第13話 犬公方

文字数 1,624文字

 中野の犬小屋へ行くと、何やら、賑やかな物音がする。

「いってえ、何の騒ぎだい? 」

 仁助が聞いた。

「御成だ! 」

 どこからともなく、声が聞こえた。

「そこで何をしている? 」

「え?! 」

 2人は、近くにいた役人に道の隅へ追いやられた。

その直後、驚いたことに、

綱吉公が、お供の人たちと共にすぐ横を通り過ぎた。

仁助は、すれ違いざまに視線を感じた。

「その犬はいかがした? 」

 すると突然、綱吉公が足をお止めになり、

仁助に、小春のことを聞かれた。

「腹具合が悪いようで、こちらにおられる

けもの医者に診てもらおうと参った次第」

 仁助が答えた。

「さようか。わしも共に参ろう」

 綱吉公がどういうわけか、

新三郎の診察が見たいとお言いになった。

「先生。どうも、腹具合が悪いようで、診てもらえませんか? 」

「相分かった。中に入るが良い」

 診察室の戸を開けたその瞬間、

新三郎がいつになく驚いた表情で、仁助たちを迎えた。

「公方様! 」

 新三郎が即座に土下座した。

「顔を上げえ。苦しゅうない、近う寄れ」

 綱吉公が告げた。

「恐れ入ります」

 新三郎が答えた。

「この者の犬を診ると聞きついて参った」

 綱吉公が告げた。

その後、緊迫した空気の中、診察が始まった。

「ちと、腹が張っておる」

 新三郎が、小春のお腹を触診すると告げた。

新三郎が、小春のお腹を押すと、

小春が、「きゃふん」と痛そうに鳴いた。

「何の病なんだ? 」

 綱吉公が、新三郎に聞いた。

「食あたりのようです」

 新三郎が答えた。

「食あたりとな? いったい、何を口にしたのだ? 」

 綱吉公が、小春の顔を見ると聞いた。

「失礼ながら、けものは、言葉を理解しません」

 新三郎が苦笑いすると告げた。

「さもあろうのう」

 綱吉公もつられるようにして苦笑いした。

「小春は治りますよね?

夕方までに、飼い主の元へ返す約束なんです」

 仁助が、新三郎へ言った。

「この薬を飲ませること。さすれば、じきに良くなる」

 新三郎がそう言うと、薬袋を仁助に手渡した。

仁助はさっそく、小春に薬を飲ませた。

「おぬし、外傷だけでなく、

腹の中まで診ることが出来るのか?

道楽者ではなかったというわけか?

見直したぞ」

 綱吉公が、新三郎をほめた。

「いたみいります」

 新三郎が告げた。

その後、綱吉公が満足そうに帰って行った。

「先生は絵を描きますよね?

先日、菰を被った文君の判じ絵を目にした次第。

それは、吉原の妓楼、扇屋の注文品を現した絵でして。

判じ物の答えは酒樽だったのですが、

あの判じ絵には、

他に何か意味が、あるのではないかと思うんです」

 仁助が告げた。

「なるほど。こういう感じの絵か? 」

 新三郎が、白紙の処方箋にさらりと絵を描くと聞いた。

「こんな感じです! 」

 仁助が告げた。

「貴人が乞食みたいな恰好をすると言うことは、

ふつうなら、ありえない話だ。

わざわざ、そうした絵にするには

何か理由があるに違いない。

恐らく、扇屋は、中と外との連絡所となっている可能性がある」

 新三郎が神妙な面持ちで告げた。

中とは、江戸城のこと。外とは市井のこと。

吉原通いのお客の中には、大名や幕臣たちもいる。

妓楼で交わした会話は、外に出さないという掟がある。

すなわち、秘密裏のことや密会にはもってこいなのだ。

「もしや、判じ絵で注文して、

答えの品を受け取ると言う商談の中に、

政の秘密裏のことが、ひそんでいるというわけですか? 」

 仁助が告げた。

「お代はいらねぇよ。良い話が聞けた故な」
 
 新三郎が意味深なことを言った。

「それはいってぇ、どういう意味ですか? 」

「それよりも、小春の飼い主は誰なんだい? 」

「本所の米山様です」

「本所の米山様とな? 

その名を聞いて、ますます、小春の腹痛の理由が気になる」

「3日前ほど、行方をくらました後、

腹痛を抱えて帰宅したそうな。

故に、いなくなっていた間、何を口にしたのか見当がつきません」

 仁助がそう説明すると、何を思ったか、新三郎が、

小春の引き渡しに立ち会うとついてきた。
















































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