の日本人の隣にいたカピタンが、

流ちょうな日本語で指摘した。

「今、なんと申した? この犬のどこか病なんじゃ? 」

 困惑した様子で役人たちのひとりが反論した。

「カオ。オモニ、ハナスジ。メ。ミミ。アカク、ウンデイマス」

 カピタンが冷静に、犬の病状を告げた。

「それはまことですか? 何の病なんですか? 」

 仁助は、犬たちの顔をじっとみると聞いた。

カピタンが指摘しなかったら、気づかなかった。

確かに、捕まえた犬たちの顔面には、

膿を含んだおできができていた。

「もしや、天然痘ではありませんか? 」

 日本人の助手が言った。

「よもや、そのようなことはあるわけがない。

天然痘というものは、人が罹患する病です」

 役人たちのひとりが反論した。

「ただちに、その犬らを隔離した方が良いでしょう」

 仁助が言った。











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